32.問.幼馴染の人気投票結果は? その1
広大なライブ会場。
巨大なライブステージ。
多彩な光彩を放つステージ照明。場内はスモークが焚かれ未来感溢れるレーザ光線が飛んでいる。
日ノ上アイルはその中心にいる。
楽しそうにキレッキレのダンスを踊り、奏でるように歌をうたう。
何万にもの観客達の歓声を浴び、アイドルとして眩しいほどに他の誰よりも可愛く、美しく光り輝いていた。
初めて見るその光景には、俺の知らないアイドルとしての幼馴染の姿があった。
☆
──土曜日。
今日はアイルの所属するアイドルグループの人気投票結果を見に行く日だ。
アイルの気持ちに気づいた翌日。彼女は仕事で学校に来なかった。そしてその事に関して安堵していた自分がいた。
こうも意識してしまっては、もう今までのように彼女と接することは難しいのかもしれない。
対する水ノ下は何か少しだけよそよそしい感じで接して来たが、割りかしいつも通りだったように思える。そこに俺への好意があるとは到底思えなかった。
きっと水ノ下が俺の事を好きだというのは勘違いなのだろう。それならあの時、アイルと何があったのか気になるが、結局真相は当事者である2人しかわからない。
本日の人気投票が開催される会場が開演するのは、夕方5時で6時からはライブがあるらしい。人気投票結果は夜の8時に発表され全国に生中継される。
俺は幼馴染に対する劣等感からアイルのライブは見たことないし、他のアイドルグループにも興味がない。だからライブに関しては偏った知識しかない。俺のイメージでは客がライトセーバーのような物を持って、へいさ、こらさと踊っている。そんな感じだ。
ぶっちゃけコミ障の俺にとってはリア充達が集うカラオケやバンドのライブとかとなんら変わらない。かなり苦手な雰囲気なのが容易に予想できる。
そんな俺の憂鬱さをよそに母さんは何やら張り切って準備をしていた。
「あんたそんな格好でアイルちゃんに会いに行くの? 着替えなさい。それとこれ、持っていきなさい」
手渡されたのは一枚のうちわ。よくアイドルのファンが持っているあれだ。縁周りにはふわふわもふもふの毛がついた蛍光ピンクの派手な色。中央には金色の文字で愛威流と書かれている。
「こんなの持って外出たくねーよ。恥ずかしい。だいたい愛威流ってなんだよ」
「愛威流ちゃんの名前に決まってるじゃない」
何で漢字なんだよ。暴走族の名前かってーの。
「ほら、Tシャツもこれに着替えなさい。アイルちゃんの応援Tシャツ〜。いいでしょ♪」
母さんがそう言って広げて見せたのはショッキングピンクにWe are sunrise We love 愛威流と黒文字で書かれたTシャツ。
どうやらアイルのファンはサンライズと呼ばれているらしく名字が日ノ上だから日の出を連想して名づけられているらしい。
それにしてもうちわといいTシャツといい幼馴染の名前が入った物を身に着けるのは、むず痒くなるほど恥ずかしくなるのは間違いない。しかもlove 愛威流と書かれていては尚更だ。
「こんなもん着れるかっ! これなら鼻毛とか書いたアホみたいな文字Tシャツ着たほうがマシだ」
「なーに言ってんの。恥ずかしがらずにちゃんと応援してあげなきゃ。あんたの自慢の幼馴染なんだから。着てかないと家追い出すわよ」
なんでTシャツごときで家を追い出されにゃいかんのだ。理不尽すぎる。
まあ少し暑いがパーカーでも着て隠せば大丈夫か。
俺は渋々愛威流Tシャツを着替えると準備を済ませてセイラさんと待ち合わせをしている駅に向った。
☆
梅雨のじめじめした湿気を含んだ空気でパーカーの中は軽いサウナ状態だ。
だがこれを脱いでしまうと下はショッキングピンクの愛威流Tシャツ。絶対に脱ぐわけにはいかん。
暑さに耐えて駅に到着するとすでにセイラさんは待っていた。
その格好は俺と同じショッキングピンクの愛威流Tシャツだ。
「星くん! こっちこっち」
こちらに気付いたセイラさんははしゃぐようにジャンプして、手を振った。豊かな胸が弾むように揺れ、俺の黒目も思わず上下運動を始める。
これは素晴らしい世界記録、いや世界記憶になりそうだ。
「ど、どうも。その格好で来たんですね」
「もちろん! 私アイルファンクラブの影の会長だからね」
「そ、そうなんですか! でも影の会長って?」
「私が会長やってるのアイルには内緒だから、表向きは別の人にお願いしてるんだ。星くんもアイルには内緒にしててね」
「は、はあ。でも会長って何するんですか?」
「んー主なことはファンブログの更新とかライブの応援とかだけど事務所とかと協力して限定グッズとか会報誌とか作ったりしてるよ」
「へぇー。なんかほぼ仕事みたいですね」
「まあ妹のためってのもあるけど好きでやってるからね。将来
はそういったマネージメントみたいな仕事をやってみたいんだ。星くんは進路とかどうするの?」
「特に決めてないですね。やりたいこととかないので……」
明るく尋ねて来たセイラさんに俺は困り顔で答える。
そういえば進路希望調査票まだ書いてなかったな。
文系か理系かも決めてないし、そもそも大学に行くのかも考えてない。
かといって働きたくもないしな。
相変わらず俺の未来の予定は真っ白のままだ。
「あの、アイルはどうするって言ってたんですか?」
「ごめん。何も教えてくれないんだ。また星くんからも聞いてみてよ。じゃ、そろそろ行こっか♪」
少女のように屈託のない笑顔で笑うセイラさんに手を引かれ駅のホームに向った。
昔はよく遊ぶ度、セイラさんに手を引っ張られたな。そして俺がアイルの手を取り、アイルが月花の手を握っていた。
その電車ごっこのような光景を思い出して俺は思わずクスリと笑った。
「んっ? どうしたの星くん。美人な私と手をつなげて嬉しいのか?」
「そりゃ、嬉しいですけど。ちょっと小さい頃のこと思い出しまして」
「あー、昔はよくこうして星くんの手引っ張って出掛けてたね。こうしないと星くん勝手に家に帰るからね」
「あれ、逃げないように掴んでたんですか?」
「うん。でもそれだけじゃないんだなー」
「っと言いますと?」
俺が小首を傾げ手尋ねると、
「ふふーん。それは星くんにはナイショだよ♪」
セイラさんは唇に人差し指を添えて言った。
美人な容姿とそのあざとい行動に、俺は不覚にもドキドキさせられた。お姉さんキャラの魅力は実に凄まじい。
電車に乗ると会場がある水道橋に向う。
目的地に近づく度に色とりどりの応援Tシャツやタオルを持った人達が増えてきた。
祭にも似た雰囲気に俺はつられるようにワクワクとした気持ちが込み上げてきた。行く前は憂鬱だったのに不思議だ。
「結構混んできたね」
「そそそうっすね」
車内は朝のラッシュとまではいかないが、かなり混んできてた。
「星くん、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ」
俺はドア横に立つセイラさんを覆う形で立っている。
大丈夫ではない。このままでは余計な所まで立ってしまう。
避けられぬ男の本能。いや煩悩か。
密着する体と体。息遣いまで聞こえる顔の近さ。豊満なバストは俺のみぞおちらへんでムギュっと押し潰されている。
やばい。柔らか大きい……。
あと一駅がこんなに長く感じるのは初めてだ。
──水道橋〜、水道橋〜。
電車が止まると、どっと人波に押し出された。
流れるように改札口を出る。
「す、すごいやばかったですね」
「だねー。去年もそうだったけど、やっぱりすごいよね」
「んっ? ああ、そうですね」
俺がやばかったのは人ってより、セイラさんの胸のほうなんですがね。まあ、ナイスラッキースケベだった。
駅を抜けるとマシュマロのような真っ白い屋根が付いたドームを目指した。
商業施設前でセイラさんは立ち止まると、
「星くん。ごめんね。ちょっとお手洗い行くからここで待っててもらってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
ポツリと残された俺は壁にもたれスマホを弄っていると床に落ちたフィギュア付きのキーホルダーをみつけた。
手に取り見てみると誰かに似ている。
白銀のツインテールに大きいつぶらな瞳。赤色の制服のような衣装を着たデフォルメされたミニキャラ。
まじまじと見ていると突然目の前にサングラスとニット帽を被った怪しい奴が床に膝をついてなにかを探している。
俺の方に視線を向けると慌てた様子で近づいて来た。
「わぁぁ! す、すいません! それここに落ちてたですかぁ?」
「あ、あ、はい……」
「わぁー、ありがとうですー! それ私の大切なアイルちゃんなんです♪」
ああ、これアイルだったのか。どおりで見たことあると思ったのか。
それにしても怪しい見た目に似合わぬ甘くとろけそうなアニメ声。身長からして女なことに間違いなさそうだ。
俺はキーホルダーをその怪しい女に手渡した。
「今度必ず恩返ししますです! ありがとう♪ お兄ちゃん」
そう言って走り去る怪しい女。
何にも聞いてないのにいつどうやって恩返しするんだよ。
そう思いながら後ろ姿を見ていると、
「あわわ、ぐへっ……!!」
躓いて派手にこけた。そして手に持ったトートバッグの中身を盛大にぶちまけた。
本当にこの子大丈夫か……?
見捨てるのも心苦しいので散らばった物を拾ってあげているとセイラさんが戻ってきた。
「星くん何してるの?」
「この子がこけて、散らばった荷物を拾ってあげてるんです」
「へぇー相変わらず優しいね〜。お姉ちゃんも手伝うよ」
「ありがとうございます」
ヘアピンや化粧道具。髪飾りなどをセイラさんと一緒に集めて怪しい女の所に持っていった。
するとセイラさんを見た女は驚いたように口をあわあわと開閉させる。
「わぁあ! アイルちゃんのお姉ちゃんじゃないですかぁ!?」
「あれ? もしかしてうさぎちゃん!? なんでこんな所にいるの? 大丈夫なの?」
「アイルちゃんのキーホルダー無くしちゃって慌てて取りに来たんですー。そしたらそこのお兄ちゃんが拾ってくれてて♪ えへへっ」
うさぎちゃんとやらは俺を見ると嬉しそうに笑って頭を下げた。一々言動がぶりっ子っぽい。セイラさんの友達なのだろうか?
「ほら、早く行かないとやばいんじゃないの?」
「ああ! そうです! じゃあ、お姉ちゃんまたぁ♪ お兄ちゃんもありがとう♪」
「うん。アイルによろしくね〜」
うさぎちゃんはぴょんぴょんと跳ねるようにスキップでドームのほうに向かって行った。
「あの子は一体?」
「うさぎちゃんって言ってアイルの後輩の子なんだ。結構ドジっ子で天然なんだけど、またそこが可愛いんだよ」
えー!! アイドルだったのかうさぎちゃん。病的なまでのアイル信者かと思ったぜ。
サングラスで素顔は見れなかったがきっと彼女も可愛いのだろう。
その後、俺とセイラさんはドームに到着すると会場に入って開演を待った。




