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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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2/11

第2話 感染した少年

「!?」


割れた窓から吹き込む風に舞い散るガラス片。

その中に一つの影が飛び込んできた。


―――トン


軽やかな着地音。

その人影は雪斗たちと怪物の間へ降り立った。

顔には透明なゴーグルを付けており、口元には黒いマスクを付けている。


(誰だ…この男…。)


その男は首元まで覆うハイネックに、近未来的なデザインをした戦闘服を着ている。

黒を基調とした装備の中には、深紅のラインが走っている。胸元には銀色の部隊章があり、肩には見慣れない文字。


“ SIO ”


男はゆっくりと立ち上がった。

栗色の髪に整った顔立ちで、モデルのようにも見える。

けれど腰に差した刀と全身から漂う緊張感が、その印象を打ち消していた。


「…はぁ。やってくれたなぁ。」


気だるそうにため息をつき、男は自身の腰へ手を伸ばす。そこには黒い鞘があった。


カチリ――


鍔が鳴り、ゆっくりと刀身が引き抜かれた。

現れたのは細身の刀で、照明を受けた刃が冷たく光る。

雪斗は思わず息を呑んだ。


(何者なんだ…。)


男は刀を肩へ担ぎ化け物へ視線を向けた。


「…来いよ。」


怪物が咆哮を上げるが、男は怯まない。

雪斗はその背中を見つめることしか出来なかった。

雪斗はまだ知らなかったのだ。

目の前にいる男が、感染者を専門に狩る存在…。

政府が隠し続けてきた戦闘部隊の一員だということを。


「来ねぇなら、こっちから行くぞ。」


(!すごい…。)


男は怪物へ一直線に走り出した。怪物は先程と同様に男へ攻撃を繰り出すが、男はその攻撃を軽くかわし一気に怪物へ刀を振る。


スッ――――


怪物の右腕が肩口からそのまま床へ落下した。


ドサッ。


「ギャアアアアアアアアッ!!」


床へ右腕が落ちた瞬間、怪物が絶叫した。

大量の血液が噴き出し雪斗の顔が青ざめる。


(なっ…何が起きたんだ…。)


男は血を払うように刀を振った。

その表情は先程とまったく変わらない。

怒り狂った怪物が残った腕を振り回しながら男に突進してきた。だが男は低くしゃがみ怪物の足を払い除けると、バランスを失った怪物は転倒し床へ叩きつけられた。


「ガァァァァァッ!!」


暴れる怪物を男はただ見下ろしていた。

…まるで道端のゴミを見るような目。


「…何言ってるか分かんねぇんだわ。」


怪物を見下ろしたまま刀を素早く振り落とす。

数秒後、怪物の首がゆっくりとズレた。


ドサリ――――


首を失った体が力なく崩れ落ち、怪物は完全に力尽きていた。

それを見届けた男は、刀についた血を払いゆっくり鞘へ収める。

そしてようやく雪斗たちのいる方へ向かった。


「……最悪だな。」


男が雪斗の腕を見た時、微かに眉が動き小さな声で呟いた。


「は?何が…?」


だが雪斗の問いに男は答えない。

それどころか、雪斗の傷口を見たまま舌打ちをしてきたのだ。


「チッ。」


そして通信機へ手を伸ばす。


「こちら小瀧。生存者二名確保。…一名、感染の可能性あり。」


その言葉に雪斗の心臓が大きく鳴った。


「は…?」

(感染…?)


思わず声が出る。

今、この男はそう言ったのか?


「待って…。」


雪斗の声に小瀧は反応しない。その態度に腹を立て、思わず声を荒らげてしまう。


「感染ってなんだよ…。俺はどうなるんだよ!」


「…うるせぇな。そういった質問は他の奴らに聞け。」


たったそれだけ。説明する気は一切ないようだ。


「俺は戦闘員だ。感染したかどうかは専門外。」


雪斗は言葉を失った。

人が感染したかもしれないのに、目の前の男は平然としている。

その時、廊下の奥から複数の足音が響く。


カツ、カツ、カツ――。


音の方に目をやると、そこには白い防護服を着た集団が雪斗に向かって歩いてきていた。


「感染の疑いがある少年を確認。隔離手順へ移行します。」


防護服を来た人物の言葉に雪斗の背筋が凍る。そして雪斗に近付き連行しようと手を伸ばしてきた。


「!?やめっ…!離せ!!」


腕の痛みに耐えながら、なんとか逃げ出そうとする。

だが防護服の人物は慣れた手つきで雪斗の口元に布を当て、ジタバタする雪斗を抑えた。


(…!?意識が…。)


♢♢♢


その夜、一ノ瀬家のリビングではテレビの臨時ニュースが流れていた。

画面には、雪斗の通う高校が映し出されており、校舎の周囲には規制線がはられている。

見慣れた学校が、まるで別の場所のように見えた。

アナウンサーが落ち着いた声でその現場を伝える。


『本日午前、市内の高校において感染者発生事案が確認されました。』


母親の手が震える。テレビから目を離せなかった。


『現在判明している情報によりますと――』


感染者 2名

死亡者 5名

負傷者 15名

感染疑い 1名


数字だけが淡々と読み上げられる。

詳しい状況説明はない。誰が感染したのか、何が起きたのか。

それらは一切語られなかった。


『現在も関係機関による調査が続いています。』


「……雪斗。」


母親は小さく名前を呼ぶ。もちろん返事はない。

電話も繋がらず、メッセージも既読にならない。

学校も混乱しているのか何も教えてくれなかった。

父親も落ち着かない様子でリビングを歩き回っている。


「……学校に行く。」


母親が顔を上げ、その言葉に父親も反応した。


「僕も行くよ。」


待っていられなかった。

息子がどこにいるのかも分からない。怪我をしているかもしれない。

無事なのかすら分からない。

じっと家にいる方が苦しかった。

その時。


――ピンポーン。


インターホンが鳴り、二人は同時に顔を上げた。

こんな時間に誰だろう。

父親が確認もせず急いで玄関の扉を開けると、黒いスーツを着た女性が立っていた。


「一ノ瀬 雪斗さんのご家族でお間違いありませんか。」


女性が尋ねる。

息子の名前を聞き、母親が父親の横から飛び出す。


「雪斗は!?息子は…無事なんですか!?」


数秒の沈黙があったのち、女性は答えてくれた。


「現在、我々が保護しております。」


母親の瞳に涙が浮かぶ。

“生きている”

その事実だけで胸がいっぱいになった。

だが、次の瞬間に新たな不安が押し寄せる。


「息子は今、どこにいるんですか!?」


「お答えできません。」


父親がスーツの女性に尋ねるが、想像していなかった答えが返ってきた。


「……は?」


「機密事項です。」


意味が分からない。息子の居場所を教えられない?

そんな話があるか。


「私たちの息子だ。今すぐ会わせてください。」


「それは出来ません。」


「…なぜ?」


「現在、保護下にあります。安全は保証しますが、それ以上はお答えできません。」


母親は涙を流し、父親の拳が震える。


「ふざけるな……!息子を返せ。今すぐに。」


だが、返ってくる答えは変わらない。


「…申し訳ありませんが、それは出来ません。」


その言葉が余計に腹立たしかった。

何も説明しないくせに…何も教えてくれないくせに!


「ダメだ。話にならない。母さん警察を呼んで。」


「警察を呼ぶのは構いませんが…無駄だと思います。」


「はぁ!?お前らがしていることは立派な誘拐だろう!?」


「では、警察を呼んでください。でも雪斗さんをご両親に返すことは出来ません。」


「なっ…。」


スーツの女性は淡々と答える。本気で雪斗を返すつもりはないようだ。


「…感染の件で、雪斗さんは現在動ける状態ではありません。…どうかご理解ください。」


スーツの女性はそれだけ伝え、最後に両親へ頭を深く下げた。そして黒い車へ乗り込み、夜の闇へ消えていった。

二人は追いかけることが出来なかった。

母親はその場に座り込み、声が枯れるまで泣いた。

父親はその背中をただ優しく撫でることしか出来なかった。


―――生きている―――


それだけでも嬉しかった。だが、それ以上のことは何も分からない。ただ待つことしかできない。


「あの子…帰ってくるわよね…?」


「…あぁ。すぐ帰ってくるさ。大丈夫…大丈夫。」


まるで自分に言い聞かせているように、何度も何度も繰り返した。


息子―――雪斗が白い天井の下で眠っていることは、関係者以外だれも知らないのだ。

そして…

目を覚ました先に待つのが、もう元の日常ではないことを。


♢♢♢


……ピッ。

……ピッ。

……ピッ。


規則正しい電子音が響く。

雪斗はゆっくりと意識を浮上させた。

瞼が重く、頭もぼんやりしている。

どれくらい眠っていたのだろう。


(病院……?)


目を開くと、真っ白な天井が見えた。

雪斗はゆっくり上半身を起こす。


(あの日…。)


学校での出来事が雪斗の脳裏を駆け巡った。

初めて見た感染者は、恐ろしいという表現だけでは済まされない。思い出しただけでも震えてしまう。


「…!腕はっ…。」


雪斗は慌てて自身の両腕を見た。

傷がまったくないのだ。

あれほど深く抉られていたはずなのに…。


「……なんで?」


夢だったのか?

いや…違う。

あの痛みは確かに本物だったはず。


「…というかここどこ…?」


次に雪斗は周囲をゆっくりと見渡した。

窓はなく、一面が白で覆われている。閉塞感が強く、まるで檻のようだった。


ガチャ―――。


雪斗は反射的に身構えたが、扉から入ってきたのは白衣を着た女性だった。

年齢は三十代くらいで手にはタブレットを持っている。


「目が覚めましたか。」


雪斗は警戒したまま尋ねた。


「ここはどこだ。」


「隔離施設です。」


「隔離……?」


「はい。あなたは現在、感染が疑われています。そのためこちらで保護しています。」


保護…?

その言葉が妙に引っかかり、雪斗は苦笑した。


「これのどこが保護なんだよ。ただの監禁だろ。」


女性は答えない代わりにタブレットを操作している。


「結局感染してたのかよ。」


「検査中です。」


「いつ帰れんだよ。」


「検査結果次第です。」


会話にならない。


「親は?」


「ご家族には連絡済みです。」


「…俺が親に連絡入れるのもだめかよ。」


「…現時点では認められていません。」


雪斗の胸が締め付けられた。

感染したかどうかも分からない。親に連絡を取ることさえ…。


「ふざけんな……。」


思わず漏れた言葉だった。だが女性は表情を変えない。


「検査を続けます。」


それだけ言って部屋を出て行こうとする。

その時だった。

廊下の向こうから別の声と共に、慌ただしい足音が聞こえた。


ドタドタドタドタッ!!


ガシャーン!!


盛大な音が響く。

雪斗も白衣の女性も思わず扉の方を見る。


「いったたたた……。」


どうやら女性が盛大に転んだらしい。

よくある事なのか、白衣の女性が小さくため息を吐く。


「……またですか。」


白衣の女性が扉の向こうへ行き、転んだと思われる女性に近付いていく。どうやら怒られているようだ。


「いい加減にしてください。いつもいつも…。」


「す、すみません…。」


「あなたの上司にも、この事はお伝えしますからね。戦闘部隊だからといって何でも許されると思わないでください。」


「お、思ってないです!」


「とにかく、壊れた備品は請求しますからね。」


「はい…。」


少し説教したあと、白衣の女性はどこかへ行ったようだ。そして開いた扉の向こうには、廊下の床に座り込んでいる一人の女性が見えた。

セミロングの髪は毛先を内巻きにしていて、どこか柔らかい雰囲気の女性だ。

病室の中の雪斗と目が合った瞬間、その女性は“ぱあっ”と顔を明るくした。


「あっ!」


女性は立ち上がり、そして満面の笑みで言った。


「目が覚めたんですね!」


その女性は雪斗に近付くと笑顔で挨拶をした。


「おはようございます!“宮下 琴音”といいます。」


「はぁ…。」


正直、自己紹介をされても興味が無い。雪斗は怪訝な顔をしながら挨拶を適当に流す。


「体調はどうですか?」


「…最悪。」


「ですよねー…。」


あはは…と、琴音は苦笑する。


「俺、学校にいたのに。」


「いましたね。」


「怪物に襲われて…腕だってけっこうな怪我だった。」


「なかなか深く切っていましたね。」


「でもそれが今は治ってる。」


「良かったです。」


「なんで?」


女性は一瞬だけ困った顔をしたが、小さく手を挙げた。


「私です。」


「は?」


「治しました。」


雪斗は意味が分からなかった。治したというレベルではない。傷が全くないのだ。まるで最初から怪我などしていないかの様に。


「治したって…傷ごと?」


「はい。」


女性は笑顔で頷く。


「私の能力です!」


「えっと…冗談?」


「違います!」


本人は至って真面目に答えてそうだが、雪斗からしてみれば言っている意味がわからなった。


(ファンタジーかよ…。)


感染者だの怪物だの…それだけでも十分理解不能なのに、今度は能力使いときた。


「信じられませんよね。私も最初はそうでしたもん。」


「え?」


琴音は何か言いかけて口を閉じた。

しまった、という顔。

どうやら言ってはいけない話らしいが、雪斗は気にせず質問を続ける。


「その能力と感染者って何か関係が?」


「…ごめんなさい。教えられないの。」


(またそれか…。)


誰も教えてくれない。何も分からない。自分だけ置いていかれている。

そんな感覚だった。

そんな時、雪斗は彼女の両腕に包帯が巻かれていることに気付く。

制服の袖で隠れているが、その下にもいくつか傷跡があった。


(俺の傷は完璧に治すくせに、なんでこの人は傷だらけなんだよ。)


それは雪斗の傷を治した代償なのだが、その事実を本人が知るのはもう少し後のことだ。


――――ジジッ――――


その時、病室のスピーカーから無機質な音声が流れた。


「被験者Y-12の検査結果が更新されました。」


(被験者…だと?)


雪斗の眉が動き、琴音の表情も僅かに固まった。


そう。雪斗はただの保護対象ではなく、

SIO研究部が最優先で監視する“前例のない存在”になっていた。


「――被験者ってなんだよ。」


「あのっ…」


「俺のことか…?なぁ。」


怒りが込み上げてくる。

いきなりこんな場所に連れてこられたかと思えば、今度は被験者扱いだ。


「あぁ、そーかい。保護とか言っといて最初から俺の体を実験するつもりだったのかよ。」


「違います!」


琴音が慌てて否定するが、その慌て方が逆に怪しかった。


「じゃあ何なんだよ!」


雪斗の声がだんだんと大きくなる。


「なんで俺がここにいる!」

「なんで帰れない!」

「なんで誰も説明しねぇんだよ!」


ガチャ――――


その時、病室の扉が開く。

入ってきたのは白衣の女性…先ほどの検査担当だ。

その後ろには黒い制服を着た警備員が二人。


「一ノ瀬 雪斗さん。移送命令が出ました。」


「移送?」


「はい。第零隔離区へ行っていただきます。」


「第零…?どこだよそれ…。」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


琴音が横から声を上げた。


「なぜ彼を…それにまだ経過観察期間ーー…」


「上からの命令です。」


状況から見て反論の余地はなさそうだった。

雪斗は二人のやり取りを見ながら、ますます嫌な予感が膨らんでいく。

どこへ連れて行かれるんだ。そして俺の体はいったいどうなってしまったんだ。

わからない――――


すると警備員が雪斗の前へ出る。


「移動をお願いします。」


「…行かないって言ったら?」


「申し訳ありませんが、拘束し連れていきます。」


(拒否権なしかよ…。)


雪斗は諦めた様子でゆっくりと立ち上がり、大人しく警備員の指示に従う。

―――逃げられないのなら、せめて自分の目で確かめるしかない。

自分の身に何が起きたのかを――――


♢♢♢


数十分後、雪斗は黒い輸送機へ乗せられていた。

見張りの為なのだろう。二人の警備員と何故か琴音も雪斗に同行していた。


ゴオオオォォォ。

響くエンジン音。先程まで静かな部屋にいた為、あまりのうるささに目を細めてしまう。

そして全員が乗り込み扉を閉めると、輸送機は夜空へ飛び立った。


向かう先は――――


日本地図にも載らない、政府が隠し続ける極秘施設。


“ 第零隔離区”だ。





第3話は23日19時に更新予定です。

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