36.問.約束を守るためカップルに会いに行ったら?
梅雨終えて、セミがはしゃぐよ、リア充か。
くだらない俳句を思いつき、窓から見える燦々と輝く太陽を見つめた。
それにしても暑ちぃ……。
毎年よくもまあ夏という季節が忘れずに訪れるものだ。
地球温暖化と言われる昨今。そんな生ぬるい名称ではなく、地球灼熱化いや、地球紅蓮化とかに変えた方がいいのではないだろうか。ちょっと中二ぽくてカッコいい。
それはそれとして我が校は、エアコンという人類史上最高の発明ともいえる装備がまだ起動していない。
7月中旬から使用が許可されるらしい。
節電という名のもと、焦らしに焦らされ俺の通う東西高校の生徒達は日々の学校生活を送っていた。
日ノ上アイルの人気投票が4位という結果に終わってから2週間。
俺の日常は急激に変わっていた。
「ほら、ちゃんと授業聞きなよ」
だらけている俺の肩を横から消しゴムでグリグリと押し付けてくるアイル。
うん。ちょっときもてぃー。
席替えでこいつの隣になったことは些細な変化。
今までと違うのは学校でもよく喋るようになったこと。
いや、よく絡んでくるようになったと言ったほうが正しいか。
「や、やめろよ」
「はぁ? 星くんがちゃんと授業聞いてないのが悪いんでしょ」
「お前らうるっさいな。ただでさえ暑いのにいちゃつくな。テスト近いんだぞ」
担任の赤ちゃんこと妙典姫咲は額の汗を拭って俺達を指差した。
この時期になっても、あいも変わらずご自慢の赤ジャージを着用している。
「な、何言ってるですか先生。いたゃちゅいてないですよ……」
おいおい、そこで噛むなよ日ノ上アイル。
ただでさえこいつと絡むと目立つというのにこんなことでは尚更だ。
アイルはいままで隠していた俺と幼馴染だということを周囲に明かした。
そこから俺へのアピールとも取れる言動がスタートしたのである。もっとも俺自身は彼女の気持ちに気づいているが、他の者とも気さくに喋るアイルだから周りのみんなは特別なんとも思っていないようだ。多分、恐らく。
そんな俺達を見る視線の中に渋面を浮かべる水ノ下の姿があった。
水ノ下美織。日ノ上アイルと並ぶ学校の2大美少女。清楚で可憐。実はギャルゲ大好きな誰にでも優しい女の子だ。
俺の意中の人でもある。
水ノ下は人気投票が終わった翌週からなんだか余所余所しくなっていた。
今までの気軽に挨拶とかしてきたのに今ではなるべく近寄らないようにしている雰囲気さえある。
俺としては理由はよくわからないが悲しい現実だ。
☆
学校を終えると俺はアイルと共に喫茶店に向かっていた。
今日は以前約束していた中学の同級生、伊藤貴一とその彼女であるまなみちゃんにアイルのサインとライブのチケットを渡す日だ。
「ちゃんとチケットあるか?」
「当たり前でしょ。私はそんなミスしないし。星くんこそちゃんと貴一くんに連絡したの?」
「ああ、てか思うんだけど俺いなくていいよね? 向こうはアイルと会えればそれでいいわけだし」
「何言ってんの。星くんいないと気まずいでしょ? 私は貴一くんとクラス違ったし、話したこともないんだからね」
俺はクラス同じだけど話したこともなかったんだがな。
だいたい気まずいってなんだよ。お前らみたいなコミュニケーションお化けでも気まずいとかあるのかよ。
「俺いても空気だと思うぞ」
「空気がないと人間生きていけないんだから大切でしょ」
そうか俺はみんなを生かす存在だったのか。
じゃあ俺が消えれば世界が終わる。我が手中にあるワールドエンド。
神、空渡星斗誕生の瞬間だっ!
「でもちゃんと紹介とかしなさいよ」
「なんだよ紹介って。自分で名乗り出ろ」
「そんなのあるかっ! ちゃんと幼馴染でアイドルの日ノ上アイルちゃんですって紹介するの」
あ、アイルちゃんとか絶対に言いたくねー。
まあアイルと貴一カップルならほっといても互いに自分から自己紹介するだろ。
そう考えて適当に返事を済ますと待ち合わせの喫茶店に入った。
窓際奥の席に腰掛けている二人は俺たちを見つけると大きく手を振った。
近くに行くとまなみちゃんは口に手を当て驚いた様子でアイルに会釈した。
「えーっと同じ中学だったけど俺のこと覚えてる?」
と貴一。
「うん、もちろん覚えてるよ。久しぶりだね貴一くん」
と営業スマイルで返すアイル。
お前、前に知らないって言ってたじゃねーか。
ナチュラルに嘘をつけるこいつ。怖い。
着席するとアイルは俺の脇腹を突いた。紹介の催促だ。
貴一とまなみちゃんも流れ的にそうなると思っていたのか、俺を見たまま言葉を発しない。
これは想定外の流れだ。
アイルはもう一度小さく俺を突く。
くそっ……。みんなでよろしくやってくれればいいものを……。
こうゆう雰囲気、本当に苦手だ。
えっと、何言えばいいんだっけ。やばい混乱してきた。
「え、えっと、幼馴染でアイドルの空渡星斗ちゃんです……」
「「アハハ!」」
紹介するつもりが爆笑を起こしてしまった。
「いやーナイスギャグだぞ星斗。面白かった」
アイルは笑い終えると額を押さえて肩を竦めた。
「はぁ……ありがとう、幼馴染でアイドルの空渡星斗ちゃん」
そう言って改めて自分から2人に自己紹介した。
最初っからこうしておけばいいものを。
いらぬ巻き添えをくらった。
その後、アイルはまなみちゃんが持ってきた色紙にサインを書くと2人にライブのチケットを渡した。
アイルと喋れてハイテンションのまなみちゃんはまるで子供のようだった。
「来年こそ1位取ってよね! アイルちゃんのこと応援してるから」
「うん! 必ず1位になってセンター取るから。ありがとうね」
そう言って笑い合うアイルとまなみちゃん。
微笑ましい光景だったが、その直後まなみちゃんの一言で雰囲気が凍りつく。
「そういえばさ、盗人くんは美織と最近どうなのよ?」
「え、いや、特に何も……」
「今なんて言った?」
「「えっ?」」
先程とは大きく変わったアイルの冷たい口調に俺とまなみちゃん、貴一は驚いて彼女に視線を移した。
確かに水ノ下の話題が出たのはまずい。一緒に登校したあの時になにがあったか知らないが、アイルは水ノ下を恋敵として見ているわけだし。
だがアイル不機嫌になった理由はそこではなかった。
「さっき星くんのこと盗人って言ったよね?」
「えっ、うん、あだ名って聞いたから……中学の時の……」
アイルの怒りを含んだ鋭い目つきにまなみちゃんは申し訳なさそうに答えた。
すると机を叩いてアイルは立ち上がり、
「星くんは盗みなんてしてない。彼を二度とそんなあだ名で呼ばないで!」
店内中に響き渡る声で叫んだ。
息を荒げるアイルを見て「お、おい。落ち着けよ」と伝えるとまなみちゃんは機嫌を損ねた様子もなく「ごめんなさい」と素直に俺とアイルに謝った。
「こちらこそごめんね。いきなり大きな声出しちゃって。でも本当に星くんはそんなことしてないから」
アイルも冷静さを取り戻すとそう言ってまなみちゃんにフォローする。
俺は財布を盗んで罪を着せたのが友達だった林健人だという真実は彼女に伝えていない。
ならアイルはなぜ断言してまでそう言えるのか。俺に好意があるからだろうか?
そういえば水ノ下も俺がやってないって信じてくれていたな。
「いやいや、私が星斗くんのこと、なにも考えずにあだ名で呼んでたのが悪いんだし」
俺としては別に気にしてないけど。
まあひとまず険悪なムードが長引かないで良かった。
「貴一くんがそんなことをまなみちゃんに教えるのが悪いんだからね」
「えっ、俺かよ。す、すまなかったな星斗」
「いや、別に」
貴一は下げた頭を上げると、
「そういえばさ、東西高校って来週からテストだよな?」
話を切り替えるように言った。
「うん」
「俺達もなんだ。良かったら一緒にテスト勉強しない? いや、むしろ勉強教えてほしいんだ」
突然の貴一からのお願いに俺は渋面を浮かべた。
確かに貴一達が通っている高校よりも偏差値は高い。だが俺が人に勉強を教えるなど無理だ。
インプットは多少できてもアウトプットが苦手なのだから。
だいたいテスト勉強を一緒にしてなんになる。勉強なんてもは独りでコツコツやって身につけるものだろ。
「いいよー! 私も参加するからやろうよ♪」
アイルは身を乗り出すと勝手に話を進めていった。
俺、やるとは一言も行ってないだが……。
「ついでに星くんの勉強も見てあげるから」
「い、いらぬ気遣いだ。だいたい俺は順位的に真ん中だから現状維持でいいの」
「はぁ? そんなんで満足してないで上を目指しなさいよ」
上を目指してどうなる。
別に頭のいい大学に行きたいとかそんな目標もないしな。
あっ、そういえば進路希望調査票まだ出してなかった……。まずい。
「わぁ! アイルちゃんと勉強できるなんて嬉しい! 楽しみにしてるね」
楽しみにしてる時点で勉強する気ないんじゃないですかね、まなみちゃん。
「うん♪ なんでも聞いてまなみちゃん。じゃあ今週の日曜で場所はどうする?」
「うーん。それはまたこっちで決めて星斗に連絡しとくよ」
貴一め余計なことを。
これでは必然的に俺が連絡係になってしまうではないか。
俺はどうにかして勉強会に参加しないように頑張ろうと心に決めたのだった。




