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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
懐かしい場所で

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第40話 復帰後の初任務

♢♢♢


「足。遅い。」


「はい!」


木刀を振るうたび、小瀧の声が飛ぶ。


「なんだ、その動きは。なめてんのか。」


「す、すみませっ!」


「力みすぎだ。肩の力抜け。」


「……はい。」


「テメェ目ついてんのか。」


「……。」


(いやいやいや…この人、俺がリハビリ中だって知ってるよな!?)


筋力だって、体力だって以前とは比べものにならないぐらいに弱くなっている。


(もうちょっと手加減とか……。)


「何ぼーっとしてる。」


「えっ──」


ガキィン!!


「うぅっ。」


「考え事しながら戦うとは余裕だな。」


「余裕なわけ――…」


「ほら。こねぇならこっちから行くぞ。」


(この人、ほんとに容赦ない!!)


結局、その日は一度も小瀧から一本も取ることはできなかった。

何度挑んでもかすりもしない。

それでも、不思議と嫌ではなかった。

以前の自分なら見えなかった課題が、一つ一つ見えてきたからなのかもしれない。

それだけでも、大きな前進だった。

それからの日々。

リハビリが終われば、小瀧との訓練が待っていた。

もちろん小瀧も任務がある為、施設を空ける日も少なくない。

そんな日は、不思議と誰かが雪斗の前に現れた。


「今日は俺と特訓しよっか。」


真壁だったり。


「やるぞ。」


氷室だったり。

気付けば、第零部隊の隊員たちが代わる代わる雪斗のリハビリを手伝ってくれていた。


――それから三か月。


雪斗は毎日のリハビリと訓練を積み重ね、失った体力を取り戻していた。

もちろん、周りの隊員たちのサポートがあったおかげでもある。

そして今日。


「…………。」


古川は検査結果に目を通すと、静かに頷いた。


「……うん。身体に関しては問題なさそうですね。今日から戦闘任務への復帰を許可できそうです。」


その言葉に、雪斗はほっと息をつく。

そして古川は机の引き出しから一枚の書類を取り出し、雪斗の前へ差し出した。


「?」


「部署異動届です。」


「どうして……。」


「鷹宮隊長から渡してくれと頼まれましてね。」


「そう…ですか。」


「戦闘部隊へ戻るとまた身体を酷使しますし、君の心が完治する日は来ないかもしれません。…最悪、悪化してしまうかも。」


「…………。」


前を向こうと努力してきた。

だが本当に今、俺は前を向けているのか?

恐れずに戦えるのか?

自分でもまだ、確信が持てなかった。


「一ノ瀬くん。あなたがどんな選択をしても、誰も責めません。戦闘部隊に戻るのも、別の部署へ異動するのも、どちらも間違いではありませんから。」


「俺は…。」


その時だった。

施設全体に、けたたましい警報音が鳴り響いたのだ。


「!?」


『緊急警報。緊急警報。』

『市街地にて大規模感染者発生。』

『戦闘部隊隊員は至急、第二ヘリポートへ集合してください。』

『繰り返します――…』


診察室の空気が一変した。

緊急の放送が流れる時は、急いでその場に行かなければならない。

でないと置いてかれてしまう――。

雪斗は部署異動届を折りたたんだ後、ポケットへ雑にしまうと、迷うことなく扉へ向かって走りだした。


「一ノ瀬くん!」


古川の声が後ろから聞こえてきたが、それでも雪斗は振り返らなかった。


♢♢♢


雪斗が地上へ出ると、すでに出撃準備は始まっていた。

ローターの轟音が基地中へ響き渡る。

何機ものヘリが待機し、整備員や隊員たちが慌ただしく駆け回っていた。

隊員たちは次々と機内へ乗り込み、最終確認を行っている。

雪斗は迷うことなく一機のヘリへ向かい、そのまま機内へ乗り込んだ。


「えっ!? 雪斗くん!?」


雪斗が乗り込んだ機内には、既に真壁が座っていた。


「退院したとは聞いてたけど…さすがに復帰は早いんじゃないの?」


「古川先生から、復帰の許可はもらったので大丈夫です。」


「いやでも……。」


ガコンッ。


機体がわずかに揺れたと思ったら、入口から一人の男が乗り込んできた。


「小瀧さん。」


「お前…。」


小瀧も雪斗がヘリに乗っているなど思いもしなかったのだろう。目を見開いている。


「琉偉くんも何か言ってやってよ。」


「何をですか。」


「何って……復帰はまだ早いってさ。」


「……俺が決めることじゃないんで。」


「え……。」


真壁は思わず言葉を失った。

まさか雪斗の味方をするとは思ってもいなかったのだろう。


「許可を得てるなら、決めるのは本人です。俺らが口を出すことじゃないんで。」


小瀧はそれだけ言うと、雪斗の向かいへ腰を下ろした。

真壁は頭を掻きながら大きくため息をついた。


「雪斗くんに何かあったら怒られるの…俺らなんだからね。」


「俺より真壁さんの方が上司なので、怒られるのは真壁さんだけです。」


「…………。」


そしてヘリのローター音がさらに大きくなり、出撃の時が近づいていた。


「お前ら、準備はできてるか。」


最後にヘリへ乗り込んできたのは、鷹宮だった。

機内を見渡したその視線が、雪斗で止まる。


「……。」


わずかに目を見開いた後、真壁へ視線を向けた。


「真壁……。」


問いかけるような一言。

何故止めなかったと言いたげな視線だが、真壁は困ったように首を横へ振った。

本来なら古川の許可を得たとはいえ、いきなり前線復帰を認められるはずがない。

だが、鷹宮はハッキリと雪斗にヘリから降りろとは言えなかった。

なぜなら三ヶ月前のあの日…雪斗をヘリから降ろし単独で帰還させた結果、雪斗は敵に誘拐された。

そして身体にも心にも、消えることのない傷を負ってしまった…。

鷹宮は覚悟したように、何も言わずヘリの扉を閉めた。


ガシャン。


そしてヘリがゆっくりと浮かび上がる。

ローター音を響かせながら基地を離れ、目的地へ向けて飛行を開始した。

機内では鷹宮がタブレットを操作し、中央のモニターへ地図を映し出す。


「目的地へ到着するまで、作戦を説明する。」


画面には日本地図が表示され、その一角が赤く点滅していた。

鷹宮はその地点を指差す。


「ここを中心に感染者が大量発生している。特に〇〇市への被害が集中しているから、俺らはここで降りる。」


「……!」


雪斗の表情が変わり、思わず身を乗り出した。


「えっ!?」


その声に、機内の視線が一斉に雪斗へ集まる。

雪斗はそんな視線をきにもせず、地図から目を離そうとはしなかった。


「なんだ。」


鷹宮が静かに尋ねると、雪斗は地図を見ながら震える声で伝えた。


「ここ…俺の地元です…。」


「!本当か?」


「はい…。」


鷹宮は持っていたタブレットで、その場所の詳しい情報を調べだした。


「そうか…あの高校があった場所か……。」


あの高校…雪斗が感染した場所のことを言っているのだろう。

雪斗は家族や友人の無事を祈る一方で、橘の言葉が脳裏に浮かんでいた。


“見つけた時には、両親は亡くなっていて”

“弟は、見つけるのが遅れて間に合わなかった”


「……っ。」


もし――既に手遅れだったら?

橘隊長と同じように、大切な人たちを失ってしまったら?


「大丈夫…。大丈夫…。」


誰に言い聞かせるでもなく、小さく呟く。

今は無事を祈ることしか出来ない。

そんな自分がもどかしかった。


「橘から感染者の位置が伝えられるから、それをもとに各自行動してくれ。」


鷹宮はタブレットへ表示された地図を見ながら指示を出す。


「俺と真壁は単独で動く。小瀧は一ノ瀬と行ってくれ。」


「「了解。」」


短いやり取りを終えると、機内は再び静かになった。

ヘリが目的地へ近づくまでの時間が、妙に長く感じる。

鷹宮と真壁は地図を見ながら、感染者の出現地点や避難経路を確認していた。

小瀧は腕を組んだまま窓の外を見つめ、一言も発しない。

雪斗は冷静を保とうと頑張ってはいるが、膝の上で握った拳に自然と力が入る。


「一ノ瀬。」


「……!」


突然名前を呼ばれ雪斗が顔を上げると、鷹宮がこちらをじっと見ていた。


「小瀧より前に出るな。危険だと判断したら、すぐに応援を呼べ。」


「はい。」


「そして――。」


一拍置き、念を押すように続けた。


「絶対に無理をするな。戦闘は、できる限り避けろ。……分かったな?」


「……はい。」


その返事を聞いた鷹宮は、それ以上何も言わなかった。

そして機内は無言のまま、やがてゆっくりと機体が傾き始める。


(ここは…。)


ヘリはローター音を轟かせながら高度を下げ、静かに着陸態勢へ入っていた。

雪斗は窓の外へ目を向ける。

眼下に広がる街並みが、少しずつ大きくなっていくのが分かる。

窓の外に広がる街並みが、次第にはっきりと見え始めた。


「……。」


見覚えのある景色だった。

何度も光太郎達と通った道路。

部活帰りに寄り道したコンビニ。


――間違いない。


ここは雪斗が十七年間暮らしてきた街だった。

しかし、その街は雪斗の知る姿ではなかった。

あちこちから黒煙が立ち上り、横転した乗用車が見える。

割れたガラスが道路一面に散乱し、信号機は途中で折れ曲がっていた。

遠くでは消防車のサイレンが鳴り響き、パトカーや救急車が慌ただしく行き交っている。

街全体が混乱に包まれていた。


(酷い…。)


そして機内では、それぞれが無言で装備の最終確認を始めていた。

防具の固定具を締め直したり、通信機の状態を確認したり。

雪斗も深呼吸を一つして、ゴーグルとマスクを着用した。

そのとき、通信機から橘の声が聞こえた。


『橘です。現在、生体反応を確認。感染者は三方向へ分散しています。』


その声が聞こえたのと同時に、ヘリ内のモニターに地図が表示され、赤い光点が次々と浮かび上がった。


『駅前に十五体。』

『住宅街に九体。』

『商業施設付近に十二体。』

『なお、生存者反応も住宅街で複数確認しています。』


「…聞いたな?俺と真壁は駅前へ向かう。小瀧は一ノ瀬を連れて住宅街へ行け。生存者の救助を最優先だ。」


「了解。」


「よし…降りるぞ!」


鷹宮の号令と同時に扉が勢いよく開いた。

熱風が機内へ吹き込む。

焦げ臭い匂いが鼻を刺した。

四人は次々とヘリから飛び降りる。


「各自、通信は常に繋げておけ!。」


「了解!」


そして鷹宮と真壁は駅前方面へ走り出す。


「…行くぞ。」


「はい!」


小瀧の呼びかけと同時に、二人は駅前と反対方向の住宅街へ向かって駆け出した。


「油断するなよ。」


「はい!」


懐かしさを感じる暇などなかった。

早く感染者を討伐し、住民を避難させなければ。

そして何より――


(父さんと母さんの無事を確認しなくちゃいけない…!)


「きゃあああああ!!」


すると突然、住宅街の奥から女性の叫ぶ声が響いた。

雪斗と小瀧は同時に足を止め、声のした家へ視線を向ける。


「一ノ瀬!」


「はい!」


小瀧の掛け声とともに、二人は叫び声のした家へ向かって走り出した。

小瀧は腰に差した刀へ手を伸ばしながら、呼吸を乱すことなく走っている。


(は、速い……!)


雪斗も走りには自信があった。

高校ではサッカー部に所属していたし、体力もリハビリとトレーニングのおかげで、だいぶ元に戻った。

それなのに小瀧との距離は、少しずつ開いていく。


「……いたぞ。」


その声に雪斗も急いで追いつき、前方へ視線を向ける。


「……!」


家の玄関先に、一人の女性が倒れていた。

そして…怪物化した感染者が、女性に覆い被さっていた。


「いや……!」


女性の苦しそうな声が聞こえる。

服には汚れがつき、身体にも傷が見えた。


「小瀧さん!」


「俺は感染者を殺る。お前はそこで待機しろ。」


「……!」


彼女を助けたい…!身体が勝手に動きそうになるが、ここは小瀧の指示に従った。


「…分かりました!」


“助けたい”という感情だけで動いても、感染者にかなうわけではない。

小瀧は雪斗が立ち止まった事を確認すると、視線を感染者へ戻し、刀をゆっくりと抜いた。


「…行くぞ。」


(は…速い!!)


瞬きを忘れてしまうほどのスピードで、小瀧は一気に地面を蹴り上げた。


「――っ!」


一瞬だった。

感染者が振り向くよりも早く、小瀧の身体が間合いへ入り込む。

そして刀身が一直線に伸びる。


ズッ――。


グアアアアアアア!!


そのまま刃が感染者の身体を貫き、大きな叫び声を上げる。

小瀧はそのまま刀を引き抜き、続けて首を切り落とした。


ガァァ……


感染者は力を失い、その場に倒れ込んだ。


「死んだか。…一ノ瀬、こっちに来い。」


「…!はい!!」


「そいつ、見とけ。」


(そいつって…。)


雪斗は慌てて小瀧の元へ駆けつけると、横に倒れている女性を介抱する。

その間に小瀧は刀を鞘へ収めると、耳元へ手を当てた。


「こちら小瀧。感染者、一体討伐済み。外見から判断して、おそらく第二段階かと思われる。」


小瀧は淡々と状況を報告していく。

小瀧の報告を聞きながら、雪斗は女性へ優しく声をかけた。


「だ、大丈夫ですか…?」


第零部隊は医療器具を持ち合わせていない。そのため応急処置などは出来ない。

 

(琴音さんみたいな能力もないしな…。)


衣服には傷んだ箇所があり、肌にも傷が見える。

見たところ大きな怪我はなさそうだが、何故か嫌な予感がした。


「負傷者一名。感染の疑いあり。」


「――!?」

(今…なんて…)


小瀧は通信機へ手を当てたまま、女性へ視線を向けた。


「外傷がある。感染者に襲われていた以上、可能性はある。」


小瀧は何も思っていないのだろうか。淡々とした言葉で通信相手に状況を説明している。

だが、雪斗の胸は大きくざわついた。

自分も感染者になり、何も分からないままSIOへ連れてこられた。

そして――。


「……。」


雪斗は女性へ視線を戻す。

怯えた表情をしてカタカタと震えている。


(なんて声をかければ…。)


そして通信を終えた小瀧が雪斗へ声をかけた。


「後で別部隊が彼女の対応をする。俺たちは先を急ぐぞ。」


「え!?この人を置いていくんですか!?」


「一人に構っていられねぇ。それに、回収部隊もすぐに到着する。」


「でも……!」


またいつ感染者が現れるか分からない。その時にこの人が襲われたら…?

喉元まで出かかったとき、小瀧は鋭い目を雪斗へ向け、先程のように淡々と話だした。


「いい加減にしろ。」


「……!」


「誰しも適材適所ってもんがある。保護は別の部隊に任せられるが、感染者の討伐を専門にしてる隊員は限られてるんだぞ。」


「それは…。」


「俺たちがここで時間を使えば、その分だけ別の場所で被害が増えるかもしれねぇだろ。」


小瀧の言うことは正しい。

頭では分かっている。

それでも、目の前に助けを求めている人がいるのに、その場を離れることには抵抗があった。

しかし、結局は何も出来ないのだ。


「……分かったら、さっさと行くぞ。」


「……はい。」


雪斗はもう一度だけ女性を見る。

“行かないで”という目を向けているように感じた。

雪斗は思わず視線を逸らし、小瀧の後を追って住宅街の奥へと走り出した。



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