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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
少しの平和

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第37話 疑いの目を持つこと

会議室の中は、先程より重い空気が充満していた。

シーン…と静まり返ったこの流れに終止符を打ったのは、第一部隊隊長 五十嵐だった。


「……で?さっきの話の続きでもやるんですか?篠崎さん。」


「あぁ。君たち四人が内通者ではないと信じ、この場に残ってもらった。」


「はっ。ずいぶん信用されてんだな、俺たち。」


篠崎の言葉に五十嵐は鼻で笑う。その態度に疑問を持った鷹宮が、低い声で制した。


「五十嵐。」


しかし五十嵐は構わず篠崎に話しかけ続けている。


「じゃあ、篠崎さんが内通者じゃない証拠は?」


その一言で、会議室の空気が凍り付く。

それもそのはず。この施設の責任者に向かって、ここまで踏み込んだ発言をする者など今までいなかったからだ。

思わず第三部隊隊長の木戸が注意を促す。


「五十嵐さん…。さすがに言葉が過ぎるのではありませんか?相手はこの施設の責任者ですよ。」


「……だからだよ。責任者だから誰も疑わない。誰も意見しない。その考えが一番危ないってこと、分からないのか?」


木戸は言葉を失った。

鷹宮も橘も何も言わない。

五十嵐の言葉には確かに一理ある。そのことを、誰もが理解していた。

篠崎はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。


「……確かに、私が内通者ではないという証拠はどこにもない。この施設で多くの権限を持っているし、自由に行動も出来る。君が私を疑うのも当然だろう。」


五十嵐は何も言わず、篠崎を見つめ続ける。

篠崎は疑われていると思えないほど、穏やかな表情のまま話を続けた。


「君たちが私を疑うこと自体は構わない。だが――私は君たちを疑わない。それだけだ。」


「はぁ……分かりましたよ。」


五十嵐はわざとらしいため息を大きくつき、続けて篠崎に発言した。


「俺が言い過ぎました。すみません。…それで?我々を信用して、どうするおつもりですか。」


「疑わしい者を見つけ次第、速やかに報告してほしい。もちろん、私を介さずとも構わない。隊長同士で情報を共有してもらっても結構だ。」


「え?篠崎さんに言わなくてもいいわけ?」


驚いているのは五十嵐だけではない。他の三人も同様に目を見開いている。


「そんなに驚くことではない。……内通者は、一刻も早く特定しなければならないからな。」


「……。」


「だが、そのためには――部下を疑うことも、視野に入れなければならない。」


それは、今まで隊長たちに課せられた任務の中でも、厳しいものに振り分けられるだろう。

自分の――部下であり仲間であり、時には家族でもある人たちを疑いの目でみなければならない。

それは隊長たちにとって、とても苦しいものだった。


「……異議はありません。篠崎さんに従います。」


鷹宮が静かに口を開いた後、他の隊長三人へ視線を向けた。


「全員、それでいいな?」


橘と木戸は迷うことなく頷き、五十嵐も一拍置いてから小さく頷いた。

篠崎は満足そうに四人を見ると、再び口を開いた。


「鷹宮隊長。もちろん、一ノ瀬雪斗も例外ではないからな。」


「…彼は今回の被害者です。」


「しかし、地下で何が起きていたのかを目撃した者は誰もいない。我々が持っている情報は、彼の証言だけだ。」


「……。」


「残念だが…彼が内通者ではないという可能性を、排除することは出来ないだろう。」


その言葉に橘が勢いよく立ち上がる。


「篠崎さん!彼が自作自演だとでも言いたいのですか!?」


灰色に濁った瞳は何も映していない。

それでも、生体反応を捉える能力によって、橘の視線は真っ直ぐ篠崎を射抜いていた。


「そうは言ってないだろう。ナギ、セツという人物が実在したとしても、一ノ瀬雪斗が彼らと無関係だと現時点で断言できないだろう?」


「奴らに協力したと言いたいのですか!?そんなことをして、彼に何の利益があるのです!」


「ウイルスをばら撒く奴らの考えなど、我々一般人に分かるわけが無い。」


「ウイルスを利用して能力者にするこの施設に、まともな人間は一人もいませんよ!」


「橘。やめろ。」


ヒートアップしそうだった為、二人の間に鷹宮が割って入った。鷹宮に注意されると、橘は口を閉じ悔しそうに拳を握りしめた。


「篠崎さん。あなたの意見は理解している。組織として誰であろうと例外なく、可能性を検討するのが責任者の立場なのだろう。」


「あぁ。その通りだ。」


「だが……あなたは一ノ瀬に対して、やや疑念を強く持ちすぎているように見受けられる。…何故だ?」


「ふっ。やはり鷹宮隊長はよく見ているな。一ノ瀬雪斗を公平に評価しようとしても、戦闘部隊には彼を支持する者が多いだろう? 」


「……否定はしない。」


「それ自体は問題ではない。だがな、その感情が本来慎重に検討すべき点まで覆い隠してしまうことがある。」


「…………。」


「だからこそ、私は彼を過度に信用しない。誰かが彼を信じるのであれば、同時に誰かが彼を疑う必要がある。……責任者とは、そういうものだ。理解いただけたかな?鷹宮隊長。」


鷹宮は静かに頭を下げた。


「……失礼した。一ノ瀬については、これまで以上に慎重に監視を行う。」


「よろしく頼むよ。さて、彼の能力についても調査を進める必要があるのだが…小倉主任に任せるのが適任な気がするのだが――…」


「それに関しては反対です。」


篠崎の言葉を遮り、即座に口を開いたのは橘だった。それに続き五十嵐も口を開く。


「……俺も反対。」


「そうか。理由を聞いても?」


篠崎が促すと、橘は拳を握りしめたまま話し始めた。


「私は小倉主任が開発した薬を、この身で体験しています。あれがどれほど危険なものか、誰よりも理解しているつもりです。」


「…あぁ。」


「そんな人に…未知の能力を持った彼を任せるのは危険です。実験材料として扱われる可能性すらあります。」


小倉はサイコパスと名高いが、天才科学者なのは間違いない。だが、あまりにも周りから嫌われすぎている。また、鷹宮と木戸が小倉の味方をしないということは、彼ら二人も橘と同じ考えなのだろう。


「……分かった。一ノ瀬雪斗の能力に関しては、一旦保留とする。小倉主任にも、必要以上に彼へ近づかないよう伝えておこう。」


「!ありがとうございます。」


橘は小さく安堵の息を漏らし、握りしめていた拳をやっと開いた。


「そして――敵に関する情報は、情報分析部責任者・藤堂と密に連携を取ってくれ。……もっとも、藤堂も内通者ではないと断言はできないがな。」


「…………。」


「だが、彼が蓄積してきた情報と分析力は、この施設にとって必要不可欠だ。彼の協力なしで敵を追うのは、あまりにも厳しい。」


四人の隊長は互いに顔を見合わせそして――。


「了解。」


鷹宮を筆頭に、全員が静かに頷いた。

それを見届けた篠崎は席を立つ。


「……私からは以上だ。解散。」


短い一言とともに、極秘会議は幕を閉じた。

しかし、この日を境に。

隊長たちは感染者だけでなく、仲間にも目を向けなければならない日々を送ることになる。




第38話は3日19時頃更新予定です。

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