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25.問.襲われている幼馴染を助けたら?

「星くん……。助けて……」


 必死で顔を反らしながら瞳を泪で濡らし、震えた声で昔の呼び名を口にしたアイル。

 その声に自然と体が動いた。

 理由はない。目の前で泣いてる女の子、しかも幼馴染を助けるために理由なんていらないだろ。

 

 手に持ったスマホを胸に押し付け、ギュッと握りしめる。


「や、やめろよ……」


「あん? お前、誰だよ」


 それは梅雨の合間のよく晴れた日。

 まだ太陽が傾き始めた放課後の出来事だった。



 アイルの好きな人が広まって2日目。

 今日も相変わらず学校内は噂で持ち切りだ。


「だ·か·ら、神楽坂先輩のこととか好きじゃないって」


「ホントにアイルちゃん?」


「木場、アイルちゃんも否定してるんだからしつこいぞ」


「いやいや、本当だったら俺、学校来る意味なくなっちゃうからさ。野原も内心気になってるっしょ!?」


 木場よ、お前は婚活するために学校来てるのか。

 まあ俺も水ノ下が誰かと付き合ったりしたら学校来る意味ほぼなくなりそうだけどな。


「星斗くん! おはよ」


「おはよ。ゲーム持ってきたよ」


「わぁ、ありがとう!」


 明るく挨拶してきた水ノ下に俺はカバンからギャルゲを取り出すとこっそりと手渡した。

 嬉しそうに、だがこっそりと自分のカバンに仕舞う水ノ下。

 拳を胸の前でちょこちょこと小刻みに動かし、はしゃぐ彼女はとても可愛らしい。


「早速帰ったらやらせてもらうね♪」


「また、その、クリアしたら感想聞かせてよ」


「もちろんだよ。今日学校終わったら暇かな?」


「今日はアイルのサイン渡すために貴一カップルと会うんだ。アイルが直接会って書いてくれるらしいからさ」


「そ、そっか。アイルちゃんが直接書いてくれるならまなみちゃんも喜ぶね」


 あの二人も俺に奢った甲斐があったと思ってくれるだろう。

 人の信頼を裏切らないというものは実に気分がいいものである。

  

「うん。なんか今日あった?」


「あ、いや、なんでもないよ。じゃあまたね」


 そう言って水ノ下は立ち去って行った。

 もしかすると一緒に帰ろうと言ってくれたのではないだろうか……。

 そう考えるとかなり勿体無いことをした気がする。

 うぉー! なんで今日にしちゃったんだよ。俺……。



 昼休みも終わりに差し掛かった頃。

 久しぶりに学校内で着信が鳴った。


 着信音はベートーベンの運命。

 慌てて廊下の端にあるトイレに駆け込む。


「な、なんだよ。まさか来れなくなったとかじゃないだろうな」


「違うし。ちゃんと行くから。その前に学校終わったら神楽坂先輩に呼び出されたの。一応迷惑かけてるから、ちょっと挨拶だけしてくる」


「へいへい。じゃあ終わるまで待ってるよ。カップルに俺一人とか気まずいし」


「はいはい。じゃあそゆことでよろしく」


 授業も終わり放課後を迎えた。

 今日は部活が休みなのか、教室には木場とかが残っていてガヤガヤと騒がしい。


 この場で待つのも居心地が悪いので、俺はアイルを追いかけることにした。無駄にアイツらに声掛けられても嫌だしな。

 遠くからなら問題ないだろうし、歩いていたほうが暇も潰せる。

 

 3年生の教室に向かったアイルは先輩と話し終えると独り、校舎裏に向かった。

 挨拶だけじゃねーのかよ。

 早く済ませて欲しいものだ。


 少し離れた位置からさり気なく見ていると、先程の神楽坂先輩も校舎裏に入っていく。

 これはどうゆう事だ? アイルは否定してたけどやっぱり先輩のこと好きで告白するんじゃねえか。

 それなら動画でも撮ってアイルの弱みを握れるかもしれない。


 ふふふっと悪意に満ちた笑みを浮かべ、こっそりと校舎裏を覗きに行く。


 チラッと顔を出すと俺はスマホを二人に向けて構えた。


「先輩。改めてこんなとこに呼び出してどうしたんですか?」


「アイルちゃん。噂の件だけどさ」


「はい。それは先程も伝えましたが、完全に桜子の勘違です。すいません迷惑かけて」


「うん。まあそれはいいんだけどさ。ホントのとこ、そうなんでしょ?」 

 

「えっ? ど、どうゆうことですか?」


 アイルは動揺しているようで、神楽坂先輩から視線を合わせずキョロキョロと周りを見渡す。

 その時、ひょっこりと顔を出している俺と目が合った。

 眉を顰めて睨みつけてくるアイル。

 これは後でめちゃくちゃ怒鳴られそうだな……。


「僕はさ、アイドル、日ノ上アイルの大ファンなんだよ」


「あ、はぁ。ありがとうございます」


「僕は嬉しかったよ。みんなのアイドルである君が実は僕だけを見てくれていたなんて。ファンのみんなには申し訳ないかな。ははっ」


「いや、だからそれは桜子の」


「恥ずかしがることないよ。僕もアイルを愛してるから。ふっふっ」


 神楽坂先輩は不敵な笑みを浮かべるとアイルの華奢な両肩に手を置いた。

 あ、愛してるとかすげーこと言う奴だな。俺だったら言った瞬間に悶え死ぬ自信がある。

 そんな先輩の行動にアイルは顔を引きつらせている。


「い、イヤ。離してください」


「離さないよ。やっと掴んだんだからね」


「くっ。ほ、ホントに離しなさいよ! 先生達呼ぶわよ。別に先輩のことなんて本当に好きじゃないから!」


 そう強く怒鳴ったアイル。

 流石に先輩も驚いて離すかと思ったが彼は違った。

 爽やかな顔をした悪魔は仮面を外して本性を表したのだった。


「僕の、僕の言う事を聞けよ! 僕が君に幾らつぎ込んだと思ってるんだ。アイドル、日ノ上アイルの為に! 僕は君を見つけた2年間、すべて君の為に過ごしてきたんだよ」


 突然の出来事にアイルの顔も一瞬にしてこわばる。

 身勝手な彼の言い分だ。

 好きならば好きなりにちゃんと気を使って接することもできないのかよ。

 恋は盲目──そんな言葉クソ喰らえだ。


「だから僕は嬉しかった。今までの女はみんなクソだったからね。君に出会い、君と接して、君と過ごせることが凄く嬉しいんだよ。アイル。君は僕のものだよ」 


「い、痛っ」


 両手に力を込めてアイルの肩を強く握る先輩。


「ああ、そうだ。付き合った記念日にキスしよう。2人だけの秘密だ。これからは僕だけのアイドルになるんだ」


「イヤだ。やめて……。離して」


「うるせぇ! いいからキスしろよ!!」


 豹変した先輩の声に恐怖し目に涙を浮かべたアイル。

 彼女は必死で顔を背けて抵抗している。


 アイルは俺に視線を向けると、

 

「──星くん……。助けて……」


 泣き顔、そして震えた声音で昔の呼び名をぽつりと口にした。

 俺自身この状況に出て行きづらさ感じていたが、その声を聞いて自然と体が動いた。

 理由はない。目の前で泣いてる女の子、しかもたったひとりの幼馴染を助けるために理由なんかいらないだろ。

 

 手に持ったスマホを胸に押し付け、ギュッと握りしめる。


「──や、やめろよ……」


 震えた声でそう言って2人に近づいた。


「あん? お前、誰だよ」


「そ、そいつの幼馴染だよ」


「はぁ? それで?」


 それでってなんだよコイツ。状況わかってんのか。

 流石童貞エネミー。ムカつくぜ。


「好きじゃないって言ってるだろ? 離してやれよ」


「お前には関係ないだろ。失せろよ」


「くっ……。これ、俺のスマホなんだけど、さっきアイルを襲おうとしてたのバッチリ撮ったから。先生達に渡してこようか」


「なんだと。おい、そのスマホよこせよ」


「嫌だ。これは俺のものだ」


「おい、貸せって言ってんだろ」


 先輩は威圧感丸出しで向かってくる。

 確かに俺、弱そうだもんな。楽勝だと思ってるんだろ。

 だけどこれは渡さない。嫌いだが、嫌いだけど俺のたったひとりの幼馴染を泣かせた罰をこいつに与えてやりたいから。

 先輩は俺の胸倉を掴むと胸ポケットに仕舞い込んだスマホを力強くで取ろうとする。

 

「おい、インキャみてーな面して強がってんじゃねーよ」


「い、嫌だって言ってんだろ」


「めんどくせー奴だな。調子に乗ってんじゃねーぞ」


 そう言って俺の肩を掴むと大きく揺さぶって投げ飛ばした。──ザザザッと砂の轍を作って俺は無様にも地面に倒れ込む。


「痛って……」


「ほら、早く出せよインキャ」


「お、俺。あんたみたいなイケメンの顔が歪んでいくの見るの最高に楽しいんですよ。ははっ」


 実際に楽しい。

 特にこうゆうイケメン、内面ブサイクが必死になって底辺の俺に突っかかってくる姿は滑稽だ。

 

「くっ……。喧嘩売ってんのかよ。お前」


 喧嘩など売っていない。屈辱を売ってるんだ。この童貞エネミーめ。

 先輩はツバを吐き捨てると倒れている俺の腹をサッカーボールよろしく、何度も蹴り上げる。


「ぐっ……ふ」


「スマホごと壊してやるよ」


 壊させるものか……! 俺は手で胸ポケットを庇いながらひたすら蹴りに耐え続けた。

 

「お、おい。お前何してる! お前らも手伝え」


 驚いた声を出して現れたのはサッカー部顧問の坂口。

 球技大会の時にやる気あるのかと俺に言ってきたやる気スイッチ野郎だ。

 先生が来てもなお、止まらない先輩を取り押さえたのは同じクラスのサッカー部である野原達だった。


 アイルの姿が見えなくなってるが、きっとあいつが呼びに言ってくれたのだろう。


「なんだよ、離せよ!」


 暴れる先輩を先生とサッカー部達が連れて行く。

 野原は俺に駆け寄ると、


「大丈夫か? 空渡」


「う、うん」


「肩貸すよ。保健室行こう」


 俺の肩を優しく抱くとゆっくりと保健室まで連れて行ってくれた。

 やだ。もう、俺の王子様こいつだったのね。


「アイルちゃんが泣きながら、血相変えてグランドに来てさ」


「そ、そうなんだぁ」


「まだよく状況分かってないだけど、どうしたんだ?」


 どうしたも何もこの状況を説明するのがめんどくさいな。

 端的に言いたいが上手い言葉も出ない。

 それに先程は俺自身アドレナリンが出て興奮していたからコミュ障出なかったが、今はやっぱ緊張する。


「お、襲ってて、襲われて、蹴られた」


「はぁ? すまん。ちょっとよく分からんからまた教えてくれ」


「う、うん」


 野原は養護教諭に俺を引き渡すと颯爽と部活に戻って行った。

 幸い手に痣や擦り傷は残ったが骨に異常はなく、腹部も打撲程度で済んだ。


 少しベッドで休んでいるとスマホに着信が来た。

 貴一からだ


「あ、もしもし、星斗か? どうしたんだよ。ずっと待ってるんだけど」


「そ、そうだよな、ごめん」


 俺が詫びの言葉述べていると間仕切りのカーテンを開けてアイルが入ってきた。

 その目は少し赤ぼったく腫れている。

 俺からスマホを取り上げると、


「えっと、日ノ上アイルだけど」


「えっ!? あ、アイルちゃん!? 貴一だけど」


「本当にごめん! 今日ちょっと色々問題があって行けなくなっちゃったんだ。星斗も。今度埋め合わせするし、ライブのチケットも渡すからそれで勘弁して」


「ま、まあアイルちゃんがそう言うなら。ライブチケット、マジでよろしくね」


「うん。それじゃ」


 アイルは電話を切り、俺にスマホを渡すと、

 

「大丈夫!? 怪我してない?」


 すぐ様慌てた様子で手を握りながら尋ねてきた。

 顔がかなり近くにあり、思わず目を逸らす。


「あ、ああ。擦り傷と打撲程度だってさ」


「よかったよぉ……」


 アイルはそう言うと俺を包み込むようにギュッと抱きしめた。

 痛みも忘れるくらい、突然の行動に思考が停止する。


 ほのかに甘い香りに、カッターシャツ越しに伝わる程よい双丘のやわからな感触。

 俺は思わず息を止めた。 

 な、なんだよコイツ。いきなり。


 アイルは俺の耳元に口を寄せると、


「──ありがとう星くん守ってくれて。す……す、素敵だった……ぞ」


 そう囁き、体を離すと、何故か頬に一筋の雫を伝わせながら微笑んでいた。

 僅かに空いた窓から優しい風がそっと吹き抜け、黄色のカーテンを揺らしている。


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