28.問.趣味を説得しに好きな人の家に行くことになったら?
水ノ下は深く下げた頭をゆっくりと上げて、美しいブロンドヘアーを手櫛で直す。
彼女は組んだ両手を胸にもってくると、
「昨日星斗くんに借りたゲームがパパに見つかってしまって……。本当にごめんなさい」
「そ、そうなんだ。大丈夫だったの?」
「大丈夫なわけないだろ? 娘がこんな趣味に走ったのは学校のせいだ! って水ノ下の父親から連絡があった。それでクレーム処理に私が向かうわけだ」
赤ちゃんがそう言うと水ノ下は面目なさそうに再び頭を下げる。
彼女のご両親がアニメやゲームが嫌いで、隠してやっていたことは聞いていたが、学校に連絡するほどの嫌悪感を抱いていたとは。別に悪いことをしてるわけでもないのだから流石に可哀想だ。
一応大体の事情は飲み込めたが、これは家族間の問題であり俺が関わることでもないのになんで一緒に家に行かねばならんのだろうか。
「あの先生。それでなんで俺が呼ばれたんですか?」
「ああ、お前が水ノ下に貸したゲームにご丁寧に名前が書いてあったそうだ。友達いないくせに名前なんか書いて何がしたいんだお前は? マーキングか」
「マ、マーキングって。俺、縄張り意識なんて皆無ですが」
「バカ言え。お前ほど縄張り意識高い系のパーソナルスペース保守主義者もいないだろう」
「そうですか? でもなんかそれかっこいいですね。テリトリーの異能者みたいで」
「お前の狭いテリトリーだと血を吸いに来た蚊くらいにしか使えなさそうだな」
「くっ……。で、話し逸れましたが、ゲーム貸しただけの俺がなんで水ノ下の家に行かなきゃいけないんです?」
「これは私の勝手な考えなんだけどな。お前水ノ下のお父さんにギャルゲの魅力を伝えて、説得してみろ」
おやおや、この人、ついに壊れたようだ。コミュ障の俺に初対面の人を説得しろだと? そんな高難易度のクエストを人間レベル1の俺がこなせるわけないだろ。アウアウしてなにも出来ないのが目に見えてる。
水ノ下もこの話は聞いていなかったようで驚いた様子で赤ちゃんに詰め寄った。
「先生、星斗くんにはゲームを引き取ってもらうだけって話しだったじゃないですか? それがなんで説得なんか」
「落ち着け水ノ下。ゲーム引き取ってもらってほどぼりが冷めたらまたこっそりとやるってのも別に悪くはないが、今後のために根本的に解決したほうがスッキリするだろ?」
「いや、スッキリって。多分俺なんか行っても魅力どころか、なにも話せませんよ? 不要物になるだけです」
「そうですよ! 先生、これは私の問題なので自分で解決していきます」
ふぐっ。そうですよ! って水ノ下さん。何気に俺にダメージを与えないでください。まあ確かにそうなんだけどさ。
「水ノ下、それならなんでお前はいままで隠してゲームしてたんだ? 最初から説得すればよかっただろ」
「それは、時期が来たらちゃんと言おうと思ってて……」
「時期ねぇー。まあ細かい話は置いといて、私に任せてみろ」
誇らしげに胸を叩く赤ちゃん。「あの……」っと声を掛けた俺の事は全くのガン無視だ。
「それじゃ行くとするか。空渡、あんまりつべこべ言ってると後でどうなるかわかるよな?」
赤ちゃんはそう言って、ギラリとした鋭い眼差しで俺を睨めつける。
どうなるか? 多分文化祭や体育祭の実行委員とかにさせる気だろう。常套手段の脅し文句だ。
ただ数カ月も拘束される実行委員より、ここは大人しくついて行ったほうが利口かもしれない。
別に責任を負うことでもないし、ダメならダメでそれまでだからな。
赤ちゃんは立ち上がると俺と水ノ下を連れて駐車場に向かった。
派手なアメ車に乗り込み水ノ下の家に向かう。
車内ではイカツイ車の見た目に似合わぬ、古き懐かしいアニソンが流れている。
「先生もアニメとか好きなんですね?」
「ああ、主にロボットアニメだけどな。空渡と私が実は親戚ってのは水ノ下は知ってるか?」
「はい。以前、星斗くんに聞いたことがあります」
「こいつにアニメとかゲーム教えたの私なんだよ。小さい時はもう少し愛嬌があって可愛かったんだがな」
「ちょ、ちょっと先生。あまり俺の過去を言わないでいただきたいですが」
「別に大して隠すような話しないだろ? 何恥ずかしがってんだ。お前、水ノ下のこと好きなのか?」
「はぁ!? 何を言ってりゅんだ!」
「あはは。冗談だよ」
くそっ、本人目の前にして言いやがって。心臓飛び出るかと思ったぜ。
助手席に座る水ノ下も愛想笑いするように声を出して笑った。
彼女の胸の内は俺には分からないが、この反応的には本気にはしていなさそうだ。
水ノ下美織。あの入学式の日から彼女に恋して早1年以上の月日が経った。我ながら無謀な片思いだということは最初から分かっているが、ここ最近は距離が縮まりついつい期待してしまう自分がいる。
俺としたことが本当に困ったものだ。世の中美少と野獣カップルというのはたくさんいるだろうが、野獣でもないダンゴムシを好きになる奴などいないというのに。
そんなことを考えながら、赤ちゃんと喋っている水ノ下をチラチラと見ていた。
☆
洋館のような一軒家の前で車が止まる。どうやらここが水ノ下の家らしい。
立派なバロック調の建物で、家の横には立派な教会がある。
純粋に神様を信じている俺はこうゆう所に来ると神秘的な力を手に入れれるのではないと少しだけテンションが上がった。
「ちょっと、びっくりした?」
「ああ、これ全部水ノ下の家なのか? 金持ちなのか?」
俺の愚直な質問に水ノ下は少し笑いながら手を振って否定する。どうやらこれは教会の神父を担当している人が住める社宅みたいな物らしく、持ち家というわけではないようだ。
俺と赤ちゃんは水ノ下に案内され家に上がると来客室に通された。
扉を開け待ち受けていたのは到底神へのお祈りなどしそうもないかなり強面のおじさんだった。
「ご来訪いただきありがとうございます。どうぞお掛けください」
「いえいえ、では失礼します」
赤ちゃんに促され俺もソファに着席する。
目の前には水ノ下、斜め前には強面の水ノ下父、横には赤ちゃんという布陣だ。
正直、水ノ下父の強面な顔に驚きっ放しだ。
格好は黒い神父服に十字架のロザリオを握っていてそれらしい。
だが、スキンヘッドな上、目が細くて眼光が鋭い。
はっきり言って仁義とか任侠そんな言葉がしっくりくるアウトでレイジな人相だ。
多分水ノ下はお母さん似なのだろう。そうでないと遺伝子のイタズラがあまりにも過ぎる。
「先生、そちらの子は?」
「こいつが美織さんにゲームを貸した空渡星斗ですよ」
「君が空渡くんですか……」
ギロリと睨む水ノ下父。
なにこの人バラしちゃってんの。めっちゃ怖いんですけど……。
俺、好きな人のお父さんに殺されちゃうんじゃないの?
防衛反応が働いてだろうか、自然と視線が泳いでしまう。
「そんなに怖がらなくても何もしませんよ」
「は、はぁ……」
ビビリっぱなしの俺を見て赤ちゃんは口を噤んで笑いを堪えている。
こいついつか絶対に復讐してやる。
「あの、先生、それで娘の事ですが」
「あっ。はいはい。それで美織さんがいわゆるギャルゲってやつをやっていたことですが、それは美織さんがお話しした通り彼女自身の趣味であり、学校で流行っていたとかそうゆうことはないですよ」
「ふん。そうですか」
「だから言ったでしょ。星斗くんもただ貸してくれただけで関係ないよ」
「そうか。だがああゆうゲームは普通、女の子がやるものじゃないだろ? なんでお前はあんな低俗なものをやってたんだ?」
「て、低俗なものって、そんな言い方酷いよ。私がどんな趣味を持ってようが私の勝手でしょ?」
父に向かって声を荒げた水ノ下。
確かに人の趣味、嗜好は人それぞれ千差万別であり、自由であるべきだ。
ただそれは理想的なもので実際には批判されることは多々ある。
世間というのは偏見でしか物事を見ないから仕方がない──のではないのだ。
それに至るべき理由は数多くある。
例えば趣味がスポーツとなれば、明るく健康的で活発なイメージを与えるし、現にそういった性格をした者が多いだろう。
だが趣味が美少女ゲームともなれば、根暗で少し危ない雰囲気さえ感じさせる。要するにそのイメージを作り上げた人と事柄があって世間一般に認知されるわけだ。
だから水ノ下父がそんな趣味を持っている娘を心配する気持ちもわからないでもない。
「いや、勝手ではない。親は子を教育せねばならんのだからな。だからお前のその趣味はやめさせる! 今後はするんじゃないぞ!」
腕組みをしながら不機嫌な様子で宣言した水ノ下父。それを聞いた赤ちゃんは遮るように手を伸ばした。
「まあまあ、お父さん落ち着いてください。それがなんであれ、何も知らない状態で批判するのは良くないと思います。ここは一つギャルゲがどういったものか知ってみませんか?」
「し、知るって先生」
「じゃあ、空渡。頼んだぞ」
た、頼んだぞっておいおい。
俺はここからどうすればいいんだよ……。




