6.問.デート練習中に好きな人と鉢合わせしたら?
「こんなところで会えるなんて偶然だね」
「あ、ああ、そうですね……ははっ」
なに苦笑いしてんだよ俺。話題を振れ話題を。
例えこれが100パーセントの可能性で運命的出会いだからと言っても、それを生かすことができない俺にとっては、まったく無意味な産物である。
「今日は何してたの? そちらの方とお話ししてたみたいだけど」
「ああ、アイ──痛ってー!」
アイルはパンプスで俺のつま先を思いっきり踏んづけると小声で耳打ちする。
「あんたアホなの? バカなの? 死にたいの? 私のこと普通にバラそうとしてどうすんのよ。次やったら思いっ切り踏むから」
いや、さっきの全力だっただろ。
シコ踏む勢いで足あげてたぞ。力士かよお前は。
顔を歪める俺を心配そうな目で水ノ下は見つめると、
「あの、全然どう言った関係かはわかりませんが、暴力はいけないと思います。せんとくん痛がってるじゃないですか」
さすが水ノ下。
やはりこんな俺にも優しい。ぜひもっと言ってやってほしい。
俺はひとり関心しながら首肯しているとアイルが一歩前に踏み出した。
「別にいいですよ。私たちはこんな感じでコミュニケーションをとってるんで! 関係ないあなたにとやかく言われる筋合いないんだから」
「いえ、関係なくはありません! 私はせんとくんと同じクラスの仲間なんですから」
おいおいマジかよなんか始まっちまったぞ。しかも一ミリもアイルの意見は正しくない。
それにしても正体バレたくない癖に話して大丈夫なのかよ。
「ふーん。同じクラスね。いいこと教えてあげる。こいつの名前、せんとじゃなくて星斗だから。名前も覚えてない癖に仲間とか笑わせてくれるわね」
「そ、そうなんですか!?」
水ノ下は口に手を当て、顔を真っ赤に染めると俺に向かって深く頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。私その、勘違いしてたみたいで……」
「いや、訂正しなかった俺が悪いんで」
そう俺が悪い。水ノ下は全然悪くないぞ。
それに別に正しく名前なんか呼ばれなくても実害ないし。
隣にいるアイルなんか『こいつ』とか『あんた』とか『ムシ』としか呼ばないからな。
「いえ、本当にすいません。これからはちゃんと名前で呼びますね。改めてよろしくね、星斗くん」
そう言って頭をあげると水ノ下はにこやかに微笑んだ。
本当にいい子だ。将来こういう人、いやこういう水ノ下と結婚したもんだな。
「ふんっ。何がよろしくね星斗くんよ。気持ちワルっ。私あんたのこと嫌い」
「おっ、お前な──」
「私もあなたみたいな人、嫌いですからお互い様です。ふんっ」
水ノ下も言う時は言うんだな。
そっぽを向いたアイルと水ノ下の間に挟まれた俺はキョロキョロと交互に二人を瞠った。
「あの、星斗くん。ちょっと聞きたいことがあるので来週の月曜日またこの前の時間に一緒に登校してもらってもいいですか?」
「えっ、ああ、大丈夫だけど」
「ありがとう! じゃあよろしくね。また」
そう言うと水ノ下は駅のホームに消えたいった。
「お前な水ノ下に」
「知らない」
「知らないってなんだよ……。だいたいクラス一緒で話したりしてただろ。あんなツンツンしなくても」
「美織とはグループ違うし、もともと私、ああゆう真性いい人みたいな子嫌いなのよね」
表面上仲良くしてましたってやつか。
女子グループって男子より恐ろしい。
「真性いい人って普通にめちゃくちゃいいやつじゃねーか。まあ、お前は常に猫被ってるから仮性いい人だな。ははっ」
「なにあんた。私に喧嘩売ってんの? ムカつく。まあどうせ今あんたは月曜日のことで頭いっぱい、胸いっぱいでしょうけど」
「はぁ? べ、別にそんなことねーし」
さすがの察しご名答だ。ありがとう神様!
今日は帰ったら感謝の気持ちを込めてトイレ掃除をしよう。
なんたってトイレには神様がいるらしいからな。
でも話って一体なんなんだろ。別に俺とか話す内容もなさそうなのに。
だからそんなに大したことではないのだろうし、舞い上がるのは禁物だ。禁物。
「まあいいわ。そろそろいい時間だし、帰るわよ」
「あ、ああ」
こうして俺達のデート練習? なのかよくわからないイベントは終わったのだった。