第42話 会いたかった人
「お待たせー!」
そのとき、体育館の奥から早乙女が戻ってきた。不知火を無事に医療班に預けてきたのだろう。駆け足でこちらへ向かってくる。
「雪斗くんまだ手当してないのー?…あれ?この子は?お知り合い?」
「あの!」
まどかが早乙女へドンッと詰め寄る。あまりの勢いに早乙女は驚き、少し後ろへ下がってしまう。
「彼、雪斗ですよね!?一ノ瀬雪斗!」
「えぇと…。」
「私、彼の幼なじみなんです!」
どう答えていいか分からず、雪斗を横目で見るが本人は俯いたままこちらと目を合わせようとはしない。何か事情があるのだろうと察し雪斗の側に行くと、手首を優しく掴んだ。
「行こっか。」
「……。」
雪斗は無言で頷き、早乙女に連れられる。そしてまどかの横を通り過ぎようとした。
「ま、待って雪斗!」
「……。」
「何でいきなりいなくなったの?」
「……。」
「知ってる?雪斗のお母さんも、お父さんも…すごく辛そうで…。」
(父さんと母さんが…?)
両親のことが頭をよぎり、雪斗は思わず足を止める。早乙女は心配そうに雪斗の顔を覗き込むが、相変わらず視線は合わない。
「雪斗のお母さん…すごく痩せてて、本当に元気がないんだよ。大丈夫って私には言ってくるけど、絶対無理してる。」
「……。」
「光太郎もあの日からずっと塞ぎ込んじゃって…怜侍が亡くなったのも知ってる?」
(…知ってるよ。)
「莉子なんか…あの日からずっと部屋にひきこもってて、話もしてくれない。…みんなバラバラになっちゃったんだよ…。」
雪斗は顔を上げず、まどかへ振り向きもしない。
「雪斗まで行方不明になって…おかしいよ。何で帰ってこないの?ねぇ!!雪斗!!」
まどかの声が体育館中に響き、全員の視線が三人へ向く。まどかの叫びに胸が痛いほど締め付けられた。こんなにも心配してくれて申し訳ない気持ちと、自分だって皆の元へ帰りたい…でも帰れない…そんなもどかしい気持ちが合わさり泣きそうになる。しかし第零隔離区や能力者のことは国家機密だ。何も関係ないまどかに話すことは出来ない。
「………ごめん。」
「……!」
「今は……何も答えられない。」
「ゆきっ――…。」
「保証は出来ないけど…いつかちゃんと帰ってくる。だから…父さんと母さんによろしくって伝えてて。」
それだけ伝えると、雪斗は前へ歩き出した。その後を早乙女も追う。まどかはそれ以上何も問いかけることはなかった。目の前にいるのは、雪斗で間違いない。
けれど――。
「雪斗じゃないみたい…。」
その声は雪斗に届くことはなかった。
体育館を出て速足だったスピードも少しゆっくりになる。館内は人も多く騒がしかったが、この辺りは感染者が出現していないのか、比較的静かだった。
「雪斗くん……よかったの?」
「何がです?」
「幼なじみなんでしょ?さっきの子。」
「…………。」
「私、口硬いよ?今なら、ご両親を探しに行くことだって――…」
「……ずっと。」
「!」
「ずっと…会いたいと思ってました。両親にも。友達にも…。」
「うん…。」
「でも……実際に会ったら怖くなった…。」
「怖い?どうして…?」
「決まってるでしょ…俺の能力が暴走して…まどかを傷つけてしまったら?それに…帰れないのに、変に期待させて余計に悲しませたら…?」
早乙女は何も言わず、ただ雪斗の言葉を静かに聞いている。
「だったら…何も答えない方がいい。まどかには悪いけど…それが今、俺にできることだから…。」
今はこれでいい。そう自分に言い聞かせる。会いたかった人に会えた。状況はあまり良くないが、全員無事だと分かった。それだけで十分だ。
――そう思わなければ、また帰りたくなってしまうから…。
その時、通信機から声が入った。
『こちら五十嵐。高校にいる感染者は、あらかた片付いた。』
「……!」
(すごい。あの数を…。)
長かった戦闘も、ようやく終わりが見えてきたのだ。続けて別の通信が入る。第二部隊隊長 橘だ。
『……了解。再度、索敵します。……確かに生体反応はありませんね。では、五十嵐隊長。駅前の方へ応援に向かってください。鷹宮隊長と真壁隊員が交戦中です。』
『了解。』
そして通信が切れると、早乙女と雪斗も駅へ向かい走り出した。
♢♢♢
「……まどか!まどか!」
体育館の隅で膝を抱えていたまどかの頭上から声が聞こえた。ゆっくり顔を上げると、そこには息を切らした光太郎が立っていた。
「光太郎…?」
「良かった…無事で。既読つかないから、心配したんだぞ。」
「ごめん…スマホ見てなかった。」
「ったく。…怪我は?」
「大丈夫…。ありがとう。」
光太郎はまどかの横にドサッと座り、額の汗を拭った。
「ねぇ光太郎…。」
「ん?どうした?」
「…ううん。何でもない。」
“今は何も答えられない”
何故、教えてくれないのかは分からない。でも、今の雪斗の存在はあまり知られてはならない気がした。そう…光太郎にも言ってはいけないと感じたのだ。
「きっと…帰ってくるよね…。雪斗…。」
光太郎に涙を見せてはきっと理由を聞かれてしまう。まどかは再び膝を抱え、顔をうずめたまま動かないでいた。
「――ラストォォォ!!!」
真壁の大きな声が駅前に響き渡る。次の瞬間、強烈な衝撃が感染者を吹き飛ばした。
「……はぁ……はぁ…。」
感染者はそのまま地面を転がり動かなくなる。真壁は荒い息を吐きながらその場に立ち尽くし、周囲を見渡した。あれほど大量にいた感染者の姿はもうどこにもない。
そして――。
いつの間にか、夜が明けていた。東の空から差し込む朝日が、戦場となった街を照らしている。そこに立っている戦闘員たちの姿は、誰もが疲れ切っていた。服は汚れ、傷を負い、肩で息をしている者もいる。真壁は息を整え、通信機へ手を伸ばした。
「はぁ…こちら真壁。橘隊長ー聞こえてますか?」
『…はい。橘です。』
「もう感染者はいないですよね?」
少しの沈黙の後、橘の声が返ってきた。
『……索敵したところ、もう反応はありませんね。』
「マジ?よかったー…。」
『この後は、回収部隊、医療部隊、そして警備隊への指示が出ると思いますが、それまではその場で待機してください。』
「了解。」
短く返事をすると、真壁は通信機から手を離す。
「ふぅ…久々に頑張ったー…。」
ただ、昇っていく朝日を見つめる。長い夜が、ようやく終わったのだ。
真壁が最後の感染者を討伐する数時間前、雪斗たちは駅前に到着すると早乙女は雪斗を安全な場所へ待機させ、すぐに応戦へ向かった。
(梓さんはここにいろって言ってたけど…。)
また単独行動をすれば氷室から怒られる。しかしこのまま何もせずボー…っと突っ立ってるのももどかしい。
「よし…。」
自分にできる精一杯のことをしよう。そう考えた結果、戦うことの出来ない雪斗に出来ることは、避難誘導だった。雪斗は警備隊と共に、避難者たちを安全な場所へ誘導した。足の悪い人には肩を貸し、子供を抱えた母親がいれば手を貸した。真壁が最後の感染者を討伐するまで休まず誘導したのだ。
「この辺りの人たちはもう避難できたかな…。」
周囲を見渡すが、人の気配はほとんどない。それでも念のため、少し離れた場所まで移動し逃げ遅れた人がいないか探した。
「……。」
倒れた看板に割れた窓。道路には戦闘の跡がいくつも残っていた。
「……大丈夫そうか。誰か残ってたら、橘隊長が分かるだろうし…。」
――橘隊長。
失明してしまったことを、気にしていないといえば嘘になる。
“雪斗のせいじゃない”
橘隊長だけでなく、周囲の隊員たちも同じで誰も俺を責めようとはしなかった。
――それでも。
(……俺が誘拐されていなかったら。)
橘がもっている能力の精度が上がったのは事実だ。以前とは比べものにならない。 索敵にかかる時間は大幅に短くなり、以前よりも正確に生体反応を捉えられている。そしてなにより、索敵できる範囲が格段に広がったのだ。
(だめだ。橘隊長の事を考えるといつも後ろ向きになる...。切り替えよう。)
朝の冷たい風が吹き抜けた。そろそろ早乙女がいる場所まで戻ろうと駅前の方へ振り向いた瞬間、視界に入った人物に息が止まってしまう。警備隊に誘導されて歩いている避難者たち。
その中に――。
(か…母さん?)
紛れもなく、自分の母親がいた。見間違えるはずがない。何年一緒に暮らしてきたと思っている。あの後ろ姿も、歩き方も。何も変わっていない。変わっているのは体型だけ…。
(まどかの言った通り…すごい痩せてる。)
思わず一歩踏み出す。母親はこちらに気づいていない。
「母さん…待って……。」
手を伸ばしかける。まどかには強がって何も答えなかったが、本当は――。
母親に会いたかった。心配かけたことを謝りたかった。無事だと伝えたかった。帰れなくてもいい。少しだけ…顔を見て話したい。
「…………。」
しかし、ふと冷静になり伸ばしかけた手が震えた。
「……だめだ。」
雪斗は手をゆっくりと引っ込めた。ここで声をかけたら、母親はきっと自分を追いかける。なぜ帰れないのか。今までどこにいたのか。これからどうするのか……。
きっと、たくさん聞かれる。そして自分も――。
能力など関係なく帰りたいと思ってしまう。
「…………。」
雪斗は、その場から動かずに母親を見つめた。久しぶりに見る姿を目に焼き付ける。…少し疲れているようにも見えるが、確かに生きている。
「……さよなら。母さん。」
聞こえるはずのない小さな声。雪斗は静かに母親から背を向け、反対方向にある駅前へ歩き出した。
「………え?雪斗?」
その時ふと、何かを感じたように母親の足が止まり振り返る。そこには、遠ざかっていく一人の人物がいた。黒い戦闘服。知り合いにはいない。
けれど――。
なぜか、見覚えがあるような気がした。
「……。」
母親は目を細める。しかし、その人物は人混みの向こうへ消えていった。
「……気のせい、か。雪斗に会いたすぎて…とうとう幻聴まで聞こえたみたいね。」
そう呟き、母親は再び警備隊の誘導に従って歩き出した。その背中を、雪斗はもう一度だけ振り返り静かに見つめる。けれど…母親は、もうこちらを見ていなかった。合うことのない視線が、少し寂しく感じる。そして雪斗も再び駅前に向かい歩き出したのだ。
「あ!いたいた!雪斗くーん!」
駅前へ戻ってくると、少し離れた場所でぴょんぴょんと跳ねながら、こちらへ手を振っている早乙女と目が合った。
「どこ行ってたのよー!」
頬を膨らましながら、早乙女がこちらに駆け寄ってくる。
「待機させた場所に戻ったら、雪斗くんいないんだもん。ビックリしちゃった。」
「すみません。避難誘導をしていたら、少し離れたところまで来てしまったみたいで。」
「気をつけてよー。ほら、頬っぺたの手当てしなきゃ。」
「ほっぺ?いや、もう痛くないですし……。」
「だめだめ。」
「ほんとに大丈夫なんで…。」
「大丈夫じゃないかもしれないでしょ?早く早く!」
「いやほんと大丈夫です。勘弁し――ひぃぃぃっ!」
突然、雪斗の情けない声が響き渡る。何故そのような声が出たかというと、雪斗の頬にひやりとしたものが押し当てられたからだ。
「冷たっ……!なに!?……氷?」
思わず顔を引き、ゆっくりと振り返る。そこには、無表情で氷を持つ氷室が立っていた。
「ひっ…氷室副隊長…?」
「手当てしないのなら、この氷が溶けるまでお前の頬に当て続けるが…いいか?」
(ほ…本気の目だ。)
早乙女は氷室に会えたことが嬉しいのか、この状況にも関わらず目をトロンとさせている。雪斗のことは既に眼中に無いようだ。
(あ…そうだ。)
「氷室副隊長…。」
「なんだ?」
「さっき……学校であったこと、すみませんでした。」
「……。」
「俺、周りに迷惑ばっかりかけて……助けてもらってばかりなのに、余計な仕事まで増やして……それに――」
ピトッ。
「ひぃぃぃ!! 冷たっ!」
また頬に氷を当てられ、情けない声を出しながら飛び上がる。
「反省しているならいい。今後は気をつけるように。」
「は、はい……。」
雪斗は冷たい頬を押さえながら頷いた。
「まぁ、帰ってからは始末書を書いてもらうが。」
「えっ…始末書って……?」
「学生で言うところの、反省文みたいなものだ。」
「えぇ……。」
「なんだ? 嫌ならこのまま氷を押し当てるが?」
「いえ…書きます……。」
「よろしい。さぁ、頬の手当てを受けに行きなさい。」
「……はい。」
雪斗は渋々歩き出すと、その後ろから早乙女の明るい声が聞こえた。
「氷室副隊長から直接氷を当てられるなんて…雪斗くん羨ましい!」
「どこが……。ただ冷たいだけですよ…。」
「私だったらその氷、部屋に持って帰って冷凍庫に保存しちゃうかなぁ。」
「それはちょっと…引きます。」
そうして雪斗たちは戦いの跡が残る街を後にした。




