34.問.失意の幼馴染が失踪したら?
盛り上がった熱気を冷ますようにドームから出ると冷たい雨が降っていた。
結果からいくと3位はアイルと同期の南砂鞠。
2位は旧世代の次期リーダー候補の人。
1位は現リーダーで引退を発表していた月島梓となった。
アイルの結果は4位。
何かで順位を争ったことのない俺にとって、228人中の4位なんて驚くほどすごいし、全国一のアイドルグループなのだから悲観することなどなく胸を張るべきだと思う。
ただそれはきっと外野から見た者の平凡な感想で、頂点目指している当事者にとっては1位という称号でないと絶対に納得できない事なのだろう。
1位と2位でも雲泥の差があるのにそれが4位という結果に終わったのだ。
ステージで泣き笑っていた彼女の姿がそれを真意に物語っている。
「あー、4位かぁ……」
折り畳み傘を手に駅に向かって歩いている途中でセイラさんはため息交じりに肩を落として呟いた。
「アイル大丈夫ですかね?」
「多分大丈夫じゃないかな。でも帰ってきたらなんて声かけてあげよう……」
「いつも通りでいいんじゃないですか? 俺だったら変に気を使われるよりその方がいいですし」
惜しかったとか、頑張ったとか、次がある、なんて慰めの言葉はきっとアイルも望まないだろう。
それよりも普段通り接してくれた方が幾分か気が紛らわせるに違いない。
「うん。そうだね♪ 星くんが言うならきっとそうした方がいいかな」
「でも俺が間違ってる場合もありますからね」
「いやいや、そんなことないよ」
即座に否定したセイラさん。
何を根拠に信じてくれているのかわからないが、俺自身この答えには少し自信があった。
普段通り、いつも通りにと。
帰りの電車に乗り込むと行きと同じような混み具合で、再び俺はセイラさんの乳惑に耐えながらゆらゆらと揺られて家路につく。
最寄りの駅に到着するとセイラさんがタクシーで送ってくれた。
「今日はありがとう。じゃあまたね」
「はい。おやすみなさい」
家に到着すると母さんが勢いよく詰め寄ってきた。
「アイルちゃん残念だったね。会ったりできたの?」
「いやいや、会ってないよ。そんな時間あるわけないだろ」
「そう。しっかり応援できた?」
一応小さく、ささやかにペンライトを振っていたのだ。
しっかり応援したことにしておこう。うちわは使わなかったけどな。
「あ、ああ」
「そう。なら良し! 早くご飯食べて、お風呂入りなさい」
「へいへい」と返事をして飯を食べているとニュースで今日の様子が特集されていた。
もちろんアイルのことも語られており、【来年は大いに期待】とのテロップが流れていた。
少しだけだが一番の番狂わせとしてうさぎちゃんのことも出ていた。
ただ1位の月島梓が抜けたからといって、2位の人と3位の南砂鞠がいる。きっと1位を取るのは来年も難しいのかもしれない。テレビを見ながらそんなことを思っていた。
見た目だけであればアイルが一番だと思う。でもそれだけではきっと難しいのだろう。人間的魅力というものが合わさらなければ。
食事を済まして、風呂に入る。
風呂上がり体を拭いているとスマホがバイブした。
「あっ、もしもし、星くん? アイルからなんか連絡あった?」
電話に出るなり慌てた口調でセイラさんは言った。
「いや、何も来てないですよ?」
「そっか。まだあの子帰って来てなくて、マネージャーさんは20分前には送ったって言ってるんだけど」
時刻はすでに11時半を回っている。
高校生のシンデレラタイムである10時をとっくに過ぎていた。
「わ、わかりました。俺も連絡してみます」
電話を切り、アイルに掛けるも応答はない。
深夜徘徊で補導されたらどうするんだよ。有名アイドルのくせに。
俺は急いで服を着るとセイラさんに「出ないので探して来ます」とメールを入れた。
ライブで持っていったカバンをそのまま持って家を飛び出す。
一応家近辺で降ろしたということはそんなに遠くには行っていないはずだ。
車庫に置いてあった月花の自転車を拝借すると雨で濡れるのも厭わずに町内を周回する。
だが、アイルの姿は見つからない。
次に学校までの通学路を走った。
いつものコンビニ、そして校門に到着するもいない。
雨足は強くなり、自転車でスピードを上げるたびにBB弾のような雨粒が素肌に直撃して痛い。
せめてカッパでも着てこれば良かった。
小学校の頃エアガンで撃たれた記憶が蘇る。絶対許さねえぞ伊藤君。君は俺の存在すら覚えてないだろうがな。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
あいつが行きそうな場所を考えなくては……。
どこだ……。どこにいる。
焦る気持ちを煽るように遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
探し回ること30分。
すでに時刻は0時を回っていた。さすがにこれは警察にでも連絡した方がいいのでは……。俺まで補導される危険性がある。
家に戻ったらそうセイラさんに連絡しようと考えながら走っていると昔アイルとよく遊んだ神社の前を通り過ぎる。
学校帰りのデート練習でも行った場所だ。
一応最後にここも探してみるか。
自転車を止め、朱塗りの鳥居をくぐる。
降りしきる雨風が木々を揺らして大きな葉音を立てている。
カバンからペンライトを取り出すと懐中電灯代わりに使って本殿に続く石畳の道を進んだ。
まあ、いるわけないよな……。
戻ろうと踵を返した時、境内の木の下で体操座りしている人影がちらりと見切れた。
「うぉ、うぉばけー!!」
思わず叫んだ声にその影の首がコクっと動いた。
逃げなければきっとあの世に連れて行かれる。
あの世にギャルゲってあるのか? でもお化けに学校や試験はないらしいしな。それならあの世でもいいかもな。
でもやっぱりこえーよ。
「星斗……なの?」
「ひゃい」
ボソリと微かに聞こえた声にビビりながら答える。
持っていたペンライトを握りしめるとその人影に向けて構えた。
ゆっくりと近づいてくると徐々に相好が見え始めた。
「あ、アイル……か」
「うん……」
濡れた前髪を手で抑えながら彼女は返事をした。
見つかった。その安堵と共に積りに積もった憂慮していた気持ちは憤怒へと変わった。
「お前みんな心配してたんだぞ! こんなとこでなにしてんだよ!」
「別に心配してくれなんて言ってないもん。私がなにしてようと、どうでもいいじゃんか」
怒鳴って言った俺に向って投げやりに言葉を吐くアイル。
予想はしていたが、相当落ち込んでいるようだ。
頑張っても届かない。努力しても叶わない。その事実に直面した人間の反応としてはごくごく自然だろう。
何万にもの観客を沸かせた彼女だって普通の人間なのだから。
「まあ、それもそうだな。俺が勝手に心配して、勝手に探してただけだし。とりあえずセイラさんには連絡しとくぞ」
本殿の屋根下に入ると濡れた手でスマホをタップしてセイラさんに連絡した。
「良かった……」と安堵したセイラさんに「後で送り届けます」と伝えると、賽銭箱の横に腰掛けた。
「とりあえず座れよ」
「うん」
アイルは首肯すると申し訳なさそうに体を縮めて俺の横に腰掛けた。
「今日のライブ見に来てくれたんだって?」
「うん。初めて見たけどすごかった」
「そっか」
「先に言っとくけど、俺は慰めの言葉も励ましの言葉もかけないぞ」
取り繕って紡いだ言葉を伝えた所で見透かされてきっと何も響かない。
今伝えるべきは誠の言葉。本心の言葉だ。
俺はアイルに向き直るとそのまま続ける。
「1位というのがアイルにとってどれだけの価値があったのかわからないし、なんで目指してるのかも俺にはわからない。でも今日、俺が初めてお前のグループを見て思ったことは、あの中でアイルが一番輝いて見えた。それが正直に思ったことだ。それに……」
「それに?」
「そ、それにお前は俺にとって自慢の幼馴染だと認めようと思った。それくらいすごかったってことだ」
「何それ。ふふっ」
小さく笑ったアイル。
俺自身こんなことを面と向かって言うのはむず痒いほど恥ずかしい。
「も、もうそろそろ行くぞ。風邪ひくし」
「ちょっと待って」
アイルはそう言って立ち上がった俺の手を掴んだ。
告白めいたことを言われるのではないかと思わず顔を逸らして頬を掻く。
激しく鳴る雨音がざわつく俺の心に一層の拍車をかける。
「私ね、1位になって星斗伝えたいことがあるの。その時が来たら、聞いてほしい。例えどんな状況になってても……」
「わかった」
この時、俺は覚悟を決めた。
こんな俺のために幼馴染が1位になろうと努力してるのだ。
逃げ出すわけにはいかない。
その伝えたいことが例え俺達の関係を壊すことだとしても。
ちゃんと聞いて、ちゃんと考えて、答えようと。──そう心に決めた。




