第22話 フードの男、再び
第23話は10日19時頃更新予定です。
(この声……!)
気配に気付いた男は、雪斗の上から一歩退く。
その直後、地面が爆ぜるような音が響いた。
砂煙が舞う。その中から現れた人物は第零部隊隊員 真壁隼人だった。
「真壁さん……!」
雪斗がかすれた声を上げた、その瞬間だった。
後方から砂を蹴る音が複数響く。
「雪斗くうううぅぅん!!」
泣き声混じりの叫びとともに、早乙女が駆け込んでくる。
その隣では、明らかに怒気を含んだ小瀧が無言で走っていた。
「梓さんに…小瀧さん。」
雪斗がゆっくりと体を起こそうとした、その時。
「大事!!?生きてる!!?」
早乙女が勢いのまま雪斗に飛びついた。
「ちょ、ちょっと……息が……!」
雪斗の抗議も聞かず、強く抱きしめる。
「ああぁ……生きてる!良かった……ほんとに……!」
「ぐ……ぐるし……。」
「おい。」
低い声がした瞬間、ゴンッと鈍い音が響いた。
「いったぁ!!」
早乙女の頭に、小瀧の拳が落ちたのだ。
「助けに来た相手を殺す気か、お前は。」
「女性に暴力ふるったぁ!」
小瀧はため息をつきながら早乙女を無視し、雪斗の方を見た。
「なんでここに……?」
「腕輪の警告音が赤色になったら、戦闘部隊全員に緊急要請が飛ぶんだよ。」
「腕輪?…そういえば赤だった気がする。」
雪斗はようやく状況の重さを理解するように息を呑んだ。
その間にも、真壁は視線をフードの男へ向けたまま笑顔を浮かべていた。
だが、その目はまったく笑っていない。
「うちの可愛い部下に何してくれちゃってるの?」
声は柔らかいのに、空気が一段重くなる。
その隣に、小瀧が静かに並んだ。
二人の気配が同時に変わる。戦闘態勢に入ったのだ。
しかし――
「俺は戦闘向けじゃねぇからな。今日はここまでにしておく。」
「逃がすか!!」
小滝が踏み込もうとした瞬間――。
男は軽く手を上げた。
「近々また来る。……一ノ瀬雪斗。」
そう言い残すと、男の姿はまるで最初からそこにいなかったかのように、砂煙の中へ溶けた。
「……っ!」
本当に、一瞬の出来事だった。
男の気配は完全に消えていた。
砂浜には、先ほどまでの戦闘が嘘のように静けさが戻っている。
雪斗もようやく呼吸を整え立ち上がる。そして先程飛ばされた鳥へ慌てて駆け寄った。
「おい!鳥!!」
砂の上にうずくまる小さな影。…かろうじて、まだ息はある。
そっと自分の手のひらに鳥を乗せ、必死に呼びかける。
「起きろ!鳥!!」
その様子を見て、早乙女が顔をしかめる。
「え、この鳥って八雲っちのとこの?」
「はい…。古川先生に頼んだらなんとかなりますか!?」
「鳥を!?専門外じゃないの!?」
「そんな…。鳥!死ぬな!焼き鳥にして食うぞ……!」
早乙女の言葉は雪斗に届いておらず、その間にも鳥は弱々しく呼吸を繰り返していた。
(だめか……?)
その時だった。
「私は専門内だよ。」
全員の視線が、鳥から離れ声の主を見る。
そこに立っていたのは琴音だった。
雪斗の手のひらで、浅い呼吸を繰り返している鳥の状態を確認する。
「大丈夫。まだ間に合うよ。」
その一言に、空気が少しだけ緩んだ。
「琴音さん……」
「雪斗くん。そのままジッとしてて。」
そう言って、琴音はそっと鳥に手をかざす。
空気がわずかに揺れる。
目に見えない何かが、鳥の周囲にゆっくりと流れ込んでいくようだった。
小さな個体だからか、琴音自身も大きな負担はなく、治療も比較的早く済んだ。
やがて――。
「……ピィッ!!」
鳥が勢いよく羽ばたいた。
雪斗の手のひらを蹴り、空へ舞い上がる。
「……!よかった……。」
雪斗はホッと胸をなで下ろした。
そのまま鳥は、まるで礼を言うように雪斗の周りをぐるりと一周して飛ぶ。
「礼でも言ってんのか?」
「ピィ!!」
「ははっ……。礼を言うのは俺の方だ。……ありがとな。」
その言葉と同時に、鳥はもう一度高く鳴き、森の方へと飛び去っていった。
♢♢♢
その後――。
別任務から戻ってきた鷹宮は、B10階会議室で今日の出来事を聞いていた。雪斗一人じゃ怖いよなと、真壁も一緒に来てくれたが…普通に怖い。そして話を聞き終えた鷹宮は険しい表情で雪斗を見ている。
「一ノ瀬……お前何やってんだ。」
張り詰めた空気の中、鷹宮がいつもより低い声で問い詰める。
雪斗は思わず背筋を正し、拳を握る。
「攻撃を得意とする部隊が近くにいて、すぐ駆けつけられたから良かったものの……下手すれば暴走して怪物化、もしくはそのまま攫われていた可能性がある。お前……それ分かってんのか?」
雪斗は小さくうなずくしかできなかった。
だが、鷹宮は止まらない。
「腕輪には緊急連絡機能もついている。危なくなったらそれを使って応援を呼べるだろ。……警告音を鳴らすなんて論外だ。」
「はい……。」
「今後は外出禁止。施設内にいろ。」
その一言が、やけに重く響いた。
(怖すぎる……。)
怒鳴られているわけではない。
それでも、今までで一番“本気”なのが分かった。
目に涙がにじむ。
「……はい……。」
「分かったならもういい。下がれ。」
雪斗は震える足を抑えながら、ゆっくりと会議室を出ていく。
(もう…家に帰れないのか…?)
雪斗の小さくなった背中を見送った後、会議室に重い空気が残る中で真壁が小さく息を吐いた。
「隊長……言い過ぎですよ。」
その言葉に、鷹宮は振り返らないまま答える。
「事実だ。」
「島の外出許可を出したのは隊長でしょう?それに、まさかこの島に侵入者が来るなんて、普通は想定できませんよ。」
「……それでもだ。一歩間違えれば、あいつは死んでいた。」
「まったく……第零部隊の人たちはほんと素直じゃないんだから……。」
軽く笑いながらも、その視線はどこか柔らかい。
「雪斗くんはまだ高校生ってこと、忘れないでくださいよ。怖すぎです。」
「……高校生の前に訓練生だ。」
やれやれ、と真壁はわざとらしく首を横に振り雪斗の後を追った。
♢♢♢
日本のとある場所にある薄暗い地下室。
そこにフードを被った男が、ある男を前に膝をついていた。
「敵の陣地へ踏み込んで連れてこいなんて……言ったかな?」
「申し訳ありません……観察していくうちに、早くあなたに渡したくて……」
「言い訳はいらないんだよね。」
どうやらフードの男が怒られているようだ。
怯えているのか、冷や汗をかいている。
「そういうの、嫌いだからさ。」
一瞬、空気が止まった。
「申し訳……ありません。」
フードの男の声はわずかに震えていた。
「軽率な行動も、バカな奴も嫌い。……どういう意味が分かる?」
「も、申し訳……」
「お前のこと嫌いになるよってこと。いいの?」
フードの男は何度も頭を下げる。
「申し訳ありません……申し訳ありません……」
その様子を見て、ようやく声の主は小さく笑った。
「はは。冗談だよ。でも……次は無いからね。」
「感謝いたします……。」
「じゃあ下がっていいよ。お疲れ。」
フードの男は震える息を抑えながら、その場を離れた。
部屋の外へ出たフードの男は、ようやく呼吸を整える。
そのとき、少し離れた場所から嫌いな奴の声が聞こえてきた。
「随分怒られてたねー。」
「……お前か。」
配管の上に腰を下ろしたまま、突如現れた男はゆっくりと視線だけを向けた。
長い髪は綺麗な白銀で目はフードの男と同じ赤色。ロングコートに身を包んでいる。柔らかい雰囲気だけを切り取れば、“敵”という印象は薄い。
だが、口を開いた瞬間にそれは間違っているのだと分かる。
「セツくんの能力なんて取り柄ないのにさー。あの人の指示無視したんでしょー?だめだめだねー。」
軽い調子。 優しさに似た声色。
しかし、その中身は明らかに歪んでいた。
「……俺はお前のクソみたいな能力じゃなくて良かったと思っている。」
そう言われても、男は気にした様子もなく笑う。
「えー?そう?俺は結構気に入ってるよ?……ほら。」
男はゆっくりと手を前に出した。
その指先が、空間をなぞるように動く。
「……っ」
次の瞬間、セツの身体が反射的に強張る。
「……っ、が……っ!」
息が詰まる。
視界が一瞬白く飛び、足元の感覚が消える。
頭の中に“穴”が開いたような感覚だ。
自分の存在の一部が“拒否された”ような違和感。
「……ぁ、ぐっ……!悪趣味が……!!」
セツが膝をつく。指先が震え、呼吸が乱れる。
それを見て、長髪の男は小さく笑った。
「ははは。良い反応。」
まるで新しい玩具を試すような声だった。
「どう?恐怖心を植え付けられた感覚は。怖い?それとも苦しい?」
そう言いながらもう一度手を軽く動かす。
セツの身体が、さらに深く沈む。
「っ……やめ……ろ……!」
絞り出すような声。
それでも長髪の男は、楽しそうに目を細めたまま。
「えー。ここでやめたらもったいないじゃん。」
「……っ、は……くそが……!」
セツの喉から、かすれた呼吸だけが漏れていた。
声を出そうとしても、うまく言葉にならない。
視界が揺れる。 自分の身体の“輪郭”が、まだ完全に戻っていない。
「ほらほら、いい感じじゃない?」
長髪の男は、先程まで座っていた配管からいつのまにか移動していた。楽しそうにセツの顔を覗き込んでいる。
「ねぇねぇ。早く感想言ってよー。ちゃんと効いてるー?俺じゃ分かんないからさー。」
セツの唇がわずかに動くが、声にならない。
その時だった。
「……なにしてるの?」
低い声。
空気が一段階だけ変わる。
長髪の男は一瞬だけ視線を上げた。
先程、フードの男を叱っていた上司の男だった。
「あー……クソみたいな能力って言われたから、そんなことないよーって証明してるとこです。」
上司の男は静かにセツを一瞥する。
「……それで?ナギは満足したの?」
長髪の男ーナギは少し考えるように首を傾げる。
「うーん……感想を言ってくれれば満足なんですけどねー。でもまぁ、面白い反応は見れたから良いかなぁー。」
「はぁ……。じゃあ解除してあげて。」
ナギは一瞬だけ不満そうな顔をするが、すぐ笑顔を作る。
「はーい。わかりましたよー。」
指先が軽く動いた。
途端に、セツの身体にかかっていた“恐怖の支配”がすっと抜ける。
「っ……はぁっ……!!」
崩れるように息を吸い込む。冷や汗が止まらない。
ナギはそんなセツの姿を見て、満足そうに目を細めた。
「じゃあ俺はご飯でも食べに行こっかな。セツくん、またねー。」
ナギは先程の事など無かったかのように、セツへ軽く手を振り、そのまま廊下の奥へ消えていった。
足音だけが遠ざかり、やがて完全に静寂が落ちる。
セツと上司のみの空間は少しだけ重くなる。
上司の男は、まるで何も変わらないような優しい笑みを浮かべていた。
「ナギには困ったものだね。」
その声は穏やかで、まるで世間話のようだった。
「でもさぁ…ナギの能力にここまでやられてちゃ、本当に後がないよ?」
「も、申し訳ありません……。」
「ナギの能力で嫌なこと思い出した?でも不思議だなぁ。…僕は君から“全てを奪った”のに、今更何を恐れるの?」
セツの表情が凍りついた。
血の気が引いていく。
理解より先に、恐怖だけが来る。
もうナギの能力は解けたはずなのに……。
「申し訳……」
セツが言葉を絞り出そうとした瞬間、それは遮られた。
「僕ね、弱いやつも嫌いだからさ……ちゃんと覚えておいてよ。」
それだけ言うと、男はセツから背を向け、静かにこの場を歩き去る。
残されたセツは、しばらく動けなかった。
やがて、ゆっくりと視線を落とす。
「一ノ瀬雪斗を……何としてでも連れてこなければ…。」




