第12話 琴音のお見舞い
第零部隊…鷹宮 誠士郎(隊長)
氷室 椿(副隊長)
真壁 隼人(隊員)
小瀧 琉偉(隊員)
一ノ瀬 雪斗(訓練生)
第一部隊…五十嵐 響也(隊長)
不知火 圭吾(副隊長)
早乙女 梓(隊員)
第二部隊…橘 朔夜(隊長)
宮下 琴音(隊員)
第三部隊…相澤 悠真(訓練生)
♢♢♢
エレベーターが静かな音を立てて開く。
B18 特殊患者管理区画。
白い壁に消毒液の匂い。
遠くから聞こえる医療機器の電子音。
雪斗は思わず背筋を伸ばした。
(懐かしく感じるな…。)
「雪斗くん、こっちこっち!」
早乙女に案内されながら廊下を歩いていると、目の前にある病室の扉が開いた。
中から出てきた男性は、灰色の短髪に穏やかな顔立ちをしていた。優しげな雰囲気を纏っている。
「あれ?」
先に男性の方が早乙女に気付いたようだった。
「梓ちゃん?」
優しい声で名前を呼ぶと、早乙女の顔がぱっと明るくなる。
「橘隊長!」
早乙女は、そのまま橘隊長と呼ばれる男性の元へ駆け寄って行った。
(隊長ってことは…年上?同年代かと思った…。)
「琴音のお見舞いですか?」
「うん。ここ数日来れてなかったから、様子を見にね。二人もお見舞いかな?」
「はい!お見舞いです。能力使いすぎて倒れちゃった親友の!」
「ははは…。僕からも言ってるんだけどね。自分自身は治せないのに無理しちゃう所は、琴音の優しい所だけど、隊員としてはダメだからね。」
雪斗は琴音と初めて会った日を思い出した。
あの時は自分に置かれた状況に戸惑って気にもしていなかったが、確か腕には新しい傷があった。
(あの傷は…きっと俺の怪我を治した代償…。)
「君は雪斗くんだよね?」
いきなり声をかけられ、少し驚く。
「えっ…はい…。」
「僕もあの会議室にいたんだけど…覚えてないかな。」
橘は柔らかく笑った。だが、雪斗は全く覚えていない。
「すみません…。」
「あぁ、ごめんね。いっぱい人いたし…覚えてる方が変か。」
橘はそう言い、雪斗へ手を差し出してきた。
「改めて…SIO戦闘部門所属、特務第二部隊隊長
“橘 朔夜”です。よろしくね。」
雪斗は差し出されている手を取り、握手した。
「一ノ瀬雪斗です…。」
(この人…すごく雰囲気が優しいな。)
隊長らしくないといえば悪口になってしまうだろうか。
橘は握手をしたあと、雪斗へ優しく微笑んだ。
「さぁ…。琴音が寝ちゃう前に行ってあげて。きっと喜ぶだろうから。」
「そうします。雪斗くん行こっ!」
「えっちょっと…!」
早乙女に強引に腕を引っ張られバランスを崩しそうになる。そんな二人を橘は見届けた後、B18を後にした。
「琴音ちゃーん!」
扉の横にはインターホンが取り付けられているが、早乙女はそれを無視し、元気よく病室へ入る。ベッドの上で本を読んでいた琴音は、驚いたように早乙女へ顔を向けた。
「梓ちゃん!来てくれたの?」
「もちろん!琴音の為ならどこにいても駆けつけるよ。」
そう言いながら早乙女はベッドへ駆け寄った。
琴音は先程まで読んでいた本を閉じ、早乙女にほほ笑みかける。その様子を雪斗はただじっと見ていた。その視線に気付いたのか、琴音は雪斗の存在に気付く。
「えっ…雪斗くん?」
「あ…お久しぶりです…。」
琴音は少し驚いた様子で雪斗を見ていた。まさか病室に来るとは思ってもみなかったのだろう。
「びっくりしちゃった…。雪斗くんもお見舞いに来てくれたの?」
「はい。お見舞いと…改めてお礼を言いたくて。」
「お礼?」
「俺と…湊を助けてくれたお礼です。」
━━“湊”━━
その名前が出た瞬間、琴音の表情が少し曇る。
「…。」
「琴音さん?」
病室に静かな空気が流れる。琴音は先程とは違い悲しそうな表情のまま口を開いた。
「湊くんは…助けられなかったよ。」
それは小さく、弱々しい声だった。
「私にもっと力があれば…湊くんは助かっていたかもしれない。どれだけ私に代償が降り掛かっても、力を使い続けたら…。」
「そんなことない!」
後悔しているような、自分を責めているような様子に雪斗は思わず声を上げた。
「俺…湊の最後がどうなったか知ってます。…映像見たから。」
「…!まさか…訓練で使ったの…?」
その問いに雪斗は静かに頷く。琴音は信じられないと絶句していた。訓練とはいえ、あの映像を友人である雪斗に見せたのかと。
「あの時、琴音さんは最後まで諦めなかった。あんな傷だらけだったのに。」
脳裏にあの時の映像が浮かんだ。
自分の傷を顧みず、必死に湊を救おうとしていた姿。
誰が琴音を責めるというのだろう。
「湊は確かに助かりませんでした。その事実は変わらない。でも、俺は琴音さんのおかげで助かりました。傷口だって完全にふさがってるし、跡もありません。」
「雪斗くん…。」
「だから俺、第零部隊で訓練を受けて強くなります。湊の様な犠牲者を…もう二度と出さないように。」
そういう雪斗の目は真剣そのもので、強い意志を感じた。出会った頃の雪斗はもうここにはいなかったのだ。
「…そっか。梓ちゃん。第零部隊は良い子を貰ったね。」
「ふふっ。分かる。私も第ー部隊に欲しいって頼んだんだけど、真壁さんがだめだーって。」
「頼んだの?梓ちゃんらしい。」
少し部屋の空気が軽くなる。琴音は雪斗へ向き直し改めて自己紹介を始めた。
「雪斗くん。改めて自己紹介させてもらうね。
SIO戦闘部門所属 特務第二部隊 隊員 宮下琴音です。
もう知ってると思うけど、傷や病気を治療出来る能力者です。
どこまで治せるかは私もまだ分からないんだけどね。
ちなみに代償は…傷の肩代わりっていうのかな。治療した傷が私へ移っちゃうの。私の能力は自分に使えないから、あんまり酷いとこうやって治療する羽目になっちゃうんだ。」
「…SIO戦闘部門所属 特務第零部隊 訓練生の一ノ瀬雪斗…です。まだ戦力にもなりませんけど…。」
「ふふっ。でも敬語は使えるようになったんだね。」
「…からかわないで下さい。」
まだ少しぎこちない部分はあるが、病室に入ってきた時よりは打ち解けた気がした。
(…そういえば。)
「全員所属している部隊違うんですね。俺、あんまり詳しくなくて。」
「え?真壁さんから聞いてないの?」
早乙女から聞かれ、雪斗は頷く。
「じゃあ簡単に説明するね。私の所属している第ー部隊は討伐を専門としているんだよ。」
「討伐を?」
「そうそう。主に怪物化した感染者を倒してるの。能力も全員攻撃向きだしね。雷に炎に風。あとは幻界だっかな。」
「幻界って…?初めて聞きましたけど。」
「あぁ…天宮さんの能力なんだけどね。感覚を操作するとかなんとか…私もよく分かんない。今度本人に会ったら聞いてみて!…ちょっと難しい人だけど。」
(説明諦めたな…。)
「じゃあ次は、私の所属している第二部隊の説明をしようかな。第ー部隊と違って第二部隊は攻撃の能力をもっていないの。」
「治療関係の能力ってことですか?」
「それは私だけ。第二部隊は救助や支援を専門としているの。負傷者の救護や避難誘導…行方不明の捜索とかね。」
「へぇ…。」
「ちなみに、第三部隊は討伐後の感染者回収とか、物資運搬とか…後方支援を担当してくれてるの。」
「なるほど。」
(第三部隊…悠真がいる所だよな。)
「じゃあ第零部隊は私が説明するね!」
鼻をフン!と鳴らし早乙女が勢いよく身を乗り出してきた。目がとてもキラキラしている。
「氷室副隊長がいる部隊…それが第零部隊!」
「あぁ…それは知ってます。」
「とにかく優秀な人しか入れないの!SIOの精鋭部隊であり、最強部隊!まさに切り札!」
「は、はぁ……。」
「たまに研究部からね、『感染者を生け捕りにして連れて来て』って無茶振りされるんだけど。」
「生け捕り?なんで…」
「研究に回したいんだって。でもね、これがめちゃくちゃ難しいの!怪物化した感染者は自我がないからとにかく暴れるし、油断したらこっちが死んじゃうし。」
「まぁそれは…わかる気がする…。」
「でも第零部隊は普通にやってのけるんだよ。凄くない!?」
「…第一部隊でも出来そうじゃないですか?」
その言葉に早乙女は勢いよく首を横に振った。
「無理無理。何度か試したけど危ない!と思って感染者に攻撃しちゃって、気付いたらそのまま始末しちゃったり…生きてたけどボロボロになってたり…。」
早乙女の言葉を聞き、琴音は思わず笑ってしまった。本当のことなのだろう。
「だから研究部から禁止されてるんだよね。第ー部隊に生け捕り任務は出すなー!って。小倉主任にめちゃめちゃ怒られたもん。」
(感染者の生け捕り…。)
強い部隊なのは何となく気付いていた。全員の能力をこの目で見た訳では無いが、雰囲気で大体わかる。その後も三人で話していると、病室の扉が開いた。
ウィーン━━
「!…お客さんですか。」
入ってきたのは医療管理区画責任者こと、古川先生だった。
「古川先生!こんにちは!」
「早乙女くん、お疲れ様です。お見舞いですか?」
「はい!雪斗くんの訓練が早く終わったので、一緒に琴音のお見舞いに。」
「そうでしたか。一ノ瀬くん、初めての訓練はどうでしたか?」
「…特に何も。」
「そうですか…。意外と何も無いのが良かったりするんですよ。…さて、そろそろ面会時間は終了です。宮下くんの診察もありますからね。」
「あれっ、もうそんな時間?雪斗くん行こっか。」
「あ、はい。」
「二人とも今日はありがとう。また任務に復帰したらよろしくね。」
琴音の言葉に、早乙女は首がとれそうなぐらい頷いていた。そして名残惜しそに二人は部屋を後にした。
扉が閉まり、古川はカルテへ目を落としながら琴音に声をかける。
「いいご友人をもちましたね。」
「はい。自慢の友人です。」
「では…そんな宮下くんに朗報です。来週から自室へ戻れますよ。」
「えっ!本当ですか?」
「ですが、任務への復帰はまだにしてくださいね。完全に回復した訳ではありませ…。」
ウィーン━━
「「!?」」
古川が話している途中で、いきなり病室の扉が開き二人は固まってしまう。
「…はぁ…面会時間は━━…」
古川が話しながら扉へ振り向くが、そこに立っていた人物を見て再度固まってしまった。それは琴音も同じだった。
「小瀧くん…?」
古川が目を見開きながら、その人物━━小瀧 琉偉の名前を呼ぶ。
予想外すぎる訪問者に二人とも口が開きっぱなしだ。
「…少しいいか。」
その視線は琴音へ向けられていた。
古川は何かを察したようで、静かに壁際へ移動しカルテをペラペラとめくる。
「えっと…私…?」
琴音はまだ状況を理解出来ていないのか、頭の上にハテナマークが見える。小瀧は少し琴音に近付くと、言葉を選んでいるのかゆっくりと話し出した。
「前に……投げ飛ばしたことを謝りに来た。」
「…えぇ!?」
琴音は目をぱちぱちと瞬かせた後、思わず大きな声が出てしまう。
あの小瀧がわざわざ病室に来るという事実だけでも驚きだが、まさか謝罪するとは…。ペラペラとカルテをめくっていた古川の手も止まっている。
「私…に謝ってくださったのですか…?」
「…お前以外に誰がいるんだよ。」
琴音は完全に混乱していた。そんな琴音を見て小瀧は居心地が悪そうに眉をしかめた。
「あ、すみません…。少し驚いてしまって…。あの時のことは気にしないでください。私も感情的に動いてしまいましたし…。」
「……それでも。」
「?」
「手を出すのは駄目だった。すまん。」
「小瀧さん…。」
きっと氷室副隊長に言われたのだろうと、琴音は察していた。それでも、自分から謝りに来たことが何より嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。」
「…なんで礼なんか…。」
「謝りに来てくださったからです。」
「…変なやつ。」
小瀧はそう言い残し、再び病室の扉へ向かった。
「…邪魔したな。」
それだけ言い残し、振り向きもせず病室を後にした。
小瀧が居なくなった途端、琴音と古川は目を合わせ笑った。
「まさか小瀧さんが謝るなんて…。氷室副隊長に言われても、今までなら無視してたと思うのですが…。いきなりどうしたんでしょう?」
「んー…。もしかすると、彼もあの映像を見たのかもしれないね。」
「?」
「朝比奈くんの最後の映像ですよ。一ノ瀬くんの訓練に彼も同行していたのなら、きっと見ているはずです。」
「あっ…。」
「彼も…一ノ瀬くんや宮下くんに対して、少し考えを改めたのかもしれませんね。」
「…そうかもしれませんね。」
「さぁ…回復への近道はよく食べてよく眠ることです。何かあればすぐに呼んでください。」
古川はそう言い残し病室を出て行く。琴音は古川の後ろ姿を見ながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
♢♢♢
「じゃあ私はここで!」
二人はエレベーターに乗り込み、そのままB10へ向かっていた。エレベーターの扉が開くと、早乙女は元気よく雪斗に手を振り別れの挨拶をする。
「午後からの訓練、頑張ってね。」
「はい。」
扉が閉まると、エレベーターは再び動き出した。
(ひとまず昼飯だな……。)
チン――
到着音が鳴るとエレベーターの扉がゆっくり開いた。
B1 共用施設フロアだ。
「!」
そこに立っていた人物を見て、雪斗は思わず足を止めた。
長いエメラルドグリーンの髪に整った顔立ち。
男とも女とも取れる中性的な容姿だ。
黒い隊服を着ていることから戦闘部隊の人間だと分かる。
「あっ、お疲れ様です。」
「……。」
(?聞こえなかったか?)
相手の視線は雪斗をまったく捉えない。そのまま雪斗の横を通り過ぎ、エレベーターへ乗り込んだ。
「…貴様とよろしくするつもりはない。」
「!?」
(今…なんて?)
男の冷たい目は氷室副隊長と似ているが、こいつは明らかに敵意を持っている。
「隊服まで着て…特異感染者の癖に良い待遇だな。」
「…は?」
男の言葉に、思わず雪斗は固まってしまう。男はそれ以上話す気はないみたいで、エレベーターをさっさと閉めて行ってしまった。
(特異…感染者?なんだよ。それ…。)
雪斗は既に閉まっている扉の前で立ち尽くす。
(俺は…第零部隊の訓練生だろ?)
なぜ、会ったこともない男に嫌われているのか理由は分からない。
ただ、“特異感染者”と言われたことが気に食わなかった。
「…やっぱ飯はいいや…。」
急に食欲が失せてしまった為、雪斗は再度エレベーターに乗り込み、B5のボタンを押した。
到着し訓練場へ入ると、既に先客がいた。
広い訓練場の中央にいる黒い隊服姿の大柄な男は、鷹宮隊長だった。
鷹宮は雪斗の姿を見つけると僅かに眉をひそめた。
「……どうした。」
雪斗の表情を見て何かを察したらしい。雪斗が答える前に近付いてくる。
「何かあったか。」
「隊長は…」
「ん?」
「特異感染者って……知ってますか?」
“特異感染者”と聞き、元々険しい鷹宮の顔はもっと険しくなる。
「……誰に言われた。」
「いや…。」
「研究部の奴らか。」
雪斗は慌てて首を振り否定した。
「じゃあ誰だ。」
「知らない人です。緑色の長い髪で……隊服を着てました。」
鷹宮は思い当たる人物がいるのか、深いため息を吐いた。
「…天宮か。」
「天宮…?」
13話は28日19時頃更新予定です。




