13.問.幼馴染の家に直接謝りにいったらどうなる?
アイルの家は俺の家から300メートルと近い。
昔はよく行き来していが、今となっては行く機会もないのでなんだか少しだけ懐かしい気持ちになった。
街灯がぽつりぽつりと寂しそうに夜道を照らし、哀愁じみた風景を作り出している。
真っ白な外壁の一軒家に到着すると俺は足を止めた。
ここが日ノ上邸だ。
我が家と違い、金持ちの彼女の家はここら一帯の住宅では一際大きい。
しかしアイルのお父さん、お母さんは金持ちであることを決して鼻にかけることもなく対等に俺達家族と接してくれる。
娘を金持ちの私学に入れないところや芸能活動にも口を出さないところからもそれは見て取れて、昔から自由と平等いう言葉を頻繁に口にしていた実に優しいご両親だ。
だが緊張することに変わりわない。
俺は門前に佇むとインターフォンを黙って見つめる。
ふぅーっと1回大きく深呼吸すると覚悟を決めてボタンを押した。
──ピーンポーン♪
「はぁーい」
そう返事をして出てきたのは、白銀のストレートヘアーに人形のように整った顔立ち。見惚れるくらいスタイル抜群の美人だった。
「あっ、星くん久しぶりじゃない」
「ど、どうも。セイラさん久しぶりです……」
彼女の名は──日ノ上セイラ。
アイルの3歳上のお姉ちゃんだ。
アイルから可愛さを引いて美人を足したような人で、東西高校OBの彼女も過去に学校一の美少女として名を馳せていたらしい。
でもまさかお姉ちゃんが出てくるとは。
まあお父さん、お母さんと会うよりは幾分マシではあるが。
「どうしたの? とりあえず中に入りなよ」
「はいっ」
少し緊張感した面持ちで家に上がるとリビングに通され、お茶を出された。
「あの、アイルは?」
「まだ帰ってきてないけど、もうすぐ帰ると思うわよ。なになにっ、何かあったの?」
「ちょっと喧嘩しちゃって、謝りに来まして……」
「はぁー、そっかあ。あの子、星くんだけには容赦ないもんね」
セイラさんは俺とアイルがいがみ合う仲だということを知る数少ない人物で、昔も喧嘩しそうになると仲裁役として俺達の面倒を見てくれていた。
まあ昔のアイルは今よりツンツン度は低く、ちょっとした小競り合いくらいだったが。
「でも直接星くんから謝りに来るなんて珍しいね」
「そ、そうですか? 昔も俺が謝ってたような……」
「いやいや、アイルのほうがいつも先に折れてたよ。あの子なんだかんだ星くんだけには脆いからね」
「ん? そうでしたっけ? まあ直接来た理由は他にもあって、先生に無理矢理謝ってこいと言われました」
「赤ちゃんが担任だったよね? 世話焼かれたんだね〜。また星くんの家に来てるの?」
「ははっ。お察しの通りです。煎餅食べて、月花いじって、今頃飯食べてますよ」
「ふふっ、そうなんだ後で行ってみようかな」
「マジですか! 是非あやつを連れ去ってください!」
セイラさんはカラカラと笑うと任せろと胸を叩いた。
白のワンピースから見て取れる豊かな胸の膨らみ。
アイル以上、水ノ下並と言ったところだろう。
そんな分析をチラ見しながらしていると「ただいま」の声と共にアイルが帰ってきた。
「アイル、星くん来てるよ」
「げげげっ!」
げげげっ! ってなんだよ猫娘め。
だがこのまま言い合いになるのもめんどくさいし、ここは一発意表をつくために不本意ながら懺悔の舞を披露するしかない。
俺は膝を付き、額をフローリングにこれでもかと押し付けると全力のDOGEZAを披露した。
「その、昨日は済まなかった。言い過ぎたと……思う」
「ちょ、ちょっとあんたね」
「星くんすごーい!」
お姉さんもっと関心してもいいんですよ。
やはり謝るときは相手の想像以上のことをするのが効果的である。
「わ、わかったからもういいって。頭上げなさいよ」
「いや、まだだ!」
ここで頭を上げてしまっては、まだこいつに許してもらうには物足りないだろう。──という計算をして、俺は止めるように言うアイルを無視して土下座し続けた。
「あんたね、早くやめないとぶち殺すわよ。おちょくってんの?」
あれ? 逆効果……だった?
「まあまあ、星くんもこんだけ謝ってるんだし許してあげたら」
「お姉ちゃんは黙ってて。それとあっち行ってて」
「ちょ、ちょっとアイル!」
お、お姉ちゃん戻ってきてください!
なんで謝ってるのにこいつブチ切れてんだよ。
確かに俺もやり過ぎたかもしれんが……。
「誰かに言われて謝りに来たの? 美織? それとも赤ちゃん?」
「2人とも……」
「ちっ……言われたから謝りに来ましたって?」
「な、なんだよその言い方」
「心のこもってない謝罪なんていらない!」
「そんなことねーよ! あの時は言い過ぎたって思ってる……」
アイルはグッと小さな拳を握りしめると、
「もう、帰りなさいよ。ラブレターもばら撒かないし、私の恋愛に協力なんてしなくていいから。もう本当にいいから……さ。迷惑なら、もう……本当に……」
この時のアイルはどこか遠くを見ていて、怒りとも、呆れとも違うなにか複雑な表情をしていた。
そんな幼馴染が初めて見せた表情に俺は何を思ったのか、いや思う以前に口が勝手に言葉を紡いでいた。柄にも無い単語の数々を無意識に。
「俺はお前を裏切らないし、役目は必ず果たす。それは単に知り合いだからとか、協力する約束だったからとかそんなことで言ってるんじゃない。お前は、俺の幼馴染だから。たったひとりの幼馴染だからぁ!」
ハッとした。
自分が臭いほど恥ずかしいセリフを言ったことに時間差で気づいたからだ。
ちょっと穴があったら入りたいんですけどぉぉ!!
アイルは胸ポケットからすぐにサングラスを取り出して掛けるとケラケラと笑い出した。
白銀のツインテールが尻尾を振るように小刻みに揺れている。
「あんた、バカね。ふふっ」
「う、うるせーよ。なにサングラス掛けてんだよ。取れよ」
「はぁ? 嫌よ。ばーか!」
「くっ……。じゃ、じゃあ伝えたし、俺帰るわ」
「まーた明日ね。たったひとりの幼馴染くん♪」
「あ、ああじゃあな」
リビングの扉を開けるとセイラさんが体を震わせながら蹲っていた。
これは聞いてしまったやつですね。
もう、いっそのこと大爆笑されたほうがマシである。
「あの、俺もう帰るんで」
「大丈夫! ぷっ、凄く良かった! なんか韓国の俳優みたいだったよ。くっふ」
笑いを堪えてサムズアップするセイラさん。
せめて涙を拭ってから言ってほしいものである。
しかも俺、別にアナタガチュキダカラァ! みたいに言ってないんだけど。
「あっ、そうそう赤ちゃんに会いに行くから私も行くよ」
セイラさんと一緒に日ノ上邸を出ると、暗い夜道をゆっくり歩きながら俺の家に向かった。
「なんだか久しぶりに星くんと歩くね」
「確かに小6以来ですかね」
「いやいや、中学の時歩いたことあるよ。もうすっかり私より身長大きくなって。月日が経つのは早いなぁ。あのさ……」
「はいっ?」
「アイルのことこれからもよろしくね。プライド高い癖にいろいろと不器用で、星くんを困らせることもあるだろうけど、心の中では多分すごく仲良くしたいと思ってるからさ」
「まあ、今日あんなこと言っちゃいましたからね。仲良くするようには心掛けますよ」
「確かにあれは凄かった! ははっ」
「も、もう忘れてくださいよ」
「嫌だよーん♪ あっ、着いたね! ここも久しぶりだなあ」
セイラさんと家に上がると扉の音に気付いた母さんが出迎えに来た。
「あら、セイラちゃん久しぶり! 大きくなって。本当に美人さんね」
「お久しぶりです。美人だなんてそんなことないですよ。おばさんのほうが相変わらず、おキレイですよ」
「あら、やだ本当にっ!?」
本当なわけねーだろおばちゃん。
だが歳も3歳しか変わらないのにセイラさんは本当に大人だよな。
気遣いもできるし、アイルとは大違いだ。
リビングに入ると、まだ我が物顔で居座っている姫咲が月花と戯れていた。
「おー、Gファイターじゃん、超久しぶり〜」
「姫咲ちゃんその呼び方やめてよ。まったく」
姫咲はセイラさんのことをガ○ダムに例えてあだ名で呼んでいる。
高校時代かららしいが、それくらい2人は仲が良い。
ちなみに月花のセイラさんに対する反応はというと、
「おぉ、セイラちゃん久しぶりぃ。……大好き」
「あらあら、月ちゃんは相変わらず甘えたさんだねぇ」
う、羨ましい。
俺も甘えたさんになってその豊満な胸元に飛び込みたい! 切実に。
月花はアイルにはあまり懐いていないが、セイラさんは別で常に好き好きオーラを発生させて、隙あらば抱きついている。
「それで星斗、アイルとは仲直りできたのか?」
「ええ、まあお陰様で……」
「星くんすごかったんだから! 感激しちゃった」
「おお、Gファイターその辺の話、色々聞かせてくれよ。星斗だと何も言わなそうだからな。そうだ今から飲みにいこーぜ」
「ええ、私、明日大学の授業1限目からなんですよ」
「なーに私だって明日学校あるんだ。最悪うちに泊まればいい」
「せ、星くん……」
そんな子犬のような目で見つめないでくださいよセイラさん。
姫咲を連れて帰れるのはあなたしかいないのです。
ここはどうか……。
「い、行ってらっしゃ。お二人とも。飲む前にはウコンですよ」
「星く〜ん!」
「よっしゃ! じゃまた明日な星斗。ほら行くぞ」
首根っこを掴まれたセイラさんはそのまま姫咲に無理やり連れて行かれると、車に乗り込み夜の街へと消えて行ったのだった。




