13.終わりよければ
終わりよければ全てよし――なんて言う言葉はあるが、それは当事者であるミントが、少なくとも使える言葉ではなかった。
半泣きになりながら、ミントは始末書を何枚も書いている。
先日、倉庫を破壊して冒険者行方不明事件の犯人であるゴッズを捕まえることに成功した。
だが、そのあとすぐに、他の冒険者達も駆けつけてきたのだ。
――すでに、残された冒険者達をマークしていて、何か怪しい動きが何か確認していたらしい。
その中にはルイゼもいて、彼だけは倉庫破壊の現状を見て笑っていた。
「いやぁ、やっぱり君はギルドマスターの方が向いているよ」
そんな言葉をかけられたが、ミントはただ呆然とするしかなかった。
「これあと何枚あるの?」
「さあ? とにかく片っ端から終わらせるわよ!」
今回ばかりは、アリスとレーシャも手伝ってくれている。
倉庫の全壊や、飛んだ時に時計塔の壁を破壊した件――それに、協会へと連絡せずに独断行動を取ったことなど、ギルドとしてまだ立ち上がったばかりだというのに、前代未聞の問題行動を連続して起こしてしまった形だ。
ガレリアから、今回の件でさらに仕事を押し付けられることは明白で――ミントはただひたすらに、胃の痛みに耐えていた。
「はあ……」
ミントが小さくため息を吐くと、ピタリとアリスが動きを止める。
「……ごめん、ミント」
「……? 何がですか?」
「その、あたしのわがままで、こんなことになっちゃったからさ」
いつも元気なアリスがしょぼくれているのを見るのは珍しい。
ミントはそっとアリスの手を取ると、
「反省しているのなら、いいですよ。それに、今回は私が許可したことですし、私達は同じギルドなんですから――連帯責任です」
「ミント……あたし、ミントのそういうところ大好きっ!」
不意に勢いよくアリスが抱き着いてきて、ミントは思わずバランスを崩す。
そのまま床に押し倒されて、アリスの唇がミントの頬に触れた。
「ちょ、な、何してるんですか……!?」
「何って、頬にチューくらいしてもいいでしょ? あたしのミントへの愛情表現だよ」
「ダ、ダメですよ。愛情表現ってそんな簡単に――」
ガタッとレーシャが椅子から立ち上がり、ミントの前にスッと腰を下ろす。
突然の行動で、きょとんとした表情でミントはレーシャを見た。
「レーシャ……?」
そのまま――レーシャはミントに覆いかぶさるようにして、口づけをする。
あまりに突拍子のない行動に、ミントの思考は停止した。
しばらくして、レーシャがミントから唇を離す。
「な、ななな……?」
「頬にキスがありなら、口もありだよね?」
「い、いえ、そもそも頬もダメ……というか、何を……?」
「前にも言った。わたしはミントのことが好きって。それなのに、目の前でこんなところ見せられたら、ね」
ちらりと、レーシャがアリスの方に視線を送る。
それを受けて、アリスもにやりと笑みを浮かべて、
「なるほどね。いつの間にか、あんたに先を越されてたわけ」
「わたしの方が好きだから」
「いや、あたしの方が好きだね」
急に張り合い始める二人を見て、ミントはただ混乱する。
始末書を書いていたはずなのに、どうしてこうなっているのだろう。
「ちょ……二人とも落ち着いてください!」
「ミントは黙っててよ。それじゃあ、どっちがミントを満足させられるか――それで勝負しましょ?」
「いいよ。わたしの方が、絶対上だから」
「へえ、たいした自信じゃない? じゃあ、あんたはキスしたから、次はあたしの番ね」
「わかった」
スッとレーシャがミントから離れると、次はアリスがミントの上に乗る。
「え、ちょっと待ってください。どういう勝負なんですか、これ!?」
「大丈夫よ、ミントは何も気にしなくていいから」
「気にしますよ!? ねえ、レーシャ! アリスを止めてください!」
「ミント、わたしが必ず勝つからね」
「全然話がかみ合ってないんですけど!? ちょ、ちょっと待って――んーっ!」
そうして今度はアリスから唇を奪われて、ミントはただ一人困惑するばかりだった。
この後のことは、ミントの口から語ることはできない。
だが、その日から――ミントの奪い合いがアリスとレーシャの間で始まったのは、間違いなかった。
冒険者行方不明事件を解決した時、破壊された倉庫で無傷で立っていた冒険者――ミントの姿を目撃した者は少なくない。
それは、『炎の剣姫』と『氷の魔女』を従える、『影の女帝』と呼ぶに相応しい姿であり、瞬く間にその呼び名は冒険者達の間でも広まることになる。
そのミントが、実は二人の勝負に迫られて毎日困惑しているだけだという事実を知る者は果たして現れるのか――それは、誰にも分からないことであった。
『終わりよければ全て百合(完)』