18.球技大会の準備係に任命されたら?
翌日。
今日も今日とてアイルと水ノ下の関係に変化はない。
昨日サインのことも含めてアイルに電話してみたが、『やっぱ、私が謝るとか無理!』とか言われた。
サインについても『なに勝手に頼まれてんの? 私のプレミアサインの価値を下げたいわけ? ぶち殺すわよ』と言われ、案の定断られた。
昨日の今日だが、言わせてくれ。
すまない。貴一、まなみちゃん。しかしパフェ代は絶対に返さないぞ。俺に頼んだ君たちが悪いのだから。
4限目となり赤ちゃんが受け持つ地歴の授業が始まる。
赤ちゃんは気だるげにチョークを手に取り、黒板に一文字書いたところで手を止めた。
「そーいえば、忘れてたわぁ。ちょっと授業やる前に決めなきゃいけないことがある。明日の球技大会の準備片付け係だ。競技種目はサッカー、バレー、テニスとなったわけだが、バレーの準備と片付けに関してはこのクラスで受け持つことになった。そうゆうわけでバレーに参加する者から男女1名づつ。準備片付け係を選んでくれ」
「「……」」
絵に描いたような静寂を見せる教室内。
そりゃこうなるよな。だってめんどくさそうだもん。
そんな係を進んでやるやつなどいないだろ。教師かバレー部にでもやらせておけばいいものを。
バレーの参加人数は全員で12人。その内の中に俺も入っている。
なぜ俺がバレーを選んだかというと、サッカーはサッカー部という無駄にマジになる連中が多いため却下。
テニスはダブルスで、必然的にたくさん動かなければならないので却下。
こうして消去法でバレーに決めたのだ。
競技人数は6人なのでひっそりと目立たずに過ごしていればコートに入らなくていいかもしれないしな。
きっと俺の華麗な空中殺法は日の目を見ることは叶わないだろう。
「んー、めんどくさいのは十分に分かるが、誰かやってくれないと進まないからな」
「先生。私やりますよ」
「おお! さすが水ノ下! 本当にお前いい奴だな」
「いえ、そんなことないです」
「じゃあ男子は私が勝手に決めよう。誰がいいかな〜っ」
なんだよその横暴。
俺は何やら不穏な空気を感じて机に顔を伏せた。
水ノ下と一緒にやれるのは楽しそうだが、さすがに準備片付けなどめんどくさすぎる。
だいたい俺、参加する気がないんだからそんなものに選ばれたらただの準備片付け担当じゃねーか。
「男子はバレー4人しかいないからなぁ〜。んじゃ、一番視線逸らした奴にするか。なあ空渡」
「え、いや、ただ机の木目を見てただけですよ……」
「ほほーお前が木目フェチだったとは新しい発見だ。じゃ、体育館の床の木目も好きだよな?」
なーに言ってんだこの人。
んなもん好きな奴いねーだろ。
「けってーい。水ノ下と空渡は明日7時50分に学校集合な」
早い、早すぎるだろ。
何が悲しくてめざましTVが終わるより早く家を出なきゃならんのだ。
しかしここで駄々をこねたところで、この教師は決定を覆さないだろう。
こうして俺は水ノ下と準備、片付け係をすることになったのだ。
☆
4限が終わり、昼休み。
ああ、マジめんどくさい。明日休もうかな。
俺がいなくても地球は回るし、学校も回るし、回転寿司だって回るのだ。別に休んだところで問題ないだろう。
こうゆう鬱な気持ちを抱えて見る昼休みの楽しそうな周りの風景は余計に俺を苛立たせる。
「明日の球技大会優勝したら先生が土日のどっちかでクラス会開いて飯奢ってくれるってさ、アイルちゃんは来れるの?」
「本当に!? 赤ちゃんってそうゆうところ気が効くよね。仕事なかったら絶対行くよ」
「もしかしたらアイルちゃんの私服姿見れるの? ウェーイ! マジ楽しみじゃんそれ。写真撮ってよ!」
「落ち着け木場。そうゆうのアイルちゃんも困っちゃうだろ」
「んーまあネットに流さないなら全然大丈夫だよ。野原くんも一緒に撮ろうよ♪」
野原グループは最近アイルグループとの接触が多くなって来た。
派手で活発なグループ同士お似合いな感じはする。
運動得意な野球部やサッカー部の連中はさぞかし明日が楽しみなんだろうな。
きっと甲子園にお前を連れてってやるってくらいの意気込みだろう。競技に野球ないけど。
楽しそうに話す彼らを見ていると、ちらりとアイルと目が合い、彼女は不機嫌そうにこちらを一瞥してそっぽを向いた。
どうでもいいが、こいつの好きな人って3年じゃなくて野原グループにでもいるのか?
頬杖をつきながらそんな事を考え、まどろんで話を聞いていると、
「星斗くん。起きてる?」
「んっー」
「おーい星斗くん」
鈴の音のように凛として美しい声が耳元で聞こえる。
俺、死んだのかな? できれば是非、異世界に転生してチート能力で無双したい。
ありがとう今世、こんにちは来世! 俺の戦いはこれからだ!
「えいっ」
無邪気な声と共に頬杖をついていた右手が外れ、カクッと頭が落ちた。
「おうっ! び、びっくりした。って、み、水ノ下!」
「ごめんね起こしちゃって。こうゆうシーン、ナイナイパンツにあったからやって見たくなっちゃって」
「あ、ああ。東雲あずきちゃんがデレてきた時のワンシーンだな。実際は学校じゃなく家だったけど」
「そうそう! さすが星斗くん! それで先生から連絡なんだけど準備係の人は放課後に説明があるから体育準備室まで来るようにって」
「そ、そう」
体育準備室ってなんだよ、どこだよ。
くそ面倒臭いな。
「帰りのホームルーム終わったら一緒に行こっか」
「お、おう。おけー」
それはありがたいし、嬉しい。
そのまま帰りも一緒に帰れたりして……。
☆
帰りのホームルームが終わると俺と水ノ下は一緒に体育準備室とやらに向かった。
窓から外を見ると灰色の雲が空に目一杯敷き詰められている。いつもは斜陽が入り込む鮮やかな廊下も薄暗い蛍光灯が、寂しげに床を照らしていた。
一応明日は曇り予報で天気は1日保つと言っていたが、雨でも降って中止にならないだろうか。
「そういえば昨日まなみちゃんと貴一くんに会ったんだって? まなみちゃんから連絡が来て」
「ああ、偶然出会って。アイルのサインをもらってくれって頼まれた」
「そ、そうなんだ」
「でももらえそうになくてさ。まあ素直に謝るしかないかな」
「あ、あのさ」
「ん? 体育準備室ってここか。なんか開かずの間みたいだな」
俺と水ノ下は中に入ると体育教師の説明を受けて10分程度で部屋を出た。
それにしてもあの教師。『やる気あるのかお前』とか言いやがって。
準備ごときにやる気が必要だと思うのかお前はと言い返してやりたかったぜ。
「この後はもう帰るの?」
「そうだな」
「私も部活ないから一緒に帰ろうよ」
「い、いいのか?」
「へっ? 私が誘ったんだよ? 星斗くんがよければ」
これは神様からのご褒美だな。
学校から直接一緒に帰るとか、俺たちが付き合ってるってみんなに勘違いされちゃいそうだ。
部活に勤しむ諸君、我を刮目するがいい!
そう思っていたが、構内の人はまばらで当然部活動に励んでいるものは特にこちらを見る様子もなく、ごく普通に校門を抜けた。
「明日は遅刻しちゃダメだよ」
「ま、まあ期待せずにいてくれ」
「ふふっ。妙典先生に怒られちゃうよ」
「もともと赤ちゃんが俺を任命したのが悪いからな。あの人の責任だ。でもよく水ノ下は立候補したな」
「まあ誰もいなかったら先生困っちゃうしね」
「俺は赤ちゃんが困ろうが気にしないけどな。本当にそうゆうとこすごいよな水ノ下は」
「そんな事ないよ。本当にそんな事ない。私、実はね、いい子って言われるの……その、結構嫌いなんだ」
「そ、そうなんだ。この前の土曜日の時、言ってた事ってさ」
「……あれね。なんだか星斗くんになら話せそう。ちょっと聞いてもらってもいいかな?」
そう言って水ノ下は苦笑うと凡人の俺には想像もできない彼女独特の悩みを話しはじめた。




