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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
少しの平和

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39/42

第39話 リハビリ生活

表紙には赤い文字で、【SIO機密資料】と書かれている。


「あの…何ですか?これ…。」


藤堂は雪斗の質問に答えることなく、無言でページを開いた。


ーーーーーーーーーー

個体識別番号:A-026


氏名:橘 朔也


年齢:当時23歳


感染確認日:2XXX年○月○日


能力:索敵

ーーーーーーーーーー


「…え?これって…。」


「橘隊長の記録です。見せる許可は得ているので、ご安心を。」


「許可って…。」

(なんでこれを俺に…?)


ーーーーーーーーーー

感染経緯


仕事帰り、感染者一体と遭遇。

逃走には成功したものの、右前腕に裂傷を負う。

搬送後の検査でウイルス感染を確認。

SIOへ移送。

適応試験を通過し、生存。

戦闘部隊へ配属。

ーーーーーーーーーー

配属後


能力【索敵】を高く評価され、第二戦闘部隊へ所属。

数々の救出・討伐任務に参加。

生存率・救出率ともに極めて優秀。

ーーーーーーーーーー

特記事項


配属から約半年後。

任務先として○○市へ出動。

対象地域は本人の出身地。

現地にて自宅周辺が感染区域となっていることを確認。

本人の強い希望により捜索を開始。

ーーーーーーーーーー


「橘隊長は、ご両親と弟さんの四人暮らしだそうです。しかし、第零隔離区に来てからは一度も帰れていなかったらしく、半年後の任務で久しぶりに帰れた…ということです。」


「帰れたって…でも、任務で行ってるんですよね?…ってことは…。」


「…最後まで読めば分かります。」


ーーーーーーーーーー

調査結果


父(53歳)──死亡。

母(49歳)──死亡。

弟(13歳)──感染確認。


感染進行率第三段階。

救命不可能と判断。

ーーーーーーーーー

現場記録


対象は隊員へ襲いかかろうとしたため、橘隊員本人の判断により討伐。

作戦終了後、精神的ショックが著しく、一か月間任務を停止。

心理カウンセリングを実施。

ーーーーーーーーーー


「…え?」


雪斗は資料から目を離せなかった。

震える手でページを握り締める。


「感染…?家族全員亡くなってる…?」


喉が詰まり、うまく言葉にならない。


「しかも…弟を討伐する判断をくだしたのは、橘隊長ってこと…?」


「そうです。実際に引き金を引いたのは、橘隊長ではありませんが。」


「誰が…?」


「当時の第一部隊に所属していた隊長です。ですが、橘隊長は今でも『家族を殺したのは自分だ』と言っています。」


「そんなっ…。」


「彼の能力は索敵です。それにも関わらず、弟を見つけられなかった。やっと居場所を見つけたと思ったら、既に感染して…。そのことで、ずいぶんと気を病まれていました。」


(俺だったら…耐えられない。)


「感染する前に見つけれられなかった。間に合わなかった。その全てを、自分の責任だと思い続けているんです。…きっと、今でも。」


そう言い、藤堂は資料のページを閉じた。


「だから、橘隊長は危険だとわかっていても、能力増幅試薬を身体に打ち込んだのでしょう。きっと、『助けられなかった』という後悔を、二度と繰り返したくないからでしょうね。」


胸の奥が締め付けられる。

橘が笑いながら「後悔していない」と言った理由が、ようやく分かった気がしたから。

そして藤堂は資料を持ち、元あった場所へ戻した。


「……さぁ。私も仕事がありますので、行きましょう。」


雪斗は小さく頷き、重い足取りで立ち上がる。

機密資料保管庫を出ると、再び情報分析区画の静かな空気が二人を包んだ。

分析員たちは変わらずモニターへ向かい、慌ただしく情報を処理している。

その中に、橘の姿もあった。

分析員と何かを話しながら、書類へ目を通すように顔を向けている。

――いや。

もう、その目で文字を見ることはできない。

それでも橘は、以前と変わらない穏やかな表情で仕事を続けていた。


「……。」


なにか言おうと思っても、言葉が出てこない。結局、何も言えないまま橘の背中を見つめるしか出来なかった。


「そうでした。はい、これ。」


なにか思い出したように、藤堂がポケットから何かを取りだし雪斗へ手渡した。


「…腕輪?」


「えぇ。修理が終わりましたので。本当はもう少し早くお渡ししたかったのですが、遅れてしまいました。」


「ありがとうございます…。」


最初は、この腕輪に対して邪魔だなとしか思わなかったが、今は違う。

自分にとって凄く大事なものに変わった。


「藤堂さん…あの…。」


なぜ藤堂が橘の資料を俺に見せてきたのかは分からない。

この人も多くは語らないタイプなのだろう。


「?どうしました?」


「いや…なんでもないです。」


橘とはきちんと向き合わないといけない。

そんなこと、自分が一番わかっている。

だがこの日、橘と話すことはなかった。


♢♢♢


あれから、一週間。

雪斗はリハビリにも行かず、自室へ閉じこもっていた。

今後のことを考えなければならない。

部署異動のこと。能力のこと。

そして、自分自身のこと。


(…なんてな。)


頭の中は真っ白だ。

何も考えていない。

本当は誰にも会いたくなくて、部屋にいるだけだ。

そんな俺を心配した隊員たちが、何度も様子を見に来てくれた。

だが、雪斗は返事をしない。

息を潜め、ただ寝たふりを続けた。


「…なんか…疲れたな……。」


ベッドの上で膝を抱え込み、そのまま顔を埋める。

静まり返った部屋には、自分の呼吸音だけが響いていた。


――コンコン。


そのとき、静かなノックが部屋に響いた。


「一ノ瀬。起きているか。」


(…鷹宮隊長?)


雪斗は返事をせず、いつものように息を潜める。


「……。」


しばらく沈黙が続いた。


「一ノ瀬。」


「……。」


「いい加減、出てこい。」


それでも雪斗は動かなかった。

すると。


ピッ。


「……え?」


ガチャッ。


電子音が聞こえたと思えば、部屋の鍵が解除される音がした。


「!!?」


(部屋に……入ってきた!?)


思わず顔を上げると、目の前には腕を組み、呆れたような表情で立つ鷹宮の姿があった。


「……やっぱり起きていたか。」


「な、なんで……。」


「隊長権限だ。」


そう言い、自身の腕輪を軽く叩く。


「隊員の部屋は、緊急時に限り強制解錠できる。前に説明しただろ。」


(そういえば、前にも入って来たことあったな…。)


鷹宮は雪斗の前まで歩み寄ってきた。


「一ノ瀬…なんで引きこもってる。」


「……。」


「……分からんだろ。何も話さず、一人で抱え込んでいたら。」


雪斗はまた膝を抱え、顔を埋めゆっくりと話し出した。


「頼ったところで…何も解決しないです。橘隊長の目だって戻らないし、俺が誘拐された事実も消えない。皆に迷惑をかけたことも……。」


声が勝手に震えてしまう。


「もう…疲れたんです。」


「……そうか。」


その一言だけだった。

否定もしない。慰めもしない。

ただ、雪斗の言葉を受け止めてくれた。


「じゃあ、俺から一つだけ。」


「……?」


「お前に会いたいと言っている人がいる。会ってくれるか?」


「え……?」

(俺に?)


雪斗が顔を上げ戸惑っていると、鷹宮は踵を返し扉へ向かう。


「俺は部屋を出るから、少し話をしろ。」


そう言い残し部屋を出た瞬間、入れ替わるように一人の人物が部屋へ入ってきた。

――灰色に濁った瞳以外は、何も変わっていない。


「やぁ。」


「橘隊長…。」


「元気……じゃないみたいだね。ごめん、急に来ちゃって。」


雪斗は何も言えず、ただ橘を見つめる。


「絶対に会ってくれないと思ったからさ。鷹宮隊長にお願いしたんだ。ごめんね。勝手なことして。」


「いや……。」


「僕が失明したら、きっと君は自分を責める。そうなることくらい、分かってたのにね。」


その言葉に雪斗は唇を噛み締め、ゆっくりと立ち上がった。


「……橘隊長。まずはちゃんと、お礼が言えてませんでした。」


そして深く頭を下げる。


「俺を助けてくれて……ありがとうございました。それから…ごめんなさい。」


橘は雪斗の言葉を最後まで聞くと、微笑みながら首を横に振った。


「いいんだ。気にしないで。頭を上げてよ。」


橘に促され、雪斗はゆっくりと顔を上げる。


「橘隊長……その…藤堂さんから聞きました。過去のこと…。」


「そっか。あまりいい話じゃなかったよね。」


「いや…。その、ご家族…亡くなられてたんですね。」


「ははは。うん。見つけた時には両親は亡くなっててね。弟は…見つけるのが遅れてしまって間に合わなかったんだ。」


「感染したんですよね…弟さん…。」


「うん。最初は誰なのか分からなかったよ。でも、身につけていた腕時計が弟のものでね。それを見た瞬間、『あぁ、弟なんだ』って分かった。」


橘は遠い目をしながら話を続けた。


「助からないのは見てわかったから…討伐するしかないって思った。」


「当時の隊長が討伐したって聞きました……。」


「そうだね。実際に引き金を引いたのは、当時の第一部隊隊長なんだ。僕はただ、弟が息絶えるのを近くで見ることしか出来なかった。」


「……。」

(何を言うのが正解なのか分からない…。)


「生きていれば、雪斗くんと同じ十七歳でね。」


橘はどこか懐かしそうに微笑みながら話してくれた。


「弟もサッカーをやっていてね。素直なんだけどちょっと頑固なとこもあって。だからかな。どこかで君と重ねていたのかもしれない。」


「……。」


「助けられなかったことを、ずっと悔やんでた。だから今度こそ、絶対に助けるって決めてたんだ。まぁ、そのせいで鷹宮隊長にはこっぴどく叱られたけどね。」


「俺…橘隊長が、何も考えずに小倉の変な薬を打ったんだって……そう思ってました。」


思いがけない言葉に、橘は思わず笑ってしまう。


「ははは。もちろん危険なのは分かってたよ。それでも…あの時みたいに後悔したくなくてね。何としてでも助けたかった。……結局は、僕の自己満足だったのかもしれないけど。」


「そんなこと…。助けに来てもらうのが遅れていたら、きっと俺はここにいないから……。」


雪斗消えそうな声に、橘は優しく肩に手を置いた。


「君はまだ若い。これから先、いくらでも未来がある。だから過去に縛られて、僕みたいに自分を責め続けるのはやめて欲しい。」


「橘隊長…。」


「どの選択でも後悔は付き物だからね。でもそれを恐れていては、結局前に進めないからさ。」


「はい…。」


「僕はね、後悔してもいいから、その時の自分が正しいと思った道を選ぶようにしてる。」


「……。」


雪斗は静かにその言葉を噛み締めていた。


「あはは。なんだか説教臭くなっちゃったね。」


「いや…。そんなことないです…。」


橘の言葉の意味は理解しているが、何て答えていいか分からない。


「何かあったら、一人で抱え込まないで。いつでも相談に乗るからさ。僕が嫌なら、太一の友達の鳥にでもいいし。」


冗談めかして笑う橘に、雪斗は思わず小さく笑みをこぼした。


「…そうします。」


「あれ、冗談のつもりで言ったんだけど、僕って鳥以下なの?」


「冗談に決まってますよ。」


顔を見合せ、二人は小さく笑った。それは、この一週間で初めて見せた笑顔だった。

橘が部屋を出た後、雪斗はベッドに腰掛け一人静かに考えていた。


(俺は……どうしたいんだろう。)


一番の願いは決まっている。

家へ帰って、両親を安心させたい。

光太郎たちにも会いたい。

何も気にせず、またサッカーがしたい。


「あんなことが起きる前に……戻りたい。」


ぽつりと漏れた本音。

だが、その願いが叶わないことくらい、自分が一番分かっていた。

過去は変えられない。

何度後悔しても。何度願っても。

あの日々は戻ってこない。


「じゃあ……。」


雪斗はゆっくりと拳を握る。


「俺は、どうすればいい?」


脳裏に浮かぶのは、橘の言葉。


――どの選択でも後悔は付き物だからね。でもそれを恐れていては、結局前に進めないからさ。


――僕はね、後悔してもいいから、その時の自分が正しいと思った道を選ぶようにしてる。


その言葉が胸の奥で何度も響く。


「……そうか。あんなことが、もう二度と起こらないようにしたらいいのか…。俺みたいな境遇を…もう、誰にも味わわせないように。」


その決意は、まだ小さかった。

それでも、一週間閉ざしていた雪斗の心を動かすには十分だった。


♢♢♢


それから数日。

雪斗は再び日常へ戻るため、少しずつリハビリを始めていた。

――B5 基礎訓練区画。

広い訓練室には、トレーニング器具が整然と並び、隊員や警備員たちがそれぞれ汗を流している。

雪斗もその一人だった。

ランニングマシンで軽く身体を温め、筋力トレーニングをこなす。

七日間の監禁生活で落ちた体力は、想像以上だった。

以前なら難なく持ち上げられた重量も、今では腕が震える。


「……っ。」


歯を食いしばり、最後の一回を終える。

少しでも…一日でも早く、元の身体を取り戻すために。

身体だけじゃない。

心もまた、治さなければならなかった。

雪斗は古川のもとへ通い、定期的にカウンセリングも受けていた。

自分では大丈夫だと思っていた。

だが、古川と話をするたびに、自分が思っていた以上に心へ大きな傷を負っていたことを思い知らされる。

それでも、一歩ずつ前へ進むしかないのだ。


「……じゃあ、今日はここまでにしましょうか。」


「はい。ありがとうございました。」


古川はカルテを閉じながら穏やかに雪斗へ語りかけると、雪斗は軽く頭を下げ席を立った。


「このあともリハビリかい?」


「はい。リハビリというより、トレーニングですけど。」


「そう…。あまり無理をしないようにね。」


…分かっている。

無理をしてはいけないことくらい。

でも、今の自分にできることはこれくらいしかない。

それにずっと動いていると、変なことを考えないで済む事に気付いた。

リハビリして、疲れ果てて、部屋に戻ってすぐに寝て。そして次の日も同じことの繰り返し。

それが今の雪斗にとって、一番心が落ち着く時間だった。


「はぁ……はぁ……。」


ランニングマシンの速度をゆっくり落とし、停止ボタンを押す。

一時間ぶっ通しで走った。

その身体は、汗でびっしょりだ。


「さすがに……疲れた。」


雪斗は近くのベンチへ腰を下ろす。

荒い呼吸を整えながら額の汗を拭おうとして――手が止まった。


「あ……タオル…。」


どうやら部屋に忘れたみたいだ。しかし、取りに戻るのは面倒。


「仕方ないか……。」


雪斗はそのままぼんやり天井を見上げ、目を閉じた。

――すると。


ふわり。


頭の上に何かが落ちてきた。


「……?」


顔にかかったそれを掴む。


「…タオル?」


「風邪ひくぞ。」


聞き覚えのある声が耳に届く。

振り返ると、そこにはスポーツドリンクを片手に立っている小瀧の姿があった。


「小瀧さん。」


「貸してやる。…未使用だ。」


ぶっきらぼうにそう言うと、小瀧は壁にもたれ掛かる。


「ありがとうございます。」


雪斗はタオルで汗を拭きながら、小さく頭を下げた。


「…リハビリじゃねぇだろ。」


「え?」


小瀧がランニングマシンの表示を指さす。


「飛ばしすぎだ。」


「あー…じっとしてる方が、落ち着かなくて。」


「……限度があるだろ。」


それ以上は何も言わなかった。

が、逆にこの沈黙が気まずく感じてしまい、話題を振ろうと頭を回転させる。


「あ。小瀧さんは、どうして隊員になったんですか?」


「……は?」


突然の質問に、小瀧は眉をひそめ睨んでいる。


「すみません…。嫌ならいいですけど…。」


「嫌じゃねぇけど…別に面白れぇ話じゃねぇぞ。」


「小瀧さんに面白さは求めてないので、大丈夫です。」


小瀧は舌打ちを一つすると、面倒くさそうに話してくれた。


「……鷹宮隊長に助けてもらった礼だ。」


「え!?どういうことですか?」


「そのまんまの意味だ。ここに来る前、感染者に追われて。もう駄目だって時に、鷹宮隊長が助けてくれた。」


当時を思い出すように、小瀧は遠くを見ている。


「カッコイイと思った。だから、そのままついていった。…それだけだ。」


「えっ、自分からですか!?変なの……。」


「殺すぞ。」


「す、すみません。」


少し間を置いて、雪斗はもう一つ尋ねた。


「ご家族は……反対しなかったんですか?」


「家族なんて最初からいねぇよ。孤児院育ちだし。」


「えっ…すみません。」


「…謝ってばっかだな。お前。」


(……ん?)


そこで雪斗は、ふと違和感を覚えた。

この施設へ連れてこられる人間は、背景は違えど全員が一度感染しているはずだ。

そして適応試験を受け、能力が発現した者だけが戦闘部隊へ所属する。


(俺は例外だけど…小瀧さんって感染してここに来たわけじゃないなら…なんの能力もってんだろ。)


今まで考えたこともなかった。

興味が無かった…というのが正解だが。

今更だが、なんの能力を持っているのか聞こうと口を開きかけたその時。

小瀧が訓練場の端に立てかけてあった木刀を一本手に取り、そのまま雪斗へ放り投げた。


「わっ!」


雪斗は慌てて両手で受け止める。


「構えろ。」


小瀧は自分も木刀を肩に担ぎ、位置へつく。


「久々にやるぞ。」


「えっ!?今からですか!?」

(飛ばしすぎってさっき注意しなかった!?この人。)


「リハビリの続きだ。早くやるぞ。」


雪斗はベンチから立ち上がり、小瀧の前へ木刀を握り構えた。

久しぶりに握る感触に、自然と力が入った。


「…いくぞ。」


「は、はい!」



第40話は10日更新予定です。

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