33.問.幼馴染の人気投票結果は? その2
会場には既に何万人もの観客が入場しており、今か今かと開演を待ちわびてる。
俺達はスタンディング席のステージ右側。最前列の場所でライブ前の雰囲気を味わっていた。
真後ろの方には愛威流と刺繍されたガラの悪い特攻服軍団がいて、異彩を放っている。
「あの、セイラさん。後ろの人達って……」
「あれもアイルのファンクラブの一員だよ。ちょっと見た目はあれだけど、普通にいい人達だよ」
うん。見た目があれな時点で説得力ゼロです。
金髪にリーゼント。アフロっぽいやつもいる。ヤンキーのバーゲンセールかっての。
正直怖いからもう後ろは見ないようにしておこう。
そんなことを考えている俺をセイラさんはまじまじと見つめると、
「星くんパーカー脱いだほうがいいよ。始まったらかなり暑くなるし」
俺の羞恥心の防護服ともいえるパーカーを指摘された。
確かに今の時点で暑い。きっと会場の熱気が上がったらもっと暑くなるのだろう。
この下は派手なアイルTシャツ……。
涼しさを取るかプライドを取るか。
そんなの簡単だ。男ならもちろん……。
「そ、そうですね。脱ぎます」
体調を崩してしまっては元も子もないから仕方ない。
だってマジで暑いんだもん。
「あ〜、アイルのTシャツだ! 星くんも着てきてくれたんだね」
セイラさんはショッキングピンクのアイルTシャツを見て喜んで言った。
死ぬほど恥ずかしい……。
「い、いや、これは母さんが着ろってうるさかったんで……」
「へぇ〜」
そう言ってセイラさんは目を細め、訝しがるように俺の顔を覗き込む。
「ほ、本当ですって!」
「はいはい。でもありがとうね。アイルが見たら喜ぶんじゃないかな」
「ど、どうですかね? あはは……。そういえばアイルには俺が来るってこと伝えてるんですか?」
「伝えてないよ〜。スペシャルゲストってことにしてるよっ♪ 終わった後で伝える予定だよーん」
俺がスペシャルなゲストになってるとは世も末だな。
でもアイルが知らないってことはもしライブ中にでも見つけられたらきっと驚くんだろうな。
まあステージからは観客の顔とか見えなさそうだけど。
「あの、アイルは昨日とかどんな様子でした?」
「あの子家に帰ってきたらすぐ部屋に閉じ籠っちゃったから全然わからないんだよね。今年は1位になるためにいろいろ頑張ってたから集中したかったのかも」
それならいいのだが。俺はあの時、アイルに言った最後の言葉がずっと引っ掛かっていた。
幼馴染の関係を守るために口から出た一言はきっと彼女を傷つけたに違いない。
もちろんそうなることがわかってて言った確信犯の言葉だ。
アイルが望みそうな言葉を口にすることはできないのだから。
俺は目の前にある腰高の鉄柵に手を置くと強く握りしめた。
「あなた達もアイルファンっすか? 一緒に応援頑張りましょう」
トントンと肩を叩かれ後ろを振り返る。馴れ馴れしい声の主は特攻服軍団の中心にいたリーゼントヘアーの男だ。
俺の頬は思わずひきつり、「びゃい」と奇声を上げた。
その様子を見ていたセイラさんは片手を口を添え、お腹を押さえて笑いを堪えていた。
昔からそうだが、セイラさんは俺の行動がツボるらしくよく笑われる。
リーゼントの男は笑っているセイラさんに気付くと目を見開いて二度見した。
「あれ? セイラさんじゃないすか?」
「バレちゃったね。久しぶり」
「お久しぶりっす。その子は彼氏……なわけないすよね。あはは」
おい。失礼だろリーゼント。ロールパンみたいな先っちょしやがって。
確かに俺とセイラさんじゃ釣り合わなさ過ぎだけど。
「いやいや彼氏だよ〜。ラブラブなんだからぁ♪」
そう言って俺の腕に抱きついてきたセイラさん。
パーカーを脱いだから先程より柔らかい胸の感触がくっきり、はっきり、これでもかと伝わってくる。これはパイの暴力だ。
「せ、セイラさんあんまりからかわないでくださいよ」
「星くんは照れ屋さんだな〜」
「な、なんだ冗談ですか。びっくりしましたよ」
「あはは、この子、アイルの幼馴染なんだ。初めてライブ会場に来たんだよ」
「おー、そうかあ! 一緒に死ぬ気で声だそうな」
「は、はぁ……」
死ぬ気で声出して、もし死んだら誰か責任を取ってくれるのだろうか。そう考えると絶対に嫌だ。
だいたい「アイルー!!」とか叫んだら恥ずかしくて悶える。
「えーっとね星くん。この人は表の会長やってくれてる浦安皐月さん。通所サッキーだよ」
「よろしく! サッキーって呼んでくれ」
「は、はぁ……」
この見た目でサッキーとは。もちろんあだ名なんかで呼べる訳がない。
変に遠慮してしまうのがコミュ障なのだから。ぶっちゃけ怖いし。
それにしてもこの人が会長か。確かに熱意だけはきっと誰にも負けないくらい強そうな雰囲気をしている。
ちなみにファンクラブ内でセイラさんがアイルの姉だということを知っている人は表の会長であるこの人だけらしく、秘密にしているらしい。
「あっ、星くんもうすぐ始まるからこれあげるよ」
セイラさんはカバンから棒状のものを2本取り出すと俺の手に握らせた。
「こ、これは!」
「ペンライトだよ。コールとかわからなくてもそのまま振ってればいいから」
これがあのライトセーバーの正体か。
意外に短いんだな。まあちょっと恥ずかしいが、振るだけであれば俺でもできそうだ。それにしても棒状の物を持つとワクワクするのは男の性なのだろうか? それか俺の前世が剣士だったりしたからなのだろうか?
そんなことを考え、スイッチを入り切りして遊んでいると、
──ビーッ!
大きなブザー音が響いて、天井照明が一斉に落ちた。
ザワついていた場内も水を打ったかのように静かになったかと思えば、沸き立つようにコールが起こり始める。
幾千ものペンライトが光る圧巻の光景、ひしひしと伝わる熱気に俺は息を呑んだ。
いよいよライブの開演だ。
その数秒後、ステージサイドに吊り下げられた梯子のような巨大スピーカーから音楽が流れ始める。序曲だ。
バックのLEDビジョンに歴代の人気投票の映像が映し出されると爆発のような大歓声が起こった。
経験したことのない雰囲気に俺はぞわぞわと鳥肌を立たせると、体を身震いさせた。
メンバーの写真がワンショットで流れるように映されていく。9番目に出てきたのは日ノ上アイルだ。愛嬌あるキメ顔に片目を瞑って投げキッスしている。
「「うぉー! アイルー!」」
「「アイルちゃーん!」」
騒ぎ立つ声になぜだか俺が恥ずかしくなってしまう。
女の子の声援も結構聞こえるので、女性ファンも多いのだろう。
200番目には先程出会ったうさぎちゃんが出ていた。
薄いピンクの髪色にセミロングのツインテール。
他のメンバーとは一線を画す丸顔のかなり幼いベビーフェイス。アイドルというのも納得のロリキャラのような可愛らしい顔付きだった。
総勢228名。多いとは聞いていたが、まさかこれだけの人数がいるとは……。
多すぎてまともに名前すら覚えられない。
しかも参加してないメンバーや研修生を含めると300人を超えるという。
耳で聞いた時はふーんと流す程度だったが目で見て初めて実感する。この中の9位になった幼馴染の凄さを。
再び暗転、カウントダウン。
そして眩いステージ照明が灯ると、ステージ中央の大きなひな壇に人形のように敷き詰められたメンバー達が各々写真と同じポーズをとって静止していた。アイドルらしいフリフリとした赤い衣装を身にまとっている。
そして「Let's live it up!!」の掛け声と共に音楽が鳴り、ライブがスタートした。
アイルはどこにいるかと探す間もなく見つかった。
センターではないが、前列中央の右から3番目で楽しそうに歌い踊っている。
彼女が歌う部分では「登る! 上がる! 超絶サンライズ、日ノ上アイル!!」とのコールがアイルファンから届けられた。隣にいるセイラさんもノリノリで思わず苦笑いしてしまう。
俺はペンライトを小さく振りながらステージで輝く幼馴染の姿を食い入るように見つめた。
そこには俺が考えていた劣等感なんてものはない。何万にもの人達を楽しませ、このステージに立つために努力してきた彼女と日々何の生産もなく生きている俺を比べること自体間違っていた。
ちゃんと見た今だから認める。日ノ上アイルは俺にとって自慢の幼馴染なのだと。そして同時に後悔していた。今まで彼女の活躍を見てこなかったことに。
その後、彼女達はMCを挟みながら全15曲を歌い上げると着替えのためにステージから捌けていった。
再び場内に照明が灯る。
「いやー、暑いね〜。初めてのライブどうだった?」
セイラさんはTシャツの襟首を掴んでパタパタとばたつかせながら言った。
「す、すごかったです……。アイルのやつ本当にすごいんですね」
「星くん。すごいしか言ってないぞぉ。他にはないの?」
「他にはですか。まあ、その。すごく輝いてました。あの中で一番」
「あらあら。アイルに惚れちゃった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「本当に〜?」
嬉しそうに脇腹をペンライトで突いてくるセイラさん。
「ほ、本当ですよ!」
少しムキになって強い口調で俺は答えた。
頭によぎったのは一昨日のアイルとの出来事。
俺が好きなのは水ノ下でアイルとはただの幼馴染の関係でいたいと思っているのだから。
セイラさんは少し残念そうに「そっか」と呟いた。
その反応に俺は気まずさを覚える。もしかするとセイラさんはアイルが俺の事を好きだと知っているのかもしれないと。
沈黙して会話がなくなって数分後、メンバー達が各々先ほどとは違う衣装に身を包んでステージに登場した。
再び、ひな壇が埋め尽くされる。
司会者のおじさんが登場するとLEDビジョンに生中継の様子が映された。
「あの、これって228人全員発表していくんですか?」
「いやいや、100位まではダイジェストだよ」
128人はダイジェストでさらっと紹介されてしまうのか。
きっと彼女達も努力して必死でやってきたのだろうにアイドルの世界はシビアだな。
セイラさんから聞いた話ではトップ候補として上がっているのは現在、リーダーで今年引退を発表している月島梓。
アイルと同期で高校3年生の南砂鞠。
そして日ノ上アイルとのことだ。
ファンの間では18歳以下を新世代と呼んでおり、新旧の対決の歴史的人気投票になることが予想されている。
もちろん旧世代でも人気のある人もたくさんいるので結果は出るまでわからない。
司会者はペラリと紙をめくると228位から100位までを軽快な口調で読み上げていく。
会場からは「あー……」とため息交じりの声もちらほら聞こえた。
「では100位から50位までの発表になります。100位竹橋うさぎ」
驚きの歓声が上がった。
セイラさんも口に手を当て、驚愕したような表情を見せている。
「あの子すごいんですね」
「いやー本当にびっくり。今年研修生を卒業したばっかりなのに100位に食い込むとはね。すごいことになりそう」
俺にはあまりわからないが、かなりの番狂わせだったのだろう。
うさぎちゃんはステージ中央に用意されたお立ち台に小走りで向かい。──そして派手にコケた。
慌てて司会者が近づく。
「だ、大丈夫ですか?」
「わぁぁ! す、すいませんです。全然大丈夫です」
場内からは笑いが起こる。
さすが天然ドジっ子キャラなだけはある。
素でこうゆう性格をしているので、きっと人気なのだろう。
うさぎちゃんは慌てて起き上がり、お立ち台に上がると一礼した。
「えっと、その、ありがとうごじゃりますでしゅ!」
噛みながら一言そう言って元の席に戻って行った。
うん。シンプルすぎるイズベストだ。
その後も泣いたり、喜んだりと忙しなく順位が発表されていった。
そしていよいよ10位以内の発表が行われる。
セイラさんや会長さん、他のアイルファン達も両手を胸の前で握りしめて、祈るようにステージを瞠る。
「第10位の発表です……。第10位は──天川なつな」
さすがに10位以内となると、司会者のタメも長い。
会場全体が息を止め、順位が発表されるとはっーと吐き出す。そんな緊張感ある雰囲気だ。
その後も5位までアイルの名前が呼ばれることはなかった。
もしかすると本当に1位を取れてしまうのではないか?
「第4位の発表です……。第4位は──日ノ上アイル」
その現実は無情にもスピーカーから響き渡る。
アイルが1位になったら俺はどんな言葉を送ろう。そんなことを考えていた矢先の出来事だった。
ファンのみんなは落胆する様子もなく盛大な拍手と声援を送った。
ただセイラさんは自分のことのように悔しさがにじむ表情を浮かべ、組んでいた手を先ほどよりも強く、強く握りしめていた。
アイルはお立ち台に上がると、
「──本当にみんなありがとう! ここまでこれたのも応援してくれたみんなのお陰です。1位になれなかったのは悔しい……。すごく悔しいけど……」
そこで彼女は言葉を失った。泣き笑いながら話す姿はこの前みた時と同じ表情をしている。
苦しさや悔しさを隠すように無理矢理、必死で作った顔。
俺の幼馴染はきっと俺が考えているよりも脆くて、嘘が下手で、ごまかすのが苦手な人間なのかもしれない。
「頑張れ」とのファンからの声に「大丈夫だよ!」と笑いながら言ってアイルはお立ち台を降りた。
そんな彼女を見て俺の心はチクチクと何かに刺されるような痛みを感じたのだった。




