第34話 燃えた地下施設
鷹宮は真っ先に部屋へ飛び込んだ。
雪斗は牢の中で冷たい床に倒れており、思わず息を飲む。
「……っ。」
服は血と汚れで染まり、全身には無数の傷。
頬はこけ、痩せ細った身体が、この数日間に受けた壮絶な仕打ちを物語っていた。
眞壁は急いで鉄格子を左右に開き、人が入れる広さにした。
「一ノ瀬!!」
鷹宮は雪斗の元へ駆け付け、手を頬へ添えた。
「……っ。」
「良かった、生きてる…!」
呼吸は浅いが息はある。
そのまま雪斗をそっと抱き起こし、優しく話しかけた。
「遅くなって悪かった…。ほら…帰るぞ。」
「……。」
雪斗からの返事はない。
鷹宮は雪斗を抱き上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「行くぞ。」
炎が迫る地下施設を背に、一行は出口へ向かって走り出した。
先程来た道を引き返す。
腕の中にいる雪斗は、今にも息が止まってしまいそうだ。
――ゴゴゴゴゴッ!!
地面が大きく揺れ、天井からコンクリート片が次々と落ち始めた。
「急ぐぞ!!」
ゴォォッ!!
しかし、目の前で炎が大きく燃え上がり、通路を塞いだ。
氷室は先程と同様、前へ踏み出し右手をかざした。
白い冷気が一気に広がる。
炎は厚い氷に包まれ、一瞬だけ勢いを失った。
「今です!早く!」
鷹宮を先頭に、一行は氷の道を駆け抜ける。
その直後。
バキィィン!!
氷が砕け、再び炎が通路を飲み込んだ。
「チッ!急げ!」
出口まであとわずか。
だが、今度は巨大な瓦礫が行く手を塞ぐ。
「眞壁!」
「分かってますよ!!」
真壁は鷹宮の前へ行き、巨大な瓦礫へ手を当てる。
「第一解放!!」
能力を発動すると、瓦礫は大きな音を立てて横へ弾き飛ばされた。
「全員、走れ!!」
鷹宮の号令とともに、隊員たちは階段を駆け上がり、地上へ飛び出した。
「隊長!」
地上で待機していた琴音が、目に涙を浮かべながら駆け寄ってくる。
入口から少し離れた場所に鷹宮は雪斗を慎重に下ろし、琴音を呼んだ。
「宮下!頼む!」
「了解!」
琴音が雪斗の容態を確認し始めた、その瞬間――。
ドォォォォンッ!!!
凄まじい爆発音が響き、地下施設全体が崩れ落ちる。
黒煙が空高く舞い上がり、草原を覆い尽くした。
隊員たちは思わず振り返る。
あと少し遅ければ、自分たちも巻き込まれていた。
琴音は雪斗に向き直し、そっと手を握る。
「雪斗くん……。」
全身に残る無数の傷。
痣、裂傷、火傷。
あまりにも痛々しい姿に、思わず息をのんだ。
「……酷い。」
ぽつりと漏れた言葉とともに、瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「宮下。傷は帰ってから手当を受けさせる。……命を繋ぐことだけに集中してくれ。」
鷹宮の声に琴音は小さく頷いた。
能力を発動すると、淡い光が雪斗の身体を優しく包み込む。
その様子を見つめながら、小滝と氷室が崩れ落ちた地下施設へ視線を向けた。
「一ノ瀬を殺すつもりで火を放ったのか…?。」
黒煙は今なお立ち上り続けている。
地下施設は完全に崩落し、内部へ入ることは不可能だった。
小瀧の言葉に氷室が静かに口を開く。
「それもあるだろうが…証拠隠滅だろうな。我々が来ることを見越して、何もかも燃やしたんだ。」
「……チッ。」
小瀧は拳を強く握り締め、小さく舌打ちをした。
敵は証拠を残さず完全に姿を消したのだ。
「だが、奴らも誤算だったろう。」
「え?」
「証拠は消えたが…一ノ瀬は、生きて帰ってきたんだ。」
琴音の額から汗が流れ、痛みに耐えているのか苦しそうだ。しかし、確実に雪斗の命を繋いでいた。
一命を取り留めた雪斗は、そのまま第零隔離区の医療区画へ搬送された。
数時間に及ぶ治療を終え、ようやく容態は安定した。
病室の外では、鷹宮たちが固い表情で結果を待っている。
ウィーン――
静かに扉が開くと、古川が姿を現した。
全員が立ち上がり鷹宮は古川へ駆け寄る。
「一ノ瀬は?」
「……一命は取り留めました。」
その言葉に、この場にいた全員が安堵の表情を浮かべた。
しかし、古川の表情は晴れない。
「ですが、状態は決して良くありません。」
手にしていたカルテへ目を落とし、説明を始める。
「肋骨を数本骨折しています。全身には打撲や裂傷が無数にあり、首には強く締め付けられた痕が残っていました。」
「………。」
「さらに、長期間ほとんど食事を摂れていなかった影響で、重度の脱水症状と栄養失調も見られます。煙を吸い込んだ影響もあり、身体への負担は相当なものです。」
全員が言葉を失った。
見ただけで雪斗がどのような扱いを受けていたか、なんとなく想像はできた。
しかし、まさかここまでとは…。
「……ですが、一番心配なのは身体ではありません。治療をすれば治りますから。」
「……。」
「これだけの傷を受けていたのですから、恐怖と苦痛も計り知れなかったでしょう。目を覚ましても、以前と同じように戻れるか…保証はできません。」
その言葉に全員目を見開き落胆した。
鷹宮は扉の向こうにいる雪斗に目を向け、小さく呟く。
「……悪い。もっと早く助けに行けていれば。」
誰も鷹宮を責めなかったが、その言葉を否定することも出来なかった。
それに、あと少し到着が遅れていれば、雪斗は地下施設ごと炎に飲み込まれ、命を落としていただろう。
病室の前には重苦しい空気が漂っていた。
誰一人、口を開こうとしない。
そんな隊員たちを、廊下の奥から静かに見つめる人物がいた。
――研究部主任、小倉だった。
頬には湿布が貼られている。
橘に能力増幅試薬を投与した件で、五十嵐に殴られた跡だ。
小倉は腕を組み、病室の扉を見つめる。
「ひとまずは助かって良かったですねぇ…。」
独り言をニヤケながら呟いている。
「いい研究材料を失ったかと思いましたよ。」
ひと言呟くと、小倉は踵を返し、静かに廊下の奥へ消えていった。




