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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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第4話 ウイルス適応試験

『雪斗くーん。』


「…何。」


『検査終わったー?』


「終わったけど。」


『僕も!一緒だねー。』


「…はぁ。」


『あ、ご飯だ!じゃあまた明日!』


ブツッ。


通信がいきなり切れる。

全く意味のない会話だ。


(あいつ自由すぎんだろ…。)


そして湊は翌日も、その翌日も雪斗に連絡してきた。

最初は確かに鬱陶しかった。だが最近は慣れてしまったのか、湊に対して普通に接してしまっている。


『ねぇねぇ雪斗くん。』


「何?」


『ここのご飯、野菜ばっかりで嫌にならない?僕本当に苦手でさぁ…。雪斗くんは苦手なものないの?』


「俺?俺はー…甘いものが少し。」


『えっ、それは可哀想…。』


「どこがだよ。」


そんなどうでもいいやり取りが少しずつ増えていったある日、雪斗は検査室前の待合スペースに連れて来られていた。

珍しく検査が押しているらしく、職員から待機を指示される。

無機質な椅子へ腰を下ろし数分後、目の前の自動ドアが開いた。


―――ウィン。


(初めて見た…。職員以外のヤツ。)


二十歳前後だろうか。雪斗と同じ黒髪の男だ。

穏やかな顔立ちで、どこか落ち着いた雰囲気がある。

青年は雪斗から少し離れた椅子へ腰を下ろした。

互いに何も話さないが、妙な居心地の悪さはない。


「…。」


しばらくすると青年は立ち上がり、待合室の隅にある自販機へ向かった。


―――ガコン。


ペットボトルが落ちる音。

そして何故かまたお金を入れ、もう一本購入している。


―――ガコン。


青年は飲料を取り出すと、自販機に背を向け雪斗の方へ足を運んだ。


「…これ。」


青年が手に持っていたのはスポーツドリンクだった。


「……?」


「二本出てきたから。」


どう見ても嘘だった。お金を二回入れていたのは見ていたし、自販機自体正常に動いている。

そんな雪斗の反応に青年も少しだけ困ったように笑った。


「ごめん…。」


「え?」


「話しかける理由が欲しかっただけ。」


雪斗は思わず目を瞬かせた。あまりにも正直で可愛い人だと思ってしまった。


「ふっ…ありがとう。」


スポーツドリンクを受け取ると、青年は少し安心したように雪斗の隣へ座る。


「“相澤悠真”。」


雪斗が顔を上げる。目線はまったく合わない。緊張しているのだろうか。


「あぁ…。一ノ瀬 雪斗だ。」


「よろしく。」


「おう。」


それだけだった。だが不思議と悪い気はしない。何か他に話すか…?と考えていたところで、待合室の外から騒がしい声が聞こえてきた。


「僕も行きます!絶対に行きます!!」


聞き覚えのあるその声は、確かに雪斗の耳にも届いていた。


―――ウィン


自動ドアが開いた瞬間、目の前の人物と目が合ってしまう。


「やっぱり誰かいた!えっと…もしかして君が雪斗くん!?」


見たことはないが、声でその人物が“朝比奈 湊”だと分かる。一応、初対面ではあるがずっとインターホンで話していたせいか、まったく緊張はしない。


「…朝比奈 湊?」


「正解!今日こそはタイミング合いそうだと思ってさ!わざと検査遅らせてみたんだ!」


「何してんだよ…。」


そして湊は雪斗の隣にいる悠真の存在に気付いた。


「あれ!?」


湊と視線が合い、悠真も軽く会釈する。


「悠真くん!久しぶりに見た!元気だった?」


「うん。湊は…相変わらずだね。」


二人は友人なのか、楽しそうに話をしている。


「…あれ、そういえば何で二人は並んで座ってるの?」


湊は二人を不思議そうに何度も交互に見た。

そして何を思ったのか、湊はパァァァと効果音が聞こえてきそうなほどの笑みを見せてきた。


「友達になったの!?」


「「違う。」」


声が綺麗に重なる。


「めっちゃ息合ってるじゃん!ははは!」


湊はお腹を抱えながら笑っていた。


「違うって。ってか会ったばっかだし。」


雪斗が呆れながら説明をするが、湊は聞いていない。そんな湊を見て思わず悠真が小さく笑った。

その時の三人はまだ知らない。

この出会いが、この閉ざされた施設の中で生まれた小さな繋がりが、

これから先の運命を大きく変えることになるなんて。


♢♢♢


それから数週間。

朝比奈湊は医療部の頭痛の種になっていた。


「朝比奈くん、検査室へ移動してください。」


「今行きまーす。」


そう返事をしたはずなのに職員へ付いて行かず、検査室とは関係の無い場所へスキップしながら移動していた。


「何をしているのですか…。」


「散歩です!」


「禁止です。」


「知ってまーす。」


全く反省していない様子だ。

また別の日では、


「朝比奈くん、昼食です。」


「雪斗くんたちと食べる。」


「許可されていません。」


「じゃあ食べない。」


「……。」


「三人で食べる。」


「……。」


「三人で。」


そんなことが何度も続き、さすがの職員も頭を抱えた。それだけではない。検査を遅らせ、勝手に施設内を散歩する。

何度怒られても翌日にはまた同じ行動をする。

待合室でその話を湊から聞いた雪斗は、理解不能だと苦笑していた。


「よくやるなー…。」


「だってつまんないじゃん!僕、いつも一人だし。三人でいれる時間作りたいなと思ってさ!」


それに関しては理解できる。確かにつまらない。


「でも職員さん大変そうだったよ。」


悠真が湊にそう伝えるが、笑顔で返事をする。


「知ってる!それが目当てだしね!」


そしてついに、職員が湊に根負けしたのだ。

条件付きではあるが、三人の面会を許可したのである。

場所は医療管理区画の小さな談話スペース。

時間制限、職員の監視、移動範囲制限あり。

あまり自由ではないが、それでも良かった。


「勝った。」


湊は談話室の席に着くなり、拳を高く上げ勝ち誇った顔をしていた。


「何にだよ。」


「大人たち。」


三人で同じテーブルを囲み、今日の昼食を食べる。湊はそっと悠真のお皿にピーマンをのせながら話しかけてくる。


「そういえば雪斗くんは彼女とかいるの?」


「なんだよいきなり…。いないけど。」


「えぇ!ほんとに?ちなみに僕もいないよ!」


「興味ない。」


「やめてそれ傷付くから。」


悠真が吹き出しそうになったのか、少しムセながら水を飲み出した。意外にゲラなのかもしれない。


「相澤さんは?いるの?」


「俺もいないよ。あと、悠真でいい。」


「おー。おっけ。俺も雪斗でいいから。」


「え!じゃあみんな彼女いないの!?」


驚いた湊が、天井を見上げながら物思いにふけていた。


「君たち、青春してないなぁ…。」


「お前もだろ。」


「僕はこれからする予定なの!」


「予定ね。はいはい。」


悠真がまたムセていた。きっと笑ったのだろう。

本当にどうでもいい会話を時間いっぱいまで話した。


好きな食べ物や嫌いな検査。昔の失敗談に家族の話。

将来の夢なんかも話した。

許可された時間はそう長くは無いが、それでもこの時間だけは、自分が監視対象であることを忘れられた。

雪斗はふと横を見る。

悠真が穏やかに笑っている。

向かいでは湊が身振り手振りを交えながら何かを熱弁している。

職員は少し離れた場所で呆れたような顔をしていた。

きっとまた面倒を起こす気なのだろう。

閉ざされた地下施設の中、先の見えない毎日の中で、三人は確かに少しずつ友達になっていた。

誰も口にはしなかったけれど、それは確かな事実だった。


♢♢♢


三人で過ごす時間は、雪斗が思っていたよりずっと長く続いた。

一週間…二週間。

検査の合間に談話スペースへ集まる。

それがいつの間にか当たり前になっていた。


「僕さー九つ離れた妹がいるんだよね。」


「急だな。」


ある日、湊が談話室でジュースを飲みながら雪斗たちに話し始めた。

雪斗が自販機でコーヒーを買いながら返事をする。


「今ばぁちゃん家にいるんだけど、一緒に遊園地行こうなって約束してから結構経っちゃったんだよね。」


いつもの湊とは思えない、少し寂しそうな目をしていた。たが、雪斗も気持ちは分かる。自分も両親を置いてこの場にいるからだ。


「もう少ししたら出れるだろ。」


「そうだといいけど…。あ、じゃあさ雪斗くん達も一緒に遊園地行こうよ!」


「なんでそうなる…。悠真も何か言ってやれ。」


「それ…いいかもね。」


「「え。」」


まさかの悠真の回答に二人は思わず目を合わせた。きっと悠真なりの慰め方なのだろう。湊はその回答を聞き、じゃあどこの遊園地にする!?といつものテンションに戻っていた。意外とこのメンバーなら、遊園地も悪くないかもしれないと雪斗はつい思ってしまった。もちろん、そんな言葉は口にしないが。


(ま、ここを出れたら考えてやるか。)


―――だが、その日がくることは永遠になかった。


♢♢♢


ある日の午後、談話スペースへ向かう途中に悠真とバッタリ会い一緒に向かっていた。

その途中、廊下の先で小倉と医療部の職員が話しているのが見えた。

二人とも真剣な顔だったが、雪斗たちに気付くと会話を止める。

…それが妙に引っかかった。


「何かあったのかな…?」


「さぁ…。行こうぜ。」


だが何故か嫌な予感がした。

そのまま談話スペースへ行くと、既に湊は来ていた。だが様子がおかしい。


「どうした?」


雪斗が聞くと、湊はゆっくり顔を上げた。少しだけ笑っていたが、いつもの笑顔ではない。


「僕さ…。」


「うん?」


「試験受けることになったんだ。」


「試験?なんの?」


「ワクチン適合試験だよ。」


その言葉に雪斗は眉をひそめた。ここに来た時に小倉が言っていた言葉…


“本来なら君は…ウイルスの抗体を持つものとしてワクチン適応試験に行ってもらいたい所だが…体内に天然のウイルスがある状態では難しいんだ。前例がないからね”


(結局、試験の内容は聞いてないんだよな。)


「その試験って何だよ。」


「あれ、知らない?ここに来た時に教えてもらったんだけど…。悠真くんは知ってるよね?」


悠真は小さく頷き視線を下へ向け唇を噛んでいた。この中で知らないのは雪斗だけのようだ。


「そっか…。じゃあここに連れてこられた理由は、僕らと一緒じゃないのかな?」


「俺は…非発症者だけど体内にウイルスが定着してるらしくてな。…それが前例のないものだから検査するって言われた。」


雪斗の言葉を聞き、湊も悠真も驚きを隠せない。


「えっ…そんなことあるんだね…。」


「あぁ。だからその試験のことは聞いてない。…で?どんな試験なんだよ。」


「ワクチン適応試験っていうのはそのままの意味だよ。研究者が開発したワクチンを僕の体に打つんだ。耐えられるかは分からないけどね。」


「耐えれるか分からないって…。死ぬかもしれないってことか!?」


湊は答えない代わりに視線を下へ逸らす。


「いつ…。」


「…明日の朝九時だったかな。」


「断れないのか?その試験は…。」


「断れなかったなぁ…。」


「は!?なんで…そんな危険な試験受けんだよ。」


それに関しては、悠真が湊の代わりに説明をしてくれた。


「…ここの施設もだけど、能力者の事とかワクチン適応試験のこととか全て国家機密らしくてね。その事を知ってしまった俺らはさ…簡単にはここを出られないんだって。」


「国家機密って…。そんなの俺らには関係ないだろ?俺と違って二人は完全な非発症者なんだし…。」


「もちろん、試験を拒否することは出来るよ。でもその代わり、一生監視対象になっちゃうけどね。」


「監視対象?なんだよそれ…。」


「進学先とか就職先…あと住む場所も全部管理されるんだって。あとは海外にも行けなくなっちゃうらしいよ。」


「…は?」


「定期報告に健康診断…あと通信監視だったかな。」


雪斗の拳が震える。


「いや…ちょっと待てって。そんなの…。」


(おかしすぎるだろ。こっちは被害者だぞ…。)


悠真の言葉を聞き、湊は悲しそうに顔を上げた。本当の話なのだろう。雪斗は言葉を失った。

悠真は話を続ける。


「でも、そのワクチン適応試験をクリアしたら色々免除されるらしくてね。生活はもちろん、学費も給与も与えられる。家族も優先的に守ってもらえるらしいし、将来保証もされる。だから死ぬかもしれないとわかっていても、みんな試験を受けるんだよ。」


「そんな上手い話…。」


「それがあるらしいよ。実際にその試験を受けてクリアした人もいるらしいし。…だから試験を受けないで今後の人生が窮屈になるくらいなら、俺は命をかけて試験を受けようかなって思ってるよ。…湊もそうでしょ?」


「ははっ…。そうだね…。僕も一緒だよ。妹の面倒を見ないといけないからね。お金が必要なんだ。」


「そんな…。」


きっと湊も悠真も分かっている。だが結局何も出来ない。何もしてやれない。雪斗は思いつく限りの言葉を頭の中で並べた。


“行かないでくれ”

“一緒に逃げるか”

“監視付きでも死ぬよりはいいだろう!?”


「湊…。」


「ん?」


「…勝手に死んだら殺す。」


言葉としては完全に矛盾しているが、雪斗なりの

“帰ってこい”

というメッセージなのだろう。


「ははは…殺されるのは嫌だなぁ…。」


湊は少し考えたあと、二人を真っ直ぐ見つめる。


「死ぬ気はないよ。必ず戻ってくるから…二人とも談話室で待ってて。」


その言葉を聞き、雪斗も悠真も少しだけ顔の表情が優しくなる。


「仕方ねぇから待っててやるよ。」


雪斗は即答した。その後に悠真も続く。


「妹さん、遊園地に連れて行くんでしょ。約束守らなきゃ、お兄ちゃん嫌われちゃうよ。」


悠真がそういうと、湊は嬉しそうに頷いた。そして静かに妹の話をし始めた。


「妹の…誕生日プレゼントを買いに行ったんだ。僕と父さんと母さんで。」


湊は二人を見ず、遠くを見ていた。


「その帰りだったんだ。…本当に突然だったよ。まるで映画の中の世界でさ。悲鳴が聞こえて、人が逃げまわってて…あんな恐ろしいものは生まれて初めて見たよ。…現実とは思えなかった。」


湊の指先が少し震えている。


「父さんと母さんが、僕を怪物から庇ってくれたんだ。そのおかげで僕は助かったけど二人は亡くなった。しかも僕は感染しちゃうし…。運良く発症はしなかったけど、この施設から出れなくなっちゃったってわけ。」


何の言葉をかけても、きっと慰めにもならないだろう。湊も二人の返答を気にせず言葉を続ける。


「だからさ…帰らなきゃいけないんだよ。妹、一人になっちゃうし。…まぁ、ばあちゃんいるから完全に一人じゃないんだけどさ。」


「でも、お前の帰りを妹は待ってるんだろう?」


雪斗の言葉に湊は目を見開く。両親が亡くなって湊までいなくなれば、妹はきっと深く悲しんでしまう。


「そうだね…。」


湊の言葉を最後に沈黙が続いてしまった。談話スペースの時計が静かに時を刻む。


「じゃあ…」


そんな重い沈黙を破ったのは悠真だった。


「帰ってきたら、遊園地のチケットは俺と雪斗で用意するよ。」


「え!?俺も!?」


いきなりの悠真の提案に驚いてしまったが、彼なりの気遣いなのだろう。湊も目を丸くしていた。


「マジ…?二人の奢り?」


「マジ。ね。雪斗。」


そんなことを言われてしまえば、断れるはずないだろう。バイトもしていない雪斗からしてみれば、大きな痛手ではあるが、仕方ない…と腹を括った。


「あぁ…分かったよ。なんなら、フリーパスもつけてやる。」


「本当に?やった!」


少しずつ、いつもの湊に戻ってきたのか、子供みたいに笑っている。その顔を見て雪斗と悠真は安心した。


―――しばらくして終了時間のアナウンスが流れる。

それは別れの時間だった。


「じゃあ…また。試験が終わった日にね。」


湊が立ち上がり、二人に笑顔を向けた。


「あぁ。」


「雪斗と二人でここで待ってるから。」


「わかった!絶対待っててよ!」


本当に…いつも通りだった。


「またね。」


湊が手を振り、雪斗も軽く手を上げた。その横で悠真も頷く。


(明日になれば全部終わるさ。…良い意味でな。)



第5話は本日20時頃に更新予定です。

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