29.問.趣味を認めてもらうためにどうするか?
「頼んだぞ、空渡」そう言った赤ちゃんに肩を叩かれ、俺は会話のバトンを受け取った。
しかしこの俺が水ノ下父を説得できるわけがない。
今もこうして恥ずかしがり屋な純情乙女キャラのように手をもじもじ動かしながら「あの……」っと何も言い出せないままである。
「はぁ……。お前は本当に期待を裏切らないな」
「こ、光栄ですね。期待を裏切らない男ってのも」
勝手に連れてこられて、勝手に期待されて、勝手に失望される。
理不尽すぎる展開だ。だいたい理解しようとしない人に何を訴えかけようと無駄だと思う。基本的に個人の固定観念など覆せるわけがないのだから。
「せ、先生。お話は終わりでしょうか?」
「すいませんねお父さん。こいつ初対面の人と話すのがかなりの苦手で口下手なんですよ。なあ空渡。ギャルゲってどんなものなんだ? 先生もそうゆうのやらないからよく分からんのだ」
「え? なんで先生に教えなきゃいけないんですか」
「まあ、いいから教えてくれよ。なっ!?」
「簡単に言えば、女の子達との恋愛を楽しんだりするゲームのことですよ」
「そうか。それの何が楽しいんだ?」
「そりゃお気に入りのキャラができれば楽しいですよ。その子に幸せになってほしいって応援したい気持ちになりますし」
なんか誘導尋問されているみたいだ。
恐らく水ノ下父とうまく会話出来ない俺を見兼ねて、赤ちゃん自身が話しかけてそれを俺に答えさせていくスタイルにしたのだろう。
まあこれならば俺は赤ちゃんと話すだけだし、緊張はしないけどかなり回りくどい作戦だな。
「へぇーそうなのか。でもそれだとただ二次元の美少女を愛でるゲームってことじゃないのか?」
「確かにそういった側面もあります。ですがストーリーがしっかりとしている作品も多いです。それこそ下手な恋愛映画とかよりもしっかり、綿密に練られたシナリオで感動する作品も多々ありますよ?」
「じゃあ恋愛映画を見るのとギャルゲをやるってのはあまり変わらないってことか?」
「そうですね。俺個人の考えでは変わらないと思います。世間の認識はどうかわかりませんが、小説、映画、ドラマなどを見るのと大差ないでしょ」
基本的にソースは違えど、同じ恋愛という内容を組み込んで作られているのだ。その根底は変わらないはずだ。
しかも自分の選択でハッピーエンドかバットエンドに導いたりもできる。主観的に話を楽しむのであればギャルゲ以上の娯楽はないだろうと思う。
その後も俺は赤ちゃんと会話するようにギャルゲについて語っていった。
水ノ下父の方を俺は向いてはいないから、聞いているのか分からないが、赤ちゃんは「らしいですよ」と所々で相槌を入れるように確認しており、多分聞いてくれているはずだ。
ひとしきり話し終えると俺と赤ちゃんは居住まいを正して前を向いた。
「どうです? 別に美織さんの趣味は恋愛映画とかを見てるのと何ら変わらないんですよ」
「そ、そうなんですかね? でもよく聞く話ではそうゆうゲームやアニメをする人は思考が変になって犯罪者になったりすると聞くじゃないですか。だから私は反対です」
「そ、そんなことあるわけないじゃん! 何でパパはわかってくれないの?」
「いや、これもお前のためを思って言ってるんだ。いつもみんなから好かれるいい人になりなさいといっているだろ? そんな趣味を持っている人を誰が好意的に見るんだ?」
そう父親に言われた水ノ下の顔はふくれっ面で真っ赤だった。きっと嫌いだと言っていた「いい人」という言葉が出たからだろう。
所詮理解できないものは理解できない。
それは俺だってそうだ。リア充どもの思考が理解できないのと同じだ。
だだ俺はその原因を知っている。知らないから、知ろうと思わないからだと。
「そ、そんなの──」
「ちょ、ちょっといいですか?」
怒り口調で口を開いた水ノ下の声を遮るように俺は小さい声で割り込んだ。
この堂々巡りの話を終わらせるために。
3人の視線がズボンで手汗を拭っていた俺に集まる。
「何かね?」
「み、水ノ下さんは誰にでも優しくて、クラスでも頼りになるいい、いや、すごい人です。本当にみんなから慕われています。そんな彼女にこれ以上何を望むんですか?」
「そ、それはだね……」
「ギャルゲの市場は約150億円と言われています。これは大体文具のシャーペンと同じ市場規模です。だからたくさんの色々な人がやってますし、中には犯罪をする者もいるでしょう? それにマスコミ的にも標的にしやすいので大げさに取りざたされたりしています。実際には犯罪者予備軍みたいなことはないんですよ。知らないことで起こる誤った認識というのは、この世の中にあふれています。人は食べ物を見て、嗅いで、食べてやっとそれが美味しい物なのかまずいものなのかを認識します。だから一度一緒にやってみてはもらえませんか?」
「こ、この私がやるのかね?」
「はい」
理解してもらうのはきっと無理かもしれない。だけど知ってもらうことはできる。知った上で結論を出してもらうのがフェアだし、納得もできるだろう。
「おー、そうだなやって見るのが一番早い。是非お父さん、やってみましょう」
赤ちゃんもわざとらしく手を叩いてノッテきた。
我ながら随分と大胆な作戦だ。てか好きな人の父親とギャルゲをやるってマジでどんなシュチュエーションだよとツッコミたくなるほどだ。
父親以上に驚いていたのは水ノ下でアワアワとしながら回収されたギャルゲの入ったダンボールを持ってくる。
ここで選ぶべきはキャラゲやイチャゲの類ではなく濃厚なストーリーの泣きゲ一択だ。
この強面の人が泣くとは到底思えないが、きっといいシナリオだと感じさせることができれば認めてもらえるはずだ。
ダンボールを探ってパッケージを見ていく。選択したのはギャルゲをやったことない人でも知っている不朽の名作と言われている物を選んだ。
水ノ下と席を交代すると携帯ゲーム機を水ノ下父に渡し、説明をしながらゲームを進めていく。
赤ちゃんも俺の横に立つと覗き込むように画面を見ており、時折この滑稽な光景に口を押さえて笑いを堪えていた。
「ふむ。これはどっちを選択すればいいのかね?」
「ここからは自分で選択してみてください。自分ならこの少女を幸せにするため、好きになってもらうためにどうするか? それを考えながらプレーするのが一番の醍醐味ですから」
「そ、そうか。わかった」
ふと、水ノ下の方をみて見ると偶然なのか目が合い、すぐに視線を窓に移した。すっかり日も落ち、外は真っ暗だ。
「それじゃ、私と空渡はそろそろおいとまするとしよう。お父さん。最後に一言というわけじゃないですが、自分の娘さんが好きになったものです。だから安心して信じてみても大丈夫だと思いますよ。では失礼します」
「は、はい。ご足労いただいた上にお騒がせいたしまして申し訳ありませんでした」
赤ちゃんめ、最後に教育者らしいこと言いやがって。この人はやたら適当かと思えば意外にしっかりと考えたりしてるからよく分からん。結局なんだか乗せられたしな。
「お邪魔しました」と言って水ノ下家を出る。
車に乗り込むと、水ノ下が見送りに来た。
「星斗くん。さっきはありがとう」
「いや、別にまだ説得できたと決まったわけじゃないし」
「うん。そうだね。この後また私からも説得してみる」
「ああ、頑張ってな。じゃあ」
「うん」
車が発進すると水ノ下は見えなくなるまで手を振っていた。
家路を走る車内。赤ちゃんは突然片手で俺の頭をクシャクシャと撫で回した。
「な、何するんですか。髪型が崩れます」
「何を今時男子みたいなこと言ってるんだお前は」
「いや、俺、今時男子なんですがね」
「そうか? まあ今日は良くやったな。コンビニでジュースでも奢ってやるよ」
あれだけやった対価がジュースとはナメられたものだ。
労働にはそれに見合った対価が支払われるべきで、ここはきっとステーキかハンバーグが相場であろう。
ビバ外食!!
「俺、体力使って腹減ったし、ファミレスがいいんですが」
「あん? 今日家で飯食べるってお前の母さんにメールしといたからそれは無理だ」
「なんで先生が勝手に連絡してるんですか。てかまたうちで飯食べるんですか?」
「いやだってさ、一人で飯食べるの寂しいだろ。私はお前みたいに孤独に慣れてないからな」
三十路近くの教師が、しかも親戚とはいえ生徒の家に飯をタカリに来るとは。
悲しすぎるだろ。
☆
家に到着し、飯を食べ終えると俺のスマホに2通のメールが来た。
差出人はアイルと水ノ下からだ。
先月と今月だけで俺のメール受信BOXは過去に例を見ない大盛況を迎えている。
なんとメールが12件を超えたのだ。これは夢の999カンストまで時間の問題だろう。
2件のメールを開くと、我が目を疑った。
なんと内容が2つとも同じだったからだ。
『明日、朝一緒に学校行こう?』
俺はその2通のメールに『いいよ』と同じ文で返信を返したのだった。




