第41話 戦闘開始
女性から離れその先を進んでいると、通信機から橘の声が響いた。
『小瀧隊員。この先にある高校で、感染者を確認しました。』
「数は?」
『数は……多すぎて、正確に把握できません。現在、早乙女隊員と不知火副隊長が応戦しています。手の空いた隊員から順次そちらへ向かってもらいますので、小瀧隊員は先に二人の援護をお願いします。』
「了解。…一ノ瀬、聞こえたか?」
(この先の高校って……まさか。)
嫌な予感がする。この辺りにある高校の数は多くない。
「一ノ瀬?」
小瀧が少し心配そうに声をかけるが、雪斗には返事をする余裕などなかった。
(違ってくれ…。)
そう願う。ただの偶然であってほしい。
けれど…こういう時に限って――
外れてほしいと思った予感ほど、当たってしまうものなのだ。
小瀧と急いで向かい、到着した正門を見上げると見覚えのある高校が構えていた。
「……ここ、一ノ瀬が感染した高校じゃねぇか。」
ここまで来ると、流石の小瀧も思い出したようだ。
感染した場所でもあるが、小瀧が雪斗を助けた場所でもある。
「前回もここで感染者が発生…今回に限っては大量に?…初めてだな。」
――ガシャァンッ!!
「!!?」
突然、校舎三階の窓ガラスが大きな音を立てて砕け散った。大量のガラス片が宙へ舞い、その中から人影が飛び出した。
「――梓さん!?」
三階から落ちてきたのは、第一部隊隊員の早乙女 梓だ。普通なら大怪我になるところだが、早乙女は地面へ叩きつけられる寸前に能力で風を操り、自身の身体を包みこむと落下の勢いを大きく殺した。
ドサッ。
「梓さん!!」
小瀧と雪斗が駆け寄ると、早乙女は苦しそうに身体を起こした。
「いってて…あぁ…雪斗くんに小瀧隊員……。」
「大丈夫ですか!?」
「ははっ。大丈夫、大丈夫。風で着地の衝撃は和らげたから。」
そう言って笑うと、すぐに校舎へ視線を戻した。
「そんなことより、不知火副隊長の応援に行って!」
校舎の中からは、不知火が放っているであろう炎の光が見える。
「分かった。一ノ瀬。お前はここに――…」
「俺も行きます!行かせてください!」
「……。」
「お願いします…!」
先程は小瀧の指示に従ったが、今回は拒否した。自分が行って何の役に立つかは分からない。なんなら足手まといかもしれない。しかし、自分の大好きな高校を好き放題にされて、黙っていられなかったのだ。
小瀧もそんな雪斗の気持ちを察したのか、やがて小さく舌打ちをした。
「……チッ。死ぬなよ。」
「はい!」
「…急ぐぞ。」
小瀧が校舎へ駆け込み、置いてかれないよう雪斗も必死にその背中を追いかける。
「不知火副隊長に暴れられると、この校舎が火の海になる。それだけは避けたい。」
「え!?は、はい!」
二人は廊下を駆け抜ける。校舎内は酷い有様だった。
壁には大きな亀裂が入り、窓ガラスはあちこちで割れている。廊下には机や椅子が散乱し、天井からは細かな埃が舞っていた。二段、三段と飛ばすように階段を駆け上がる。すると上階へ近づくにつれ、激しい物音が聞こえてきた。
――ドンッ!
――ガシャァンッ!
「……!」
階段を駆け上がった先にある、廊下の中央。
不知火が一人、複数の感染者を相手に戦っていた。その周囲には、赤々とした炎が渦巻いている。炎は壁や天井へ燃え移る寸前で揺らめき、廊下全体を赤く照らしていた。不知火は周囲の状況を確認しながら、炎の勢いを巧みに抑えている。
「!小瀧か。遅いぞ!」
小瀧に気付いた不知火は、少し安心したのか口角が上がっている。
「加勢します。」
「よし!俺は手前の奴らをやるから、小瀧は奥にいけ!」
「了解。」
校舎を焼き尽くさないよう抑え込まれた炎が、静かにその勢いを増していく。
「来るぞ!」
そして感染者たちが一斉に襲いかかってきたと同時に、不知火が一歩前へ出て右手を掲げる。
ゴォッ!!
手のひらから勢いよく炎が噴き出した。目の前にいた感染者へ向かって、炎が一直線に走る。
「小瀧!行け!」
「了解。」
小瀧が地面を蹴り、炎に怯んだ感染者の横を一瞬で駆け抜けていく。そしてそのまま感染者を次々と切り裂いていった。
――ズッ。
次…そのまた次…と、次の標的へ向かって走り続けている。
一体。また一体と、炎の間を縫うようにして、次々と感染者との距離を詰め刃を向ける。まるで炎が、小瀧のために道を作っているかのようだった。
「……すごい。」
雪斗は思わず呟いた。
不知火が敵の動きを制限し、小瀧がその隙を正確に突く。二人とも、まるで互いの動きを理解しているようだ。
「しまっ――!」
そのとき、不知火の表情が変わった。
炎を避けた感染者が、一体だけ雪斗へ向かって走ってきたのだ。
「一ノ瀬!」
不知火は咄嗟に手を伸ばし、炎を放った。
――ゴォッ!
だが、届かない。しかしこれ以上、炎の勢いを強めれば雪斗まで巻き込んでしまう。
「……!」
(やばいっ…!)
――ヒュッ!
その瞬間、風を切る音が耳元で聞こえた。
一本の矢が、感染者へ向かってまっすぐ飛んできたのだ。矢は、狙い違わず感染者の動きを止める。雪斗は呆然としたまま、矢が飛んできた方向へ振り返った。
廊下の奥…そこにいたのは、弓を構えた早乙女だった。
「良かった…間に合った……。」
「梓さん!」
「早乙女!!生きてたのか!来んの遅ぇぞ!」
「勝手に殺さないでくださいよ!」
不知火の言葉に、早乙女がむっとした顔で言い返す。
「だいたい、私は遠距離専門なんですよ!?本来なら校舎の外から狙うべきなのに!!」
「分かった分かった!文句は後で聞くから手伝え!」
「…五十嵐隊長にチクってやる。」
さっきまで張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
だが――。
廊下の奥から、再び複数の足音が響いてくると早乙女の表情が変わった。
「……また来ますよ。」
「あぁ。いくぞ、早乙女。」
「了解!」
(すごい…。)
早乙女が参戦し、戦いは再開された。
そして三人が感染者を相手に戦い続ける中、雪斗はふと視線を横へ向けた。
廊下の窓……。反対側の校舎に何かがいる。目を凝らすと、割れた窓ガラスに一瞬だけ人影が映った。
「……感染者?」
黒い影。それは人のようにも見えた。
「梓さん!あっちに――!」
しかし、声は届かない。
不知火の炎が爆ぜる音や感染者の叫び声のせいで、雪斗の声は完全にかき消されてしまっていた。
「……。」
雪斗はもう一度反対側の校舎を見る。すると、その人影が教室へ入っていくのが見えた。
――行かなきゃ。
なぜか、そう思った。単独行動しちゃいけないのは分かっている。鷹宮にも、小瀧にも散々言われたことだ。
「…すぐ戻れば大丈夫か。」
理由は分からない。ただ、あの人物を見逃してはいけない。
――そんな気がした。
廊下を思い切り走り、渡り廊下へ向かう。そして反対側の校舎へ入った瞬間、思わず足を止めた。
「……。」
そこは、先ほどまで不知火がいたのだろう。
壁は黒く煤けており、床には焦げ跡が残っていた。窓ガラスにいたってはほとんど割れている。
「……ここだよな。」
――視聴覚室。
先ほど窓に映った人影は、この中に入ったはずだ。覚悟を決め、ゆっくりと扉を開ける。
ガララ……。
薄暗い室内は、だいぶ荒れていた。燃えたあとはないが、戦闘に巻き込まれたのは誰が見てもわかる。雪斗は慎重に中へ入った。
「……だれ?」
(気付かれた!?)
部屋の奥にいた人影がこちらに気付き、声をかけてきたのだ。嫌な声…しかし、それは聞き覚えのある声だった。
「……あぁ。君か。」
「……!」
身体が震えた。足がまったく動かない。目の前にいる男は、どこか気の抜けたような表情をしている。忘れるはずがない。忘れられた日など一日もないのだ。
「ナ……ナギ……。」
「えー。名前、覚えててくれたの?嬉しいー。」
まるで、久しぶりに友人と再会したかのような軽い口調だ。不気味さを感じる。
「なんで……ここに……。」
「んー?ちょっと用事があってねー。でも、もう終わったー。」
「終わったって……?」
雪斗は恐怖からか無意識に一歩後ずさる。ナギはそんな雪斗を見て、クスっと笑った。
「ははは。そんなに警戒しなくても。」
「警戒するだろ…!お前…俺に何したと思ってる……!」
あの日の記憶が蘇る。
古川からカウンセリングを受けても、完全には治らない深い心の傷。その原因を作った張本人が目の前にいる――。
「分かってるよー。ごめんね?やりすぎちゃったよね。」
あまりにも軽い謝罪だ。だが、その態度がかえって雪斗の恐怖を煽った。
「もしかして身体に傷とか残っちゃったー?」
そう言って、雪斗へ手を伸ばした。
「……っ!」
(触るな…!)
逃げなきゃいけないのに――身体が動かない。
あの時の記憶が蘇り、足が床に縫い付けられたように動かなかった。ナギの指先が、ゆっくりと近づいてくる。
――バキバキバキッ!!
その瞬間、廊下の奥から氷が一気に押し寄せるような音が響いた。
「……!おっと。」
ギリギリの所でナギは避けることが出来たが、床には分厚い氷が迫っていた。
「危ないなぁー…。」
「ひ…氷室隊長……!」
振り返ると、第零部隊副隊長の氷室が入口のところに立っている。こめかみには血管が浮かんでいた。身体からは白い冷気が立ち上り、誰の目から見ても怒っているのは確かだった。
「おー怖い怖い。待ってよ。俺は彼を心配して――…。」
「黙れ。」
周囲の温度が、さらに下がる。
パキッ。
床に張った氷が音を立てて広がっていく。
「……。」
氷室が無言で手を掲げると、周囲に無数の氷の破片が浮かび上がった。そのすべてが、ナギへ向けられる。
「貴様を始末する。」
「分かった分かった。もう帰るからさー…。」
「逃がすと思うか?」
「思ってないよー。」
氷室が腕を振ると、無数の氷片が一斉に放たれた。…しかし一歩遅かった。ナギの姿が一瞬で消えたのだ。氷片が誰もいない場所を通り抜け、壁へ突き刺さる。
「……セツの能力だ。」
雪斗が小さく呟いた。
対象を“回収登録”すると、位置情報を把握でき条件次第でセツの元へ送られる。
(きっとそうだ…。)
「一ノ瀬。」
「!……はい。」
「お前は第零部隊の誰かと行動を共にしなければならないはずだ。何故一人でこんなところにいる。」
「ひ…人影が見えて…。それで気になってここに…。すみません。」
「………。」
――パァンッ!
「……え?」
乾いた音が響いた。
頬に走った感覚に雪斗は呆然とする。…氷室に頬を叩かれたのだ。あまりの驚きに、理解するまで少し時間がかかった。氷室は相変わらず無表情だが、冷たい目で雪斗を見つめている。
「貴様の勝手な行動で、どれだけ周囲に迷惑がかかると思っている。」
「すみませ――…。」
「あの男に何をされたか、もう忘れたのか。」
「……いえ。」
忘れるはずがない。今でも夢に出てくるぐらいだ。
「上から出された指示は絶対だ。違うか?」
「いいえ…。」
「しかし、お前から目を離した小瀧にも非がある。このことは鷹宮隊長に報告させてもらう。」
「え!?待ってください!小瀧さんは……!」
「関係ある。お前を任された以上、責任はあるからな。」
「……。」
雪斗は思わず唇を噛む。自分が勝手に動いた。それなのに、小瀧まで責任を負ってしまうなんて。
「申し訳ないと思うなら、二度と勝手な行動を起こすな。……いいな?」
「……はい。」
雪斗は小さく頷くと、氷室はそれ以上何も言わず踵を返す。
「来い。…はぐれないようにな。」
「……はい。」
雪斗と氷室が合流した頃には、戦場はさらに混乱していた。不知火は炎を操りながら、次々と感染者を退けている。
「くそ……!」
だが、その動きには明らかな疲労が見え始めていた。
額には汗が浮かび、呼吸も荒い。遠くから弓を構えていた早乙女も心配するほどだ。
「不知火副隊長!大丈夫ですか!?」
「……問題ねぇ!」
そう答えるものの、不知火の足元がわずかによろめいた。
「問題あるじゃないですか!」
早乙女は持っていた弓を下ろすと、腰のナイフに持ち替え、急いで不知火のもとへ駆け寄った。
「ちょっと休んでください!また脱水で倒れちゃいますよ!」
「休んでる暇なんかねぇだろ……!」
ゴォッ!!
不知火が手を上げると強烈な風圧が巻き起こり、感染者たちをまとめて吹き飛ばした。
「…はぁ……はぁ……。」
しかし、廊下の奥からまた別の感染者が姿を現す。
「……キリがない。小瀧はどうした…。」
「小瀧隊員も苦戦しているんですよ。」
早乙女がナイフを握り直す。そして今度は風を起こし、自身の周りにいる感染者を吹き飛ばすがやはりキリがない。そのとき、倒したと思っていた感染者の一体が突然起き上がり、早乙女へ向かって飛びかかっつきた。
「きゃっ……!!」
――ヒュンッ!!
空気を裂く音が聞こえたかと思えば、感染者の動きが止まった。感染者の背中には、一本の氷の槍が突き立っている。
「……え?氷…?」
氷の槍が飛んできた方向に目をやると、そこに立っていたのは氷室だった。
「氷室副隊長おおぉぉ……!」
「早乙女隊員、大丈夫か?」
先程までの不安そうな表情は消え、早乙女の目はキラキラ輝いている。
「はぁ…かっこいいぃ…。」
氷室は一瞬、何とも言えない表情を浮かべ視線を不知火へうつした。
「不知火を庇っていたのか?」
「はい!…と言っても、私だけじゃ守りきれませんでした…。」
「いや、私が来るまでよく耐えた。ありがとう。」
「うううぅぅ……!やっぱ好きいぃぃ…!」
早乙女が胸元を押さえながら苦しそうにしている。氷室は聞かなかったことにし、今度は不知火へ話しかけた。
「おい。動けるか?」
「……うるせぇ。来んの遅すぎんだよ、ボケェ……。」
「無駄口を叩けるなら大丈夫だな。」
「……チッ。」
だが、不知火は能力を使いすぎたせいで苦しそうにしている。しかし未だに廊下の奥からは、感染者が次々と現れていた。
「早乙女隊員。」
「はい!」
「不知火と一緒にここを離れろ。私は小瀧の応援に向かう。」
「え!?そんなっ…!危険すぎます!」
「安心しろ。もうすぐ五十嵐隊長も合流する。」
「氷室副隊長ぉ…。」
「ふっ。大丈夫だ。悪いが頼まれてくれるか?」
「……うぅ。分かりました。」
本当は残って共に戦いたいが、氷室からの頼みとなると断れない。早乙女は不知火へ手をかざすと、ゆっくり風を起こした。
ヒュウウゥ…
不知火の周囲に風が渦巻き、身体がゆっくりと宙へ浮かび上がる。
「一ノ瀬、お前もだ。」
「……はい。」
「早乙女隊員と一緒に出ろ。」
「…分かりました。」
氷室はその返事を確認すると、再び戦場へ向かって走り出した。
「じゃあ行こっか。近くの小学校に医療班が来てるはずだから、そこに行こう。」
「はい。」
こうして三人は校舎を出て、小学校へ向かった。
その道中、最初は「何だこの運び方!」と文句を言っていた不知火だったが、途中で力尽きたのか小学校に着く頃には意識を失っていた。早乙女いわく、毎回倒れるまで能力を使うから心配しなくていいよとのことだ。
そして小学校に着きしばらく歩くと、校庭の向こうに体育館が見えてきた。
(人がたくさんいる…。)
入口には、何人もの警備隊が立っていた。そして体育館の中には想像よりも多くの人がいた。
床に敷かれた簡易ベッドがいくつもあり、応急処置を受けている人もいる。テントで囲っているブースには、重傷者がいるのだろうか…。
「私は不知火副隊長を寝かせてくるね。雪斗くんも頬っぺた赤くなってるし、手当てしてもらいなよ?」
風に支えられた不知火を連れ、早乙女が奥へ向かう。
雪斗は一人、その場に残った。氷室に叩かれた頬はもう痛くない。手当など受けずとも、時期に赤みも引くだろう。
(あの女の人は大丈夫だったんだろうか…。)
少し気になり近くの医療班に聞こうと歩き出したとき、突然背後から声をかけられた。
「すみません。包帯ってありますか?」
「え?」
なぜ俺に…?と思ったが、戦闘用の服を着ているせいだろう。
「包帯なら、あっちにいる医療班の――…」
質問に答えながら、ゆっくりと振り返った。
「……え。」
ゴーグルにマスクをしているせいで、目元でしか雪斗だと判断できないはずだ。
それでも…長い付き合いだ。彼女が雪斗を見間違えるはずがない。
「ゆ……雪斗……?」
「……!」
(ま……まどか?)
吉野まどか。
あの日から会えずにいた、俺の大事な幼なじみだ。ずっと会いたかったはずの人――なのに。俺は思わず顔を逸らしてしまった。
「ゆ……雪斗だよね?」
「……。」
「なんで…ここに?」
「ひ…人違いです。」
自分でもびっくりした。素直に“会いたかった!”という言葉が出てこなかったのだ。それどころか、自分が雪斗だとバレてはいけない気がした。
雪斗自身が前例のない特殊な感染者であること。いつこの能力が暴走するか分からないこと。そしてそんな俺を狙っている奴がいること。
(まどかを、巻き込む訳にはいかない…。)
「そんなわけない!わたしが雪斗を間違えるはずないでしょ!?何年一緒にいると思ってんのよ!」
「……。」
(まどか…。)
聞きたい。両親のこと。友人のこと…。
でも声が出ない。まるで喉になにか引っかかっているみたいだ。




