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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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第6話 一ノ瀬 雪斗の処遇

♢♢♢


B10 会議区画。

この階にある第一会議室を開くと、中は重苦しい空気に包まれていた。

長机を囲むように各部門の責任者が座っている。

戦闘部隊の特務第零部隊から第三部隊までの各隊長と副隊長。

研究部。 医療部。 管理部。

そして第零隔離区運営責任者“篠崎 司”の姿があった。

…議題は一つ。

『一ノ瀬 雪斗の処遇』だ。


「以上が談話室で発生した事案です。」


報告を終えた小瀧が口を閉じる。今回の目撃者として呼ばれたのだ。

小瀧の説明を受け、最初に口を開いたのは研究部主任の小倉だった。


「談話室に取り付けているセンサーも調べましたが、暴走兆候ありでした。また、精神侵食の進行も確認されています。一度こういった症状が発症してしまうと、再発の可能性も高くなります。…話を聞くかぎり今回はかなり危ない事案でしたよ。」


淡々と並べられる言葉。それは研究者としての意見だった。

特務第一部隊 副隊長も頷き、発言の許可を得る。


「俺も小倉主任に同意見です。今回は運が良かっただけ…次は完全に暴走し死人が出る可能性があります。本来なら即処分と言いたい所ですが…彼が特別な被験者だと言うことは聞いていますので、第一部隊から提案があります。」


会議室に重い空気が流れる。


「B23への移送を希望します。」


その言葉を聞き、全員が固まってしまった。


B23。高危険度収容区画

そこへ送られた者は患者ではない。

被験者…いや、実験体とも言えるだろう。

誰もがその意味を理解していたし、納得もしていた。

研究部主任の小倉が腕を組み大きく頷く。


「ほぅ…。珍しく意見が合いますね。私もB23への移送に賛成です。あそこなら絶対に出られませんし、管理もB18より行き届いている。なにより我々も研究しやすくなります。」


小倉の言葉を聞き、小瀧も賛成だと意見を述べる。


「私も賛成です。危険因子を抱えたまま、一般区画へ置くべきではありません。」


賛成の意見が多い中、静かに手を挙げる人物がいた。

医療管理区画責任者の“古川 忍”だ。


「僕は反対です。」


全員が一斉に古川の方へ視線を向ける。古川は雪斗がこの施設に来た時から見ている医者だ。


「まず、一ノ瀬雪斗くんは患者であり被験者ではありません。なので収容対象ではない。このまま医療管理区画にいるべきです。」


しかし周りの反応は薄い。それもそのはず、危険性を考えれば説得力にかけているからだ。

そんなとき、第零隔離区運営責任者の篠崎が口を開いた。


「古川…。君の言うとおり確かに彼は患者だ。感染者に怪我を負わされた可哀想な高校生…。だがそれは昨日までの話だ。今回の件で彼は患者から被験者になったのだ。…いや、被験者は被験者でも、怪物に覚醒する一歩手前だ。」


「ですが、彼は発症をしたのにも関わらず自らの意思で怪物への覚醒化を食い止めました。」


「たまたまだろう。毎回食い止められるというのか?」


「それは…今回が一回目ですので分かりかねます。」


「だろうな。二回目は食い止められない可能性もあるということだろう?」


「…。」


やはり古川より説得力がある。他の者は頷きチラホラと「確かに…」との声が聞こえてきた。このまま雪斗はB23にある高危険度収容区間へ移送されるだろうと、誰もが思っていた。

その時、静かに冷たい声が会議室に響いた。


「B23への移送は却下します。」


全員の視線が一斉にある人物へ向いた。

―――氷室副隊長だ。

青い瞳は冷たく、相変わらず感情が見えない。

篠崎は腕を組みながらため息を吐く。


「氷室副隊長…理由を聞いてもいいか?」


「はい。確かに通常ならB23へ移送されてもおかしくありません。ですが…彼は前例のない人間としてこの施設に来ました。ですので通常の人間と比べること自体間違っています。」


「それはそうだが…。」


氷室は無表情で淡々と意見をぶつける。篠崎に口を挟ませないつもりだ。


「彼は確かに談話室で暴走しかけました。それは事実です。ですが…理性を保ち怪物化を防いだこともまた事実ですよね?」


「…何が言いたいんだ。」


「…このまま彼を閉じ込め実験体にするぐらいなら、第零部隊の隊員として育てるつもりです。」


周りが一気にどよめいた。すかさず篠崎は反論する。


「隊員だと!?反対だ!!」


「あなた方は彼を被験者として扱いたいのでしょうが、私は違います。彼は…近いうち能力者になる可能性があります。」


「能力者…?馬鹿馬鹿しい。」


「確かに確定ではありませんが…可能性はあるかと。」


「可能性だと!?前例がないだろう!」


「…我々能力者も、前例がない状態でここまで来ましたが?」


「能力が発動されていない今、一旦彼をB23へ送り様子を見てから医療管理区画へ戻すのも手だろう?」


「B23から医療管理区画へ戻す?…それ、わかってて言っているのですか?」


「…。」


「B21以降の区画へ移送された感染者が、上へ戻ってきたことがありますか?それこそ前例がないでしょう?あそこへ送れば一ノ瀬雪斗は死んだも同然です。」


B21以降の収容区画に送られた者が、どういう扱いを受けるのか氷室は痛いほど知っていた。だからこそ医療区画へ留めておきたかったのだ。


その時、特務第一部隊 隊長がゆっくり手を挙げた。


「氷室副隊長。」


「はい。」


「感情論で意見を言うのは君らしくないなぁ。彼が危険人物なのには変わりない。君の優しさかもしれんが、今回はB23へ送るべきだ。」


ピシッ――。


微かな音が響いた。

机の端にはいつの間にか薄い霜が張っている。

会議室の温度がどんどん下がって行くのがわかる。

冷気。白い霧。

氷室の周囲から静かに溢れ出していた。


「お言葉ですが…これは感情論でも優しさでもあせません。ただの意見です。」


誰も口を挟まない。いや、挟めない。


「もちろん考え無しに意見を言っている訳ではありません。…私にも提案があります。」


氷室は真っ直ぐ篠崎を見るが、その目は先程よりも冷たかった。


「…聞こうか。」


「B20。こちらに彼を移送させていただきたい。」


B20。高危険度患者管理区画。

医療管理区画最深部で特殊監視病室があり、患者として扱いながら監視も可能な区画。

雪斗がいたB18より怪物化への管理体制が整っており、防壁も強い。


「B20?…せめてB21の低危険度収容区画はどうだ?」


「何度も言わせないでいただきたいですね。B20です。」


「収容区画ではなく医療区画にね…。君は危険だと思わないのかい?」


「…では、一ノ瀬雪斗の管理は私が責任を持ちます。私で足りないのなら特務第零部隊隊長も…。いかがですか?」


「…鷹宮は納得しているのか?」


「…今から説得します。」


会議室の温度がさらに下がり、とうとう白い息まで見える始末だ。研究部主任の小倉に関してはカタカタ震えている。


「…だってさ。どうするの?篠崎さん。」


五十嵐は諦めた素振りを見せ篠崎へバトンタッチした。篠崎本人は納得していないだろうが、このままでは会議室もろとも凍らされてしまうと思い、渋々賛成したようだ。

篠崎は全員を見渡し、ゆっくり口を開く。


「…では治療が終わり次第、一ノ瀬 雪斗をB20特別監視病室へ移送。処分は保留にし、経過観察とする。解散!」


篠崎の言葉を聞いた瞬間、会議室を満たしていた冷気がふっと薄れる。

氷室は何も言わず席を立ち、会議室を後にした。

その背中をある人物が追いかけて行った。


会議室を出た氷室は無言で廊下を歩いていた。

人気の少ない通路。その後ろから足音が響く。


ドスドスドス―――


わざとらしいほど大きな足音だった。


「おい。」


聞こえているはずだが氷室は振り返らない。


「聞こえてんだろ。」


無視はさせてくれないのかと、ため息をつきながら足を止め振り向いた。


「…何か用か?不知火副隊長。」


そこにいたのは特務第一部隊 副隊長。

“不知火 圭吾”だった。

赤みのある髪は短く整えられており、前髪横の左側のもみあげだけが細く編み込まれている。その部分だけは耳の後ろへ流されている。

鋭い目付きは元々なのか、誰が見ても明らかに機嫌が悪そうだった。


「気に入らねぇ。」


「そう。」


「そう。じゃねぇよ!」


不知火が氷室に向かって指を差す。


「会議室!お前絶対氷漬けにする気だっただろ!」


氷室は眉一つ動かさず答える。


「そんなつもりは一切ない。」


「嘘つけ!冷気出てただろ!!普通にしてたらあんなに冷気が出る訳ねぇ!絶対にわざとだ!!」


不知火が吐き捨てる。氷室は声が大きすぎると眉間に皺を寄せている。


「おかげで会議室は寒いし、端に置いてた観葉植物なんか凍ってたんだぞ!!」


「なら…貴様の得意な炎で溶かせば良かっただろう。」


「……あ?」


「あぁ、貴様の炎は加減ができないから観葉植物を燃やしてしまうのか。」


「…。」


「それとも逆か?貴様の火はマッチ棒程度しか出せんから私の氷を溶かせないのか?」


「…喧嘩売ってんのか?」


「買ったんだ。」


ブチッ。

不知火の何かが切れる音がした。


「上等だテメェ!!!」


ゴォッ!!


不知火の右腕から炎が噴き上がる。

周囲の温度が一気に上昇した。


「チリにしてやるよ!!!」


不知火が放った炎が、氷室へ一直線に向かってくる。

ものすごい勢いだ。

だが氷室は顔色一つ変えない。そのまま右手を自身の前へ構えると、


ゴゴゴゴゴッ!!


一気に分厚い氷塊が瞬時に形成された。

そこへ不知火の放った炎がぶつかり、蒸気が吹き上がる。


ジュウウウウウッ!!


蒸気が吹き上がり、視界が真っ白になった。


ビ―――!!!

ビ―――!!!


廊下に設置してある火災報知器が反応し、警報が鳴り出した。だが二人はお構い無しだ。


「はっ!やっぱり溶けるじゃねぇか。」


確かに氷は溶けているが、氷塊があまりにも分厚い為、完全には溶けていない。

その瞬間、白煙の向こうから冷気が溢れる。


「っ!?」


残りの氷塊が割れ、白煙の奥から鋭い氷柱が飛び出してきた。

とっさの判断で不知火がその場から飛び退く。


「この野郎!殺す気かよ!」


「この程度で驚くとは、第一部隊の副隊長も大したことは無いな。」


「はぁ!?俺の部隊バカにしてんのかテメェ!」


「部隊ではない。貴様をバカにしている。」


「!!!」


その言葉を聞いた不知火は、すぐさま炎を纏いそのまま氷室へ突撃する。

氷室も今度は両手で構え、不知火を迎え撃つ体制をとった。

冷気と炎。

二つの能力がぶつかろうとした。


―――その瞬間。


ゴンッ!!!


「いってぇぇぇ!!」


あまりの痛さに、不知火が頭を抱えその場でしゃがみこむ。

何が起こったのか理解ができず頭上を見上げると、そこには先程まで会議室にいた特務第一部隊隊長 “五十嵐 響也”がいた。

短く切り揃えられた暗い金髪。 前髪は無造作に上げられており、鋭い目元を隠そうともしない。

背は高く威圧感を感じてしまうが、ニカッと笑えば覗く八重歯がその厳つい印象を少しだけ和らげていた。

そんな五十嵐隊長は、笑顔で拳を振り抜いた姿勢のまま、不知火を見下ろしていた。


「ったく…何してんだよ。」


「いっ…五十嵐隊長!?」


その頃、反対側でも同じことが起きていた。


ゴンッ!!


鈍い音。

珍しく氷室の身体が僅かによろめき、思わず頭を抱える。


「……。」


振り返ると、そこに立っていたのは一人の男。

黒髪を短く切り揃えた大柄な男。

二メートル近い体格と鍛え抜かれた身体は、そこに立っているだけで圧迫感を与える。

顔には古い切り傷がいくつもあり、左手は不自然に固まっていた。


「…鷹宮隊長。」


特務第零部隊隊長。“鷹宮 誠士郎”は、

先程長期出張から帰還したばかりだった。


「椿。」


渋く静かな声。


「俺が帰ってきたばかりだというのに…何してる。」


「…不知火副隊長と訓練をしておりました。」


「嘘つけ。」


バレバレな嘘に、思わず鷹宮隊長はため息を吐いた。

奥からその様子を見ていた五十嵐が、笑いながらこちらへ向かってくる。その手には不知火の首根っこが掴まれていた。


「おー!鷹宮!帰ってたのか。」


「あぁ。さっきな。」


副隊長同士は顔を合わせれば喧嘩ばかりだが、隊長同士は昔からの友人の為仲が良い。

不知火はまだ痛いのか、頭を押さえながら叫ぶ。


「隊長!氷室が先に俺を煽ったんです!」


不知火の言葉を聞き、氷室も即座に反論する。


「先に文句を言いに来たのはそっちだろう。」


「てめぇ!」


ゴンッ!!


「いっ―――!!!!」


五十嵐が再び不知火の頭を思い切り殴った。


「ったく。どうせお前がまた突っかかったんだろ?ごめんなー、氷室。」


「…いえ。五十嵐隊長が謝られる様なことではありません。」


「いやいや。上司の責任だしな。不知火も…氷室の方が経歴も歳も先輩なんだから、まず敬語を使え。」


「絶対嫌です!」


「…大丈夫ですよ。不知火副隊長はまともに敬語も話せない人物だと認識しておりますので。」


ゴン!!!


「…!」


今度は氷室が鷹宮に殴られた。


「お前もいちいち煽るな。」


「…申し訳ありません。」


「はっはっは!!お互い問題児抱えてると大変だなぁ!」


「おかげでさっそく始末書案件だ。」


「今月入って三回目だな!はっはっは!」


鷹宮は眉間に皺を寄せ、氷室に睨みをきかせる。そんな二人を見て五十嵐が大口を開けて笑う。ちなみに不知火はまだ痛いのか頭を抑えていた。


「…で?お前ら二人は何で揉めてたんだ」


鷹宮の発言に氷室は固まってしまった。鷹宮は先程まで出張に行っていた為、会議自体は参加していないが、内容は通信機で聞いているためある程度は理解していた。


「まぁ、さっきの会議の件だろうがな。」


「…申し訳ありません。」


「いや、責めている訳じゃねぇが…。まぁ、喧嘩は訓練区画か外でやれ。」


「…善処します。」


鷹宮と氷室の話を聞き、五十嵐が横から口を挟む。


「氷室はさぁ、本当に彼が能力者になれると思うの?」


「…まだ分かりません。可能性を示しただけです。」


「鷹宮の意見も聞いていないのに勝手に責任取らしてさ。副隊長らしからぬ行為だけど?」


「…鷹宮隊長を巻き込んでしまった事は謝罪します。ですが、彼をB23へ送ることだけは避けたかったので。」


「彼に何か情があるの?氷室らしくないなぁ。」


「…私らしいとは?それに情などありません。B23に移送するということは、彼は完全に被験者扱いになります。B20なら、古川先生の目もありますし、妥当だと判断しました。」


五十嵐の意地悪な質問にも淡々と答えていく。そんな二人を見て鷹宮が間に入る。


「五十嵐、あんまいじめんな。椿がそう思ったんならそれでいい。」


急に鷹宮が答えた事に氷室は少しだけ目を見開く。きっと驚いているのだろう。


「…何びっくりしてんだ。お前がそう判断したならそれが正解だ。責任でも何でもとってやるよ。」


「ありがとう…ございます。」


鷹宮から大目玉をくらうと思ってたため、氷室は少し拍子抜けした。それを見た五十嵐はそれ以上質問をしなかった。


「ま、鷹宮が納得したんならいいけどさ。何かあったら第一部隊も出動するし…。な!不知火。」


「え!?第ー部隊もですか!?」


「…不知火副隊長以外でお願いします。」


「テメェエエェ!!」


「お前らいい加減にしろ!!」


「はっはっは!!俺たちはいい部下を持ったなぁ!」


笑い声と怒鳴り声が響く廊下。その遥か地下には静かに眠る少年がいる。少しではあるが彼には猶予が与えられた。彼の未来は誰にも分からないが、少なくとも味方についてくれそうな人物は確かにここにいた。

第8話は本日20時に更新予定です。



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