35.問.あの時、日ノ上アイルと水ノ下美織にあった出来事とは?
自転車に跨り、目の前にある星くんのお腹に手を回す。
ギュッと彼を抱きしめると私はあざとく体を押し付けた。
冷たい雨の中で感じる星くんの温もり。あったかいな……。
そんな狙い澄ました私の行動にビクッと驚いた様子で彼はこちらを瞠る。
「お、おい。あんまりくっつくなよ」
「はぁ? 落ちたらどうすんの。私、一応グループ4位のアイドルなんだけど」
「へいへい、そーすね。てかそんな自覚があるなら失踪なんかするんじゃねーよ」
「でも星斗が見つけてくれた。にひひっ♪」
先程の酷く落ち込んでいた気持ちはどこえやら。
私は伝えたい気持ちを露呈したことでなんだか少しスッキリしていた。星くんがそのことに対してしっかりと返事てくれるとわかったことも大きい。拭えぬ不安はあるけれど。
もちろん私の身勝手な行動で迷惑をかけたことは悪いと思ってる。親にお姉ちゃん。雨の中、探し出してくれた星くん。
でも同情や心配をしてもらいたかったわけじゃない。4位という現実を素直に受け止めることができなかったからだ。
精一杯やってこの結果。
私は1位になれないの? やっぱり魅力がないのかな……。
そんな卑下する想いが結果を聞いたあの時、私の心の中に巣を張り巡らせた。
──そして脳裏にチラつくのは水ノ下美織の影。
☆
2日前。
星くんと美織と登校したあの日。走り出した私は学校に向かわずに堤防沿いの橋の下で膝を抱えて河川を眺めていた。
さすがにもう星くんだって私のこと、変だと思ってるんだろうな。だって抑えられない気持ちがどんどんと溢れてくるんだもん……。
流れる濁った川の水は混乱している私の心を表している様だった。
そこに後を追って現れた美織は「ここいいかな?」と言って私の横に座った。
いつも通りいい人らしく私のことを心配してやってきたのだろうか。
あんたの存在が私を一番悩ませてるっていうのに……。
『なに?』
『あ、いや。アイルちゃんって先輩の中で本当に好きな人いるのかなって』
『いたとしてそれが美織に関係あるの?』
『ないけど……』
そう言葉を切った後で美織は立ち上がって私を見下ろした。
『いや、あるかな。私、星斗くんのこと好き……かもしれないから』
照れくさそうにそう口にした美織。
打ち明けられた予期せぬ内容に私はすごく動揺して、思わず立ち上がった。
『す、好きって、星斗のことが!?』
『うん。……だとしたらアイルちゃんはどうする?』
『どうするって、そんなのヤダ! 私も星斗のことが好きなんだから!』
あっさり言ってしまった。誰かにこんなことを伝えるなんて初めてだ。しかもよりにもよって美織にだなんて……。
美織が星くんのことを好きだということは二人は両想いで、私に勝ち目がない。そう考えると心が痛くて苦しいよ……。
『やっと素直になったね』
美織はこうなることを予想していたかのように微笑みながら言った。
『な、なによそれ……』
『アイルちゃんが星斗くんのことを好きってことは見てればわかるよ。好きな人にはツンツンしちゃうタイプなんだね。なんだか東雲あずきちゃんみたい』
『くっ……。なにお得意のギャルゲ目線で分析してくれてんのよ』
『私、そうゆうの好きだよ。一番好きなキャラはあずきちゃんだし』
『ちょっと話が見えないけど、それで何が言いたいわけ』
『本当、なに言ってるんだろうね。私……』
美織は少し俯き加減になるとブロンド色のショートヘアを耳に掛ける。
顔を上げると真っ直ぐな瞳で私を見つめて、
『アイルちゃんが好きなキャラに似てるからかな? 私、あなたに負けたくない! 幼馴染だから2人だけにしか分からない絆があるってこともわかってる。でも負けたくない!』
はっきりとそう言った。
唐突な宣戦布告。私にとっては結果がわかりきっている負け戦だ。
胸の前で手を握りしめるとゴクリと息をのむ。
幸いなのは美織自身は星くんの気持ちに気づいていないというところ。
でももし美織がそこに気がついてしまったら……。
『わ、私だって美織に負けない。そもそもたくさんの時間を一緒に過ごしてきた私とポッと出のあんたとじゃ想いの強さが違うもん』
焦る気持ちは濁流のように私の心を飲み込んだ。
そこから生まれでたのはわかりやすい虚勢。だがその紡がれた言葉は美織の顔を曇らせた。そんな彼女を見ても尚、口が動いて止まらない。
『星斗はきっと私のことが好き。だから邪魔しないで! 土曜日の人気投票で1位になったら伝えたいことがあるんだから!』
自分でも露骨すぎる態度に罪悪感を感じる。嘘までついて両想いの二人の恋路を邪魔をする。自分は本当に嫌な女だ。
美織はそんな私を見て唇を噛み締めた。
『──嫌だ』
その小さくも強い彼女の一言に私は言葉を失って顔を引きつらせる。
気付かされてしまった。美織も本当に星斗のことが好きなのだと。
『私から星斗を取らないで!!』
苦し紛れに叫んだ心からの本音。
『……。私、遠慮しないから……』
美織は捨て台詞を言うとカバンを持ち、傘をさして目の前から走り去った。
打ちひしがれて呆然と立ち尽くす。
しばらく経ち学校に行かなきゃと思いながらも体は家に向かっていた。
そこから星くんがやって来て半ば爆発した感情をさらけ出してしまったのだった。
☆
自転車を一生懸命に漕いで星くんは家の玄関前に送り届けてくれた。
「はぁ、はぁ。もう疲れた。俺をこんな目に合わせたんだ。お前めちゃくちゃ怒られろ」
「はいはい、言われなくても親に怒られるよ。てか、あのさ、本当にありがとう。う、嬉しかった」
「嬉しかったってなお前。今日一日でどんだけ感情の変化してんだよ。喜怒哀楽のバーゲンセールっての」
「い、いいじゃん別に。売り出さないと在庫処分できないでしょ」
「なに俺のくだらないギャグにノッてんだよ。まあいいや風邪引くなよ。じゃあな」
「うん。じゃあね、星くん」
私が言った昔からの呼び名に星くんは目を見開いて二度見した。彼をこう呼んだのは神楽坂先輩に襲われたあの時以来だ。
きっともう星くんは私が好きだということに気づいているかもしれない。
勘付かれないようにと思っていたけど無理だった。
時間を巻き戻すことはできないけど、それならそれで私は星くんに好きになってもらうようにアピールしていこうと思う。
負け戦かもしれないけど、そこに1%でも可能性があるなら……。
そして来年こそ伝えて、幼馴染以上の関係になるんだ。
私はこの瞬間──そう心に決めた。




