9.問.好きな人が意外な趣味だったら?
水ノ下がギャルゲを貸してほしいだと!?
しかも通称名のナイナイパンツまで知っているとは……。
彼女の顔は自分で言っておきながら真っ赤に染まっている。
「ナイナイパンツを貸してほしい?」
「はいっ。そうなんです……」
「水ノ下が、お、俺に?」
「はいっ。その、私も学校にナイナイパンツを置いてたんですが、荷物検査の時に見たらなくなってて……」
水ノ下がナイナイパンツを学校に置いていて、俺の家に誰のか知らないナイナイパンツがある。
つまりあのナイナイパンツは彼女のナイナイパンツで、俺があの晩に回収したナイナイパンツは……ってナイナイパンツばっかりうるせーよ。
「あのさ、水ノ下ってギャルゲとか好きなの?」
その瞬間、彼女の顔はネオン輝く夜の繁華街以上にパァっと明るくなり、大きく首を縦に振った。
「うんっ! 中学生の時からずっとやってて……。かわいい二次元の女の子にはぁはぁするのが好きで……」
はぁはぁっておい……。
まさかあの美人で清楚な水ノ下がギャルゲ好きだったとは。森羅万象すべてのことを知っている神様でもこれは驚くべき事実だろう。
だがここで問題が一点発生した。
あの晩、俺が回収したギャルゲが水ノ下の物であるなら俺は彼女のロッカーを無断で開けて盗んだという事になるし、赤ちゃんから事前に荷物検査のことを聞いていたことがバレるとそれもそれで問題だ。
詰まる所、俺は彼女に本当のことを言えないし、ギャルゲを返すこともできない。
このまま知らぬ存ぜぬで押し通す事も可能だが、それはそれで人畜無害を座右の銘に掲げている俺としては罪悪感に苛まれる。
えーい、悩んでいても仕方ない。こうなれば、ままよ!
「あのさ──」
「あー! 美織ちゃんだぁ! おはよー!」
この甲高いぶりっ子声は……。
こいつ一体何しに来やがったんだよ。
アイルは小走りで手を振りながら白々しく笑顔を振りまいている。
「偶然だねぇ、こんなところで何してるの?」
「あ、アイルちゃんおはよう。ちょっと星斗くんにお話があってね」
「そうなんだぁ、おはよう星斗くん。この前も美織ちゃんと登校してたし二人は仲いいんだねぇ。もしかして付き合ってたりするのぉ? このっ、このぉ」
肘を突き立て、わざとらしく小突いてくるアイルに俺は酷く渋面を浮かべた。
付き合ってもないし、仲良くないことくらい知ってんだろ。
ちなみにこいつは第三者がいる時だけは猫被り状況で俺に話しかける。これがまたかなりムカつく。
「アイルちゃん、そ、そんなことないよ。ほら、星斗くんも嫌がってるし」
「えー本当にぃ? 美織ちゃん顔真っ赤だよー。ほら、ほらぁ星斗くんも何か言ったら? 黙ってないでさ〜」
「……」
もう限界だ。キレちまったぜ。
別に恋路を邪魔されたとかそんな野暮な考えはない。
だがこいつにこれ以上振り回されるのはもうごめんなんだよ!
「うるっせーよ! なんなんだよお前! 人の弱み握ってるからって調子に乗りやがって! もうお前の言うことなんて聞くかよ! この空前絶後の性悪アイドルがぁぁ!!」
空気が瞬間凍結した。
水ノ下とアイルは俺を瞠ったまま動かず、硬直している。
普段のぼっちで大人しい、おどおどとした俺しか知らない水ノ下にとってはきっと衝撃的だったに違いない。
アイルにとっては多分飼い犬に手を噛まれた感覚だろう。
どうにせよこれで終わりだ。腹を立てたアイルは俺から奪ったラブレターをバラ撒き、俺は水ノ下に告白しようとした無謀なぼっち野郎として一連の出来事を終えるだろう。
今になって冷静に考えてみるとそんなに大した事でもない気がするな。
まあ水ノ下にフラれるのは少しばかりキツイが……。
「そ、そう……。悪かった……わよ。ごめんね星斗」
アイルは歯を食いしばると弱い声音でそう言った。
「あ、アイルちゃん、待って!」
立ち去るアイルを追いかけようとする水ノ下。
彼女は去り際に振り返ると、
「全然事情わからないけど、あんな言い方ひどいよ星斗くん」
ひどい……か。
確かに少しばかり言い過ぎた気がする。
アイルも素直に謝ってたしな。あれくらい言ったら例え水ノ下がいたとしても言い返してくると思ったが……。
だが、あいつにはあれくらい言わないと分からないだろ。
これでいい、これでいいんだ。
☆
その後、独りで教室に向うといつも通り授業が始まった。
アイルは特に俺に絡んでくることはなく、スマホが鳴る様子もない。
誰も来ないし、誰も見ない。そんな普段通りのぼっち時間を過ごしていたが昼休みになると状況が一変した。
「星斗くん、ちょっといいかな?」
机に上半身を預け、いつものようにボケっとしていると水ノ下が声をかけてきた。
アイルにラブレターでも渡されたのか?
そんなことを思いながら俺は目の前のイスに座った彼女を見上げた。
みんなの視線の照準が一気に俺達2人に合わせられる。
だがアイルだけはこちらを見ることもなく独り黒板を見つめていた。
「なんかここじゃ話しづらいかな……移動していい?」
「あ、ああ」
水ノ下はそう言うと人気のない体育館裏に俺を連れてった。
「今日の朝のことだけどアイルちゃんに謝った?」
「いや、別に俺、悪くないし」
「2人って幼馴染なんだよね?」
「な、なんで知ってるの」
アイルは高校になってからは俺と幼馴染ということはひた隠しにして誰にも話していないはず。
俺達は学校でも今までまともに話したこともなかったのになんで水ノ下は知ってるんだ?
「この前私と星斗くんが登校してきた時に言ってたんだよ。私の幼馴染だから仲良くしてあげてねって」
「あいつ……」
「あっ、でもこれ秘密って言われてたんだ。アイルちゃんには内緒にしててね」
「あ、ああ」
「とりあえず星斗くんはアイルちゃんと仲直りしてね。約束だよ」
水ノ下は、はにかむと小指を立て俺にゆびきりげんまんを求めてきた。
こんな時でも一々仕草の一つ一つが可愛く感じる。
あーっ、俺の負けだ。
「「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」」
「それとね、朝言ったゲームのことなんだけど」
「すまん水ノ下。多分俺、お前のギャルゲ間違えて持って帰った」
俺は朝言いかけて言えなかったことをちゃんと、正直にすべて話した。
例え間違えたとしても盗んでしまったことに変わりわない。
ここでどう責められても言い訳せずに受け入れよう。
「そうだったんね。正直に話してくれてありがとう」
「おこ……らないのか?」
「別に意図的にやったわけじゃないし、その偶然で私は助けられてクラスのみんなにバレなくて済んだからね」
水ノ下はそう言うと後ろ頭を掻いて照れくさそうに笑った。
確かに彼女がギャルゲ好きと知れ渡ったらクラス中、いや学校中大騒ぎになるだろう。
「でもなんで水ノ下は学校にギャルゲ持ってきてたんだ?」
「あはは、それはそのナイナイパンツが好きで一時も離れたくなくてさ、でもあの日、丁度持って帰るの忘れてたんだよね」
ほほぉ、その考え俺と一緒だ。
俺も好きなゲームができると肌見放さず持っていたくなる。
無駄に出かける時とか持っていって、結局やらなかったりするけど。
多分水ノ下も幼い時に人形やら玩具やら色々と持ち歩く習性があったたちだろう。
「じゃあ明日ナイナイパンツ持ってくるから渡すよ」
「本当に! ありがとう星斗くん! じゃあギャルゲ仲間ってことは2人だけの秘密ね」
「あ、ああ、わかった」
こうしてこの日、俺は思いがけない形で好きな人とギャルゲ仲間になったのだった。
まったく、神様はとんだサプライズを用意してくれたもんだ。




