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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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3/9

第3話 第零隔離区

♢♢♢


どのくらい経ったのだろうか。

輸送機はゆっくりと高度を下げ着陸の準備をしていた。

雪斗は窓の外を何気なく見た。

どこまでも広がる海に、ぽつりと浮かぶ一つの島。


(あそこに降りるのか…?)


ゴォォォォォ……

雪斗が見ていた島に輸送機がゆっくりと着陸した。

後部ハッチが開くと、冷たい海風が機内へ流れ込んできた。


「……ここが第零隔離区?」


雪斗は眉をひそめる。それもそうだ。

どこをどう見ても無人島で、建物など見当たらない。

琴音はその質問には答えず、足早に輸送機から降りる。それを見た雪斗も慌てて琴音の後を追った。

二人が降りたことを確認した警備員は、琴音に大きな声で話しかける。輸送機のローター音が大きいせいだろう。


「輸送任務、完了しました。我々は失礼します。」


「は?あんたらは来ないのか?」


「彼らの仕事は雪斗くんの輸送なので。お疲れ様でした。」


警備員は琴音に「失礼します。」と頭を下げ、そのままハッチを閉めた。


ブオオオオォォォ…

エンジン音が再び大きな音を出し、再び空へ舞い上がっていった。


「じゃあ、私たちも行きましょうか。」


「どこに行くんだよ。」


「地下です。」


「地下?」


無人島と思われるこの島に、地下があるなど思ってもみなかった。

琴音は慣れた足取りで森の奥へと歩き出した。この場にいても帰る手段が無いため、素直に琴音の後ろをついていく。

特に会話もなく、二人は黙々と道ではない道を突き進んで行った。

…どれぐらい歩いただろう。


「もう着きますよ。」


「…?」


琴音から声をかけられ、先程から地面ばかり見ていた雪斗は思わず顔を上げた。すると目の前に巨大なコンクリート製の施設が構えていた。施設は木で覆われており、そのせいで上空から見た時に気付かなかったのだ。周囲には先程の警備員とは大きく変わってガタイの良い男性が数人、警備にあたっていた。

琴音は警備員に「ただいま戻りました〜」と声をかけるとそのまま自動ドアへ進んで行く。雪斗も少しビクビクしながら自動ドアを抜けると、外からは想像できない景色がそこには広がっていた。


「広…。」


雪斗は思わず足を止めた。

目の前に広がっていたのは、想像していた施設とはまるで違う光景だったのだ。

白い照明に照らされた広々とした空間。

磨き上げられた床には天井の光が反射し、まるで高級ホテルのロビーのような清潔感がある。

そして左右には待合用のソファがあり、壁面には大型モニターが設置されている。ニュースや施設内情報が無音で流れていた。


「……思ってたのと違う。」


さらに受付カウンターの後ろの壁には、無数の銀色の部隊章が整然と並べられていた。

その意味を雪斗が知るのは、まだ少し先の話である。

琴音はキョロキョロしている雪斗を特に気にもせず、受付カウンターにいる女性へ話しかけに行った。


「紗英さん!ただいま戻りました〜。」


「宮下隊員。おかえりなさい。」


紗英と呼ばれたその女性は、琴音の後ろに立っている雪斗へ視線を落とした。


「被験者はこちらですね。」


「…俺は被験者じゃない。間違えんな。」


受付の女性は一雪斗の言葉に一瞬だけ固まった。

それを見て琴音は慌ててフォローに入る。


「す、すみません!」


「…いえ。失礼しました。一ノ瀬雪斗さんですね。確認いたします。」


カタカタ……。


受付の女性はパソコンで何かを入力している。


「…確認完了です。一ノ瀬さんはこちらへお願いします。」


女性は立ち上がり、雪斗を検査員が待つ部屋へ案内した。

そこはまるで、空港の保安検査場のような場所だった。


「まず感染検査を行います。」


「感染検査?向こうでもしたのに?」


「はい。」


有無を言わさず、その後はされるがままだった。

検査員が数名雪斗の元へ行き、黙々と検査をしていった。

血液採取。

瞳孔確認。

体温測定。

心電図。

意味の分からないスキャン…

二十分ほどかけて徹底的に調べられた。


全ての検査を終えるとロビーの待合室に移動する。そこから更に十分ほど待たされた。

特にやることも無いため、雪斗はその間ボー…っと音が流れない大型モニターを眺めていた。


♢♢♢


「通行許可が下りました。」


受付の女性からその言葉を聞き、琴音は安堵しているようだった。


「地下区画への移動が可能です。お疲れ様でした。」


琴音が「良かったね!」とニコニコしながら雪斗に話しかける。そんな琴音を横目に待合室を出て奥へ進んだ。そこには何基もの大型エレベーターが並んでいて、それぞれの横に認証装置が設置されている。


ピピッ。

『認証完了』


琴音が左手首に巻かれている端末を認証装置へかざす。すると扉が開き琴音はエレベーターへ乗り込んだ。


「この施設、認証装置があらゆる場所にあるんです。ですから私の傍を離れないでくださいね?」


「…わかった。」


雪斗も渋々エレベーターに乗り込むと、琴音はB18のボタンを押しそのまま扉を閉めた。

エレベーターが静かに下降していく。


ゴゥン……


低い駆動音だけが響く。

雪斗は壁にもたれながら表示パネルを見ていた。


(地下24階まであるのか、ここ。)


B1

B2

B3

B18



―――チン


到着音が鳴り、ゆっくりと扉が開いた。

目の前の景色は白を基調とした空間で、白衣を着た職員たちが行き交っている。


「ここは…?」


「B16〜B20階までは医療管理区画なんです。」


琴音が歩きながら説明をしてくれている。

だが、二人が通路を進むたびに何故か視線を感じる。


「あの子?」

「例の……」

「外の研究所で…」


こそこそと声が聞こえてきた。明らか雪斗の事を言っている。その声に思わず雪斗は眉をひそめ、琴音は困ったように笑った。


「…チッ。」


雪斗の舌打ちも虚しく、周りの視線は雪斗に釘付けだった。

そのまましばらく進むと、やがて一枚の扉の前で足が止まった。

プレートには“特殊患者観察室”と書かれている。


「特殊患者…?普通の病室じゃねぇの?なんだよ観察室って。」


「それは…。」


「あぁ…。“患者”じゃなくて“被験者“だからか。」


琴音は肯定も否定もしなかったが、きっと図星なのだろう。


「……。」


「……。」


「なんか言えよ。」


「すみません…。」


「はぁ…。別にあんたを責めてるわけじゃないけどさ。」


ただの八つ当たりだ。少し気まずくなりそれ以上は何も言わなかった。

琴音は雪斗に何も言わず、“特殊患者観察室”の認証装置に左手首をかざす。


―――ピピッ。


電子音が鳴ると扉が開いた。

中は意外にも広かった。

窓はないが、綺麗に整頓されたベッド。

大きなテレビの前には、2人掛け様と思われるソファもある。

本棚にはたくさんの本が並んでいて、想像していた部屋より悪くはなかった。そして内側の扉には電子ロックとインターホンが付いている。


「…まぁ、部屋は前いたとこよりグレードアップされてる訳ね。」


カツ。カツ。カツ。―――


雪斗たちが部屋を見ていると、通路の向こうから足音が聞こえてきた。

白衣を着た男性がこちらに歩いてくる。

手細いフレームの眼鏡。 無造作な髪。 胸ポケットには何本ものペンが差し込まれていた。

男は部屋へ入るなり雪斗を見ると、一気に目を輝かせた。


「おぉ…!本物だ…。」


「……は?」


雪斗の眉がひそむ。

まるで珍しい動物でも見つけたような反応だ。


「いやぁ、失礼失礼。」


男は口ではそう言いながらも、まったく反省している様子はない。


「僕は小倉 直樹。研究部主任をしていてね。」


研究部―――。

ここは医療管理区画だと琴音から先程聞いた。

怪我人や感染者を診る場所のはずなのに何故…研究部主任と名乗る人物が来ているのか。


「実はねぇ…君の血液から感染反応が確認されちゃったんだよねぇ。」


いきなり小倉からそう伝えられ、雪斗の身体が強張る。


「感染…?」


「そうだね。怪物みたいになるか、身体がウイルスに耐えきれずに死ぬか。」


あまりの衝撃に言葉を失ってしまう。


「だが君は発症していないし、死んでもいない。」


「……。」


「理由は不明。僕も初めて見る症例だ。」


小倉はそう言って手に持っていた資料をペラペラとめくる。


「だからこの施設に連れてきたんだ。理解したかな?」


(本当なら…俺はあの怪物みたいになってたってことか?でも…)


「俺は発症していないし、死んでもいない。ならもう…帰っていいだろ。」


「いやぁ…現時点では難しいかな。」


「はぁ?感染してるって言われても…発症しなかったんだろ?。現に俺は生きてるし見た目も普通だ。」


「うーん…。」


「だったら――」


「君はなにか勘違いしているようだね。」


小倉の言葉が雪斗を遮る。


「感染しても発症しなかった人間は君だけじゃない。」


「……は?さっき俺だけだって…。」


「まず感染者に襲われても怪物化しない人間は一定数存在する。理由は様々だけど。」


小倉は淡々と資料を捲りながら雪斗へ説明をしていく。


「体内へ侵入したウイルス量が少なかったり、生まれつき免疫反応が強かったり…。あとは特殊な抗体を持っていたとか、血液や遺伝子との相性だったとか…。まぁ原因は完全には解明されていないけど。」


「…はぁ。」


「そういう人間は発熱や倦怠感などの症状は出るが、最終的には回復する。…だから君もその一人だと思ったんだけどね。」


「えっ…。…違うのか…?」


「違う!」


小倉は何故か嬉しそうに答える。


「普通は回復した後に体内からウイルスが消えるんだよ!そしてそのウイルスの抗体が出来る!だが君の体内からは消えていない…残っているんだよ!ウイルスが!!」


「は…?」


「いや…定着してるって言う方が正しいのかな。」


小倉は机の上へ検査結果を並べた。


「本来なら君は…ウイルスの抗体を持つものとしてワクチン適応試験に行ってもらいたい所だが…体内に天然のウイルスがある状態では難しいんだ。前例がないからね。」


(ワクチン適応試験…?)


小倉は続けた。


「だから…まずは君の身体を調べさせてほしい。大丈夫。解剖したりはしないから。」


「安心できるかよ。」


「ははは。まぁ当然か…。」


そう言いながら、小倉は手に持っていた資料を机に置いた。


「まずは経過観察だ。その後、適性検査にはいる。検査内容は身体、能力、精神、血液、脳波、遺伝子解析、あと――」


「多いだろ!」


「?まだ半分だぞ。それにまだ体内にウイルスが残っているということは…他にもなにか新しい発見があるかもしれない!!!」


その後も小倉の話は止まらない。何か難しいことを言っているみたいたが、雪斗の耳には既に届いていなかった。


♢♢♢


第零隔離区へ来てから数日が経った。

毎朝決まった時間に起こされる。

検温。

採血。

心電図。

脳波測定。

身体検査。

感染検査。

能力反応検査…


名前の分からない検査もいくつかあった。

気付けば一日の大半を検査に使われている。


「今日は終わりです。お疲れ様でした。」


白衣の人物にそう告げられ、特別患者観察室へ戻される。

それの繰り返しだった。

部屋には娯楽と呼べるものは確かにあった。

だが手を付ける気にはなれない。

学校はどうなった。

奈々子や怜侍は無事なのか。

母さんは。

父さんは…。

何も知らされていない。

聞いても「確認中です」の一点張り。

そんな状態でリラックスなど出来るはずがない。


「はぁ…。」


ため息をつき、そのままベッドへ寝転がる。

嫌になるくらい真っ白な天井が視界に入る。

時計の秒針だけがやけに大きく聞こえた。


「……。」


静かだった。検査や食事以外で部屋の扉が開くことはほとんどない。


(そういえば…)


琴音はあの日以来、一度も雪斗の前に姿を見せてはない。

優しく接してくれた数少ない人だったが、よく考えれば彼女は一体何者なのだろうか。

この施設の関係者には変わりないはずだが…。

その時、部屋の隅にあるインターホンから雑音が聞こえた。


―――ジジッ


『あー、あー。聞こえるー?』


若い男の声…。聞き覚えがない。


『ねーー!聞こえてるーっ?』


「…誰?」


『お、聞こえてた!僕、“朝比奈 湊”って言うんだけど。』


「…え?誰。」


『はっはっは!知らないよね!会ったことないもん!』


明るく話すその男は、雪斗のことなどお構い無しに続けて話した。


『僕さ、隣の部屋にいるんだよねー!』


「……。」


『暇だったから話しかけてみた。』


「…いいのか?それ。」


『めちゃくちゃゴネたら許してくれたよ!』


「はぁ…。」


(なんなんだこいつ…)


『君、一ノ瀬 雪斗くんでしょ?』


「…なんで俺の名前知ってんの?」


『看護師さん達が呼んでたからね。年同じくらいかな?』


「あんたの年は知らんが…十七だ。」


『お、やっぱり。僕も十七!ここ、ほとんど職員しかいないからさぁ。なんだか嬉しいよ。』


その言葉で少しだけ黙ってしまった。

確かにそうだ。

ここで見るのは職員ばかりで、患者らしい人間は一人も見ていない。


『だからさ、僕ら友達になろう!』


「…なんで。」


『え、友達になるのに理由なんかいるの!?』


「いや…だってあんたのこと全然知らないし。」


『じゃあ今から知ればいいじゃん。』


「…え、大丈夫。」


『ええぇ…。辛辣だなぁ…。』


それでも湊は全然めげない。


『あ、これから検査だからまた明日話しかけるね!』


「はぁ?いや、いらなっ…」


『じゃあまた明日!』


ブツッ。


「いきなり切りやがった…。」


通信が切れた瞬間、部屋に再び静寂が戻る。

雪斗はしばらくインターホンを見つめ、小さく呟いた。


「……変な奴。」


そう言って再びベッドへ倒れ込む。

この数日感じていた息苦しい静けさが、ほんの少しだけ薄れた気がした。


―――それからというもの。

朝比奈 湊は本当に毎日のように連絡してきた。



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