第24話 捜索班と防衛班
♢♢♢
都市部に降り立った戦闘部隊は、予想よりも早く制圧を終えていた。
建物の間に広がっていたのは、すでに沈黙した戦闘の痕跡だけ。
そして橘の通信が全隊員の耳に入る。
『感染者の生体反応、全て消失。』
確かに感染者の数は多かった。
だが、出てきたのは第二段階まで。
それ以上の“異常個体”はいない。
戦闘というより、処理に近いものだった。
小瀧は血の付いた刀を軽く振り、刃を払う。
「手応えねぇな……。」
否定はできない。周囲ではすでに後処理と確認作業が始まっている。
そんな中、鷹宮も後処理にまわっていた。
「で? 一ノ瀬のこと気にしてんだろ。」
五十嵐が鷹宮の肩に腕をまわし、ニヤニヤと話しかけてくる。
「後処理はこっちでやっとくからよ。お前はさっさと帰って、一ノ瀬に会ってやれよ。」
「いや、仕事が……。」
「いいからいいから。な!真壁もそう思うだろ?」
五十嵐が近くにいた真壁に話を振る。
「そうですね。本当は帰りたいくせに、素直に言えないんです、うちの隊長。」
「真壁…お前なぁ…。」
「まぁ、ここは五十嵐隊長のお言葉に甘えて先に帰っちゃいましょうよ。俺、雪斗くんに連絡入れますね。」
……と、思ったが雪斗の腕輪は壊れている。どうしたものかと少し悩み、真壁は耳に手をあて情報分析部へ連絡を入れた。
「こちら真壁。雪斗くんの腕輪、まだ直ってないよね?」
『現在、修理中です。直るのにあと二、三日はかかるかと。』
「んー……。じゃあさ、悪いんだけど雪斗くん今何してるか分かる?監視カメラとセンサーで調べられないかな?」
『了解。施設内データ検索中……』
数秒の間……誰も、まだ異常を疑っていなかった。
「まぁ施設内にはいるはずだし、居場所が分かったらそこに俺らが向かえば──」
真壁の言葉が途中で止まる。…情報分析部に遮られたからだ。
『……該当位置、検出できませんでした。』
「……え?いないってなに? んなわけないでしょ。ちゃんと捜して──」
『施設内のカメラおよびセンサーは正常に稼働しています。』
一気に真壁の表情から笑みが消え、焦りに変わる。
「ヘリが着陸してた辺りに監視カメラあるよね?見て!! 今すぐに!!!」
真壁の怒鳴り声に、鷹宮と五十嵐の動きが止まる。
温厚な真壁が声を荒らげることはまずない。
そして数分後、情報分析部の声が入る。
『…一ノ瀬雪斗と思われる人物を発見しました。』
「どこ!?雪斗くんは!」
『それは──。』
情報分析部からの連絡を受け、真壁は膝から崩れ落ちた。その様子を見て鷹宮と五十嵐が駆けつける。
「おい、真壁どうした!?」
「真壁……。一ノ瀬に何かあったのか?」
真壁は二人の顔を交互に見たあと、ゆっくり息を吸い込んでから伝えた。
「雪斗くんが…昨日の男と思われる人物に攫われました。」
真壁の言葉を聞いた瞬間、鷹宮の動きが止まった。
数秒、何も言えないまま立ち尽くす。
その横で五十嵐も同じように固まっていた。
「……俺の……せいだ。」
鷹宮の声は小さく、弱々しかった。
その声を聞いた五十嵐がハッと顔を上げる。
次の瞬間、耳に手を当て通信装置を起動する。
「全隊員に告ぐ。一ノ瀬がさらわれた。第二部隊と第三部隊はそのまま事後処理に回ってくれ。第零部隊、第一部隊、それと橘、宮下はヘリで本部に戻れ。ミーティングだ。」
通信が一斉に走る。指示は短く、迷いがない。
それが余計に事態の重さを際立たせていた。
通信を切ったあと、五十嵐は一歩踏み出す。
そして、動けないままの鷹宮の背中を──
思い切り叩いた。
「何してんだ!!」
乾いた音が響く。
「早く行くぞバカタレ!!ほら!真壁もだ!」
その目は怒っていたが、責めるためではない。
止まっている時間を動かすための怒りだった。
「「……了解。」」
♢♢♢
とある地下室で三人の男が会話をしていた。
「へぇー、あのセツくんがちゃんと持ってこれたなんて驚き!すごいね!」
それはあまりにも軽い声だった。
素直に褒めているのだろうが、なぜかそれが妙に癪に障る。
地下施設の奥にある牢屋。
雪斗はすでに“檻”の中に入れられていた。
薄暗い照明に金属音だけが静かに響く空間。
その中央で、雪斗は動かないまま横たわっている。
「この子が一ノ瀬雪斗くんかぁー。」
ナギが檻の隙間から覗き込む。
「普通の子にしか見えないけど…。」
そう言いながら、指先がゆっくりと伸びた。
だが、その手は途中で止められる。
「やめておいた方がいい。」
それは上司の声だった。
ナギは少しだけ不満そうに口を尖らせる。
「えー。触るのもダメなんですかー?」
「何があるか分からないからね。触る時は手袋はめてね。」
上司は檻の中の雪斗を静かに見下ろした。
「セツに渡した薬は少しキツくてね。しばらくはまだ、眠っているはずだよ。」
「えー。まだ起きないのかー。つまんないなー。」
「焦らなくても、この檻に入れていれば逃げられないよ。それよりセツ……よくやったね。」
静かな褒め言葉。
だがセツの表情は晴れない。
むしろ、その言葉が重くのしかかる。
「セツが頑張ったんだから……次はナギだよ。」
「それは分かってますけどー。で、俺は何したらいいんですかー?」
「ナギの能力を使って、彼を恐怖で支配してもらう。」
ナギは目をまん丸にして上司を見つめている。
「それはいいですけど…でもそれして何か意味ありますかー?」
まるで興味のないゲームの感想みたいだ。
「俺……男いじめても別に楽しくな──……」
そこでセツと一度目が合い、言葉が詰まってしまった。
「あ、セツくんは別だよー。凄い楽しー。」
だがセツはその言葉に反応しなかった。
ただ俯いたまま、そこに“存在していないもの”のように立っている。
「彼の能力に関わる大事な仕事だよ。ナギにしかできない。」
ナギの表情が少しだけ真面目になる。…ほんの少しだけ。
「彼の能力を強制的に発動させる。まぁ…下手したら死ぬか、怪物になるけど。その時はその時だからナギは気にしなくていいよ。」
「能力ぅ?ほっとけば、いつかは勝手に発動するものじゃないんですかー?」
「彼をそのままにしておくことは危険なんだよ。能力持ちなのは分かりきっているからね。発動してしまえば、戦闘部隊の奴らと手を組んでしまう。そうなるくらいなら……怪物か死ぬかの方がいい。」
「んー…。目的は分かりましたけど、能力を発動した後はどうするんですかー?そのまま殺しちゃうなら意味無くないですかー?」
「殺しちゃうのはもったいないよ。それよりも“もっといいもの”がある。……セツとナギみたいに、僕のものにするつもりだよ。家族は多い方が良いだろう?」
その一言が落ちた瞬間、ナギは軽く手を叩いた。
「じゃあ弟だ〜。」
呑気な声で納得したように見えるナギの横で、セツは何も言えず固まっていた。
「でもなんでこの子が能力もってるって知ってるんですかー?見たところ俺には分かりませんけどー。」
「さぁ……どうしてだろうね。」
それ以上は答えない。むしろ、答える気がないのだろう。その曖昧さが、逆に引っかかる。
ナギは特に気にした様子もなく肩をすくめた。
「ふーん。じゃあ起きたらやる感じでいいんですー?」
「そうだね。彼が起きたらナギは仕事を始めてくれるかい?」
そして、少しだけ視線を横にずらす。
「セツは……御手柄だったから、少し休んでもいいよ。じゃあ僕は用事があるから出かけるね。」
「え、見ていかないんですかー?」
「僕はいいよ。……まだね。」
その言葉だけを残し、扉の向こうへ消えていく。
残されたのはナギとセツと、眠ったままの雪斗。
静かすぎる地下の空気だけが、ゆっくりと満ちていた。
♢♢♢
B10階
先頭を歩く鷹宮に続き、第零部隊、第一部隊、そして橘朔夜と宮下琴音が中央会議室内へ足を踏み入れる。
施設へ戻る間、誰一人として口を開かなかった。
部屋の中央には長机が並び、その正面の大型モニターには、すでに島全域の地図が映し出されている。
モニターの前に立っていたのは、情報分析部責任者“藤堂亮介”だった。
七三に分けた焦げ茶色の髪を整え、眼鏡の位置を指先で静かに直す。
「皆さんお揃いですね。……では始めます。」
部屋の証明が落とされ、大型モニターだけが白く光り、室内を照らした。
「島内に設置されていた監視カメラ、およびドローン映像の解析が完了しました。まずはこちらをご覧ください。」
藤堂が手元のリモコンを操作し、映像が再生された。
画面に映ったのは、今朝ヘリがスタンバイしていた場所の近くの森。
全員が黙ってそのモニターを見ていた。
「少し早送りします。」
藤堂は、またリモコンを操作し映像を早送りしていく。すると森しか映っていなかった部分にある人物が現れた。
──雪斗だ。
「戦闘部隊が出発してから、彼は少しその場に留まっていました。その後は施設へ戻ろうと歩き出したようですが…。」
藤堂がそこまで言いかけると、歩いていた雪斗が立ち止まり後ろを振り返っている。
そして雪斗が再び前へ向き直した瞬間、どこから現れたのかフードを被った人物が現れたのだ。
その瞬間、会議室の空気が一気に張り詰めた。
「……こいつ。」
小瀧が低く呟く。それもそのはず、そいつは昨日逃がしてしまった男だからだ。
真壁は何も言わず、ただ真剣に映像を見ている。
映像に映る雪斗は抵抗も虚しく、そのまま気絶させられてしまった。
「ここからの位置では見えませんが…恐らく首筋辺りに薬を打たれたのかと。」
「薬!?」
藤堂の説明を聞き、早乙女が真っ青な顔のまま立ち上がる。
その様子を気にしていないのか、藤堂はそのまま映像をながしながら説明を続けた。
「そして…意識を失った彼を、この男が攫いました。」
雪斗を抱えた男は、歩いて逃げる訳でもなくそのまま雪斗ごと消えてしまった。まるで最初からそこにいなかったかのように。
「以上が、現場で確認できた最後の映像です。」
重苦しい空気だけが部屋を支配する。
藤堂は映像を止め、照明をつけた。
「この映像は皆さんが戻ってくるまでに何度も解析しました。直接現場にも向かい調べましたが…痕跡は確認されませんでした。」
「確認されなかっただと…?」
藤堂の言葉に、氷室は眉をひそめた。無意識なのかだんだん冷気が体から溢れ出している。
「映像を見る限り、一ノ瀬雪斗を連れ去ったことは事実です。つまり…対象の男は我々と同じ能力者である可能性が極めて高い。」
その件は鷹宮も昨日既に予想がついていたことだ。だからこそ、対策を取らなければならなかった。
机の下で拳を強く握りしめる。
「……鷹宮。で、お前どうすんの?」
五十嵐の言葉に、鷹宮はゆっくりと椅子から立ち上がり全員を見渡した。
「…何としても一ノ瀬を取り戻す。でも俺だけの力じゃ絶対に無理だ。だから頼む…。力を貸して欲しい。」
鷹宮はそう言うと、全員に頭を下げた。
会議室が静まり返る。
意外にも口を開いたのは小瀧だった。
「鷹宮隊長に言われなくても行きます。あの野郎を逃がした責任は俺にもありますし。」
「小瀧……。」
「それを言うなら俺も逃がしちゃったからね。責任は最後まで取らないとって事で、もちろん行きます。」
「真壁……。」
良い部下をもったこと、鷹宮は誇りに思っていることだろう。それはもちろん氷室も一緒だ。
「全員が行っては、討伐部隊が無人になってしまいます。なので捜索班を決めましょう。鷹宮隊長、よろしいですか ?」
「あぁ……。氷室、頼む。」
「では、捜索班は特務第零部隊全員。そして第一部隊の不知火。第二部隊の橘隊長と宮下隊員。」
名前を呼ばれたメンバーの顔が引き締まる。
「第一部隊五十嵐隊長、早乙女隊員、天宮隊員は緊急通報に備え、施設に残っていただきます。」
本来なら全員で雪斗の捜索を行いたい所だが、第零隔離区を無人にするわけにはいかない。
誰も氷室の意見に異論はなかった。
救出班と防衛班。
それぞれが、自らの役目を胸に刻んだ。
「でも、どうやって雪斗くんを捜すんですか?」
真壁の質問に、藤堂がモニターを見つめたまま答える。
「現状、敵の拠点を特定する情報はありません。監視映像、通信記録、周辺の監視データ。全て確認しましたが、彼らの行方は完全に不明です。」
その言葉に誰もが答えを出せなかった。
会議室が数分の間静かになる。
そして最初に口を開いたのは橘だった。
「……僕の能力で探し出すことが出来るかもしれません。」
橘の能力――“索敵”は、生命反応を感知するもの。
今この瞬間、近くにいる存在を探すことには長けている。
だが――。
「そんなこと出来るのか?」
鷹宮の問いに、橘は静かに首を横に振る。
「過去の反応を探ったことはありません。…ですが、雪斗くんが最後にいた場所を起点にして、どこまで追えるか…やる価値はあるかと思います。」
橘の言葉に鷹宮は少し考える。
正直確証のない捜索は時間がかかるだけだ。
実際、こうしている間にも雪斗が安全だという保証はない。
だが、鷹宮は橘の意見にのってみることにした。
「…橘に賭けてみよう。頼めるか?」
「はい。」
「よし…。藤堂は他に一ノ瀬が映っているカメラがないか調べてくれ。五十嵐たちは通常任務へ戻り、捜索班は一ノ瀬が最後にいた場所へ向かい、手がかりを探してくれ。……以上、解散。」
鷹宮の言葉で、全員が一斉に立ち上がった。
各々の役目を果たすために――。
「鷹宮。」
鷹宮も捜索班に続き地上へ行こうとしたその時、五十嵐に話しかけられた。
「一ノ瀬が戻ってきたら打ち上げすんぞ。いい酒用意しとく。」
「…経費でおとすなよ。」
そして鷹宮は会議室を後にし、雪斗の捜索へ向かった。
第25話は14日19時頃更新予定です。




