第7話 新しいウイルス
♢♢♢
意識が浮上する。
身体が異様に重く頭も痛い。
ゆっくりと瞼を開くと、目の前には白い天井が。
「……。」
身体を起こそうとして、ようやく自分がベッドに寝かされていることに気付いた。
(いつもの部屋じゃない…。)
少し似ているが、前の部屋より広く電子モニターが置かれていた。
その横では小倉が資料を広げて唸っている。
机の上には数枚のデータ用紙があった。暴走時の数値や現在の検査結果などが書かれている。
そして小倉の隣では古川が雪斗のカルテを確認していた。
「あの…。」
「!」
雪斗の呼び掛けに二人とも顔を勢いよく上げた。小倉は驚いた顔をしていたが、古川はどこか安心したような表情だった。
「あぁ、起きましたか。」
(この人はいつも検査のときにいた先生だ…。横の奴は…確か小倉とかいう研究員だったかな。)
「気分はどうですか。熱があるようなので少し辛いでしょうが…。」
「あぁ…。熱あるんだ。どうりで…。」
(頭が痛いわけだ…。)
「このところご飯も食べていなかったでしょう?目の下のクマも凄いですし…。点滴を打っていますので腕は動かさないで下さいね。」
失礼します…と、古川はペンライトで雪斗の瞳を確認し始めた。
「吐き気はありますか?頭痛は?」
「吐き気はないけど…頭は結構痛い…。」
古川は雪斗の様子を見ながらカルテへ書き込んでいく。その様子をボーっと雪斗が眺めていると、横にいた小倉と視線が合ってしまう。
「目覚めたなら丁度いい。君の身体の中で一体何が起きているのか…知っておいた方がいいだろう。」
小倉の言葉を聞いた瞬間、雪斗の表情が曇る。
確かに知りたかった部分ではある。だがやはり怖い。
小倉はそんな事お構い無しにと説明しだした。
「未知な部分は多いが熱の原因はおそらく適応熱だろう。本来はこちらで用意したワクチンを投与してからなるものだが、君の場合少し特殊でな…。」
「特殊…?」
「先程の検査結果で分かったことなのだが…、君の体内から二系統のウイルスが確認された。」
「二系統…?どういう意味だよ。」
「簡単に言えば、君の体内に二種類のウイルスが存在しているってことだ。」
「…は?いやいや、意味がわからない。二種類ってなんだよ。」
「一つ目は君の通っている学校にいた感染体から確認された。」
(それは心当たりがある…。あの時の怪物と接触した時だろうけど…もう一種なんて心当たりないぞ。)
「そして二つ目は遺伝子配列の異なる変異株だと分かった。だが、この変異株は過去のデータで見ても存在していない。」
「またかよ…。」
「分かっているのは、二種類のウイルスが君の体内で干渉し合っているということだけだ。だから適応熱が出ている。」
「…。」
「本来は君にもワクチン適応試験を受けてもらいたい所だが…既に体内に二種のウイルスが入っているからな。さすがに三種ともなれば未知すぎる為、このまま保留になりそうだ。」
「三種…?打つのはワクチンなんだろ?」
「え?あぁ…。まぁ…。」
(もしかしてワクチン適応試験って…。)
「ワクチンじゃなくて…ウイルスを身体ん中に入れるのか…?」
雪斗のその言葉に、部屋の空気はガラッと変わった。古川はカルテを書く手が止まり、小倉もペラペラと資料を捲っていた手を止める。
「俺…普通に感染者に効くワクチンを投与するもんだと思ってたけど…違うのか?」
古川が大きく溜息をついた。
「はぁ…。小倉主任、この件については極秘のはずですよ。我々上層部か、適応試験をクリアした者しか知ってはいけないはずです。」
「…あぁ。すまないね。つい口を滑らした。」
「おい…。俺にも説明しろよ。」
古川は小倉に冷たい視線を浴びせた。雪斗が諦めそうに無い為、小倉が渋々口を開く。
「ワクチン適応試験という名前だが、正確にはワクチンを投与する訳じゃない。」
「…。」
「感染体から採取したウイルスを基に、病原性を調整した人工ウイルスだ。」
「人工ウイルス?」
「元となるウイルスは、感染者を生み出す危険なものだ。そのまま投与すれば高確率で死亡、あるいは身体が変異してしまい怪物になる。」
小倉は雪斗に持っていた資料をヒラヒラと見せた。
「そこで我々研究者達はウイルスの遺伝子情報を解析し、人間へ適応しやすいよう再構築した。」
「再構築?」
「あぁ。感染力や増殖能力を大幅に抑制する代わりに、能力発現に関わる因子だけを残してな。」
「何言って…。」
「つまりだなぁ…。簡単に言えば感染体になる危険性を下げた上で、能力だけを引き出そうとしたものが人工ウイルスだ。」
「能力って…そんな都合のいい話があんのかよ。」
「だから適応試験が存在するんだ。適応出来たら能力者、出来なかったらその因子は人体を異物として侵食する。」
「侵食って…どうなるんだよ。」
「結果は様々だ。死亡、重度感染、臓器不全、神経障害、精神異常…あとなんだったかな。」
淡々と告げられる言葉に雪斗は息を呑んだ。
「まぁ…能力者っていうのは運良く生き残った者達の総称に過ぎないってことだ。」
「それを…湊に打ったのか…?」
「湊?…あぁ、朝比奈 湊くんか。彼にも打ったな。適応熱が出て、もしかしたら…と思ったが。結局体が耐えきれず亡くなってしまった。」
「てめぇ…」
ピッ―――
心電図モニターの音が変わった。
見ると雪斗の脈拍が上昇している。
「小倉主任。彼を刺激しないようにお願いします。」
「あぁ…。君は感情で変化するもんなぁ…。」
小倉は悪い顔をしていた。研究員としての血が騒ぐのか、話を続ける。
「元々、能力者は感染者の中から極めて低い確率で誕生するんだ。だから彼が亡くなったとしても不思議じゃない。彼の死は…仕方の無いものだったんだよ。」
「小倉主任!!」
ピッ――ピッ――
古川が先程よりも大きな声で静止した。雪斗の脈拍が先程より上昇しているからだ。ここで暴れられては今度こそB23へ移送されてしまう。いや、もしかすると小倉はそれを狙っていたのかもしれない。
「なんでお前らはそんなもの…」
「感染体を倒せる人間が必要だからだ。最近では通常兵器で倒せない個体も出てきている。怪物には怪物を…だから能力者が必要なんだよ。」
(理解できない…。)
「もちろん強制じゃない。受けるかどうかは本人の意思。ただし、受けなかった場合は保菌者として管理対象になるがな。」
その話を聞き、雪斗は低い声で小倉を責めた。
「じゃあ…結局命を賭けて能力者になるか、管理されながら生きるか…その二択しかないってことだろうが。」
「まぁ…極端に言えばそういうことになるな。」
雪斗の拳が握られる。
脳裏に浮かぶのは湊だった。
小倉の声が続くが雪斗はもう聞いていなかった。
「能力者になった場合は――」
「ふざけんな!テメェらの好き勝手になんかさせるかよ。」
「小倉主任、下がってください。これ以上、一ノ瀬くんを刺激することは許しません。」
これ以上は危険と判断したのだろう。古川は小倉を後ろへ下がらせ、雪斗を落ち着かせようとする。
「一ノ瀬くん。落ち着いてください。ゆっくり深呼吸を――…。」
だがここで雪斗の血管がうねりだした。それを見た小倉はこんな近くで見れるのかと興奮している。
「小倉テメェ…ぶっ殺してやる。研究員もろとも――」
その時だった。
ウィーン―――
病室の扉が開くと同時に友の声がした。
「雪斗!!」
扉の方を見ると腕や額に包帯を巻いたまま、息を切らして立っている悠真がいた。
その後ろからもう一人、背の高い男が姿を見せた。
特務第一部隊隊長 “五十嵐響也”だった。
悠真は一目散に雪斗へ駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「悠真…。」
「体、変になってないか!?苦しくないか!?」
悠真を見た瞬間、先程まで込み上げていた怒りが少しずつ薄れていった。
悠真は今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫…。ごめん。」
「本当か!?よかった……。」
(悠真…怪我してる…。)
「……俺のせいだよな。」
「え?」
「その傷。俺が暴走したせいで――」
「違う!雪斗のせいじゃないから。」
「でも…。」
「大袈裟に包帯巻かれただけだけ。もう痛くないし大丈夫。」
「悠真…。」
「あの時は俺も必死でさ、雪斗まで失いたくないと思って無茶しちゃったんだ。だから俺の責任だよ。」
悠真はそういうと、点滴で動かせない雪斗の腕をそっと握った。
悠真の手は少し大きくて温かかった。
雪斗はその手を握り返しゆっくりと目を伏せ、小さく笑った。
「……ありがとな。助けてくれて。」
「雪斗…。」
「本当にありがとう。」
悠真は何も言わないかわりに、ただ泣きながら笑っていた。
そんな二人を、頭の後ろで腕を組みながら五十嵐は見ていた。
「いやー。素晴らしい友情だな。」
雪斗が五十嵐の方を見ると目が合い、ニカッと笑ってきた。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺はSIO戦闘部門所属、特務第一部隊隊長、五十嵐響也だ。よろしくな!」
「…一ノ瀬雪斗。」
「知ってる知ってる。有名人だからなぁ。」
何がそんなに面白いのか、ずっと大口を開けて笑っている。
「ま、一ノ瀬を止めたこいつもなかなかだが、氷室にも感謝しとけよ。」
その名前に雪斗は反応した。
確か談話室で見た白い髪の女性で、体を凍らされた記憶がある。
「お前をこの部屋…B20 特別監視病室へ移送を提案したのが氷室なんだぜ。」
「……え?この部屋?」
「本当はもっと面倒な話になりかけてたんだけどな。まぁ…その辺はいいか。暗い話になっちまうし。今度会ったら礼くらい言っとけよ。」
「…わかった。」
「よし。じゃあそろそろ…相澤も行くぞ。氷室に呼ばれてんだろ?案内してやるよ。」
「え?悠真どこ行くんだよ。」
「これからのこと…氷室副隊長と話すんだ。今の状態とか、ワクチン適応試験のこととか。だから少しの間雪斗とはお別れかな。」
「…適応試験、受けんのか?」
「…そのことも含めてお話するよ。」
その間に入るように五十嵐がフォローする。
「そんな不安がんな。悪いようにはしねぇから。氷室もちゃんと分かってる。」
五十嵐はそう言いながら病室のドアへ向かった。それを見た悠真も後を追う。
「じゃあ行くよ。またな。」
「…あぁ。またな。」
“またな”
あまり好きな言葉では無い。会える保証のない言葉だからだ。だが悠真を信じるしか無かった。
ウィン―――
扉が閉まり、雪斗は静かに天井を見上げた。
(…眠い。)
気付けば瞼を閉じ夢の世界へ入っていた。
♢♢♢
「…寝ましたか。」
古川が雪斗を心配そうに見つめ外れかけた点滴を直している。
「小倉主任…。先程わざと一ノ瀬くんを煽りましたね。」
「…だったらなんですか?」
「あのまま暴れていたら、彼はB23へ強制移送されていました。それがあなたの狙いですか?」
「まぁ…ここだと古川先生の管轄区域だからね。B23に移送してくれた方が、私としては万々歳だったんだが…邪魔が入ってしまった。」
「…今回の件は上に報告させていただきます。小倉主任は一ノ瀬くんに会う際必ず…医療部の誰かを付けてください。一人で会うことは禁じます。」
「…はいはい。分かりましたよ。」
古川はカルテをまとめ、病室の明かりを暗くした。そして小倉にも退室を求め出口へ向かう。
「いい研究材料なのに…もったいない。」
小さく呟く小倉の声は、誰にも届いていなかった。
♢♢♢
深夜の病質。
静かな空間に聞こえるのは機械の電子音と雪斗の呼吸だけ。
(…頭がボーっとするな。熱上がったのか?)
少し呼吸が荒くなる。あまりのダルさに目が覚めてしまったが、特にやることもなく目を瞑っていても寝付けない。ただ時間が過ぎるのを待っていた。
ウィーン――――
雪斗のいる部屋の扉が開いた。
コツ――。
コツ――。
規則正しい靴音。
(この靴音…。)
昼間と変わらない無表情で病室に入ってきたのは氷室だった。
そのままベッドの横にある心電図モニターへ視線を向けた。
脈拍。
血圧。
体温。
呼吸数。
記録を確認しているようだった。
氷室は雪斗の顔を少し見た後、踵を返しそのまま部屋を出ていこうとした。
「待って。」
雪斗は思わず声をかけてしまった。その声に反応した氷室が足を止め、雪斗の方へ振り向いた。
青い瞳が雪斗をじっと見つめる。
「狸寝入りとはいい趣味だな。」
「…。」
「何か用か。」
「あの…助けてくれたって聞いて…。」
「あぁ…五十嵐隊長から聞いたのか。」
「だから…ありがとうございました。」
「礼を言われるようなことじゃない。」
言葉は少し冷たく感じるが、嫌な感じはしない。談話室で感じた冷気も今はない。
「あんたは…その…俺が質問あるって言ったら答えてくれるか?」
「答えられる範囲でならな。」
「じゃあ…B20特別監視病室って何…?この部屋がそうだって聞いたけど。」
氷室は壁際へ寄りかかり話をし始めた。
「貴様が前にいたところは、B18の医療特殊患者管理区画だ。非発症者や特殊事例の患者を管理している場所。
そしてここB20は高危険度患者管理区画。普通の病室より監視が厳しく、常に電子モニターでデータを取られる。」
「いつまでここに…?」
「その件に関しては、研究部と医療部の判断に任せることになっている。私が出来る事といえば…この部屋より下には行かせない。それぐらいだ。」
「下?」
「B21以降は収容区画になる。患者ではなく被験者として扱われる。」
「それを…止めてくれたってこと?」
「被験者ではなく、患者だと判断したからだ。」
「他の人は被験者って思ってるみたいだけど…。」
「研究部の奴らか?あいつらのことは気にするな。研究ばかりしていて頭がおかしいんだ。」
(けっこう毒吐くなこの人…。)
「あっ…悠真は?悠真はどうなった?」
「悠真…?あぁ、相澤のことか。彼はワクチン適応試験を辞退した。」
「辞退!?」
「本来なら、受けなかった場合は保菌者扱いになる。定期検査に行動制限。居住地も管理され、外部との接触も制限がかかる。」
「おかしいだろ。あんたらが勝手に決めた適応試験のせいで――…」
「話は最後まで聞け馬鹿者。相澤は特務第三部隊への配属が決まった。」
「特務…?第三?」
「我々同じSIO戦闘部門所属になる。戦闘部門だが、第三部隊は主に感染体を回収する部隊だ。」
「でも…ワクチン適応試験を受けていないのに?」
「回収部隊は全員非能力者だ。適応試験を受けても能力を発症しなかった者が行く部隊。だが元自衛隊など強い人材も揃っているし、部隊に入れば武術も習う。だから決して弱い部隊ではない。」
「二度も発症しない場合があるのか!?」
「稀にある。」
「でも悠真はその試験受けてないのに何で…?」
「…一人ぐらい受けなくても何とでもなる。」
(もしかしてこの人…悠真に試験を受けないよう手配してくれたのか?)
「第零部隊から第三部隊まであるが、どの部隊も信頼できる。だから相澤のことは心配しなくていい。」
(この人も戦闘部隊だよな。見たところ氷を使う能力だけど、どこの部隊なんだ?)
「私は第零部隊だ。」
(心読まれた…。)
氷室が一通り雪斗の質問に答えた後、靴音を鳴らし扉の方へ向かっていく。
「一ノ瀬雪斗。一つ言っておく。」
「!」
「お前は感情に流されすぎている。」
「えっ…。」
「怒る、焦る、勝手に抱え込む。その結果が今回だ。」
雪斗は何も言い返せない。
「精神を鍛えろ。理性を失い暴走すれば今度こそ始末される。それに…お前だけじゃない。周りも巻き込むことになる。」
その言葉に雪斗は視線を落とした。
実際、談話室にいた全員が危なかった。悠真がいなかったら…理性を保ててなかったら…考えただけで恐ろしい。
「……はい。」
「それでいい。…あと、早く寝ろ。熱が下がらんだろう。」
それだけ言うと、氷室は部屋から出て行った。
再び病室に静寂が戻る。
まだ体は辛いが昼間より少しだけ、頭の中が整理された気がした。
第8話は25日19時に更新予定です。




