24.問.幼馴染アイドルの好きな人が知れ渡ったら?
クラス会を終えた翌週の月曜日。
学校内は騒然となっていた。
理由はアイドル。日ノ上アイルの好きな人が発覚したとの噂が広まったからだ。
きっとあの場にいた野原グループの誰かが漏らしたのだろう。
それにしてもさすがは現役アイドルのスキャンダル。わずか2日間で知らぬものはいないほどに知れ渡っている。
あの場では大いに否定していたアイルだったが、具体的な名前が出て来た以上信憑性が増してしまう。
神楽坂先輩。
俺は彼がどんな人物かは知らないが、多分あいつが好きになるくらいだから相当なイケメンなのだろう。
「もぉ! 桜子のせいだよ。こんなに噂広まっちゃったし。ネットに書かれたらどうすんの!」
「本当にごめんって! 前にみんなでご飯食べに行った時とか遊んだ時にいい感じだったからさ。でも神楽坂先輩カッコいいし、お似合いだと思うけどな……」
「全然そんなことないって。早く噂消えてくれないかな。人気投票近いのに……」
はぁ……っと嘆息して不機嫌そうにアイルは腕を組んだ。
普通の人なら好きな人がバレたところで恥ずかしいだけかもしれないが、アイドルにとっては致命的なんだろうな。アイドルというのも大変だ。そんなことを傍から見ていて思った。
☆
3限目の選択科目の移動教室。
俺は美術の授業を取っている。
美術室に向かう途中、廊下で親しげに話すアイルと背の高い男を見掛けた。
「何か変な噂が広まっちゃったね」
「すいません。先輩にまで迷惑かけてしまって」
「いやいや、気にしなくていいよ。それよりも大丈夫?」
「はい。まあ、落ち着くまで待つしかないですね」
「あはは、そうだね。僕もみんなに噂しないように言っておくよ。君たちには関係ないことだろって」
ふむ。どうやら彼が噂の神楽坂先輩らしいな。
黒髪の短髪に切れ長の細目。カラカラと笑い、優しい笑顔を浮かべる。実に爽やかなイケメンだ。
きっとこれだけイケメンだと女に困ったことはないのだろう。
俺みたいな童貞からすると敵のような男だ。
通称「童貞エネミー」と名付けておこう。
「ありがとうございます。先輩。では」
そう言ってアイルは先輩から離れると音楽室の方に向かって行く。
先輩は去りゆくアイルの後ろ姿を笑顔でじっと見つめていたのだった。
チャイムが鳴り美術の授業が始まった。
今日はみんなで室内の真ん中に置かれたバストアップの石膏像をデッサンする。
こいつの正式な名前は知らないが、多分ブルータス。
「ブルータスよ、お前もか」で有名な人だ。
俺はシェイクスピアとか読んだことないのでよく内容を知らないが、この言葉だけで物語を想像すると、みんなに隠していたおやつを食べられた甘党のカエサルがブルータスに向けて言った一言に違いない。
シェイクスピアってなんか高級デザートみたいな名前してるしな。
きっとめちゃめちゃ恨みを込めた一言だ。
デッサンの授業は席が自由で、俺の隣に座ったのは同じく美術を選択している水ノ下だ。
彼女はスラスラと鉛筆を走らせながら俺に小声で話しかけてきた。
「星斗くん。あの、お礼のことなんだけど、また誘ってもいいかな?」
「いや、そのお礼とかは本当にいいよ。気を使ってもらわなくて大丈夫だ」
「そ、そっか……」
少し残念そうに俯いた水ノ下。
「あ、いや。お礼とかじゃなくて、その普通に誘ってもらった方がいいというか。なんというか」
俺としてもお礼じゃなくて普通にデートに誘ってもらえる方が嬉しいしな。
「え? じゃ、じゃあそのお礼とか関係なく遊んでもらってもいいかな……?」
「も、もちろんだ」
「うん! じゃあ、そうする」
俺の言葉の真意は伝わっていないだろうが、お礼という言葉がなくなるだけでもありがたい。
水ノ下は明るく返事をすると再び絵を書き始めたが、思い出したかのように手を止めてこちらを向いた。
「あ、星斗くんって『うたれてるもの』って持ってるかな? 最近やってみたいなって思って」
「ああ、持ってるよ。貸そうか?」
「本当に!? ありがとう!」
「前にも言ったけど、据え置きも貸そうか?」
「それは持ってくるの大変だから大丈夫。やりたくなったら星斗くんのお家遊びに行くね」
水ノ下が俺の家に来てギャルゲを一緒にやる……。
ふむ。考えただけでけしからん。だがそれがいい!!
「ああ、是非に。明日ゲーム持ってくるよ」
「急いでないから大丈夫だけど、ありがとうね」
例え水ノ下が急いでなくても彼女のためなら翌日配達だ。
なんなら当日配達も厭わないぞ。
☆
学校を終え、家に帰ると珍しく月花が友達を連れてきていた。リビングで遊んでいる友達に「どもっ……」と挨拶するとダッシュで自室に向かう。
妹の友達にもコミュ障発生するとか、自分がまったく情けない。お兄ちゃん的には妹の友達から気のいい兄だと思われてみたいものだが。くそっ。
そんな感情を枕にぶつけているとスマホが鳴り出した。
ディスプレイに表示された『妖怪猫娘』の文字。
アイルからだ。
「どうしたんだよ?」
「今玄関の前にいるからよろしく」
「えっ、なに、お前メリーさん」
──ガチャ、プーッ、プーッ。
「かよって……」
なんで言い終わる前に切るんだよ。
仕方なく玄関に向かい、扉を開けるとアイルは「よっ!」と言って勝手に家に上がり込んだ。
「今、月花の友達も来てるぞ」
「そうなんだ! 私も月ちゃんと遊びたい」
アイルはそう言うとリビングに向かい扉を開けた。
すると聞こえる大きな声。
「えぇー! ひ、日ノ上アイル!」
月花の友達が驚愕した声を張り上げた。
そりゃいきなり芸能人が現れたのだ。びっくりもするだろう。
「おぉ、アイル。また来たのかぁ? 兄と仲いいなぁ」
「ま、まあね。それより月ちゃん。私も混ぜてよ」
「うーん。嫌だぞぉ」
おうっ。いきなりのお断り発言。
さすが月花。我が妹ながらはっきりと物事を言う。
肩を落とし落胆したアイルはとぼとぼと歩いて俺の部屋に向かって行った。
「月花ちゃん、月花ちゃん。アイドルの日ノ上アイルがなんでいるのぉ!?」
「あそこで突っ立ってる兄の幼馴染だ」
「へぇーお兄ちゃんの幼馴染なんだ! すごいねぇー」
「兄、早くドア閉めてアイルのとこ行く」
「あ、ああ」
月花にそう言われると俺も自分の部屋に戻った。
アイルは項垂れてベッドに倒れ込んでいる。
「うー、月ちゃんに振られた」
「まあそう落ち込むなよ」
「落ち込むに決まってるでしょ! あー、変な噂も広まるし」
「神楽坂先輩のことか? チラッと見たけどいい人そうじゃん」
「いい人と好きな人は関係ないし。あんたは最近美織と仲良さそうだけど、どうなのよ?」
どうと言われてもギャルゲ仲間になったくらいで、何もないしな。
そりゃ話さなかった時に比べれば大進歩ではあるが。
「特になにもないぞ。水ノ下だってギャルゲ仲間くらいにしか思ってないだろ」
「どうだか、あんた、私が付き合うまで誰とも付き合っちゃだめだからね! 私の恋が叶う前に付き合うとかムカつくし」
なんだよその理不尽。
まあ俺なんかより、こいつのほうが付き合うの絶対に早そうだ。
「へいへい。んじゃ、早くギャルゲやろうぜ。もうすぐホンコイも終わるだろ」
「そういえばさ、あんたはどんなキャラが好きなの?」
「俺!? なんだよいきなり」
「い、一応あんたも男だから参考にしとこうと思って」
「ナイナイパンツの大崎まどかって子だよ」
「ふーん。じゃ、次はその子やってみるわ」
超自分と正反対のキャラじゃねーかよ。
しかしまあこいつがツンツンから脱却して少しは優しくなってくれると有り難いかもな。
こうしてホンコイをクリアしたアイルはナイナイパンツを始めた。
おっと、そういえば忘れていたが貴一に頼まれたサインを受け取らなければ。
「あのさ、サインのことなんだけどさ」
「あぁ、忘れてた。明日暇だから、そのカップルに直接会って渡してあげる」
「まじか! そりゃ喜ぶぞ。ありがとう! じゃあ明日学校終わったら会えるように連絡しておくわ」
こうして俺達は明日、貴一とまなみちゃんカップルと会うこととなった。が……。




