第21話 フードの男と接近
翌日。
雪斗は久しぶりにB18 特殊患者管理区画を訪れていた。
そして、ある病室の前で立ち止まった。
「ここだよな。」
病室の扉を軽くノックすると、だるそうな声が中から聞こえてくる。
「誰ー?」
「あ、失礼します。」
扉を開けると、目の前には頭に包帯を巻かれていた不知火がいた。
「え?雪斗?」
「あ…お疲れ様です。」
(あれ、もしかしてこの人めちゃめちゃ元気…?)
何故そんな事を思ったのかというと、不知火はベッドの上で勢いよく昼食を頬張っていたからだ。
よく見ると米がこんもり盛り上がっている。
あまりにも元気な姿に雪斗は思わず立ち尽くしてしまった。
そんな雪斗を見た不知火は、持っていた箸を机に置くと、ぱあぁっと表情を明るくした。
「もしかして、お見舞い…?」
「一応…でも意外と元気そうですね。」
「元気元気!俺さ、能力使いすぎたら脱水起こすんだよな。それで気絶しただけ!」
「……だけ?え、頭の包帯は?」
「あぁ、感染者に吹き飛ばされた時にちょっとな。」
何が面白いのか、大口を開いて笑っている。
琴音に緊急処置をさせると言っていた橘の言葉が頭から離れず、心配で来てみたものの目の前の人物はケロッとしている。
「今日中には退院できそうだ!わざわざありがとな。」
(まぁ……元気が一番か……。)
「良かったです。無事で。」
「心配かけちまったな。今度飯奢るな!」
「それ……経費でしょ?」
「雪斗は細かいことに気付くな!」
二人でたわいも無い話をしていると、病室の扉が開き古川が入ってきた。
雪斗を見て少し驚いている様子だ。
「おや……。一ノ瀬くん。不知火くんとも仲良くなったのですか?」
「仲良くというか……まぁ……そんな所です。」
「これはこれは驚きました。君は誰とでも仲良くなれる才能がありますね。」
(天宮って奴とは一生無理だけどな。)
「不知火くんも良かったですね。やっとお友達が出来たみたいで。」
「はぁ!? 俺にだって友達の一人や二人いるっての!……待っとけ、いま思い出してる。」
「ははは。その元気があるならもう問題ないですね。」
不知火の言葉を軽く受け流しながら、視線を雪斗へ向けた。
「一ノ瀬くんは?なにか体調に変化はあるかい?」
「え、俺?大丈夫ですけど。」
それは本当だ。実際、戦闘の疲れはもう抜けている。
ただ、古川はそう思っていない様子だった。
「“大丈夫”って言えることは大事だけど、それだけじゃ任務は続かないよ。」
「……?」
「誰かに頼ることも、立派な任務の一部だからね。」
「任務?」
「えぇ。部隊や所属は違ってもみんな仲間です。一ノ瀬くんも困ったら遠慮せず頼りなさい。もちろん、私にもね。」
ウィーン――
古川の言葉に返事をしようとした時、病室の扉が再び開いた。
今度は先ほどとは違う、やや冷たい空気をまとった人物が立っている。
「氷室副所長……?」
思わぬ人物に雪斗は少し驚いてしまう。
そんな雪斗に構うことなく氷室は病室へ入って来た。
「一ノ瀬、いたんだな。」
「あ、はい。氷室副所長もお見舞いですか?」
その言葉に氷室の眉がわずかに動いた。
そのあとため息が落ちる。
「残念ながら、このアホ面を拝みに来るほど暇ではない。」
「あぁ!?なんだとテメェ!!」
不知火がベッドから身を乗り出す。
「俺のどこがアホ面だコラ!!」
「全部だ。」
「表出ろ表!!!」
一気に室内の空気が騒がしくなる。
何故こんなにも険悪なのか……二人の会話に割って入ることが出来ず、戸惑ってしまう。
その様子を見ていた古川が、静かにため息をついた。
「一ノ瀬くんは知らないようだけど、あの二人は口を開けば揉めてしまうんだよ。水と油ってところかな。」
「先に言ってくださいよ……。」
「ははは。さて……氷室くんは私に用があるんでしょう。移動しましょうか。」
古川の掛け声で、先程まで言い争っていた二人が静かになる。そのまま古川の後を氷室がついて行く。
部屋を出て少し歩くと、古川は前を向いたままさらりと氷室へ言葉を投げてきた。
「氷室くん。“私に用がある”というのは、嘘でしょう?」
その一言に、氷室の足がわずかに止まった。
「不知火くんは、脱水症状と額の軽い裂傷です。今日の午後には退院できますよ。」
「…あいつの状態など聞いていないが。」
「おやおや……これは私の独り言ですよ。」
その言葉に氷室はわずかに目を細め、それからふっと力を抜いた。
「やはり……古川先生には敵わないな。今度コーヒーでもご馳走しよう。」
そう言い残し、氷室は廊下の奥へと消えていった。
古川は小さくなっていく氷室の背中を見つめる。
「さて。」
氷室が見えなくなると、その場で振り返り不知火の病室へ足を向けた。
「経費で奢るつもりでしょうかねぇ。」
そして軽く笑いながら病室へ戻っていった。
♢♢♢
あれから一週間が経っていた。
雪斗は少しずつ訓練にも慣れ、以前のような暴走も起きていない。
「一ノ瀬は筋がいいな。その調子だ。」
氷室の何気ない一言に、雪斗は思わず表情を緩めた。
その小さな高揚感が、逆に自分でも少し恥ずかしい。
午前の訓練を終え、午後からは休み。
鷹宮隊長から外出許可をもらい、雪斗は再び島の外へ出ていた。
「やっぱ、自然が一番だなー…。」
潮風が頬を撫でる。
雪斗は気に入っている場所へ向かい、海の見える岩場に腰を下ろした。
静かな時間。波の音だけが耳に届く。
(こういう時間がずっと続けばいいのに……)
その時だった。
――視線。
背筋に嫌な感覚が走り、思い切り振り返った。
「……誰もいない?」
木々と岩、揺れる草。人の気配はない。
(気のせいか……)
そして再び海へ視線を戻そうとした瞬間。
――目の前にいたのだ。
「……っ!」
息が止まる。
いつの間にか、人が立っていた。
黒いフードを深く被り、顔はほとんど見えない。
距離は、わずか数歩。
「一ノ瀬 雪斗だな。」
低く、静かな声だった。
声質的に男だろう。
雪斗は反射的に後ずさりをするが、背中の岩が邪魔でこれ以上後ろへ行けない。
「だ……誰だよ。」
問いかけても、すぐには返事がない。
ただ、風だけが一瞬止まったように感じられた。
やがて男はゆっくりと口を開く。
「あの人がお前をご要望だ。」
その一言に、雪斗の胸が冷える。
(あの人って…?)
フードの奥で、わずかに赤い光が揺れた気がした。
男は一歩、踏み出す。
砂の沈む音が、やけに重く響く。
あまりの恐怖に体が動かない。
男は雪斗の怯えた様子を見て、静かに答える。
「別に殺しに来た訳じゃない。」
「じゃあ……なんの用だよ……。」
「回収だ。」
(回収……!?)
そう言うと、男の手が雪斗の手首を掴んだ。
「……っ!」
その瞬間、空気が変わった。
ビリ、と電流のような感覚が走る。
(……何だ、これ)
雪斗の視界が一瞬だけ揺れた。
海の音が遠のき、代わりに――
知らない風景が流れ込んできた。
断片的な記憶のようなものが、頭の奥に流れ込んでくる。
「――っ、」
(今の……何だ……?)
戸惑っている雪斗とは別に、男の指先がわずかに震える。
「何をした…。」
低い声に、先ほどまでの余裕はない。
フードの奥の気配が、明らかに変わった。
掴んでいた手が、弾かれるように離された。
一歩、男が距離を取る。
「お前……はっ。そうかよ。」
そこまで言って、男は言葉を切る。
まるで“触れてはいけないもの”に触れたかのように。
「これがお前の能力か。」
(は?俺の能力……?)
「発動していないと聞いていたが…まぁそんなことはどうでもいいか。」
ブツブツと独り言のように続く声に、雪斗は背筋が冷える。
(今だ……!)
雪斗は一瞬の隙を見て駆け出した。
砂を蹴る音。心臓が跳ね上がっているのが分かる。
(早く施設の中へ……!)
だが次の瞬間、雪斗の視界が裏返った。
「っ――!」
体が地面に叩きつけられたのだ。
そのまま男は雪斗の腹部目掛け、足を踏みつける。
重い衝撃が走り、息が一気に詰まる。
「がっ……!」
男は苦しんでいる雪斗の上に視線を落とし、淡々と言った。
「動くなよ。また能力を使われると面倒だからな。」
雪斗は必死に息を整えながら叫ぶ。
「能力なんて、使ってない!…退け!!」
その言葉に、男の動きが一瞬だけ止まる。
そして――ゆっくりと口元が歪んだ。
「無覚がないのか?…面白いな。」
「何も面白くねぇよ!!」
雪斗は必死に男の足を押しのけようとした。
だが――びくともしない。
「くそっ……!」
体が動かない。
男は小さく息を吐きながら、独り言のように呟いた。
「気絶させて持って帰った方が楽か……。」
「なっ……!?」
(やばい!!)
心拍が一気に跳ね上がった。
ドクン、ドクン、と耳の奥で音が響く。
その瞬間――。
ピッ、ピッ、ピッ!!
ピ――!!!
雪斗の腕輪がけたたましい警告音を鳴らした。
画面が赤く点滅する。
「……っ!」
あまりにも大きい警告音に、男は顔をしかめる。
「面倒だな……。」
雪斗の腕輪へと手を伸ばす。
――壊すつもりだ。
「っ、やめろ!!」
そのときだった。
バサッ!
鋭い羽音とともに、鳥が男の顔へ飛びかかった。
「……チッ。んだよこの鳥……。」
「お前っ……!八雲んとこの……!」
「……失せろ。」
次の瞬間、男は鳥を思い切り地面へ叩きつけた。
「ピィ……」
「……っ!」
雪斗の呼吸が一気に乱れる。
(こいつ……!)
男は何事もなかったように腕輪へ視線を戻した。
次の瞬間、男の手が伸びる。
「っ、やめろ!!」
雪斗は反射的に腕を引いたが遅かった。
ブチッ
鈍い音とともに、雪斗の腕から腕輪が引きちぎられる。
「………っ返せ!!」
雪斗の叫びに、男は一切表情を変えない。
そのまま腕輪を軽く放り投げると、胸ポケットからナイフを取り出した。
ヒュッ――。
空を裂く音。
ナイフは正確に腕輪へと突き刺さり、そのまま木の幹へと固定された。
ピピッ……ピ……
点滅していた液晶は、数秒後に完全に沈黙した。
「……これで追跡はできないな。お前もああなりたくないなら、大人しく来い。」
その瞬間、雪斗の中で、何かが“跳ねた”。
心拍が急激に上がり視界が一瞬歪む。
(……まただ……!)
あの、暴走しかけた時と同じ感覚。
空気が重くなる。
だがその時、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「第一解放……。」
第22話は9日19時頃更新予定です。




