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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
特務第零部隊の訓練生

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第15話 天然ウイルスと人工ウイルス

「小倉主任。」


「ん?…これはこれは。第零部隊隊長様じゃないですか。」


鷹宮に声をかけられ小倉が口元を歪める。


「生け捕りにして私の元に連れてくるよう指示を出したのに…。見事に殺しちゃってくれましたねぇ。」


わざとらしく肩を落とす小倉を、鷹宮は軽蔑の目で見ていた。


「状況によっては始末しても仕方がない。何か問題があるか?」


「貴重な研究サンプルなのに…。」


「第一、施設内で捕獲など無理な話だ。せめて外の任務のときに言ってくれ。」


「はぁ…。融通が効きませんねぇまったく。」


「…この現場を見ても言えるのか?俺からしてみればお前の方が怪物だけどな。」


「それはそれは…。研究者への最高の褒め言葉ですね。」


嫌味を言っても効かない。鷹宮が深くため息を吐いた。本気で話すだけ無駄なようだ。


「本題に入る。今回の感染者は…少し妙だ。」


「妙?」


鷹宮は戦闘中の出来事を説明した。

能力を使ったことはもちろん、知能が今まで出会った感染の中で一番高かったこと。

そして――雪斗だけを執拗に狙っていたこと。

鷹宮からの説明を受け、小倉の表情が徐々に変わっていく。


「……ほう。」


「ただ攻撃するだけじゃない。俺や小瀧の攻撃も避け、自分の頭で考えて行動していた。」


小倉の口角が徐々に上がっていく。


「それに…最後は一ノ瀬の目の前で止まった。そのまま殺すことも出来たはずなのに。」


「止まった?」


「何かを感じたのか…確認するみたいに一ノ瀬の目を見て止まっていた。」


「なんですかそれ…すごく面白い!」


「おい。」


「素晴らしい!」


小倉の目が異様な輝きを帯びる。研究者としての血が一気に騒いだようだ。


「特異感染…じゃなかった!一ノ瀬くんは今どこに!?」


「さぁな。小瀧と一緒にいるんじゃないか。」


小倉は踵を返した。


「今すぐ現在位置を調べて――」


その時、鷹宮が手を前へ突き出した。すると突然見えない圧力が小倉の肩へ落ちた。


ドォン。


「ぐっ!?」


膝が折れそうになるのを必死に耐えている。


「ほんと…戦闘部隊はすぐに能力を使いますね…!」


「先にやることがあるだろ?現場確認にサンプル接取。あとは報告書作成か?」


「これだから能力者は…!研究者の敵だ!」


「あ?褒め言葉か?」


小倉は諦めたように白衣を整え、感染者の横へしゃがみ込んだ。


「本当は生きている状態を観察したかったのに…。」


ブツブツと文句を言いながら手袋をはめ、採血器具を取り出す。

黒く変色した血液を慎重に採取していく。


「さて…。何がわかるかな…。」


♢♢♢


その夜。

雪斗はベッドへ横になっていた。


「寝れねぇ…。」


天井を見つめたまま、何度も今日の出来事を思い返していた。

なぜあの感染者は自分を狙ったのか。

鷹宮と小瀧の様子を見るからに、今回の件は異常だったのだろう。


(もしまた同じことが起きたら……。)


雪斗は左手首の端末へ視線を落とす。

今日は黄色で止まったが、次もそうとは限らない。


「……情けないな。」


第零部隊の隊員達は命を懸けて戦っている。

それなのに自分は――。

感染者を前にしただけで身体が動かなかった。


「俺の持ってる力って…結局何なんだよ。」


だが答えは出ない。

夜だけが静かに更けていった。


♢♢♢


同時刻。B12 基礎研究区画

モニターの光だけが室内を照らしていた。


「ふむ……。」


小倉は一人、椅子へ腰掛けながらデータを眺めている。

モニターへ映し出されているのは二つの情報。

本日討伐された感染者と一ノ瀬雪斗。


「さて…。そろそろ結果がわかる頃かな。」


小倉はキーボードをカタカタと叩き始めた。

採取した血液サンプルの解析結果が次々と表示されていく。

ウイルス反応。

変異箇所。

遺伝子情報。


「……ん?」


小倉の手が途中で止まる。

更にモニターへ顔を近付け、表示されたデータを見直す。

見間違いではない。


「これは……。」


一致率“88.7%”。

小倉の表情から笑みが消える。

通常の怪物化感染者ではあり得ない数値だった。


「馬鹿な…。」


画面を拡大し、ウイルス構造を比較する。

そこに存在する人工的な改変痕を見つけた。

天然では生まれない構造――。

これは誰かの手によって加えられた痕跡だ。


「……。」


研究室が静まり返る。

小倉は椅子へ深く背を預けた。


「一ノ瀬くん…。」


小倉は興奮を抑えきれないのか、口元がゆっくり吊り上がる。

感染者のデータに雪斗のデータ。

あまりにもよく似た二つの反応が確かにそこにある。


「君は一体…何者なんだい?」


♢♢♢


翌朝。

目を覚ました雪斗は、真っ先に左手首の端末へ視線を向け睡眠中の記録を確認する。

心拍数。

ストレス値。

暴走兆候…。


「正常だ…。」


昨日の戦闘を思い出しながら、雪斗は小さく息を吐いた。

少なくとも寝ている間に異常は起きていない。

それだけで少し安心できた。

時刻を見るとまだ午前五時。

目が冴えてしまい、今更寝れそうにない。


「ラウンジでコーヒーでも飲もう…。」


向かったのは同じフロアにあるラウンジだ。

早朝ということもあり人影はない。


(確か、端末を自販機にかざしたらいいんだよな。)


――ピピッ…ガコン。


コーヒーを手に取りソファへ腰かける。

窓の外にある人口庭園をボーッと眺め、時間が過ぎるのをただ待った。


「あれ。朝早いんだね。」


声のした方へ振り返ると、一人の男が立っていた。

特務第二部隊隊長“橘朔夜”だ。


「あっ…おはようございます。」


「おはよう。隣いいかな?」


穏やかな笑みに肩の力が抜けた雰囲気。


(マイナスイオンみたいだな。)


自分でも何言ってるか正直よく分からないが、とにかく神聖なオーラが出ている。


「何かあった?」


「いやっ…特には…。」


「…嘘つき。」


「え!?」


「琴音と一緒だね。絶対何かあるはずなのに平気なフリをする。…あんまり感心しないな。」


「……。」


雪斗は思わず視線を逸らしてしまった。

何から話せばいいのか分からないし、別部隊の…しかも隊長に自分の弱さを相談するのも変な話かと思ってしまったのだ。


「ごめんね。少し言い方がキツかった。」


「いやっ…。」


「君が昨日の任務で悩んでることは知ってる。鷹宮隊長から報告があったからね。」


「そうですか…。」


橘は優しい顔をしたまま話を続けた。


「怖かった?」


「……。」


「何も出来なかった?」


橘の優しい問いかけに、雪斗は少しずつ口を開き始めた。


「怖かったし…何も出来なかった…です。」


「うん。」


「死ぬんだ…と思って最後は目も瞑った…。」


「ははは。それは確かにいけないなぁ。」


「…。」


「でもね、それは当たり前だよ。初めてだし、あんな怪物が目の前にいたら足なんて普通動かないよ。それに雪斗くん自身に能力があるのかないのか、まだ分かっていないんでしょ?」


「そうですけど…。」


「じゃあ、仕方ないで済ませられるくない?僕だって最初は何も出来なかったし。」


「橘隊長が?」


「うん。僕がまだ隊員だった頃は足手まといで…よく泣いてたよ。でも問題はそこじゃない。その後どうするかだ。」


(その後…?)


「何も出来なかったことに目を逸らして終わるか…それともバネにして次に繋げるか…。君は選べる立場にいるんだよ。」


その言葉に雪斗は黙り込む。

昨日の自分を採点するなら…いや、採点する価値もない。

途中で諦め、死までも覚悟してしまったからだ。


“どうせ死ぬなら最後まで抗え。”


小瀧の言葉を思い出す――


「次があるなら…俺は…諦めずに抗いたい。」


雪斗は橘を真っ直ぐ見つめていた。

声は小さいが、雪斗からは強い意思を感じた。


「うん。さっきより良い顔してるよ。」


「えっ…?」


「第零部隊の人達は少し分かりにくいんだけど…ちゃんと雪斗くんに期待しているよ。」


「俺に?」


「じゃなきゃ訓練なんて付き合わないよ。面倒臭いでしょ?」


そう言われてみれば確かにそうだ。

なんなら他の部隊から手伝って貰えるよう頼んでいるぐらいだし。


「第零部隊の人達は不器用だからね。それに…昨日の任務報告を見れば、雪斗くんが大事にされているんだなぁってわかるよ。」


「え?報告?」


「君が暴走しなかったこと。現場から逃げなかったこと。そして…最後まで立っていたこと。全部ちゃんと評価されてるよ。」


「―――!」


自分では何も出来なかったと思っていた。

だが、鷹宮はそんな雪斗を評価してくれていたのだ。


「だから大丈夫。君はきっと強くなれるよ。」


橘の言葉に雪斗は思わず俯いた。


「……ありがとうございます。」


自然とそんな言葉が口から出ていた。


ピッ――。


左手首の端末が短く鳴った。

雪斗が画面を見る。


【研究部より呼び出し・B13能力研究区画】


「…?呼び出し?」


「研究部からってことは小倉主任からかな?」


「…俺あの人嫌い…。」


「ははは。まぁ…好きな人の方が少ないよ。でも呼び出されたんじゃ行かないとね。頑張って。」


「はぁ…。」

(嫌な予感しかしねぇ。)


その雪斗の嫌な予感は、この後的中してしまうのだった。


♢♢♢


B13階 能力研究区画


エレベーターが開き、少し廊下を歩くと自動ドアがある。

足が重いが渋々部屋へ入ると、目を輝かせた小倉と目が合った。


「来たか!」


「来たくなかったけど…で?なに…?」


「昨日討伐した感染者の血液を解析したんだ!」


小倉は説明をしながらモニターを操作する。

大量のデータが表示された。

当然だが雪斗には何一つ分からない。


「そして君のデータと比較した。それがこれだよ。」


「はぁ…。」


「ここ!この数字見て!一致率88.7%。」


「……は?一致?何が?」


「体内ウイルスだよ。昨日の感染者と君のウイルス反応は極めて近い。」


「感染者のウイルスと近いって…そりゃそうだろ?だって俺の中にあるウイルスは学校にいた感染者から貰ったものだし…。」


「違うんだよ。それとは別のもう一種類のウイルスだ。」


「はぁ?」


「君の中には二種類のウイルスが定着していることは説明しただろう?一種類は天然ウイルス。学校で感染したもので合っているだろう。だがもう一種類は天然ウイルスではないんだよ。」


「天然ウイルスじゃないって…じゃあ何のウイルスなんだよ…。」


次々と目の前の画面が切り替わっていく。

複雑なグラフに解析結果。さらには遺伝子配列まで。

…やはり全く分からない。


「人工的に改良されたウイルスだよ。」


「改良……?」


「あぁ。誰かの手が加わっている。つまり…昨日の感染者に誰かが改良したウイルスを投与したんだ。」


鳥肌が一気に立った。

雪斗の体内にあるウイルスは、天然ウイルスと人工ウイルスだった。しかも…


(人工ウイルスが討伐された感染者と一致している?改良されたウイルスが?ありえないだろ…。)


「誰に…そんなもん打たれたんだよ。」


「それは分からない。」


「はぁ…?…俺は誰からもウイルスなんか打たれてない。…本当に知らない。」


「……。」


小倉は黙り込み、再びモニターへ視線を向ける。


“一致率88.7%。”


何度確認してもその事実は変わらない。


「別に君が嘘をついているなんて思っていないよ。」


「え?そうなのか?」

(意外と話が通じる…?)


「だから…君の身体で何が起きているのか、調べなきゃいけないんだけどね。」


「調べるって…何を?」


雪斗は反射的に一歩後ろへ下がる。

すると小倉は何故か一歩近付いてきた。


「お、おい……。来んなよ…。」


「今度は体の隅々まで詳しく調べようか。」


「ひっ…!」

(逃げなきゃ…!)


雪斗は振り返り、自動ドアへ走り出す。


「捕まえろ!」


しかしのその瞬間、小倉の掛け声とともに他の研究員達が一斉に立ち上がる。


「やめろ!来んな!!」


雪斗は一斉に体を取り押さえられ、逃げれなくなってしまった。


「ちょっ……!離せ!触んな!!」


必死にもがくが、研究員の数が多くビクともしない。

小倉がニコニコしながらこちらに近づいてくる。

その姿が雪斗には怪物より恐ろしく見えた。


「小倉…!!」


「“小倉主任”だよ。大丈夫大丈夫。何も怖いことしないよ。」


「何が大丈夫なんだよ!?」


「大事な研究材料を殺すことはしないってこと。」


「材料!!?」


小倉はポケットから大きめのハサミを取り出した。

それを雪斗に近づける。


「なっ…!」

(切られる!?)


その瞬間、小倉は雪斗の着ていたシャツを迷うことなく切り出した。


ジョキジョキ…


「切っ…!!?やめろって!!」


「体内しか調べていなかったからね…。なるほど。外側も興味深い。」


「聞けよ!!」


涙目になりながら叫ぶ。雪斗のリストバンドから警告音も聞こえてくるが、小倉は気にする様子はない。

このまま暴走した方が彼にとっては都合がいいのだろう。

別の研究員が銀色の器具を小倉へ渡しだす。

…見たこともない装置だ。


「さぁ。これを付けて部屋を移動しようか。」


「嫌だっ!!誰か…!!」


ゴォッ――!!


爆発音のような轟音が研究室へ響いた。


16話は1日19時頃更新予定です。



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