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19.問.好きな人の悩みとは?

 水ノ下美織。清楚で可憐。いい人という言葉を絵に描いたような美少女。

 誰にでも優しく、クラス内でも頼りにされ、副委員長を始めとする様々な役割をこなしている。

 しかも裏表もなく、周りからの評判はすこぶる高い。すこぶるだ。


 そんな彼女の人格形成は両親の育てかたにあったようで、神父をやっている父から頼られる子。誰からも好かれ、いい人と言われる子になるよう熱心に教育されたそうだ。なんか凄すぎて若干引いてしまう。

 

「星斗くんはさ、いい人ってどんな人だと思う?」


「ん? 優しくて、気遣いができて……。あと多分だけど俺をいじめない奴かな?」


「ふふっ、最後のは当たり前だけど、だいたいみんなそう思ってるよね。私自身もそう思う。でもそれってさ、その人自身に都合のいい人って事なんだよね」


 確かにそうかも。

 人間関係なんて大きくいえば、気に入るか気に入らないかだ。その中には自分の都合にいいのか、悪いのかも含まれる。

 例えば趣味の話で盛り上がれるというのも自分にとって都合がいいだろうし、こいつといて楽しいってことも結局は自分に都合がいいわけで、つまるところ人間ってのは悪意はなくとも自然と自分の都合のいい人間とくっついていたくなるものだ。

 ただそれは極論じみており、少し考えすぎのような気もしなくもないが。


 水ノ下はゆっくりと歩いていたスピードをさらに落とすと、


「中学の時にね、弁論大会のクラス代表に任命されたの。私自身はそうゆうのやりたくなかったんだけど、いい子だからってみんなに推薦されてね。他にも色々と任されたりしたんだ……。ある日ね、友達の会話を聞いちゃったの」


 そう言って過去を語り出した。


「『美織って本当にいい子だよね。でも大変そうじゃない?』、『そう思うならやってあげればいいじゃん』って、そしたら『私やりたくないし。あんただってそうでしょ?』、『当たり前じゃん。まあ美織なら全然大丈夫でしょ』ってね。多分彼女達に悪気はなかったんだろうけど、そこからいい人ってなんだろうって変に考え出しちゃって」


 いい人故の頼られる苦労。きっとそう言った同級生も本当に悪気はなかったのだろう。

 過去俺自身も自分で何かすることもなく、そう言ったシュチュエーションでは他人を推して来た人間だ。

 別にそこに悪意的な考えはなかった。いい奴だから、頼りになるからとかそんな単純な気持ちで事を任せて来た。


 逆に人生で頼られたことが皆無な俺にとってはよくわからない悩みである。

 もっとも俺の場合は頼られるという感覚より、きっと押し付けられていると感じるだろうが。


「それが嫌ならいい人をやめちゃえばいいんじゃないか?」


「うん、そうなんだけどね。それがなかなかできなくて。きっと怖いんだと思う……。そうした時にみんながどんな反応示すんだろうって。──私、ダメだね。アイルちゃんに偉そうなこと言っておきながら、自分を偽って生きてる。見事にブーメランだよ」


 そう言って水ノ下は無理やり作った空笑いを浮かべた。

 人間にとって自分を偽ったりするのはごく自然な事だ。誰かに好かれたければ気に入られようと何かするし、褒められたければいいことをする。


 もっとも彼女はこう言った性格が素の性格であり、きっといい人をやめることもできないし、もしやめれたとしてもその事に心を痛めて再び悩んでしまうだろう。


「人間さ、本当に嫌になったら自然とやめれるって。もっとも水ノ下ならいい人やめた所で嫌われたりすることはないだろうけどな。だから気にすることないと思う。もしそれでもダメなら俺に言ってくれ。ぼっちのなり方教えるよ」


「ふふっ、ぼっちはなんかちょっと嫌だな。でもありがとう聞いてくれて。それに星斗くんにはギャルゲ仲間の私がいるからぼっちじゃないよ」


「お、おう。そうなのかも……な」


「あのさ、アイルちゃんとのことだけど、明日謝ってみるよ」


 水ノ下から謝ってくれるなら、あのプライド高いアイルとも折り合いがつけやすいだろう。

 願ったり叶ったりの展開ではあるが、


「本当にいいのか!? 水ノ下は悪くないのに」


「いやいや、私も怒鳴っちゃったし。星斗くんも気にしてるでしょ?」


「まあ、少しだけね。多分だけどアイルも言い過ぎたって思ってるだろうし。ただあいつはあんな性格だから素直に謝れないんだよな」


「そっかあ。あー、なんかアイルちゃんが羨ましいな。星斗くんみたいに理解してくれる幼馴染がいて」


「そ、そうかあ?」


 幼馴染なんて単純に一緒に過ごした時間が長いだけだ。

 実際にあいつの気持ちを理解してるかと言われると別に自信はない。 


「そうだよ。私も……さ。これから何かあったら星斗くんのこと頼ってもいいかな?」


 水ノ下はスカートの裾を弄りながら小さい声音で言った。


「まあ、頼りになるかわからないけど、だ、大丈夫だぞ」


「うん……。ありがとう星斗くん。じゃ、私こっちだからまた明日ね♪」


「おう、また明日な」


 去り際、水ノ下は笑っていた。

 しかし俺は水ノ下の悩みに具体的な解決策を出せなかった自分にもどかしさを感じると、名残惜しく彼女後ろ姿を小さくなるまで、ただただ見つめていたのだった。



 球技大会当日。

 眠い、ダルい、めんどくさいの三拍子が心の中でワイワイと賑やかな声を張り上げている。

 眠い目を擦りながら身支度をしているとスマホが着信を知らせた。

 モーツァルト『交響曲第41番 ハ長調 ジュピター』これは水ノ下に設定した着信音。

 

「も、もしもし」


「おはよう星斗くん。ちゃんと起きてたみたいだね。良かった」


「うん、ぶっちゃけ行きたくない」


「そ、そんないきなりぶっちゃけないでよ。それでさ今日いつものコンビニで待ち合わせして一緒に行こうよ」


「お、おう! そうしよう」


 水ノ下と登校できること。それだけだけが今日の俺の励みだ。

 家を出て待ち合わせ場所に到着すると青ジャージ姿の水ノ下が待っていた。


「おはよう星斗くん。あれ? 制服なんだね」


「水ノ下はなんでジャージなんだ?」


「体育の先生がすぐ準備するからジャージで来てって言ってたよ?」


 そうなの。

 またあの体育教師にやる気あるのかとか言われそうだ。

 水ノ下と楽しい登校のはずが、憂鬱な気持ちを抱えて登校することになった。

 

「すぐ着替えれば大丈夫だよ。それまでは私がやっておくからさ」


「す、すまない。なるべく早く着替えて行くから」


 学校に到着すると水ノ下は先に体育館に向かった。

 俺は教室に行き、着替えようとカバンを開けた。

 そこで目にした光景にまたしても俺の憂鬱さは増していく。


「あれ、ない。ジャージがねぇ」


 確か昨日の夜、忘れないように机の上に置いて、それから……。

 お、置いただけだぁ。

 もう忘れた物は仕方ない。

 でも逆に考えろ。これで球技大会には参加しなくていいんじゃないか。

 

 とりあえず水ノ下を待たせるわけにもいかないので制服のまま体育館へと向かう。

 

「あれ? 星斗くん。ジャージわぁ?」


「……わ、忘れた。ははっ」


「えぇ! 私、体操着でやるからジャージ貸そうか?」


「いや、悪いよ。俺は大丈夫だからさ。モーマンタイさ」


 うぉー水ノ下のジャージとかめちゃくちゃいい匂いしそうで着てみたいんですけどぉ。

 でもさすがに俺が忘れただけだし、借りるのは申し訳ないよな。

 

「本当に大丈夫? 遠慮しなくてもいいよ」


「いやいや、大丈夫だって」


 俺と水ノ下が押し問答していると昨日の体育教師が様子を見に体育館に入ってきた。


「ちゃんと準備してるかぁ? っておい、お前は昨日の。なんで制服なんだよ。やる気あるのか?」


 出たよ、やる気スイッチ野郎め。

 ここは得意の愛想笑いで切り抜けるしかないか。

 俺は口角をキリッと上げると後ろ頭を掻いて、

 

「あ、いやその、あはは……」


「あははじゃないだろ!! 昨日伝えたよな!」


 なんかさっきより酷くなってきたな。キレてるし。

 どう出るべきか……。

 そう悩んでいると赤ちゃんが俺達に手を振りながら近付いてきた。


 赤ちゃんは背後から体育教師の肩を叩くと、


「まあまあ坂口先生、こいつには私から言って聞かせますから」


「み、妙典先生!? わかりました」


 た、助かった。

 この時ばかりは赤ちゃんに感謝したが、元を正せば俺を選んだのは彼女なわけで、そう考えるとすべてこの人が悪い。


「先生のせいで俺、怒られたんですけど」


「はぁ? なんでもかんでも人のせいにするなバカ者。お前がジャージ忘れたから坂口先生に怒られてたんだろ? だいたい球技大会の日にジャージ忘れるとか、エ○ァに乗るのにプラグスーツ着ないみたいなもんだぞ」


「俺が何とシンクロするって言うんですか。まあ忘れたと言う事で、準備はちゃんとやるんでバレー不参加でもいいですかね?」


「そんなこと私許すと思うか? 特別に先生のジャージ貸してやるから、それ着ろ」


「サイズ合うわけないでしょ」


「忘れた罰だ。それくらい我慢しろ」


 こうして俺は準備を終えると赤ちゃんから赤ジャージを借りて着替えた。


「き、きつい……」


 完全にパッツパツで、赤色の見た目もあってこれじゃ完全にア○カ仕様のプラグスーツ(偽)だ。ダサい。

 これで人前に出るとか拷問かよ……。


 俺は眦を決して教室に戻ると好奇な目と失笑を浴びながら球技大会の会場である体育館に再び戻ったのだった。

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