第18話 第三段階の感染者
鷹宮を先頭に、三人はヘリから飛び降りる。
「……。」
着地した雪斗は思わず足を止めてしまった。
倒壊した建物に割れたガラス。
あちこちから黒煙が立ち上る。
逃げ惑う住民を誘導している部隊や、倒れている人を治療している部隊もいる中、
その奥では――
「グォォォォォッ!!」
異形の怪物と第一部隊が激しくぶつかり合っていた。
――それはまさに戦場だった。
「一ノ瀬!」
鷹宮の声で我に返る。
「立ち止まるな!」
「は、はい!」
(落ち着け…大丈夫…。)
ジジ――
『西側で第二段階を確認!』
『第一部隊、交戦中!氷室副隊長と小瀧隊員合流しました!』
『医療班!!応援を!!』
無線から絶え間なく報告が飛び交う。その時、いきなり鷹宮が目の前で立ち止まった。
「一ノ瀬!動くな!」
「えっ…。」
なんと、建物の陰から一体の感染者が雪斗目掛けて飛び出してきたのだ。
「!!?」
(速っ――!)
ドンッ!!
その瞬間、目に見えない圧力が感染者へ叩きつけられる。
「ギャァァァッ!!」
感染者の身体が地面へと押し潰され、アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散る。
感染者は起き上がろうともがくが、見えない重圧に押さえつけられ、指一本まともに動かせない。
「た…隊長…。」
鷹宮は慌てる様子もなく腰の刀へ手を添える。
静かに刀を抜き放つと、そのまま感染者へ歩み寄った。
「いいか、敵は正面だけじゃない。建物の陰、上、背後……どこからでも来る。」
感染者が唸りながら近くに来た鷹宮へ腕を伸ばす。
しかし、その腕が届く前に──
ザンッ!!
銀色の軌跡が走った。
次の瞬間、感染者の首が宙を舞い、胴体は力なく崩れ落ちる。
鷹宮は血を一振りで払い、刀を鞘へ納めた。
「一ノ瀬…集中しろ。」
「……はい。すみません。」
(隊長がいなかったら確実に死んでた…。)
「行くぞ。」
鷹宮は周囲を警戒しながら走り出した。雪斗も慌ててその背中を追う。
数分後。
瓦礫の陰で、一人の隊員が片膝をついたまま目を閉じていた。
黒い隊服の左肩には緑色の部隊章が。
――第二部隊隊長 橘朔夜だ。
「橘。」
鷹宮が声を掛けると、橘はゆっくりと目を開いていく。しかし、その焦点はどこか合っていない。
「鷹宮隊長…お疲れ様です。」
「状況は?」
「避難完了まであと十二名。第二部隊が誘導しています。感染者は七体討伐済。残りは第一部隊と第零部隊が交戦中です。」
「強い反応は?」
「一体…この先約四百メートル先に。反応から見て第三段階と思われます。不知火副隊長が交戦中です。」
「分かった。氷室たちに伝達してくれ。俺たちは不知火の援護に向かう。」
「了解。」
橘は通信機へ片手を伸ばし、もう片方の手は目を擦っている。鷹宮はその仕草にいち早く気づいた。
「…また無理をしたな。」
「索敵の範囲を広めてしまったので…。でも、この程度なら問題ありません。」
「その台詞を信用した結果、数日まともに見えなくなっただろ。」
「ははは……覚えてましたか。」
「そんなんじゃ、宮下のこと言えないだろう。」
橘は肩をすくめ、小さく笑う。
しかし次の瞬間、その表情が引き締まった。
「鷹宮隊長。」
「どうした。」
橘は再び目を閉じる。
能力を使っているのだと雪斗にも分かった。
「第三段階の感染者が移動しています。このままいけば…住民の避難ルートと重なります!」
「!不知火は何してる!」
「不知火副隊長と思われると思われる反応は…先程交戦していた場所から動いていません!」
「…やられたか。生体反応は?」
「生体反応はあります!琴音に連絡して緊急処置をさせます。鷹宮隊長は急いで感染者へ向かってください!」
「分かった。あとは任せる。橘も気をつけろ。」
「了解。」
鷹宮は雪斗へ視線を向けた。
「行くぞ。」
「はい!」
二人は一気に駆け出した。
崩れた建物の間を縫うように走る。
あちこちから爆発音が響き、遠くでは感染者の咆哮が途切れることなく聞こえていた。
ジジッ――
『隊長、聞こえますか。右の交差点は瓦礫で通行不能です。そのまま直進してください。』
橘の落ち着いた声が通信機から流れる。
「了解。」
鷹宮は進路を変え、感染者へ接近していく。
雪斗も必死にその背中を追った。
(は…速い…。)
『あと三百メートル……』
『二百五十メートル……反応に変化なし』
「一ノ瀬、全力疾走するなよ。心拍上がるからな。」
「はぁ…!?」
(心拍上げるなって言われても、これはどうしようもなくないか…?)
『二百メートル。建物を抜けた先です。」
鷹宮は腰の刀へ静かに手を添える。
『隊長! 百メートル先! 反応がこちらへ向かってきます!』
「…来るぞ。」
鷹宮の低い声と同時に、瓦礫の向こうから重い足音が響き始めた。
ドン……
ドン……
ドン……
地面が僅かに震える。
(……なんだ、この威圧感。)
瓦礫の向こうから、一つの影がゆっくりと姿を現した。
「……ッ。」
全身は異形へ変貌している。
だが、その瞳だけは異様なほど静かだった。
まるでこちらを観察するように、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。
「……一ノ瀬、あいつから絶対に目を離すな。」
鷹宮は刀を静かに抜く。
シャリン――。
その音に反応するように、感染者の口元がゆっくりと歪んだ。
「グ……アァ……。」
(…!まただ。)
感染者は鷹宮から視線を外し、雪斗をジッと見始めた。
(なんで俺…。)
感染者は地面を踏み砕き、一気に雪斗目掛けて跳躍した。
ズンッ――。
その瞬間、見えない重圧が周囲一帯へ叩きつけられる。
――鷹宮の能力だ。
「ガァァァァッ!!」
空中にいた感染者の身体が強引に地面へ引きずり落とされ、アスファルトが陥没する。
「ここから先は行かせねぇ。」
鷹宮は静かに刀を抜き、一歩…また一歩と間合いを詰める。
そして銀色の刃が一直線に振り抜かれた。
――ガキィィンッ!!
金属同士が激突したような甲高い音が響く。
「なにっ…!?」
刃は確かに首を捉えたはず…だが、そこで止まる。
感染者の首筋は黒く変色し、岩のような質感へと変わっていた。
「これがお前の能力か……。」
鷹宮はすぐさま感染者と距離を取る。
感染者はゆっくりと立ち上がり、首をゴキリと鳴らした。
「グルルル……。」
「硬化した…?」
「あぁ。身体の一部を瞬間的に硬くして攻撃を防ぐ能力だ。だが、能力に絶対はねぇ。…絶対に隙があるはずだ。」
言い終えるより早く、鷹宮は地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、今度は感染者の左腕へ刃を振り落とす。
ザシュッ――。
「ガァァァッ!!」
今度は甲高い金属音は鳴らない。
その代わり、刃は肉を裂き黒ずんだ血が飛び散る。
そのすぐ後に鷹宮は振り下ろした刀を、今度は心臓目掛けて突き刺した。
――ガキィィンッ!!
先程の首と同様、甲高い音が響いた。
…突きさせなかったのだ。
「鷹宮隊長!」
「どうやら…硬化できるのは急所だけのようだな。」
感染者は傷ついた左腕を押さえながら低く唸る。
だが、その赤黒い瞳は一瞬たりとも雪斗から逸れなかった。
「それにしても俺が攻撃してるのに…何で一ノ瀬ばっか見てんだ、あいつ。」
(俺が聞きたい…。)
「…来る!」
感染者の脚に力が入り、地面へ亀裂が走る。狙いはやはり雪斗のようだ。
ドンッ――!!
感染者は鷹宮を無視し、再び雪斗へ一直線に突っ込んできた。
鷹宮が割って入り、手を前へ出し能力を解放する。
ズンッ――。
凄まじい重圧が周囲へ叩きつけられ、感染者の身体が先程と同様地面へ沈む。
「ガァァァァッ!!」
鷹宮は一気に踏み込み、首、心臓、頭部――急所だけを狙い連続で刀を振るう。
ガキィン!!
ガギィン!!
甲高い金属音が何度も響く。
「くそっ…!歯がたたねぇ。」
ジジッ――
『隊長!』
通信機から切迫した橘の声が飛び込んできた。
『感染者が一体、そちらへ向かっています!反応からして第二段階かと思われます!!』
「このタイミングで…!こっちは手いっぱいだ!橘!応援を頼む!!」
目の前の感染者から一瞬でも目を離せば、その隙を突かれ雪斗が狙われてしまう。
雪斗だけ逃がすのも手だが、それでは間に合わない。きっと追いつかれてしまうだろう。
「一ノ瀬!」
「は、はい!」
「通信聞こえただろ!応援が来るまで持ちこたえろ!」
「えぇ!!?むむむむ無理っ…!」
「やってもねぇのに決めつけんな!!やれ!」
雪斗は息を呑み、震える手で腰のナイフを抜いた。
カチャッ――。
刀でも銃でもない。
訓練で何度か握っただけの小さなナイフ。
(……やるしかないのか?)
その時、瓦礫の陰から一体の感染者が姿を現した。
「ギャアァァァッ!!」
唸り声とともに、一直線に雪斗へ襲い掛かる。
ドクン――。
心臓が、大きく脈を打つ。
(落ち着け…。訓練通りやれば…。)
「ギャアァァッ!!」
「くっ!」
雪斗は横へ飛び、紙一重で感染者の爪をかわした。
アスファルトが鋭い爪によって深く抉られる。
(速っ…!)
雪斗はすぐに立ち上がり、構えの姿勢に戻る。
氷室と小瀧に叩き込まれた受け身のおかげで、大きな怪我はない。
たが、感染者は再度雪斗へ向かってくる。
「うわっ!!!」
避けるだけで精一杯だった。ナイフを構え懐に刺そうとするが、結局当たらない。
(こんなに的でけぇのに…くそ!)
感染者は雪斗への攻撃を緩めない。相手は能力こそ使わないが、攻撃力は普通に高い。
「はぁ…はぁ…。」
雪斗の体力は確実に削られていた。
ドクン……
ドクン……
鼓動が速い。手息が苦しい。
(まずい……。)
胸の奥から、あの嫌な熱が込み上げてくる。
(落ち着け……。)
頭では分かっている。
だが、目の前には恐ろしい怪物の姿をした感染者が…。
心拍は、雪斗の意志とは関係なく上がり続ける。
「一ノ瀬!耐えろ!!」
遠くから鷹宮の声が聞こえた。
視線を向けると、鷹宮は感染者を重圧で押さえ込みながら、何度も刀を振るっていた。
だが――
ガキィン!!
急所へ届くたび、刃は硬化した皮膚に阻まれる。
「……っ!」
感染者もまた、雪斗へ近付こうと必死にもがいている。
鷹宮はそれを押さえ込むだけで精一杯だった。
ドクン――。
(来る……!)
次の瞬間、感染者が雪斗へ飛び込んでくる。
――速い。
…避けきれない。
(しまっ――)
「一ノ瀬ぇぇ!!!」
ドゴォォォンッ!!!
鷹宮の声とともに凄まじい衝撃音が響いた。
雪斗の目の前から、感染者の身体が消える。
いや――吹き飛ばされたのだ。
感染者は数十メートル先まで弾き飛ばされ、建物の壁へ激突する。
轟音と共にコンクリートが砕け、粉塵が舞い上がった。
「ふぅ…なんとか間に合った。」
煙の中から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
「ま…かべ…さん。」
「ごめーん。少し遅れた!大丈夫?」
「なんで…。」
「出張切り上げて飛んできた!良かったぁ、雪斗くんが生きてて。」
そう言って真壁は安心したように笑った。
だが、その笑みとは対照的に視線だけは感染者を鋭く捉えていた。
「ギャアァァァッ!!」
感染者は咆哮を上げ、真壁へ飛び掛かる。
「危なっ――!」
「…第一解放。」
ボコッ……
真壁が呟いた瞬間、腕の筋肉がわずかに膨らみ血管が浮かび上がる。
ドゴォォンッ!!
そのまま拳を感染者の顔面へ突き刺した。
「ギャアアアアアアァァァ」
骨が砕ける鈍い音と共に、感染者の身体は大きく吹き飛び、廃ビルの壁へ激突する。
轟音が響き、コンクリートに大きな亀裂が走った。
「グァァァ…」
「へぇ…。まだ動けるんだ。」
真壁は軽く拳を握り直し、ゆっくりと歩き出す。
「じゃあ…次で最後にしよっか。」
真壁は走り出し、一気に感染者の元へ向かった。
「ガアアァァァ…」
ドンッ――。
地面が砕けるほどの踏み込み。
渾身の拳が腹部へめり込み、感染者の身体を真っ二つに吹き飛ばした。
動かなくなった感染者を確認すると、真壁は笑顔で振り返る。
「雪斗くん、立てる?」
「……は、はい。」
(なんの能力かは聞いてたけど…こんなに凄いとは…。)
「よし。じゃあ鷹宮隊長の応援に行くよ。雪斗くんは俺の後ろにいて。また別の感染者が来るかもしれないから。」
「でも俺、行っても足手まとい…。」
「戦いを見るのも訓練だよ。何かあれば俺が守るからさ。」
その言葉と同時に、遠くから甲高い金属音が響いた。
ガキィィンッ――。
「…行くよ。」
二人は瓦礫を飛び越えながら戦場を一気に駆け抜けた。
ガキィン!!
ズンッ――!!
地面が揺れ、粉塵が舞い上がる。
瓦礫の向こうで、鷹宮が第三段階の感染者と激しく交戦中だ。
鷹宮は能力の重圧で動きを封じ刀でトドメを刺そうとするが、その度に感染者は急所を硬化してしまう。
「ちっ……!埒があかねぇ。」
鷹宮が一歩下がる。
能力を使い続けているせいか、その額には汗が滲んでいた。
「鷹宮隊長!!」
「真壁…遅い。」
「えぇ…厳しい…。」
真壁は鷹宮の横へ並び、第三段階を見据えた。
感染者は二人を前にしても一歩も引かない。
「グルルル……。」
「俺が抑え込む。…その間にやれ。」
「了解。」
鷹宮が手を前に出し、感染者へ能力を発動した。
ズンッ――。
鷹宮の重圧が一段と増す。
地面が悲鳴を上げるように陥没し、第三段階の膝が地面へ沈んだ。
「ガァァァァァッ!!」
「第一解放…。」
ボコッ……
真壁の腕がわずかに膨らむ。地面を蹴り、一気に感染者の心臓目掛けて飛び込んだ。
ドゴォン!!
「……っ!」
心臓が硬化されているせいか、真壁の拳は届かない。
「やっぱり第一じゃ足りないか…。隊長、もう少しだけ押さえ込んでてもらってもいいですか?」
真壁は一度距離を取り、再度構えた。
「…無理はするな。」
「はーい。」
重圧はさらに強まり、感染者の身体がミシミシと地面へめり込んでいく。
真壁は拳を握り締め呟く。
「…第二解放。」
ドクンッ――。
先程よりも筋肉が膨れ上がり、血管が浮き出てきた。
真壁が地面を踏み込んだ瞬間、アスファルトが爆ぜた。
「…次で終わりにするよ。」
19話は6日19時頃更新予定です。




