第19話 初めましての隊員
ドンッ――!!
一瞬で間合いを詰める。
「ガアアアァァ!!」
感染者は再度心臓を硬化し、真壁の攻撃を耐えようとする。
だが、感染者の硬化より真壁の拳の方が上手だったのだ。
バキィッ!!
拳が胸部へめり込み肋骨が砕ける鈍い音がした。
そのまま拳は勢いを失うことなく、胸を貫きその奥にある心臓を撃ち抜いた。
「ガ……ァ……。」
感染者の瞳からゆっくりと光が消える。
ゆっくりと身体が崩れ落ち、地面へ倒れ伏した。
(隊長が苦戦した硬化を…拳で…。)
その直後、通信機から声がした。
『こちら橘。各部隊へ報告します。』
『感染者の生命反応、すべて消失。周辺地域の安全を確認しました。』
『住民の避難は全員完了。第二部隊は負傷者の救護へ移行します。』
『第三部隊は討伐済み感染者の回収を開始してください。』
「ふぅ…。終わりましたね、鷹宮隊長。」
「あぁ…。それより真壁、腕見せろ。」
「え?あー…はい…。」
真壁は苦笑しながら右腕を差し出す。
ピクッ……
ピクピクッ……
腕は小刻みに痙攣していた。
血管はまだ浮き出たままで、指先にも思うように力が入っていない。
「ははは。第一解放と違って戻りにくいんですよね。」
「笑い事じゃねぇだろ。すぐ医務室へ行け。」
「はーい。」
「それと一ノ瀬。」
「……。」
「一ノ瀬!」
「あ……。」
ようやく雪斗は我に返った。
目の前で繰り広げられた戦いは凄まじかった。
それに比べて守られてばかりの自分。
心拍を抑えるのに必死で、誰のことも援護出来なかった。
それらが頭の中を何度も巡り、言葉が何も出てこない。
「大丈夫か?」
「……はい。」
そう答えたものの、その声にはまだ震えが残っていた。
「……外での戦闘にビビったか?」
「それもありますけど…何も出来なかったなって…。」
「……。」
「守られてばかりで……。隊長の援護もできなかった。それどころか自分の心拍を抑えるのに必死で…。」
二人の間に少し沈黙が流れた。
「……俺がお前に、助けてくれと頼んだか?」
「え……。」
「俺が命じたのは一つだけだ。“応援が来るまで耐えろ。”」
「……。」
「真壁が来るまでお前は耐えただろう?それで十分だ。」
「隊長……。」
「それに、今のお前に求めているのは討伐じゃねぇ。生きて帰ることだからな。」
「はい…。」
「それにな、助けられることは恥ずかしいことじゃない。実際、俺一人じゃあいつは倒せなかった。」
鷹宮は自身の拳を握りしめ、ゆっくりと話し出した。
「見てわかる通り、俺の能力は重力をある程度操れることだ。でも、それだけじゃ相手を倒せない。だから武器も使って戦ってる。」
(それは…見てて何となく分かったけど。)
「重圧で動きを封じても今回みたいに相手の急所が硬化してたんじゃ、俺は討伐できない。今回は真壁のおかげで助かったんだ。」
「……。」
「一ノ瀬も、もっと周りを頼れ。みんな快く助けてくれるからな。」
「……はい。」
「よし。じゃあ俺は第三部隊の手伝いに行く。一ノ瀬も真壁と一緒に医務室へ行け。」
「はーい。行こ、雪斗くん。」
「あ、はい…。」
こうして雪斗の戦いは終わった。現場には後処理に呼ばれた隊員や医療班が残っている。
雪斗は真壁の後ろをついていっていた。
その様子を、崩れたビルの屋上から一人の影が見下ろしている。
深く被った黒いフード。
その顔は影に隠れ、表情は見えない。
だが、フードの奥から覗く赤い瞳だけが、じっと雪斗を追っていることだけは分かった。
「あいつが…。」
その口元がゆっくりと動く。
「…唯一の成功例か。」
その一言だけ残し、その姿は闇へ消えていった。
♢♢♢
翌日――。
昨日の大規模討伐任務の影響で、戦闘部隊には珍しく一日の休暇が与えられた。
負傷者の治療や装備の整備もあるため、今日は訓練も任務もない。
もちろん雪斗も休みだ。
……とはいえ。
「外出許可は出せねぇ。」
「…。」
もしかしたら外出できるかもと、淡い期待を胸に鷹宮へ交渉しに来たが、あっけなく散ってしまった。
まだ正式な隊員ではなく、訓練生である雪斗に施設外への外出許可は下りない。
なにより心拍が上がれば暴走の可能性がある。
可哀想ではあるが、首を縦に振ることは出来なかった。
だが、あまりにも分かりやすく落ち込む姿に同情した鷹宮は、小さくため息をつき別の案を提案した。
「……この島の中なら構わん。」
「えっ!」
「何かあればすぐに駆けつけられるし、お前もいい気分転換になるだろう。」
「は、はい!」
「受付で許可を取ってから出ろよ。日没までには戻るように。」
「わかりました!ありがとうございます!」
大きな声で返事をすると、雪斗は嬉しそうに部屋を飛び出していった。
その後ろ姿を見送りながら鷹宮は少しだけ笑った。
「ふっ…。現金な奴だ。」
◇◇◇
一階受付で外出許可の手続きを済ませ、雪斗は早足で施設の外へ出る。
自動扉が開いた瞬間、柔らかな潮風が頬を撫でた。
「眩しっ……。」
見上げれば、雲ひとつない青空がどこまでも広がっている。
穏やかな景色を眺めながら、雪斗は島の中をゆっくり歩く。
潮の香りに木々を揺らす風の音。
遠くで響く波の音まで。
久しぶりに感じる"外"の空気に、自然と肩の力が抜けていく。
やがて砂浜へ辿り着くと、雪斗は大きな岩にもたれかかり、静かに海を眺めた。
寄せては返す波に、どこまでも続く水平線。
「……平和だな。」
(そういえば、不知火副隊長はあのあと大丈夫だったのか?)
お見舞いに行くべきかどうか…そんなことを考えながら景色をぼんやり眺めていると――
「あれ、雪斗くん?」
聞き覚えのある穏やかな声に、雪斗は振り返る。
「あ、橘隊長…。」
橘はいつものように柔らかな笑みを浮かべながら雪斗に近づいてきた。
「隣、いいかな?」
「は、はい。」
橘は雪斗の隣へ腰を下ろし、優しい表情を浮かべながら静かな海を見つめだした。
「昨日はお疲れ様。怪我は?大丈夫?」
「俺はかすり傷ですけど…橘隊長は?」
「え?」
「あの時、しんどそうでしたよね?やっぱり能力が関係して…?」
橘は困ったような表情を見せ、自身の目元に手を添えた。
「僕の能力は【索敵】でね。広範囲の生命反応を感知して、味方や避難している住民、感染者の位置を把握できるんだ。」
(そういえば鷹宮隊長が聞いてたな。無線でも敵の情報伝えてたし。)
「昨日は敵も住民も多くてね。いつもより頑張っちゃって……。」
「代償…ですか?」
「うん。能力を使えば使うほど、視界がぼやけちゃうんだ。広い範囲を索敵すればするほど症状は強くなってね…。昨日みたいな大規模な戦闘だと、終わる頃には目の前にいる人の顔もぼやけて見えないんだ。」
雪斗は昨日、橘が何度も目を擦っていたことを思い出した。
(あれは疲れてたんじゃなくて……。)
「だから鷹宮隊長が『無理はするな』って言ってたんですね。」
「うん。でも、誰かが敵の位置を把握しないと前線組は安心して戦えないからね。」
「でもそれ…琴音さんのこと言えなくないですか…?」
「はっはっは。確かにね。僕って説得力ないなぁ…。」
そこから二人は一緒に海を眺めた。特に何か話すことはなかったが、居心地は悪くなかった。
(B2階にある人工庭園のラウンジも悪くないけど、やっぱり自然が一番良いな…。)
「そういえば雪斗くんは何で外に?」
「本当は外出許可をもらって家族に顔を見せたかったんですけど…まぁ、ダメで…でも、鷹宮隊長が島の中ならいいぞって許可を出してくれたんです。別に島を散策するつもりはなかったんですけど、意外と気持ち良いもんだなーって。」
「なるほど。鷹宮隊長なりの優しさだね。」
「そういう橘隊長は何で…?」
「あぁ…僕は部下を探しにね。」
「部下?」
(第二部隊の人だよな?琴音さんしか知らないけど…。)
「少しでも時間が出来たら外に出ちゃう子でね。悪いけど、もし見かけたら僕の部屋へ来るよう伝えてもらえる?」
「それはいいですけど…どんな人ですか?」
「ここに住んでる野生動物たちを引き連れてる子。たぶん、すぐ分かるよ。」
「は?」
ふざけているのかと思ったが、橘は至って真面目な顔をしている。
「じゃあ、お願いね。僕はまだ視界がぼやけてるから先に部屋へ戻るよ。」
そう言い残し、橘は施設の方へ歩いていく。
先程言われたことを思い出し、雪斗は少し笑ってしまう。
(野生動物連れてるって…メルヘンすぎるだろ。)
見かけたら…とのことだったので、自分から探す気はなく、橘がいなくなった後もそのままぼんやりと海を眺め続けていた。
カサッ……
あれから三十分ほどたっただろうか。
背後の茂みから、小さな物音が聞こえる。
「?」
雪斗が振り向くと、一人の青年がゆっくりと姿を現した。
濃い青色の髪。
長い前髪の隙間から覗く、どこか眠たそうな瞳。
その両肩には三羽の小鳥がとまり、足元では二匹のリスが青年の後をちょこちょこと付いて歩いていた。
「…………。」
「…………。」
思わず見つめ合う二人。
雪斗の視線は青年ではなく、その周りの動物たちへ釘付けになっていた。
(え…。本当にいたんだけど…。)
青年がゆっくりと後ろへ下がろうとした為、雪斗は慌てて止めに入る。
「あ、待って!」
「っ!」
青年は肩をビクッと震わせる。
肩に止まっていた小鳥も一斉に飛び立ってしまった。
「あ……。」
(しまった。声でかかったか?)
そう思った時にはもう遅い。
青年はくるりと背を向け、そのまま森の方へ走り出していた。
「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」
雪斗も慌てて立ち上がり後を追う。
だが、追いかけようとした瞬間――。
バサバサッ!
「うわっ!」
三羽の鳥が一斉に目の前へ飛び出してきた。
「ちょっ!」
まるで青年を守るように雪斗の周りを飛び回る。
さらに足元ではリスまで現れ、行く手を横切っている。
(俺の邪魔をしてるのか!?)
雪斗は傷だらけになりながらも、必死に鳥たちを避けて走り続けた。
「はぁ……はぁ……。」
ようやく鳥たちを振り切ると、木陰で立ち止まっている青年の姿が見えた。
どうやら息切れしているようだ。
逃がすものかと距離を詰め、青年の肩へ手を置きゆっくりとこちらに振り向かせた。
「っ……。」
「えっ…!?」
その表情を見た瞬間、雪斗は固まった。
青年は今にも泣き出しそうな、怯えたような瞳をしていたからだ。
(……やばい。めちゃくちゃ怖がらせてる…?)
途端に胸の奥へ罪悪感が押し寄せる。
青年は何も言わないかわりに、小さく肩を震わせながら雪斗を見つめていた。
(この人が橘隊長の言ってた部下で間違いないよな…。ってことは能力者だよな?)
雪斗が考え込んでいると、沈黙に耐えられなくなったのか、青年が小さく口を開いた。
「……ご、ごめんなさい。」
「えっ?」
思わず聞き返す。
「ごめんなさい……。」
「いや、なんで謝んだよ…。」
「怒ってたから…何か気に障ることしたのかなって…。」
「違う違う。橘隊長に伝言を頼まれたんだよ。野生動物連れたヤツがいたら、橘隊長の部屋に来てくれって。」
青年は潤んだ瞳を少しだけ丸くした。
「……それだけ?」
「それだけ。」
その言葉を聞いた青年は、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「早とちりしちゃった。ごめんなさい…。」
「いや…俺もいきなり追いかけたし…悪かったよ。えっと…俺は第零部隊訓練生の一ノ瀬雪斗。あんたは?」
「あぁ…噂の訓練生は君だったんだ。僕は第二部隊隊員 “八雲 太一”です。」
「おぅ。よろし――…」
「チチチチッ!」
「キィーッ!」
「うわっ!!お前らまだいたのかよ!!」
先程の小鳥は羽を広げ威嚇し、足元のリスたちは雪斗の足を蹴っている。
「あぁ…ごめんなさい。だめだよ。みんな…落ち着いて。」
「飼い主に従順だな。」
「飼い主じゃないです。餌をあげてたら懐かれてしまって…」
(おとぎ話すぎないか…。)
「じゃあ僕は橘隊長の所へ向かいます。ありがとうございました。」
「あぁ、じゃあ。」
八雲の姿が木々の奥へ消えていく。
(また砂浜に戻るのもなぁ……。)
せっかく外へ出られたのだ。
もう少し島の中を歩いてみよう。
そう思い、当てもなく進んでみた。
潮風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが静かに響く。
(めちゃくちゃタメ口で話しちゃったけど、あの人先輩だよな…。バレたらまた鷹宮隊長に怒られる…。)
その時、不意に背中へ何かが刺さるような感覚が走る。
誰かに見られている…そんな気がした。
雪斗は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「?」
誰もいない。
木々が風に揺れているだけだった。
(気のせいか……。)
そう呟き、再び歩き出す。
その姿が見えなくなるのを待つように、一人の影が木の陰から静かに姿を現した。
深く被った黒いフード。
その奥から覗く赤い瞳は、雪斗の背中だけを見つめている。
「…………。」
ただ静かに観察していた。
やがてフードの人物は踵を返し、森の奥へと消えていった。
その人物に気付くこともなく、雪斗は島をあてもなく歩き続けた。
やがて大きな木の下へ辿り着く。
木漏れ日が差し込み、潮風が心地よく吹き抜けていた。
「ここで休むか…。」
木にもたれ、そのまま目を閉じる。
波の音に風の音…鳥のさえずりまで。
その穏やかな音色に身を委ねるうち、雪斗の意識はゆっくりと遠のいていった。
20話は7日19時頃更新予定です。




