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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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14/14

第14話 地下にいた感染者

♢♢♢


B21 低危険度・遺体収容区画

エレベーターの扉が開いた瞬間、重苦しい空気が雪斗の肌を撫でた。

薄暗い通路には、赤色灯だけが一定の間隔で点滅している。


「っ……!」

(この臭い…血か!?)


鉄臭い、生暖かい臭いが鼻を突き思わず顔をしかめる。

二人は慣れているのか、どんどん先へと進ん行くく。


「…いたぞ。」


鷹宮が立ち止まり、雪斗が背中から顔を覗かせる。

その先に――

白衣を着た研究員が倒れていた。

そこには床一面に広がる血。

先程鷹宮が説明していた研究員はきっとこの人物だろう。ピクリとも動かない。

そして、そのすぐ近くには異形の存在が━━。


「あっ…。」


思わず声が漏れてしまう。

写真で見た時よりも遥かに恐ろしかった。

膨れ上がった筋肉に黒く変色した皮膚。

人間だった面影はほとんど残っていない。

怪物化した感染者は、既に亡くなっている研究員を蹴り飛ばしゆっくりとこちらに近付いてくる。


(凄い臭いだ…。鼻がもげそう。)


感染者が動くたび、鼻を突くような異臭が漂ってくる。血の臭いとも生ゴミとも違う。

肉が腐りかけたような臭いに、薬品の刺激臭が混ざっていた。

思わず吐き気が込み上げる。

その時、後ろから肩を掴まれた。


「こ…小瀧さん…。」


「さっさと装備しろ。」


その言葉に、慌てて首元に掛けていたマスクとゴーグルを装着した。

完全に臭いを防げる訳では無いが、少しはマシだ。


「テメェは後ろに下がってろ。」


小瀧は雪斗を後ろに下がらせた後、鷹宮の隣へ並んだ。

感染者との距離は十メートルもない。

血走った目に獣のような呼吸音。

そして…その口元は血がベッタリと付いていた。きっと研究員のものだろう。


グルルルル……。


低い唸り声が通路へ響くが、鷹宮も小瀧も一切動じない。

鷹宮は姿勢を低くし、構えのポーズをとる。

その横で小瀧が刀の柄へ手を添えた。


━━ドンッ!!

感染者が弾丸のような速度で飛び出した。


(は、速い…!)


雪斗が以前出会った感染者よりも速く、目で追うのがやっとだ。

その時、鷹宮が手を自身の前へ突き出し、そのまま下へ振り下ろした。


ドゴォォォォン!!!!


凄まじい轟音が通路に響いた。

感染者の身体が床へ叩きつけられ、コンクリートが蜘蛛の巣状に砕け散った。


「ガァァァァァッ!!」


完全に体が床へめり込んでいた。今の一瞬で何が起こったのか分からず、雪斗は目を見開いた。

それもそのはず。鷹宮はその場から一歩も動いておらず、ただ片手を下へ下げただけ。


「あれが…隊長の能力…?」


小瀧は見慣れているのか、呆れたように鼻を鳴らす。


「…第ー部隊と変わりませんよ。床ヒビ入ってます。」


「これくらいは許容範囲だ。」


しかし、戦いはまだ終わっていなかった。


ミシミシミシッ……


押し潰されながらも、感染者が腕を動かしている。先程よりも筋肉が膨張し床から這い上がろうとしていた。


「……ほぉ。まだ動けるのか。」


「鷹宮隊長。次は俺がいきます。」


感染者が再び立ち上がる前に、小瀧が動き出した。

狙いは首筋。完全に息の根を止めるため、小瀧は感染者へ一直線に走った。

しかし、感染者の方が一歩早かったのだ。


「――ガァァァァァッ!!」


感染者の口が大きく開いた瞬間、目に見えない何かが炸裂した。まるで空気そのものが爆発したような衝撃だった。


「っ!?」


何に攻撃されたかも分からぬまま、小瀧の身体が吹き飛び、壁へ激突した。


ガンッ!!


「……チッ。」


小瀧はすぐ立ち上がった。

口元からは血が流れている。


「小瀧!大丈夫か!?」


「ちょっとかすっただけです。それより隊長…。あいつ能力覚醒してますよ。」


「…そのようだな。だが今までと何かが違う。気をつけろ。」


「了解。」


(怪物化した感染者が能力を使う…?一体どういうことなんだよ。)


目の前の存在は既に人間ではない。完全に怪物だ。だが能力も使える…。


「驚いたか?」


「鷹宮…隊長…。なんでこいつ能力を…?どっからどう見ても怪物なのに…。」


「昔はそんなものいなかったが…ここ最近は能力を使う個体が確認されている。」


(だから訓練中に何度も能力者の癖や動きを見ろって言われたのか。相手は能力者じゃないのに何でだろうと思っていたけど…。能力を使うってなると話は別だもんな。)


その意味が今になって理解できた。

どれだけ強力な能力でも、発動するのは生き物だ。

━━必ず予兆がある。

今の感染者もそうだ。

能力を使う直前、大きく口を開いた。

それが発動の合図なのだろう。


グルルルル……。


感染者の唸り声が低く響く。

黒く変色した顔がゆっくりとこちらを向く。

その血走った目は真っ直ぐ雪斗を捉えていた。


(何で…俺のこと見てんだよ…。)


額から冷や汗が出て止まらない。

心拍を上げないよう平然を装っているのに。


―――ドクン


心臓の鼓動が確実に早くなっている。

感染者はまるで何かを確かめるように、ジッと雪斗を見続けている。

そのことに鷹宮も小瀧も気付いていた。


「…小瀧。お前は一気に感染者へ攻撃を仕掛けろ。俺はフォローにまわる。」


「…了解。」


その瞬間――


ガバッ!!っと感染者の口が大きく開いた。


「来るぞ!!」


鷹宮の掛け声とともに、目に見えない衝撃波が一直線に雪斗へ向かって放たれた。


ドォォォォンッ!!!


(こんなの…避けれない…!)


ガキィィン!!


もうダメだと思ったその瞬間、雪斗の前へ飛び込んだ小瀧が腕を交差し衝撃を受け止めた。


「ぐっ…!!」


床が砕け、小瀧の身体が後ろへ押し込まれる。

その時、鷹宮が小瀧に向かって腕を前に出した。


「小瀧!耐えろ!」


鷹宮の低い声が響くとともに、見えない重圧が小瀧を背後から支える。


ズガガガガッ!!


床を削りながらも、小瀧はその場に踏み留まった。


「……。」


攻撃が止み、小瀧は血の滲む口元を親指で拭いながら感染者を睨みつけた。


「二回も同じ技食らうほど馬鹿じゃねぇんだよ。」


そして小瀧は腰の刀へ手をかける。


スゥ――。


静かに刀身が姿を現した。


「…殺す。」


そう呟いた瞬間、小瀧は感染者へ向かって走り出した。

感染者は衝撃波を打とうとしているのか、口を大きく開けている。

だがそれよりも早く小瀧は感染者の懐へ潜り込んでいた。


キィィィン!!


横薙ぎの一閃。

感染者が咄嗟に飛び退くが、完全には避けることが出来なかった。

黒く変色した腕が宙を舞う。


グギャァァァァッ!!


絶叫が地下通路へ響く。


「チッ。片腕だけかよ。」


普通の感染者なら、今の一撃で十分のはず。

腕を失えば、激しく暴れながら突っ込んでくるのがお決まりだった。

怪物化した時点で知能はほとんどなく、本能のまま獲物へ飛びかかる…。


だが――。


この感染者は違った。

失った腕から黒い血を滴らせ、ゆっくりと後退する。

その血走った目は、鷹宮と小瀧を交互に見ていた。

まるで――。


「…考えてるみたいだな。」


「えぇ。こいつ今までの感染者より知能が高いです。」


小瀧が刀を構え直す。


グルルル……。


感染者の視線が再び雪斗へ向いた。


「……やっぱりおかしい。一ノ瀬をマークしている。」


「…感染者が特定の人物を狙うなんて、聞いたことありませんよ。」


「だが実際、感染者は一ノ瀬を見ている。…何故だ。」


感染者の口が再び大きく開く。

やはり狙いは雪斗のようだ。


「……次は俺も行く。」


鷹宮が腰の刀へ手をかけ、小瀧は持っていた刀を強く握りしめる。


次の瞬間――。


二人は一気に走り出した。


ガキィィン!!


左右から放たれた斬撃。

普通の感染者なら避けられない。


グルルッ!!


感染者は身体を捻り、その二撃を紙一重で回避した。さらに後方へ飛び退き、二人との距離を取る。

まるで挟撃を読んでいたかのようだった。


「チッ……。」


攻撃が外れたことに苛立ちを隠せず、小瀧が舌打ちをする。


ドンッ!!


感染者は床を蹴り、一気に雪斗へ突進する。

鷹宮は腕を自身の前へ出し、感染者へ重圧をかけようとした。

だが、感染者のスピードが思っていたより速く外れてしまった。


「一ノ瀬!!逃げろ!!!」


鷹宮は叫ぶが、雪斗の身体は動かなかった。

逃げないと殺される…そんなこと頭では分かっている。

だが足が言うことを聞かない。


――ドクン。


胸が大きく脈打つ。


――ドクン。


左手首の端末が黄色く点滅していた。

心拍数上昇。

警告。

警告。

警告。

情報分析部から通信が入る。


『一ノ瀬雪斗!退避してください!』


『対象が接近しています!退避を最優先に!』


「っ……。」


足が動かない。

――怖い。

目の前に迫る怪物はまるで自分を知っているようだ。

なぜこんなに雪斗に執着するのか。


――ドクン。


端末の警告音が一段階大きくなる。

雪斗の精神も限界が近い。


「あ…っ。」


声にならない声が漏れる。

感染者との距離はあと数メートル。


「一ノ瀬ぇぇぇ!!」


鷹宮が叫ぶが間に合わない。

感染者は雪斗の目の前まで飛んできた。

その後ろには小瀧がこちらへ走ってきている。


(だめだ…!やられる!)


全てを諦め、目を瞑り固まってしまった。


「…。」

(…?あれ…痛くない…。)


恐る恐る目を開けると、目の前にいた感染者は雪斗を見つめたまま止まっている。

その予想外の行動に、鷹宮と小瀧も固まってしまった。

感染者の血走った目は雪斗を映しているが、攻撃をしてこない。


「小瀧!」


「はい!」


鷹宮の声に反応し、小瀧は一気に感染者へ向かい刀を振り落とす。


グギャァァァァッ!!


感染者の絶叫が響いた。

雪斗の目の前で黒い血が飛び散る。

感染者は咄嗟に後退したが遅かった。


「終わりだ。」


低い声と共に鷹宮が踏み込み、銀色の刀身が閃いた。


ザシュッ――。


感染者の身体が大きく揺れ、首筋から黒い血が噴き出した。


グル……。

グルル……。


感染者は何かを伝えたいのか、口をパクパクさせながら最後まで雪斗を見ていた。


ドサッ――。


感染者の身体が崩れ落ちる。

地下通路に静寂が戻ったかと思われた。


ピッ――。

ピッ――。

ピッ――。


雪斗の左手首では警告音が鳴り続けている。

心拍数は未だ危険域付近。

呼吸もうまく整わない。


「はぁ…はぁ…。」

(落ち着け…落ち着け…。)


鷹宮は倒れた感染者を見つめた後、雪斗へ視線を向けた。


「一ノ瀬。怪我はないか。」


「……大丈夫です。」


「そうか…。小瀧は?。」


「俺も大丈夫です。」


「嘘つけ。口切れてるだろ。マスクから血滲んでんぞ。」


「別にこれくらい…。」


「傷口から変な菌が入ったらどーすんだ。ほら、古川先生のところへ行け。」


「わかりましたよ…。」


「よし。じゃあ俺は報告に行くから一ノ瀬は先に戻ってろ。」


高宮はそう言い残し、通信機へ手を伸ばしながら歩き去っていった。

雪斗はその場に立ち尽くす。


ピッ――。


(情けない…。)


何も出来なかった。小瀧に助けられ、鷹宮に守られ…。

訓練で学んだこと、何一つ生かせられなかった。感染者が大きく口を開いた瞬間、攻撃を仕掛けてくることは分かっていたのに足が動かなかった。

心拍数も結局警告音が鳴るぐらいまで上がってしまった。


(なにが訓練生だ…これじゃあただの…足手まといじゃないか。)


そんな自分に落ち込んでいると、小瀧が舌打ちをしながら雪斗へ近付いてきた。


「チッ…おい…。」


「え…?」


雪斗はゆっくりと顔を上げ小瀧を見た。


「来い。古川先生んとこ行くぞ。」


そう言うと雪斗の返事も待たず歩き出した。この場に留まっても仕方ない為、急いで後を追う。


♢♢♢


「おや。珍しい組み合わせですね。」


古川が二人を見て少し驚いている。が、すぐに小瀧の怪我に気付き近くにいた他の職員へ手当てするよう指示をした。


「一ノ瀬くんは…少し疲れたようですね。さぁ、座ってください。」


ここまで来ると雪斗も少し落ち着いたのか、端末の警告音は消えていた。

だが古川は雪斗の様子を見て理解したようだった。

古川は温かいコーヒーを淹れ始めた。香ばしい匂いが部屋に広がる。


「はい、どうぞ。砂糖が必要なら言ってください。」


差し出されたカップを受け取る。

その温かさだけで少し泣きそうになってしまった。


「ありがとうございます……。」


「…一ノ瀬くん。少し失礼しますね。」


そう言いながら雪斗のゴーグルをゆっくり外す。

見るとレンズには黒い血が飛び散っていた。

古川はポケットから出したハンカチで、丁寧に汚れを拭き取っていく。


「何かあったんですか?」


古川が優しく問いかける。少し沈黙があったが、雪斗はゆっくりと返事をした。


「……俺、何も出来ませんでした。」


「何も?」


「…足も動かないし、結局心拍も上がったし…。」


「チッ。んなもん当たり前だろうが。」


小瀧が雪斗の話に横から入ってきた。


「え……。」


「弱っちぃてめぇがあの場にいて何か出来るわけねぇだろ。」


あまりにも容赦のない言葉に、雪斗はさらに落ち込みそうになる。


「むしろ邪魔しなかっただけマシだ。それに、警告音はうるせぇけど黄色止まりだろ?」


「…。」


「赤にならなかったんだからそれでいい。」


「でも……。」


「でもじゃねぇ。結果論でもいいんだよ。暴走しなかったんだから。」


その言葉は乱暴だった。

だが不思議と責めているようには聞こえない。


「反省点があるとするなら、テメェ目瞑っただろ。」


「えっ…あぁ…瞑った気がする…。」


「チッ。次からは目ぇ閉じるなよ。」


「はい…。」


「あの時、お前諦めただろ。」


図星だった。


「何があっても目は逸らすな。どうせ死ぬなら…最後まで抗え。」


戦場で生き残ってきた人間の言葉は、雪斗に重くのしかかった。


「……はい。すみませんでした。」


そんな二人の会話に古川は少し驚いていた。


「小瀧くん…。見ないうちに良い先輩になりましたね。」


「はぁ?俺は元々良い先輩だ。」


「談話室の壁壊しといてよく言いますよ。」


「…。」


「修理代はきちんと第零部隊に請求しておきましたからね。」


「…チッ。」


♢♢♢


B21 低危険度・遺体収容区画


討伐された感染者の周囲では、研究員達が慌ただしく動いていた。その中心には研究部主任の小倉がいた。

鷹宮は上層部へ簡単に報告した後、再度この現場に戻ってきたのだ。

―――小倉へ伝えなければならない事があったから。



15話は30日19時頃更新予定です。

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