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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
能力発動の為の監禁

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第28話 恐怖の支配

「君、意外と頑丈だってこと分かったからさー…。今日は少しやり方を変えてみるね。」


その瞬間、視界が揺れた。

胸が締め付けられるような圧迫感とともに、目の前の景色がゆっくりと歪んでいく。


「……っ!」


気付けば、そこは見覚えのある景色だった。

第零隔離区の島内。

そして――


「みんな……。」


目の前には鷹宮や氷室、全員の隊員がいた。

雪斗は反射的に駆け寄ろうとする。

しかし足は動かず、声も届かない。

そして、隊員たちの後ろから感染者が現れる。


「やめろ……!」


誰一人として感染者には気付かない。

次の瞬間、仲間たちは一人、また一人と倒れていく。


「やめろぉ!!」


心臓をえぐられるもの、頭を潰される者、殺される方法は様々だった。


「落ち着け……これは幻覚だ……幻覚だ……。」


ナギの能力のせいで、こんなものを見ている。

頭では分かっているのに、目の前の光景は現実と見分けがつかないほど鮮明だった。


「もしかして、今見せてるの全部幻覚だと思ってるー?」


「はっ……。」


「ざんねーん。ほんとのやつも混ざってるよ。」


「……っ!う、嘘だ……。」


「そうかなぁ?何人かは殺されてるよー?」


そう言うナギの顔は楽しそうだ。


「どれが本物で、どれが幻覚なんだろうねー。」


「ほんとに……?」


「雪斗くんは、誰だと思うー?」


その一言が、雪斗の胸を深くえぐる。

本当に誰か亡くなっているのか?

こいつの言葉を信用してもいいのか?と。


「信用出来ないなら、隊員の死体持ってこようかー?」


「やめろ!!!」


雪斗が叫んだ瞬間、胸の鼓動がさらに速くなる。


――ドクン。


まるで心臓が暴れ出そうなほどの激しい鼓動だ。

呼吸は乱れ、全身から嫌な汗が噴き出す。

そんな雪斗を見つめながら、ナギは満足そうに小さく笑った。


「いいねぇ、その顔。君は大事な人が沢山いるんだね。素敵だなー。」


「黙れ……。」


「能力使うの疲れちゃうけど、君のその顔が見れるなら…疲れも吹き飛んじゃうね。」


ナギは怯えている雪斗を穏やかな表情で見下ろした。そして踵を返し、牢の扉へ向かって歩き出した。


「新しいご飯、あとで持ってくるねー。」


先程まで、雪斗に恐ろしい幻覚を見せていた人物とは思えない。

この男が雪斗には何より恐ろしかった。

そして、ゆっくりと鉄の扉が閉まる。

足音は少しずつ遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。

 

♢♢♢


三日目。

重い鉄の扉が軋む音とともに開いた。


「あ、おはよー。」


ナギは床に置かれた食事を見ると、困ったように眉を下げた。


「また食べてないのー?だめだよ。ちゃんと食べないと。」


ガチャリと鍵を開け、何の警戒もなく牢の中へ入ってくる。

雪斗は俯いたまま微動だにしない。

その右手は袖の中へ隠されていたが、指先からはわずかに血が滲んでいる。

ナギはその事に気付かず、食器を拾い上げた。


「もったいないなぁ。」


空にならなかった皿を抱え、そのまま牢の外へ出る。

再び鉄格子に鍵を掛けると、雪斗の方へ向き直った。


「さて……。」


そして、いつものように笑みを浮かべた。


「じゃあ、始めようか。」


そう言って、ゆっくりと雪斗へ手を伸ばした。

雪斗はその手を睨みつけながら、袖の中で静かに拳を握る。

指先に走る痛みだけが、自分はまだ諦めていないのだと教えてくれていた。


「こっちだって、ネタを考えるの大変なんだからさー…早く能力発動してね?」


次の瞬間、雪斗の視界が大きく歪む。


「……っ!」


全身に寒気が走る。

ふと、自分の両手に違和感を覚えた。


「……な、んだよ……これ。」


腕は異様に太く膨れ上がり、赤黒い血管が何本も浮き出ている。

皮膚はひび割れるように変色し、指先からは鋭い爪が伸びていた。

明らかに人間の手ではない。


「うわぁあ!」


慌てて腕を振るが元には戻らない。


「こんなの…俺じゃない!」


雪斗は必死に否定する。

雪斗は震える両手を見つめながら後ずさる。

腕だけではない。

胸の奥から何かが這い上がってくるような、不快な感覚。

心臓の鼓動に合わせるように、全身の血管が脈打つ。


――ドクン。

――ドクン。


「君がそんな見た目になっても、戦闘部隊のみんなは受け入れてくれるかなぁ。」


ナギの言葉に胸をえぐられる。

怪物化の場合は討伐対象。

運が良ければ生け捕りにされるが、死ぬまで実験される。


「俺なら、そんな君も受け入れるけどなぁー。」


「うるさい!!!」


雪斗の叫びが牢獄に響き渡る。

その瞬間、景色が音を立てて崩れ落ちた。

両腕を見ると人間の…自分の手に戻っていた。


「幻覚……。」

(分かってたのに…何でこんなにも信じてしまいそうになるんだ…。)


「そうだよ?君は怪物じゃないし、お仲間は誰一人死んでいない。」


「ふざけるな……。」


「でもさー…もし本当に怪物になったら?」


「は……?」

 

「能力の発動が上手くいかなくて、怪物化した場合…君は大事にしているお仲間に殺されちゃうんだよ。」


「んなの……分かってる……。」


「ははっ。分かってないでしょー。」


何がそんなに面白いのか、ナギはずっと笑っている。


「せいぜい怪物にならないよう頑張ることだね。さっき見せたのは確かに幻覚だけど…近い未来そうなるかもしれないしね。」


「やめろ!!!」


雪斗は力いっぱいナギを睨みつけた。

その様子にナギはピタッと笑うのをやめ、雪斗に背を向ける。


「はぁー。まぁいいや。今日はこれでおしまい。また明日ねー。」


ナギの足音が遠ざかっていく中、雪斗は震える拳をゆっくりと開いた。

その掌には、昨日食事と一緒に運ばれてきた金属製のフォークが握られていた。

強く握り締めたせいで、指先からは血が滲んでいる。

雪斗は足元の足枷へ視線を落とした。


「絶対に…ここから出る。」


その小さな決意だけは、ナギにも奪うことはできなかった。


♢♢♢


四日目。


今日も運ばれてきた食事には、一切手を付けていなかった。

そして重い鉄の扉が開く。

――地獄の始まりだ


「おはよー。」


いつもと変わらない、間延びした声。

ナギは牢の中を見渡し、小さくため息をつく。


「また食べてないのー?これで何日目ー?」


ナギに問いかけられるが、雪斗は返事をしない。


「食材もタダじゃないんだよー?」


ナギは鍵を開け、いつも通り何の警戒もせず牢へ入る。

床に置かれた食器へ手を伸ばした、その瞬間だった。


ガシャン――。


雪斗は外れていた足枷を蹴り飛ばし、一気に駆け出した。


「おっとー?」


ナギが驚いたように目を丸くする。

だが、何故かその表情に焦りはない。

雪斗は地下牢を飛び出し、真っ直ぐ続く廊下を走り続けた。

長く続く薄暗い通路。

どこへ行けば出口なのか分からない。

何日もご飯を食べていないせいか、足に力が入らない。

それでも立ち止まるわけにはいかなかった。


「はぁ……はぁ……!」


足枷を無理やり外した傷が痛み、何度も足がもつれる。


「くそっ……!」


それでも歯を食いしばり、前だけを見て走る。

このチャンスを逃せばもう、二度と出れないだろう。

奥に上へ続く階段が見えた次の瞬間。


「――戻れ。」


どこからともなく、低い声が響いた。


「えっ……。」

 

雪斗の景色が大きく歪む。

視界が反転し、身体が強く引っ張られる感覚。

思わず手を伸ばすが何も掴めない。

瞬きをした一瞬で、雪斗はさっきまで閉じ込められていた牢の中にいた。


「な……。」


逃げ出す前と同じ光景。

床には先程外した足枷にフォークが転がっていて、目の前にはナギがいた。

呆然と立ち尽くす雪斗を横目に、小さく拍手が聞こえた。


「すごいすごい!まさか足枷を外しちゃうなんてねー。」


ナギは床へ転がった一本のフォークを拾い上げた。

先端はわずかに歪み、血が付着している。


「これで外したのー?やるねぇ…。」


フォークをくるくると指で回しながら首を傾げた。


「そういえば昨日、一本足りなかったっけ。」


その時、ナギの背後から低い声が聞こえた。


「確認不足だ。反省しろ。」


そこには、いつの間にかセツが立っていた。

壁にもたれて腕を組んでいる。

ナギは「あはは」と笑い反省しているようには見えない。

そんなナギを雪斗は睨みつけた。


「何で…何で俺…戻ってきたんだ……。」


震える声で問いかけると、ナギは雪斗の前へしゃがみ込み、楽しそうに口を開いた。


「あぁ、セツくんのおかげだよ。」


「セツ……?」


「壁にもたれてる人だよー。セツくんの能力は登録した人間を、一定の範囲内なら自分の元へ連れてくることができるんだー。」


「登録…?」


「君、一度セツくんに直接捕まっちゃったでしょー?その時に登録されちゃったんだよー。一度登録したら、セツくんが解除するまで逃げられないんだよー。」


雪斗の表情が固まる。

この地下は、セツの能力が使える範囲内なのだろう。

だから警備も緩いのだ。

逃げてもセツの一言で呼び戻せるから――。


「便利でしょー?まぁ、俺みたいに派手な能力じゃないけどねー。」


つまり、一度捕まった時点で逃げ道はほとんどなかったのだ。


「ちなみにー…俺の能力はもうわかってる思うけど、目の前の相手を"恐怖"で支配させるんだー。

相手が一番嫌がるもの、一番見たくないものを記憶から引っ張り出して、何倍にも膨らませる。見えてる景色も、聞こえる声も、全部本物みたいに感じるでしょー?。」


ナギはにこりと笑う。


「君の記憶も覗けるから、隊員の幻覚だったりお友達の幻覚も見せることが出来たんだよー。凄いー?」


その笑顔はどこまでも無邪気だった。


「本当はねー…君、ご飯も食べてないし、今日はおやすみの予定だったんだけどー…。気が変わっちゃった。」


そう言って、雪斗へ視線を向けニコリと微笑んだ。

冷や汗が止まらない。


「脱走する悪い子には、お仕置きが必要だよね?」


そう言うとナギは、ゆっくり右手を前へ出した。


「……っ!」


雪斗の身体が小さく震えた。

またあの能力がくる――。


「や……。」


声にならない。

気付けば、大粒の涙が頬を伝っていた。


(もう……逃げられない。)


また足枷を外して牢を抜け出したとしても、セツの能力で結局戻されてしまう。


「じゃあ今日はー…こんなのとかどうかなー。」


第29話は21日19時頃更新予定です。

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