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27.問.幼馴染がお弁当を作ってきたら?

 神楽坂事件の翌日の昼休み。

 俺はアイルに呼び出され、人気のない視聴覚室に向かった。

 扉を開けて早々に見えてきたのは手を後ろに組んで佇む彼女の後ろ姿だった。


「一体なんの用だよ?」

 

 俺の声にビクッと肩を動かし、振り返るアイル。


「んっ……これ、あげるっ」


 彼女はそう言ってご自慢の白銀ツインテールをクルクルと指で弄りながら、ピンク色の可愛らしい巾着袋を俺に渡した。 


「コレハ、ナンダネ?」


「な、なんで片言なの。普通にお弁当だけど……」


 ほう。お弁当。

 幼馴染×手作り弁当とは実に甘美な響きだ。

 そりゃ何年も連れ添った幼馴染なんだから弁当なんて当たり前なわけで──ってんなわけねーだろ。

 なんで俺に弁当くれんだよ? あれか? いつも焼きそばパン食べてる俺が可哀想だからか?

 いやいや、こいつが俺の食生活を気にするほど優しい訳がない。

 普段ツンツンして、いがみ合う関係である俺に今更お弁当だと……。


「なんで俺に弁当なんか」


「いや、その、昨日のお礼」


 昨日のお礼か。

 それなら納得できる。神楽坂先輩から身を呈して彼女を守ったのだ。お礼くらいあっても普通かもしれない。


「ありがとう」


「ど、どいたしましてっ……。手とお腹、大丈夫?」


「ああ、まだ痛むけど大丈夫だぞ」

 

「痛むならさ、えっと、その……お弁当食べさせてあげよっか?」


「ぬぇ!?」


 いや、やっぱりなんかおかしいぞこいつ。

 昨日もいきなり抱きついて来て、その後泣いてたしな。全然分けわかんねーよ。

 幼馴染だからある程度言動を把握して理解できていると思っていたがこんなアイルは初めてだ。

 しかも俺にお弁当を作っただけでなく、あまつさえ食べさせるだと?


「ど、どうしたんだよ? なんか今日のお前おかしくないか? 別に昨日の事を恩に感じてるなら、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫だぞ」


「そりゃ昨日助けてもらったのは感謝してるけど、別にそれだけじゃないというか。なんというか……」


 朱に染まった頰を人差し指で掻きながら俺から視線を逸らすアイル。

 彼女は暫くするとハッと思い出したように手を叩いた。


「そう、恋愛協力の一環よ! 手作り弁当とか食べさせる機会もあるでしょ?」


「恋愛協力の一環ね。それならまあ納得だが……」


「……うん。じゃあ、開けてみて」


 アイルに促された俺は席に着くと巾着袋の紐をほどき2段の弁当箱を取り出した。

 蓋を開けると少し焦げ付いた卵焼きに竜田揚げとコロッケ。そして2本足の猫みたいな謎キャラウインナーが鎮座している。

 アイルは箸を持ち卵焼きを摘むと、


「そ、それじゃ、あーんして」


「本当にやるのかよ?」


「そりゃ、やらないと練習にならないでしょ? 手もまだ無理しないほうがいいし。いいから、あーんして?」


「あ、あーん」


 恥じらいながらも大きく口を開くとアイルが、ぷるぷると小刻みに箸を揺らしながら卵焼きを近づける。

 やばい……超恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと待った」


「な、何?」


「恥ずかしいだろ。普通に考えて」


「じゃ、じゃあ星斗は目瞑ってていいよ」


 なんだよそのプレイ。

 っていうかこいつ2人っきりの時に名前で呼んだぞ。

 やはり何かがおかしい。


「いや、自分で食べるからいいって」


「そんなのダメっ! 第一私の練習にならないじゃん」


「わ、分かったよ。あ、あーん」


「あーん♪」


 俺が目を瞑るとすぐに口の中に卵焼きが入ってきた。

 卵焼きの味はしょっぱく、決して美味しいとは言えない出来栄えだった。


「ど、どう……かな?」


「しょっぴゃい」


「そ、そっかあ、やっぱ慣れないことするとダメだね。パンも買ってきたから心配しないで」


 そう言って笑いながら頬を掻いたアイルの人差し指に絆創膏が貼ってあるのに気づいた。

 味は確かに美味しくない。ただ手に付けられた勲章とも言える()()を見たら無償に胸が温かい気持ちになって、俺はアイルから箸を奪い取ると無我夢中で中身を掻き込んだ。


「ちょっと。食べなくていいよ」


「いや、別に食えないほどじゃない。母さんに食べ物は粗末にするなって昔から言われてるからな。全部いただくわ」


 アイルは少し俯くと顔をあげ、


「──ばかっ……。なにそれ。今度は絶対美味いって言わせるんだから」


 そう言って子供っぽく白い歯を見せて笑うアイル。

 その笑顔はここ最近見た中で一番眩しい笑顔だった。

 弁当を食べ終えた俺は入れてもらったお茶を飲んで一服する。


 今日のアイルはどこか変だ。だがそれは多分昨日俺が助けたから恩に返ししてる。理由はただそれだけだろう。

 長年いがみ合ってきた仲なのだから、昨日の一件だけで『こいつ俺の事好きなんじゃね現象』に、この俺が陥ることなどないのだ。

 

「今日の朝、野原君達に囲まれて大変そうだったね」


「ああ、大変だったぞ。全然喋れなかったしな」


 俺とアイルは昨日の事を聞こうとするクラスメイト達に朝から囲まれて根掘り葉掘りと質問攻めにあった。

 もっとも俺が上手く話せる訳もなく、『うん』とか『はい』とか返事をしていただけだ。


「ふふっ。でもみんな思ってたよりいい人達でしょ?」


「野原はいい奴だよな。昨日俺を運んでくれたし。だけど木場はめんどくさいかった」

 

 野原という男は本当によくできた男だ。

 木場みたいな暴走するタイプに注意することもできるし、俺みたいな奴も見下すこともなく普通に接してくれている。

 特に人間において人を注意するというのはかなりのハードルある行動で、親しい仲になったほど『それはダメだろ』とはっきりと伝えることは難しいものだと思う。

 そこら辺を総合的に評価すると野原はきっと信頼できる人物なのかもしれない。


「あはは、まあ木場くんは星斗には合わないかもね。でもいい機会だし友達作ってみなよ」


「友達って作るものじゃなく、できるものだろ?」


「そんな事言ってるからぼっちなのなんじゃん」

 

「くっ……。それよりお前の好きな人って結局誰なんだよ?」


「んー、もしかしたら今週末に分かるかもね」


「今週末? なんかあったけ?」


「さぁ? 星斗には教えなーい。じゃ、私、先に戻るね」


 アイルは弁当箱を仕舞うと軽い足取りで室内を後にする。

 そんな幼馴染の後ろ姿を俺はなにか煮えきらない思いでただじっと見つめていたのだった。



 放課後になり、俺は珍しく赤ちゃんに呼び出された。

 理由は聞かされていないが、また雑用かなにかを押し付けられるのだろう。

 職員室に入るとディスクチェアに仰け反りながら、クルクルとコマのように回っている赤ちゃんと水ノ下がいた。

  

「よう、来たか救世主」


「なんすかそれ。別に世紀末なんて救えませんよ。それより水ノ下はなんでここに?」


「えっと、ちょっといろいろあって」


 何か言いづらそうに俯く水ノ下。

 赤ちゃんはそんな彼女の肩をポンと叩くと前に躍り出た。


「お前を呼び出した要件は2つある。1つ目は昨日の神楽坂のことだ。あいつは3ヶ月の停学になることが決まった。無論、次やれば退学だけでなく、ストーカー行為をすれば警察を介入させる。これは学校として決めた判断だ。納得いくかわからんが、この学校の判断を信用してほしい」


「はぁ、わかりました」


「そして2つ目だ。これから水ノ下の家に行くんだが、お前も付いてきてくれ」


「はぁ? な、なんで?」


「星斗くん、本当にごめんなさい!」


 水ノ下はひと目も憚らずに頭を大きく下げた。

 この理解が及ばない状況に俺は困惑した表情を浮かべ、2人に経緯を聞かされたのだった。

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