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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
能力発動の為の監禁

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第31話 天国から地獄

そしてこの出来事をきっかけに、ナギは保護されることになるのだ。

年齢と、それまで置かれていた家庭環境を考慮されナギは少年院へ送られた。

しかし、そこでの生活は荒れに荒れていた。

誰にも心を開かず、問題ばかり起こす。

“両親はまだ生きている”

何故きちんとトドメを刺さなかったのか。

反省などするものか。ここを出たら真っ先に両親を――

ナギが未来へ執着している理由はただそれだけだった。

そんなナギを、見捨てなかった人間が一人だけいた。

それは少年院に勤務している刑務官だ。


「……!」


目の前の世界に刑務官が現れた瞬間、ナギは目元が潤んでいた。

その人はナギの恩人だからだ。

少年院での日々は、最初こそ荒れていた。

誰とも話さず、誰も信用せず……。

差し伸べられた手を何度も何度も払いのけた。

それでも、あの刑務官だけは、どれだけ拒絶されてもナギを優しく受け止めてくれた。


そんな日々が、何年も続いた。

気付けば、ナギも少しずつ言葉を返すようになっていた。

そして五年後。

今日は退院の日。

少ない荷物を抱えたナギは、よく晴れた空の下で背伸びをした。

少し大人びているが、顔はまだ幼さが残っている。


「……あいつら捜すか。」


五年がたった今でも、両親への憎しみは消えずにいた。

どこかで生きている――

そう思うだけで吐き気がする。


「おーーーい!」


「?」


声がした方へ振り返ると、親身になってくれたあの刑務官がいた。


「良かった、間に合った。」


「お前……。何だよ。」


「実は俺、刑務官辞めてさ!」


「……は??マジ?」


「ああ。元々、実家の家業を継ぐ予定だったんだが…刑務官になりたいっていう夢を諦めきれんくてな。」


「じゃあ何で辞めたんだよ。」


「はっはっは。細かい話はいいじゃないか。」


「……たしかに。俺お前のこと興味ねぇしな。」


そう言うとナギは、刑務官に背を向けようとしたが、ナギの手首を掴み無理やり目を合わせきた。


「は!?なに?」


「お前も来るか?俺んとこに!」


「…はぁ?頭打ったか?」


「人手不足でな。俺を助けると思ってさ!」


「話聞いてんのかよ。なんで俺がおまえを――…。」


「悪い話じゃないと思うぞ?きちんと給料も出すし、住むところも提供する。どうだ?」


「…。」


両親を捜すツテはない。自分で捜すにしろ、探偵に頼むにしろ、どの道金はかかる。

少し考えた後、刑務官の男に返事をした。


「期間限定だからな。」


刑務官はただ笑って頷いていた。

そしてまた場面は変わり古い定食屋に着いた。


「ここ?」


記憶の中のナギは店を見上げる。

ずいぶんと年季の入った看板。

暖簾の向こうからは、出汁の香りが漂っていた。


「俺の祖父母がやってる店でな。ほんと良い店なんだが、最近足腰が悪くなってきたみたいで。」


「はぁ……。」


すると店の奥から二人の老人が顔を出した。


「あらっ、カズくん帰って来たのかい?」


祖母と思われる女性が刑務官こと、カズに声をかけてきた。

そしてカズの後ろにいるナギへ視線を向けると、優しく微笑みかけてくれた。


「おかえりぃ。それで…この子が話してた子かい?」


「あぁ。ナギだよ。ほら、挨拶して。」


「…………ナギ。」


「あらあら、緊張してるのかい?よろしくねぇ。」


そう言い、祖母はナギに手を出してきた。少し警戒しながら、恐る恐る手を握り返す。

その手はカサカサで小さかった。でも、温かかった。


暖簾をくぐり奥へ進むと、仕込みをしている老人がいた。どうやらこの人が祖父のようだ。


「おじいさん、カズが帰ってきましたよ。」


「けっ!今更……。」


「本当は嬉しいくせにねぇ。それで、この子がナギちゃんよ。」


ナギ“ちゃん”と言われ少しむず痒くなる。祖父は仕込みの手を止めナギをジッと見てきた。


「…店のこと何もせんかったら追い出すからな!若造!!」


「………。」


「おいおいやめろよ。…ったく。ごめんなぁ、じいちゃん口悪くてさぁ。」


カズに謝られたが、ナギは特に気にしていない。両親から浴びせられた暴言に比べれば、可愛いものだからだ。

そして翌日から、ナギは店を手伝うようになった。

皿洗いに掃除。庭の雑草取り。

大変だがやりがいはある。

学校へは行かなかった。……というより行きたくなかったのだ。

虐待されていた時から学校へはほとんど行っていなかった。

たまに登校しても周りの奴らは痣だらけの俺を見て不気味がっていた。教師だって面倒事に巻き込まれたくないと、見て見ぬふりをしていた。

もうあんな想いはしたくない。

それを知ってか知らずか、カズも祖父母も学校へ行くことを強制しなかった。

行かないなら行かなくていい。でも、勉強はしなさい。

それだけ。すごく気が楽になった。


季節も変わり、祖父から仕込みの手伝いも教わるようになった。

といっても、魚の捌き方など知るはずもない。

最初は出来ずによく祖父に怒られていた。

それを見た祖母が落ち込まないでと、手作りの干し柿をくれた。

正直あまり好きではない味だが、干し柿を食べると祖母が嬉しそうに笑ってくれるので、カズの分まで食べていた。


休みの日にはカズと一緒に釣りへ行った。

別の日は祖母と畑の収穫。

そんな何気ない毎日。

来た時には真っ白だった肌も、いつの間にかこんがり焼けていた。


「ナギちゃん。」


祖母からの“ちゃん付け”もいつの間にか慣れた頃、居間で仏壇の掃除をしていたナギに声をかけてきた。


「何?ばあちゃん。」


ナギは掃除の手を止め、祖母へ向き直る。

祖母はゆっくりナギの元へ行き近くに座った。


「これを、ナギちゃんに。」


「……?」


祖母から渡されたもの――それは赤色の布で出来たお守りだった。


「お守り?なんで?」


「ふふふ。もしも辛くなったらこのお守りを握りしめてね。ばあちゃん、ナギちゃんが幸せになるよう願いを込めて作ったから。」


誰かにプレゼントを貰ったことなどない。ましてや優しくされたことなど。

優しく微笑んでくれる祖母に罪悪感が湧いてきた。

親を殺しかけて、反省もしていない。そんな人間がこの人達の近くにいていいものなのだろうか。

カズはきっと、祖父母に俺の過去を伝えていないだろう。知っていたら一緒に生活なんてするはずない。

ちゃんと話さないと…ナギは口をゆっくり開く。

その声は震えていた。


「ばあちゃん……。俺……。親を…。」


「ナギちゃん。」


「!」


「ナギちゃんが過去に何をしたかなんて、ばあちゃん興味無いの。今のナギちゃんしか知らないんだから。」


「でも……。」


「ナギちゃんが来てくれて、ばあちゃんすごく嬉しいんだよ。じいちゃんだって教えがいのある奴が来たって喜んでたんだから。」


「えっ……じいちゃんが…?」


「こらぁ!坊主ぅ!!仕込みの時間だはよ来んかい!!」


「!」


厨房の方から祖父の声が聞こえた。

祖母は優しい顔をナギに向けたまま、ゆっくり頷いた。


「残りの掃除は、ばあちゃんがやっとくから。ナギちゃんはおじいさんの所へ行ってきてあげて。」


「あ…うん…。」


「こらぁ!ナギぃ!!早くしろぉ!!」


「わ、わかったよ!!」


ナギは厨房まで走り、腰にエプロンを巻き祖父の横へ立つ。

この時には既に、俺の中から復讐したいという気持ちは無くなっていたんだろう。

その様子を遠くからカズが見守っていたことに、俺は気付いていなかった。


そして別の日。いつものように仕込みをしていた。

祖父は俺の魚の捌き方をじっと見ている。


「まぁ……悪くねぇな。」


「……たまには素直に褒めたら?」


「調子に乗るなっ。客の前に出すのはまだ早いわ。」


横で野菜を切っている祖母が笑っている。

そんな時だった。


「ナギ。」


カズに呼ばれ、包丁を握る手が止まる。


「少し話があるんだ。ちょっと借りてっていい?」


嫌な予感がした。

出て行けと言われるのだろうか。

期間限定と言ったのは自分だ。

カズと居間へ移動し、お互い向き合って座った。


「話というのはな……。」


覚悟を決めよう。

普通の暮らしというのを、十分堪能した。


「お前がいいなら、俺と一緒にこの店を継がないか?」


「……へ?」


予想もしていなかった言葉にナギの体から力が抜ける。


「お前は覚えが早いし、気が付いたらすぐに手伝ってくれるだろう?じいちゃんもばあちゃんも、お前が来てから凄く楽しそうなんだ。」


「えっえっ?店を継ぐって…。」


「そんな難しく考えなくていい。今までと同じように生活していけばいい。」


「で、でも……俺がいたら結婚しにくいだろ……?」


「はっはっは!そんなもん子供がいちいち気にせんでいい。もう歳も歳だしな!」


歳……といってもまだ三十代半ばのはずだ。

結婚を諦めるのはまだはやいだろう。


「もちろん、お前がまだ両親に復讐したいってんなら…断ってくれて構わない。」


「……!知ってたのか?」


「まぁな、元刑務官の観察力をなめるんじゃない。」


両親のことはまだ恨んでいる。でも、この生活を手放してまで復讐したいとも思えない。


「……俺でいいのかよ。」


「ああ。お前がいい。」


その瞬間、ナギの目から、涙がこぼれた。

自分でも驚いていた。

泣くなんて、いつ以来だろう。

両親に虐待されていた時ですら泣かなかった。

なのに、たった一言で涙が止まらなくなったのだ。

離れた場所から見ていた祖父母も、優しく微笑んでいた。


「今日はお祝いですねぇ。おじいさん。」


「ふんっ!……鯛ぐらいなら出してやってもいい。」


「あらあら。」


――この日は、俺の人生の中で、間違いなく一番幸せな日だったんだ。


「……もうやめろ。」


記憶を見ていたナギが小さく呟いた。

これ以上の幸せは、今後ないと分かっているから。

だが、無情にも場面は切り替わっていく。


――あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

店で使う山菜を取りに、裏山に登っていた。

普段なら祖母と一緒に行くが、花の植え替えがあるとかで初めて一人で来たんだ。

ただ、山菜の知識はないので、古い図鑑を片手に一つずつ確認しながら採っていた。


「これは……違うな。」

「うわ、雑草じゃねぇか。」

「……これほんとに食えんのか?」


そんな独り言を言いながら山菜を取っていく。

気付けば、空は赤く染まり始めていた。


「やば……!急がないと……。」


山菜の入った籠を背負い、急いで山を下りる。

この後、祖父と仕込みの手伝いをする約束があったのだ。

店の前に着き、暖簾をくぐり扉を開けた。


「ただいまー。」


返事はなかった。

奥へ進み厨房へ顔を出す。

その瞬間、鼻を突く異様な臭いが襲いかかる。

手から力が抜け、背負っていた籠が床へ落ちる。

採ってきた山菜が、静かに散らばった。


「……じいちゃん?」


祖父がいつも魚を捌いている場所へゆっくり移動する。

……いた。床でうつ伏せになり倒れている祖父が。


「……嘘だろ?」


見ただけで分かった。……もう息はない。

祖父の無惨な姿を見て、嫌な予感がした。



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