8.問.好きな人と再び登校したらどうなるか?
──月曜日
今日だけ空渡星斗の朝は早い。
俺はいつもやっている二度寝を忘れて、目覚ましが鳴ると布団から飛び出した。
寝起きの体をゆっくり伸ばすとカーテンを開け、美しい太陽の光を浴びながら、電線に止まる小鳥たちに優しく微笑みかけて挨拶を交わす。
「チュンチュン! チュンチュン!」
──バサバサッ
俺がそう挨拶すると小鳥達は勢いよく飛び立って行った。
恥ずかしがり屋め。
それにしても今日はいつも以上に空が青く見える。
それはきっと今日が水ノ下と一緒に登校する日だからだろう。
本日快晴、俺最強!
朝食を食べに一階に降りると母さんが急かしく朝の準備をしていた。
「あら、あんた今日早いわね。熱でもあるんじゃない?」
「熱あったら逆に起きてこねーだろ。そういえばオヤジのワックスってどこにあんの?」
「ワックス? 多分車庫らへんにあるわよ」
おい、俺は車じゃねーぞ。
まあもし俺が車だったらニュートラルにしかギアが入らない欠陥品だがな。
「いや、髪の毛につけるワックスなんだけど」
「えっ、あんたが? 髪の毛に? ワックス? つけるの?」
なんで訥々なんだよ。
だが親がこんな反応を示すのも無理はない。俺は今まで人生で一度も髪型をセットしたことないからだ。
寝癖すらファッションと考えて生きてきた強者である。
ひれ伏すがいいギャッツビーよ!
「わ、悪いかよ」
「ふーんっ。お父さんのなら洗面所の棚に入ってるわよ。まっ、頑張りなさいよ」
母さんは何か察したのか少し嬉しそうにそう言った。
人生初ワックス。
一応好きな人と2人で会う機会ができたんだ。それなりに洒落込まないと格好がつかない。
俺は洗面所に向うと慣れない手付きでクリーム状のワックスを容器から取り出す。
量の配分が分からない俺は、片手いっぱいに取った生クリームのように白いワックスを髪の毛に塗りたくり、指を細やかに動かしてセットする。
まあこんなもんだろ。
初めてにしては多分上出来なんじゃないか。
あとは一応カッターシャツにもアイロンをかけておこう。
シワシワのカッターにアイロンをかけている最中にスマホが着信を知らせた。
ディスプレイに表情された『妖怪猫被り』の文字。
あいつなんの用なんだよ。くそっ。
「随分早いお目覚めね。あんたワクワクしすぎ、キモっ」
「う、うるせーよ。別にお前には関係ないんだからどうでもいいだろ」
「今、あんたの家の前にいるから入れてくれる?」
「はぁ!? なんで?」
「ギャルゲやりに来たの!」
いきなり来んじゃねーよ性悪アイドル。
俺は仕方なく玄関を開けると、不機嫌そうに腕を組むアイルを家に上げた。
「おはようございますぅ。お母さん♪ 今日も星斗に呼び出されちゃって。へへっ」
相変わらずすげー変わり様。
もう猫被りってより化け猫だろこれ。
「アイルちゃんいらっしゃい。この前テレビ見たわよ。頑張ってるわね。ささ、汚いお家だけど早く上がって上がって!」
母さんは、はしゃぐ様にアイルに言った後、俺に小声で耳打ちをする。
「あんた、頑張りなさいよっ! 応援してるから!」
そう言ってスキップしながらリビングへと戻って行った。
完全に勘違いしてやがる。
俺がこいつのためにおしゃれするわけねーだろ。
部屋入るとアイルはベットに腰掛け俺を睨んだ。
「なーにワックスつけてんのよ。マジキモっ」
「くっ。お前はキモっしか言えねーのかよ」
「まあいいわ。ちょっとこっち来て頭貸しなさい」
「はぁ!? なんで!」
「いいから!」
渋々アイルの前で正座して頭を突き出した。
こいつ何する気だ。変な髪型にする気じゃねーだろーな。
そう考えているとアイルは俺の髪を優しい手つきでセットし始めた。
「あのさ、つけ過ぎ。どうせたくさんつけたほうがいいだろとか思ってたんじゃないの?」
「は、初めてだから仕方ないだろ」
「……。ちょっとずつ取って髪に馴染ませるのよ。ちゃんと調べなさいよね」
「そ、そうだな。ありがとう」
「ど、どういたしまして。さっ、早くギャルゲやるわよ!」
アイルは俺の髪をセットし終えると勝手にゲーム機をスタートさせ、この前のツンデレキャラ攻略に取り掛かった。
──あんた、なんでそうゆうの気づかないのよ。バカなの?
「あー、もうこいつどうやって攻略すんのよ。選択肢ミスったかな」
「お前さ、ギャルゲの女の子のかわいいキャラを参考にしたいんだろ。なら攻略せずに他のキャラを見てったほうがいいんじゃないか?」
「うっさいわね。私こうゆうのちゃんとやってかなきゃ無理なタイプなの。諦めて次に行くとか、私がこの女に負けたみたいじゃない」
「ギャルゲに勝ち負けなんてねーつーの。俺飯食べてくるわ」
「ちょっと待ちなさいよ。協力するって言ったわよね。ならちゃんと教えなさいよ」
あーめんどくさ。
だいたいギャルゲでなにを教えればいいんだよ。
俺は渋々アイルの隣に座ると選択肢のヒントや好感度の上げ方をレクチャーしていった。
「おっ、やべ時間だ。俺もういかなきゃ」
「……。そう、じゃあ私は後から行くから先に行ってていいわよ」
「部屋勝手に荒らすんじゃねーぞ。んじゃ」
アイルを部屋に残し、先に水ノ下の元へと向った。
☆
前に水ノ下とぶつかった通学路に到着するとすでに彼女は待っていた。
遠くから呼びかけることは俺にとって高難易度の芸当なので向こうが気づくまでゆっくりと距離を縮めていく。
ずっと気づかなければ、そのまま押し倒しちゃうぞお嬢ちゃん。
早く気づくな! いや、早く気づけ!
「あっ、星斗くんおはよう! ごめんね来てもらっちゃって」
「あ、いやそれほどでも」
それほどでもって何だよ。
せっかく洒落込んでワックスをつけてきたが、元の性格も残念な俺には付け焼き刃以下の効果である。
それにしても今日も相変わらずかわいいな。
「この前はなんかごめんね。あの一緒にいた人だいぶ怒ってたよね?」
「あの人はなんていうか、どうでもいい存在なんで」
「そうなの? 彼女さんかと思っちゃってたよ」
「あはは、それは絶対にないですよ」
天地がひっくり返ろうとも絶対にない。
なんたって妖怪化け猫のアイルだぞ。
しかし水ノ下がこう言うってことはあれがアイルだったとはまったく気付いていないみたいだ。
「そっかあ、それであのね、聞きたいことがあるんだけど……」
急にモジモジとして胸の前で手をいじり出す水ノ下。
一体なんの事だろう。
1.俺のことがちょっと好き。
2.俺のことが好き。
3.俺のことが大好き。
4.俺と結婚したい。
さあ、この4つから選んでくれ!
もちろんライフラインは使用可能だ。
「なっ、何かな?」
「この前の荷物検査の時に、その、ゲーム持ってたよね」
んっ? ちょっとテレフォン使っていいですか? 掛ける友達いないけど。
確かに俺はあるはずの無いギャルゲが荷物検査の時にバレて大爆笑を掻っ攫ったが、それが水ノ下となんの関係があるのだろう。
「そうだね。没収されたけど。それがなにか?」
「えーっとね、星斗くんってその、ああゆうゲーム好きなのかなって」
「ファイナルアンサー?」
「えっ?」
しまった、独りミリオネアごっこしてたら口が滑っちゃったじゃねーかよ。俺のバカ。
今更ギャルゲ好きじゃないですとか嘘ついたところで水ノ下の俺に対する好感度はミジンコほども動かないだろ。
なら正直に話すほかあるまい。
「あっ、いや、まあギャルゲは結構やるかも……ね」
「ほ、本当!? その、あの、ナイナイパンツ貸してもらってもいいかな……」
「へっ?」
清楚で可憐な水ノ下から出た不釣り合いなギャルゲの名前に、俺は訳もわからずに混乱するのであった。




