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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
能力発動の為の監禁

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第26話 能力増幅試薬

♢♢♢


雪斗が連れ去られた現場に到着すると、橘はゆっくりしゃがみ込んだ。


「……始めます。」


右手を地面へ添え、能力――【索敵】を発動する。

意識を広げると、周囲の生命反応が次々と頭へ流れ込んできた。

この場にいる全員の反応は感じ取れる。

だが――。


「……駄目です。」


橘は静かに目を開いた。


「今ここにいる人以外、何も感じません。」


その場にいた誰も、橘を責めなかった。本来の任務に、過去の痕跡を辿る必要を求められたことはない。

それでも橘は諦めなかった。

再び目を閉じ、もっと深く…もっと遠くまで意識を沈める。

しかし、結果は同じだった。

過去にそこに存在していたはずの痕跡は、何一つ掴めなかった。


「もう一度……。」


橘は額に汗を浮かべながら能力を使い続けた。

一度。

二度。

三度。

何度も、何度も……。

限界まで意識を研ぎ澄ませる。

そして能力の代償が徐々に現れ始めた。

視界が霞み始めたのだ。

――それでも橘は能力を解除しようとしない。


「……橘。」


橘の異変に鷹宮がいち早く気付き、静かに声を掛けた。


「もういい。能力を無駄に使うな。」


その言葉を聞き、橘はゆっくりと能力を解除し、悔しそうに拳を握り締めた。


「……申し訳ありません。」


その場に重い沈黙が流れる。

鷹宮は周囲を見渡すと、静かに口を開いた。


「この場に留まっていても進展はない。全員、周囲を捜索しろ。どんな小さなことでもいい。痕跡になりそうなものは全て報告してくれ。」


隊員たちは短く返事をすると、それぞれ別方向へ散っていく。

残された現場には、静かな風だけが吹き抜けていた。


「……隊長。もう少しだけ、ここで試させてください。」


その声には、諦めきれないという強い意志が滲んでいた。

鷹宮は橘の意志を尊重することにした。


「……分かった。ただし、無理はするな。」


「ありがとうございます。」


橘は再び、静かに地面へ手を添えた。

ゆっくりと目を閉じ、呼吸を整え意識を深く沈めていく。

一方、その場を離れた隊員たちも、それぞれの方法で捜索を始めていた。

氷室は情報分析部へ行き、藤堂と一緒に監視カメラをくまなくチェックしている。

真壁は大きく迂回しながら周辺の地形を調べ、小瀧は木の上へ飛び乗り、高所から周囲を見渡していた。

しかしどれだけ探しても、雪斗へ繋がる手掛かりは一つも見つからなかった。

気付けば日もすっかり暮れている。

捜索は夜通し続けられたが、新たな手掛かりは何一つ見つからない。

そして、空が白み始める。


――あれから一週間。

鷹宮は藤堂と捜索班をB10階の会議室へ呼び出していた。

見渡すと隊員たち全員の顔には、疲労の色が表情に浮かんでいた。

無理もない。この一週間ほとんど眠れていないのだから。


「……一度捜索を切り上げよう。」


「!!!?」


鷹宮の言葉に全員が驚きを隠せない。色んな方向から声が上がる。


「隊長!!我々はまだ動けます!」

「ここで諦めたら、雪斗くんが…。」

「まだ手掛かりだってきっとあります!」


隊員たちの言葉に、鷹宮も辛そうな表情を見せた。本当は誰よりも諦めたくないはずだ。

だが、そのせいでここにいる全員が倒れては意味がない。


「完全に諦めた訳じゃない。一度ゆっくり休め。……頼む。」


隊員たちは悔しそうな表情を浮かべながらも、鷹宮の言葉に小さく頷いた。

しかし――。

橘だけは頷くことなく、ただただ鷹宮を見つめていた。

その様子に鷹宮も気付いていたが、何も言わなかった。

部下の氷室や小瀧は中々の頑固者だが、下手をすれば橘の方が頑固かもしれない。

これ以上何を言ってもきかないだろう。

そう思いミーティングを終わらせた。


各自、休息を取るため部屋へ戻っていく

しかし、橘だけは眠る気になれなかった。

捜索を続けたい気持ちはあるが、この一週間能力を使いすぎているのは確かだ。

橘は部屋には戻らずB1共有フロアへ来ていた。

自動販売機の前で缶コーヒーを一本取り出す。

プルタブを開け、ゆっくり一口飲むと苦味だけが口の中に広がった。


「……はぁ。」


雪斗を助けられない。

捜索が出来る能力を持っているのに、何も役に立たない。

そんな自分が嫌になる。

その時、軽快な鼻歌が廊下の奥から聞こえてきた。


「〜〜♪」


鼻歌の方に目をやると、白衣姿の男が眠そうに欠伸をしながらこちらへ歩いてきた。

――研究部主任、小倉直樹だ。


「……小倉さん。」


「あれ?」


名前を呼ばれ、小倉は鼻歌と足を止めた。


「これはこれは…橘隊長じゃないですか。捜索は進んでいますかー?」


ニタニタしながら聞いてくるその顔に、橘は軽蔑の目を向ける。捜索が進んでいないのは、主任の小倉の耳にも入っているはずなのに――。


「小倉さん…聞きたいことがあります。」


「橘隊長が僕にかい?珍しいこともあるんだねぇ。」


基本、研究部員と関わりをもちたい人間は少ない。特に能力を持っている隊員は実験体にされるため、余程な用事がない限り小倉には話しかけようとも思わない。


「僕の能力は生命反応を探知する能力です。」


「もちろん存じてますよ。」


「でも、過去の生命反応を辿ろうとしても何も見えませんでした。」


「過去ぉ?それはそうでしょう。能力にだって限界がありますからねぇ。」


「分かっています。でも、雪斗君を見つけるには僕の能力しかないんです。」


「うーん…。」


「小倉さんなら…能力の限界を超える方法、知ってるんじゃないんですか?」


橘の言葉を聞いた瞬間、小倉の口元がゆっくりと吊り上がる。


「あるにはあるけど…ねぇ…。」


「本当ですか!?」


「でも…能力者に試したことはないんだよねぇ…。」


「僕が…最初ってことですか?」


「ふふふ。どうする?僕はどちらでも構わないけど。 」


小倉の不気味な笑みは気になるが、橘はすぐに返事をした。


「構いません。可能性があるなら、試したいです。」


その返事を聞いた小倉は、くるりと橘に背を向け歩き出す。


「じゃあ、僕について来てください。…いいものをお見せします。」


「…分かりました。」


そして二人はエレベーターへ乗り込み、B15階のボタンを押した。


「十五階…?ここって…。」


B15階は特殊研究区画だ。研究員も小倉と一部のみしか入室ができない。

フロアへ着くと、小倉は廊下を進み研究室の奥へ小走りで向かう。

入室制限がかかっている為、指紋認証に暗証番号、さらには虹彩認証まで行ないやっと扉が開く。

中に入ると、そこは薄暗い研究室。人の気配がまったくない。

小倉はそのまま奥に進み、低温保管庫の扉の前へ立ち、また暗証番号を入力する。

ピーという電子音が鳴り扉が開くと、中からひんやりとした冷気が流れ出てくる。そして小倉は一本の小さなガラス製バイアルを取り出した。

淡い青色の液体が静かに揺れている。


「……それは?」


橘が尋ねると、小倉は楽しそうに笑った。


「能力増幅試薬ですよ。隊員の能力を引き上げるために作った試作品…。」


「能力を?」


「理論上は、能力の出力や感覚を大幅に高められます。」


「そんなものがあるなら、どうして今まで使われなかったんですか…?小倉さんならすぐに使ってくれって言いそうなのに…。」


「いやぁ、一応はね、篠崎さんからは使用許可をもらえたんですよ。でも、鷹宮隊長と五十嵐隊長に『危険すぎる』って大反対されちゃって。」


「隊長が…?」


「それ以来、お蔵入りです。」


「そんな話、初めて聞きました。」


「そりゃあ口外するなと言われましたからね。」


小倉は悪びれる様子もなく笑う。だが橘は少し不思議に感じたことがあった。


「小倉さんなら…あの二人に何か言われても、黙って使いそうなのに…。」


「よく分かりましたねぇ。一度、八雲くんに黙って使おうと思ったんですよ。でも鷹宮隊長と五十嵐隊長にバレましてね。本気で殺されるかと思いましたよ。」


「太一に!?」


自分の部下に手を出そうとした事を知り、小倉に怒りが湧く。だが小倉は終始落ち着いた様子で橘に話しかけた。


「まぁまぁ。あれから反省して誰にも使ってませんよ。」


「だからって…!」


小倉は手の中の試薬を見つめ、橘に問いかけた。


「それで…橘隊長はお使いになりますか?」


「!」


「お二人の隊長が全力で阻止し、口外を許さなかったこの薬を…。」


「……どれほど危険なんですか。」


「さぁ…僕にも分かりませんねぇ。人体への投与実験は一度も行われていませんから。」


淡々とした口調で、小倉は続ける。その様子を橘はただ、ジッと聞いていた。


「副作用がまったくないか…ほんの少し体調が悪くなるのか…。いいや、神経に深刻な障害が残る可能性もありえますねぇ。」


「…。」


「最悪の場合、亡くなるなんてことも…。」


橘の表情は変わらない。

小倉はそんな橘を見つめ、ゆっくりと口角を上げた。


「どうします?まだ引き返せますよ?」


怖くないといえば嘘になる。前例がない未知の薬だ。

しかし橘は、一歩も引かなかった。


「……お願いします。」


「ふふっ。そう来なくちゃ。」


嬉しそうに呟くと、小倉は速やかに注射器を手に取り、青白い薬液をゆっくりと吸い上げた。

橘は袖をめくり、静かに目を閉じる。

脳裏に浮かんだのは、雪斗の姿だった。

必ず助ける。そう、胸に刻んで。


「じゃあ、いきますよ。」


「…お願いします。」


その声に、一片の迷いもなかった。

小倉は注射器を構えると、細い針の先を橘へ刺した。



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