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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
少しの平和

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第36話 内通者…?

――目覚めてから八日後。


古川の許可を得て、雪斗はリハビリも兼ねて医療区画を出ていた。

というのも今から報告の為、B10階に移動しなければならないのだ。

ただ、一人ではまだ満足に歩けないため、隣には氷室が付き添っている。


「大丈夫か?無理はするなよ。」


「すみません……。」


ゆっくり進むが、歩くたびに肋骨が鈍く痛む。

何とか痛みに耐え、やがて二人は中央会議室へと到着した。

重厚な扉が開くと、室内にはすでに全員が揃っている。

戦闘部隊、回収部隊、警備隊にあたる、各部隊の隊長、副隊長。

さらに研究部、医療部、情報分析部など、各部門の責任者たちがズラーっと座っている。


「こっちだ。」


氷室は雪斗を空いている席まで案内し、ゆっくりと椅子へ座らせた。

自分もその隣へ腰を下ろす。

二人が着席するのを見て、鷹宮が立ち上がった。


「一ノ瀬。わざわざ来てもらってすまないな。」


「いえ…大丈夫です。」


「病み上がりで悪いが、あの日一ノ瀬に何があったのか…俺たちは知らなければならない。」


「分かっています…。」


鷹宮に続いて、一人の男性が雪斗に向かって静かに話し始めた。


「初めまして…ではないのだが。こうして話すのは初めてだな。第零隔離区責任者の篠崎だ。」


(この人……。)


見た事はある…気がする。

処遇改善の会議中に中へ入ったとき、たしか居たような……。


「君のことは逐一、鷹宮から報告を受けている。もちろん今回の件もな。」


「……。」


「思い出したくないことかもしれない。だが、覚えている限りで構わない。…あの地下で、何が行われていた?」


その問いが投げかけられた瞬間、雪斗の肩がわずかに震えた。

脳裏に蘇るあの日の記憶。

鉄格子の中で感じた絶望は、忘れられるわけがない。

雪斗は無意識に拳を強く握り締める。


「えっと……。」


雪斗が口を開こうとした瞬間、手が小さく震えた。

無意識に握り締めた拳は、汗で湿っている。

その時、氷室が何も言わず雪斗の手の甲へそっと手を重ねた。

ひんやりとした冷たさが伝わる。


「……本当に無理なら、話さなくていい。」


いつもの氷室とは違う、静かな優しい声だった。

その一言に、雪斗の張り詰めた心が少しだけ緩む。

しかし篠崎は氷室の言葉に口を挟んできた。


「いや、話してもらうよ。言い方は悪くなるが、今回の件で我々は君を救出するために、莫大な人員と時間を費やしたからね。」


篠崎の言葉に雪斗の握った拳が強くなる。


「勘違いしないでほしいのは、君を責めているわけではない。だがあの日、あの地下で何が起きていたのか。敵が何を企んでいるのか。それを知ることは、君を守るためにも必要な情報なんだ。」


「……。」


「君には、それを話してもらう責任がある。…違うか?」


会議室は静まり返り、誰も口を挟もうとはしない。

これまで誰一人として、雪斗にあの日のことを詳しく聞こうとはしなかった。

皆、思い出させるのが酷だと思っていたからだ。

けれど今、この場では自分の記憶が求められている。

雪斗はゆっくりと息を吸い込み、震える唇を開いた。


「…全部、話します。」


「一ノ瀬、無理は――」


篠崎の言葉など気にするなと言うように、氷室が制止しようとする。

だが雪斗は小さく首を横に振り、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。でも……大丈夫です。」


鉄格子の中で目を覚ました時の恐ろしさ。

自分の能力を発動させる為に相手がしてきたこと。

幻覚を見せられただけではなく、最後には殴られ蹴られ。

逃げられなかった七日間。

そして、燃え盛る地下施設で救出されるまで――。

雪斗は覚えている限りの出来事を、一つも隠すことなく話した。

時折、“情報分析部責任者”藤堂の記録を取るペンの音だけが静かに響く。

やがて全てを話し終えた雪斗は、小さく息を吐いた。

まるで胸の奥に溜め込んでいたものを、ようやく吐き出せたかのようだった。

話を聞き終えた篠崎が腕を組みながら、なにやら考えている。


「ナギとセツか…。聞いたことがない名前だ。」


「藤堂。過去に感染した経歴を持つ者の中に、その名の人物はいたか?」


「……いえ。」


藤堂は静かに首を横へ振る。


「データベースには該当者はいません。…偽名かニックネームの可能性もありますが。」


「そうか。過去に定食屋で一家が襲われた事件、及び現場へ出動した隊員について調査してくれ。」


「承知しました。」


そして篠崎は再び雪斗へ向き直った。


「他に何か覚えていることはないか?些細なことでも構わん。」


「…もう一人いました。ナギとセツよりも立場が上の奴が。でもどんな奴かは分かりません。」


「名前は分かるか?」


「…あの人って呼んでたんで、分かりません。」


「そうか……。」


篠崎が次の質問をしようとした、その時だった。


「一ノ瀬くん!」


勢いよく椅子から立ち上がった小倉が身を乗り出す。


「何者か分からない人達のことは置いておいて、君は地下で、何か変化を起こさなかったかい?」


突然の質問に、全員の視線が小倉へ集まる。


「小倉。」


篠崎がたしなめるように名前を呼が、小倉は構わず雪斗を見つめ続けていた。


「能力の暴走でも、違和感でもいいんだけど!君自身に起きた変化を、詳しく教えてほしい。」


正直こいつに教えたくはないが、皆には知っていてもらわないといけないことがある。

雪斗はゆっくりと口を開いた。


「救出された日…俺、殴られて、蹴られて……幻覚も見せられて。」


「うんうんっ!」


「たぶん、心拍はかなり上がっていたと思います。」


「それで?」


小倉が身を乗り出す。

雪斗は一度息を整え、続きを口にした。


「もう…指一本動かせなくなった時、あいつが素手で俺に触れたんです。」


カリカリカリ――。


小倉は雪斗から目を離すことなく、ノールックでペンを走らせる。

ノートには雪斗の言葉が、一言一句漏らさず書き留められていく。

その目は血走り、まるで獲物を見つけたライオンのようだった。


「そのあと、目の前が真っ暗になりました。またアイツに幻覚を見せられたんだと思ったんです。でも…今までとは違ってて。」


「違う?違うとは??」


「……たぶん。俺の能力だったんだと思います。」


「君の能力!?」


ガタンッ!

小倉は思わず立ち上がり、椅子を倒してしまう。


「どんな能力だった!?」


「……分かりません。奴の過去の記憶が…映画みたいに目の前へ映し出されて。それをあいつと一緒に見てました。でも、それだけです。気が付いたら病院のベッドの上でしたから……。」


小倉は無言でペンを止める。

会議室内がどよめいている中、小倉だけが興奮を隠しきれない表情で雪斗を見つめていた。

興奮する小倉をよそに、鷹宮が静かに口を開いた。


「だが、そのナギという男はなぜ、七日目になって急に一ノ瀬へ暴行を加えた?」


「えっと……たしか時間がないって、言ってました。」


「時間がない?」


鷹宮の眉がぴくりと動く。


「まるで、俺たちがその日に一ノ瀬を助けに行くことを知っていたような口ぶりだな。」


その一言で、先のほどまでどよめいていた会議室の空気が凍り付いた。

誰も話さず互いの顔を見合わせるだけだった。

やがて、長い沈黙を破るように第一部隊隊長の五十嵐が口を開く。


「鷹宮。その言い方だと、この施設内に内通者がいるってことになるけど?」


「……可能性の話だ。現時点で決めつけるつもりはない。だが、敵が救出のタイミングを把握していたとすれば、説明がつく。」


「まぁ…な。」


「施設内の人間を疑いたくはない。しかし、不可解な点が多すぎるのも事実だ。」


鷹宮の言葉に藤堂も静かに頷く。


「救出作戦の情報が、どこかで漏れた可能性は否定できませんね。」


ここまでの話を聞いて誰もが同じことを考えていた。

もし本当に内通者がいるのなら――。

敵は、この施設の内部事情まで把握していることになる。


「五十嵐隊長。」


篠崎が静かに口を開いた。


「憶測でものを言うべきではない。無用な混乱は避けるべきだ。」


「……失礼しました。」


五十嵐は素直に頭を下げるが、その表情に反省の色は見えない。納得していないことは誰の目にも明らかだった。

そんな五十嵐を篠崎は無視し、視線を雪斗へ向ける。


「一ノ瀬くん。君が覚えているのは、ここまでかね。」


「……はい。」


「そうか。では、今日はここまでだ。部屋へ戻り、療養しなさい。」


雪斗は少し驚いたように目を瞬かせる。


「えっ……もう、いいんですか?」


「あぁ。今のところ、君から得られる情報はここまでだろう。ならば、無理に引き留める理由はない。」


篠崎は穏やかな口調で話しかけている。

それは気遣ってくれているようにも聞こえるが――


『情報を持っていないお前に用はない。』


そう告げられたようにも感じられた。

あまり気分は良くないが、ここにいても仕方が無いので静かに立ち上がる。

それを見た氷室も一緒に立ち上がった。


「一ノ瀬。病室まで送る。」


「すみません…。お願いします。」


篠崎は二人を目で見送った後、改めて会議室全体を見渡した。


「他の者も、今日は上がっていい。お疲れ様。」


椅子を引く音が一斉に響いた。

副隊長や各部門の責任者たちが、次々と会議室を後にしていく。


しかし。


「……戦闘部隊隊長四名は、このまま残ってくれ。」


その一言で、鷹宮、五十嵐、橘、木戸だけが席に留まった。


「なんで……隊長たちだけ?」


“第一部隊副隊長“”不知火は、閉ざされた扉を見つめたままその場から動けない。

中では、まだ何か話が続いている。

それも、自分たちには聞かせられない話が…。


「……。」


聞き耳を立てようか…と、扉へ耳を当てようとした時、

ぽん、と誰かに肩を叩かれた。


「藤堂さん……。」


振り返ると、パソコン片手に険しい顔をした藤堂が首を横に振っている。


「……。」


不知火はもう一度だけ会議室の扉を見つめる。

中が気にならないわけではない。

だが、ここにいても何も変わらない。

今はただ、四人の隊長を信じるしかないのだ。


「……すみません。行きます。」


小さく頷くと、藤堂の後を追って歩き出した。



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