第13話 会議室へ乗り込み
「第一部隊の隊員だ。…すまない。五十嵐にもこの事は報告しておく。気にするな。」
「…。」
「気になるか?…特異感染者のこと。」
雪斗は鷹宮の目を真っ直ぐ見つめ、頷いた。
「言ってもいいが…あまりいい気はしないぞ。」
「はい。」
「…通常の感染者や能力者とも違う、どちらにも属さない正体不明の怪物のことを“特異感染者”と呼ぶらしい。」
「…!」
(…怪物。)
「正直…能力者の俺らも特異感染者みたいなもんだがな。だが俺らは全員人工ウイルスを打って能力者になった。でも一ノ瀬は違う。元から変異株が体内にあっただろう。…前例がない。だから研究部の奴らが勝手に名付けたんだ。あいつらは何でもかんでも名前を付けたがるからな。」
(言い返せない…まぁ、事実だしな…。正直、何で俺の体内からウイルスが二種類も確認されたのか、結局分からずじまいだし。)
雪斗が下を向き黙ってしまった。
研究部の人間は小倉を含め、情が無い奴らの集まりだ。“特異感染者”など、雪斗が傷つくと分かっていてもあいつらは気にせず呼称するだろう。
「…少なくとも、第零部隊はお前のことを“一ノ瀬 雪斗”と呼んでいる。それでいいだろう。」
「…はい。」
まったく気にならないと言えば嘘になる。だけど、雪斗が危険人物だということに変わりはない。
(能力を発動させ制御できれば、特異感染者ではなく第零部隊の能力者として見てくれるはずだ。)
「鷹宮隊長…。訓練お願いします。」
「…おう。」
鷹宮は一言呟くと、訓練場の端に置かれていたラックへ向かった。その中から一本の訓練用ナイフを取り出す。
黒い樹脂製のナイフだ。
刃は潰されており怪我をしないよう加工されている。
「持て。」
鷹宮は雪斗へナイフを投げ、数メートル離れた位置へ移動する。
(思っていたより軽いな…。)
「よし。まずは体術だ。」
雪斗に対して構えすら取らず、鷹宮は無造作に立っていた。
「俺を刺しに来い。…本気でな。」
「えっ…。」
一瞬意味が分からなかったが、鷹宮の表情は真剣そのものだ。きっと本気で行かないと怒られる。
雪斗は先程受け取った訓練用ナイフを強く握り直した。
「…いきます。」
そう言い、地面を蹴り飛ばし一直線に鷹宮の元へ走り出した。
サッカーで鍛えた脚力のおかげか、一気に距離を詰める。
鷹宮に近付いた瞬間、握っていたナイフを突き出した。
━━その瞬間、雪斗の視界が揺れた。
「っえ!?」
何が起きたのか分からなかったが、雪斗は今床へ転がっている。
腹部へ突き出した腕は簡単に逸らされ、足を払われていたのだ。
「立て。」
鷹宮の声に慌てて立ち上がる。
今度はフェイントを入れ、右へ動きながら左側を狙ってみる。
だが結果は同じだった。
腕を取られ、背中から床へ叩きつけられる
「ぐっ……!」
三回。
四回。
五回。
何度挑んでも当たらない。
雪斗は汗が額を伝い、息も上がってきているというのに鷹宮は涼しい顔をしている。
「……なんで。当たらないんだよ。」
そう言われ、鷹宮は雪斗の持つナイフを指差した。
「一ノ瀬は分かりやすい。」
「は?」
「毎回刺す場所を見て攻撃してるだろ。戦う前からここを刺します!って相手に教えているようなもんだ。」
「…。」
「足や目線、それに重心…人間は動く前に必ず予兆が出る。まずはそれを隠せ。怪物化したってある程度の知能はあるからな。」
「…はい。」
「相手の予兆を見ろ。…強くなりたいんだろ?」
鷹宮は珍しく少しだけ口元を緩め、雪斗へ語りかけた。
「強くなりたいです…。」
「なら基礎からだ。…もう1回来い!」
雪斗はナイフを握り直す。
雪斗の訓練はまだ始まったばかりだ。
♢♢♢
結局、訓練が終わるまで雪斗は一度も鷹宮へナイフを当てることが出来なかった。
何度挑んでも届かず、腕を払われ体勢を崩される。
その繰り返しだった。
訓練場の床へ座り込んだ雪斗は肩で息をしていた。
汗で前髪が張り付き、腕も足も重い。
「はぁ……はぁ……。くそっ…。」
(一回も当てられなかった。)
結果は完敗。
それどころか、鷹宮は最後まで余裕を崩さなかった。
「全然…ダメだった…。」
鷹宮は、雪斗が落とした訓練用ナイフをラックへ戻しながら語りかける。
「そんなことはない。」
「え?」
「普通の隊員でも俺に一発当てるのは難しいからな。訓練生のお前ではまず無理だろう。」
それは気遣いではなく事実だった。
特務第零部隊隊長のこの男は、SIO最強クラスの能力者。
そんな相手に訓練生が勝てるはずもない。
「だがな、お前は諦めなかった。何度転ばされても、途中で辞めなかった。」
「鷹宮隊長…。」
「戦闘技術は後から身につく。経験も今から積めばいい。」
「はい…。」
「強くなりたいと思う一ノ瀬の気持ちは伝わっている。だから今後も諦めず精進するように。…よくやった。」
鷹宮は雪斗の頭をワシャワシャと強く撫でた。その手は大きくて温かくて…悪い気はしなかった。
「……ありがとうございます。」
「よし、今日の訓練は終わりだ。帰るぞ。」
「…はい!」
第零部隊のことは、正直まだ全然分からない。でも少しは近付けたんじゃないかと思う。
鷹宮の大きな背中を追い、雪斗も訓練室を後にした。
エレベーターへ向かっていると、正面から見慣れた人物がこちらへ走ってくる。
「あれ?もう訓練終わりました?」
真壁だった。やっと開放されたのだろう。その顔はどこか疲れている。
「当たり前だ。何時だと思っている。」
「いや本当に…こんなに長い説教は久しぶりですよ。」
「…ちゃんといけたんだろうな。」
「ははっ。ひたすら謝り倒したら、なんとか許してもらえました。…でも、部隊責任ってことで隊長が始末書を書くことに決まりそうです。」
「……。」
「いやぁ…。申し訳…」
━━ゴッ。
真壁が言い終わる前に鈍い音が響いた。
「痛っ!?」
鷹宮の鉄骨が、真壁の頭をクリーンヒットした音だ。
「ったく…今月で何枚目だ。一ノ瀬、俺は真壁に話があるから先に飯食って寝ろ。明日も訓練だから遅れるな。」
「は、はい!」
「雪斗くんじゃあねー。」
雪斗は頭を軽く下げ、その場を後にする。
エレベーターの扉が閉まり、雪斗の存在が完全に消えたところで鷹宮が口を開いた。
「……第一部隊は、まだ会議中か?」
「え?確かまだやってたと思いますけど…。」
「そうか。」
短く答え、鷹宮もエレベーターへ向かい歩き出した。
「え?会議室に乗り込みですか?」
「…天宮の件で五十嵐に話があってな。」
「千景?相変わらず無愛想だぞって言いに行くんですか?」
その言葉に鷹宮の足が止まる。
「真壁…“特異感染者”って分かるか?」
「あぁ…研究員の奴らが雪斗くんに付けてる名前でしょ?センスないなーって思ってましたけど、それが何か?」
「天宮が一ノ瀬に特異感染者と呼んだそうでな。…落ち込んでいた。」
「は?」
鷹宮の言葉に思わず眉をしかめる。研究員の奴らが呼ぶのは百歩譲って分かるが、同じ隊員同士で呼ぶなどありえない。
「…俺も行きます?」
「…ややこしくなるから、お前も部屋帰って寝てろ。」
そう言い残し、鷹宮はB10会議区画へ向かった。
第一部隊隊長――五十嵐響也に会うために。
♢♢♢
B10 小会議室。
長時間続いていた会議も終盤を迎えていた。
「んじゃ、最後に何か質問あるかー?」
五十嵐が会議室を見回す。だが誰も手を挙げない。
不知火は机に頬杖をつきながら欠伸を噛み殺しているし、早乙女はメモ帳を片付け始めている。
天宮は窓際の席で腕を組んだまま無言だった。
「…何もねぇか。よし!じゃあ終わ――」
コンコン。
会議室の扉がノックされ、全員の視線が入口へ向く。
「?どうぞー。」
五十嵐に言われ、ゆっくりと扉が開いた。
現れた人物を見て、室内の空気が一瞬で変わる。
「……鷹宮?なんか用か?」
基本的に他部隊の会議へ顔を出すことはない。だからこそ、ここにいる全員が驚いていた。
━━ただ一人を除いて。
天宮だけは特に反応を示さない。
まるで来ることが分かっていたかのように。
「天宮お前…俺がここに来た意味わかるな?」
「…何のことでしょうか。第零部隊隊長がわざわざ私に用があるなど…想像出来ません。」
「とぼけるな。一ノ瀬の件だ。」
「ちょ、ちょっと待て鷹宮。一体何の話だよ。うちの部下を虐めようってんなら、俺も黙ってられねぇぞ。」
五十嵐が鷹宮を止める。天宮の上司として守らなければと思ったのだろう。だが、鷹宮も同じだ。部下の雪斗を傷つけられたのだから。
「一ノ瀬が知らなくていいことを、お前の部下はわざわざ言ってくれたみてぇでな。」
「は?何をだよ…。」
「…特異感染者ってな。」
その瞬間、会議室が静まり返った。
五十嵐が眉をひそめ、早乙女は今にも暴れそうな勢いだ。
そんな様子を気にもしていない天宮は、平然と鷹宮に返事をする。
「特異感染者に対して特異感染者と呼んだ…。それだけです。」
ガタンッ!!
椅子が大きな音を立てて後ろへ倒れる。見ると早乙女が怒りの形相で立ち上がっていた。
「雪斗くんにそんなこと言ったんですか!?」
「えぇ。事実ですから。」
「信じられないっ!」
その瞬間、ゴォッ――という音と共に会議室内に風邪が吹き荒れた。
資料が舞い、机の上のペンが転がる。
ガタガタ!!!
近くの椅子までも浮き上がった。
それを見て近くにいた不知火が慌てて立ち上がり、宙に浮いた椅子をキャッチする。
「早乙女!落ち着け!風!!風でてる!」
「不知火副隊長だって、会議のときよく炎出して怒ってるじゃないですか!」
「俺は椅子飛ばしてねぇよ!!」
「氷室副隊長の机燃やしたことありますよね!?」
「一回だけだ!!」
「あるんじゃないですか!!」
「お前ら少しは静かにしろ。」
五十嵐の一言で二人はぴたりと止まる。
その瞬間風も止み、宙に浮いていた物はバラバラと床へ落ちていった。
「天宮…。確かに特異感染者って呼び方は事実だ。研究部の記録にもそう書かれてるしな。」
「その通りです。」
「だがな、お前は研究員じゃねぇ。」
「…。」
「戦闘部隊だ。」
「えぇ。」
「初めて会った十七歳のガキにわざわざそんな呼び方する必要があったか?」
今まで無表情を貫いていた天宮の眉が少し動く。五十嵐の声は段々と低くなり、怒っているのが誰にでも分かる。
「お前、確実に悪意があって一ノ瀬に特異感染者って伝えたんだろ。」
「……悪意はありません。」
「じゃあ何だ。」
「警告ですよ。」
「警告だと?」
その言葉に鷹宮が反応した。
「みなさん平和ボケしていますが…本来、彼は隔離されていなければいけない危険人物です。能力不明、発現条件不明…オマケに感情で暴走しやすいと聞きました。」
「だから俺たち第零部隊が責任をもって、一ノ瀬を訓練してるだろ。」
「お言葉ですが鷹宮隊長…。あなたが彼をそこまで可愛がっている理由も訓練内容も、私は興味ありません。特異感染者そのものの存在を私は認めたくありませんので。」
「…五十嵐、天宮預かってもいいか。」
「待て待て待て。うちの部下に何する気だよ。」
「…教育だ。」
「それは俺の仕事だから…。悪いけど今回は見逃してくれ。」
鷹宮は明らか不服そうな顔をしている。納得していないのだろう。だが五十嵐も引かない。
「こっちでちゃんと言い聞かせるから…。な?」
五十嵐の頼みとなると、鷹宮も断れない。いや、断ろうとしても五十嵐がしつこい為いつもこちら側が折れる形になる。
「…次はない。」
「悪いな。今度飯奢るから!」
「…どうせ経費だろ。」
鷹宮は視線を天宮から会議室の扉へうつした。そのまま部屋を出ようとした時、振り返らないまま天宮へ告げた。
「一ノ瀬は第零部隊隊員だ。覚えとけ。」
そう言い残し、会議室を後にした。扉が閉まり、重々しい沈黙が残る。その沈黙を破ったのは五十嵐だった。
「天宮。」
「はい。」
「お前の考えてる事は分かった。…でも、だから傷付けていい理由にはならねぇ。分かるか?」
「…。」
「お前は俺の大事な部下だ。愛想が無くても、可愛いと思って接している。でもそれはな、鷹宮も同じなんだ。一ノ瀬のことを大事に思ってるから、わざわざお前に怒りにきたんだよ。」
「…はい。」
「…お前が過去に辛い経験をしたのは知ってる。だけどな、それは一ノ瀬も同じだ。いきなりここに連れてこられて感染者だの訓練生だと言われて…。普通じゃ耐えられない。」
五十嵐は怒っているようだが、どこか哀しげな表情を天宮に見せた。
「お前が一ノ瀬を嫌うのも、信用しないのも勝手だ。早乙女みたいに好意的にいけとは言わない。だがな、隊員として最低限の礼儀は守れ。第ー部隊隊員として恥じない行動をしろ。」
「…承知しました。」
きっと天宮は納得していないのだろう。それは会議室にいる全員が分かっていた。
しかし五十嵐は何も言わなかった。言ったところで天宮の考えがすぐに変わるとも思えなかったからだ。
♢♢♢
深夜。B2 第零部隊専用区画。
訓練の疲れもあり、食事を済ませた後のことはよく覚えていない。
今夜は悪夢も見ず、スヤスヤと眠っていた。
その時。
ピ━━━ッ!!
突然、耳をつんざくような警報音に雪斗は飛び起きた。
「なっ……!?なに!!?」
その直後、館内放送が流れる。
『緊急招集。』
『特務第零部隊は直ちにB9作戦指揮区画へ集合してください。』
『繰り返します——』
聞き終わる前に部屋の扉が勢いよく開いた。
…そこにいたのは小瀧だった。
「…任務だ。とっとと隊服に着替えろ。」
「え!?な…?」
「一分だけ待つ。」
(な、なんなんだ一体…!)
大急ぎで着替えを済まし、小瀧の後を速歩でついていく。そのまま二人でエレベーターに乗り込み、小瀧はB9のボタンを押した。
(…何が起きたんだ?)
眠い目を擦り、エレベーターが開くのを待つ。
━━チン。
B9 作戦指揮区画。
エレベーターの扉が開くと、深夜にも関わらず室内は慌ただしかった。
大型モニターには施設内部の見取り図が映し出され、職員たちが慌ただしく行き来している。
雪斗は小瀧に連れられながら室内へ入ると、そこには既に鷹宮がいた。
腕を組み、険しい表情でモニターを見上げている。
「隊長。」
小瀧が声を掛けると鷹宮は振り返り、雪斗を確認した。
「連れてきてくれたか。ご苦労。」
「真壁さんは?」
「別任務で出てる。」
つまり、今夜動ける第零部隊は鷹宮と小瀧…そして訓練生の雪斗だけだ。
鷹宮はモニターを操作した。すると映し出されたのは一枚の写真。
拘束具で固定された人間だった。
「こいつは二日前に非発症者としてB18へ隔離されていた人物だ。だが、体内のウイルスが消えず今後発症する恐れありとのことで昨日B21へ移送し、要観察中だった。」
鷹宮がボタンを押すと、別の写真に変わる。同一人物か疑ってしまうほどだった。その身体は先程と違異様なほど膨れ上がっている。
皮膚の一部は黒く変色し、人間の姿を保てていない。
「だが、写真を見て分かる通り…数時間前に異常が発生した。」
「えっ…。」
「容態が豹変してな。そのまま怪物化し、近くにいた研究員が襲われて殺された。」
「――っ!」
雪斗の身体が強張る。
ほんの数時間前まで生きていた人間が殺されたのだ。この施設で。
「現在はB21で封鎖中だが、このまま放置すれば被害が広がる。そのため――」
鷹宮は視線をモニターから外し、小瀧と雪斗を真っ直ぐ見た。
「今回の対象を始末する。」
雪斗は思わず唾を飲み込んだ。
これは雪斗にとっては初任務になる。
しばらくして雪斗は恐る恐る口を開いた。
「……第一部隊は来ないんですか?」
討伐を専門とする、早乙女たちの部隊だ。
こういう任務なら適任ではないのかと思った。
しかし鷹宮は首を横に振る。
「ここは施設内だ。第一部隊の能力は火力が高すぎるからな。B21以降は危険な個体を収容しているし、壁なんか壊して脱走でもされちゃ後々大変だ。」
(…談話室のとき壁破壊して来た奴いけどな…。)
「だから今回動くのは俺たちだ。」
その言葉と共に、大型モニターへ警告表示が映し出された。
【B21 低危険度・遺体収容区画】
【収容違反危険度 上昇】
【警備隊被害拡大中】
赤い警告灯が点滅する。
室内の空気がさらに張り詰めた。
「よし。行くぞ。あと一ノ瀬、何を見ても平然でいろ。心拍が上がりすぎるとまた暴走する恐れがあるからな。気を引き締めて行け。」
「は、はい。」
(これが…俺の初任務だ。)
怖くないと言えば嘘になる。怪物化した感染者のせいで俺自身感染したし、特異感染者っていう前例のないモノになってしまった。
だが、ここで逃げる訳には行かない。
14話は29日19時頃更新予定です。




