第11話 早乙女梓の能力
「じゃあ…始めるね!」
次の瞬間。
ドォンッ!!
圧縮された風が一気に雪斗へ押し寄せてきた。
「!?」
雪斗は吹き飛ばされバランスを崩し、床にお尻から落ちてしまった。
「いっ…!」
「避けるだけだよ。頑張って!」
「無理だろ!」
(避けるって…この風をか!?どうやって…。)
ドォンッ!!
圧縮された風がまた雪斗を吹き飛ばす。
「――いって…!」
受け身を取る間もなく、今度は背中から床へ叩きつけられた。
肺の空気が一気に押し出され、あまりの痛さに言葉が出ない。
「っ……!」
「せめて受け身はちゃんと取らないと危ないよー?」
「…くそっ!」
その後も早乙女に吹き飛ばされては、床に体をうちつける。受け身もまったくとれていない為、痣も出来ているだろう。身体中が痛かった。
(どうやって避ければいいんだよ…。目に見えない攻撃を…!)
ドォン!!!
ドォン!!!
何度目か分からない攻撃を受け、雪斗の体力も精神力も削られていく。
「おい。」
「!」
その時いきなり小瀧に声をかけられ、思わず固まってしまう。
「なぜ避けれないか考えろ。」
「え?速かったし…風なんか見えないから…。」
(いきなりなんなんだ…。)
「分かってんのに真正面から攻撃受けてたのかよ…。ちったぁ頭使え。」
(ムカつく言い方だな…。)
「あの女が風を放ってから避けようとしただろ。だから遅せんだよ馬鹿。」
「……。」
「戦いは臨機応変なんだよ。いいか、攻撃そのものを見るな。相手を見ろ。」
そう言われ、雪斗は改めて早乙女を見る。
相変わらずニコニコしているが、逆に表情が読めない。
「能力には予備動作がある。視線、呼吸、重心、筋肉の動きに能力発動の癖…。まずはそこを見ろ。」
(相手の癖…。)
「…早乙女隊員、もう一度頼む。」
小瀧のアドバイスが終わるのを待ち、鷹宮が早乙女へ指示を出す。
(攻撃じゃなくて…能力を出す時の癖を見るってことか?)
ドォン!
ドォォン!!!
アドバイスを受けた後も、雪斗は避けられずにいた。その後も二回、三回と吹き飛ばされてしまう。だが雪斗は立ち上がる。
「雪斗くん大丈夫?休憩する?」
何度も攻撃を受けている為、さすがに心配になり早乙女が声をかけてきた。
――しかし、雪斗は首を横に振る。
「もう一回…お願いします。」
「…無理しないでね?」
(アドバイス通り、あの人の癖を確認してみたけど…)
何度も吹き飛ばされる中で気付いたことがある。
早乙女は能力を発動する直前、必ず右足に力が入っている。
そして小さく息を吸い、長い紫色の髪がふわりと揺れる。
(もしかしてこれが…能力を発動する予備動作?)
次の瞬間、早乙女の右足に力が入る。
(――今だ!)
ドォン!!
髪がふわりと揺れた瞬間、早乙女が先程と同様に風を放った。
しかし、その場所に雪斗はいなかった。いや、正確には半歩だけ横へ踏み出していたのだ。
風は肩先を掠め、後方へ突き抜ける。
「よ…避けれた…。」
自分が一番驚いている。風には少し当たってしまったが、今回は吹っ飛ばされていない。小瀧のアドバイスのおかげだ。
「すごーい!避けれたんだね。雪斗くんおめでとう!」
だが次の瞬間、早乙女が指を一本立て笑みを浮かべた。
「でもね、戦場って一発だけじゃないんだよ。」
「え?」
そう言うと早乙女の周囲に複数の風が集まり始めた。先程はふわりと揺れていた髪が激しく揺れ始める。
「ここから本番ねっ!」
「本番って…今までのはっ…。」
「ふふっ。よそ見禁止だよ。」
ドォン!!
背中に風圧が直撃した。
あまりの強さに身体が前へ吹き飛ぶ。
受け身もとれず、虚しく床を転がっていく。
「ぐっ……!二発連続なんか…聞いてねぇぞ。」
「何言ってるの?戦場で敵が一人一発ずつ攻撃してくれる訳ないでしょ?」
「…確かに。」
「さっ!立って。まだまだ終わらないよ。」
「ちょ、ちょっと待っ…!」
ドォォォン!!!
横から吹き荒れた風に身体が持っていかれる。
床を転がり、ようやく止まったかと思えば、間髪入れずに別方向から風が迫る。
「っ――!」
避けようと足を踏み出すが、身体が思うように動かない。
――疲労で足が重い。
ドォン!!
「!」
(無理だ…。足がもう…。)
今度は真正面から風を受け、再び吹き飛ばされしまった。
肩を床へ打ち付け、鈍い痛みが全身を走った。
「雪斗くん!受け身とって!」
早乙女はそう言うと、容赦なく次の風を生み出す。
右、左、正面。
まるで逃げ場を塞ぐように、風が連続して雪斗へ襲いかかる。
(予備動作も、癖も分かったけど…)
――身体が追いつかない。
分かっていても避けられない。
「そこまでだ。」
低く響く声と同時に、訓練場の空気が張り詰めた。
早乙女の手が止まり、自然と風も止む。
雪斗は肩で荒く息をしながら、その場へ膝をついた。
「はぁ…はぁ…。」
全身が鉛のように重い。
「一ノ瀬。」
「……はい。」
「少し、理解したようだな。」
「…一回しか避けれませんでしたけど。」
「いや、十分だ。小瀧も的確なアドバイスだった。」
「…見ててイライラしたから伝えただけです。」
「よし…。回避訓練はここまで。早乙女隊員ご苦労だった。」
「お疲れ様でしたぁ。」
「一ノ瀬は座ったままでいいから聞け。」
鷹宮の言葉に、雪斗は息を整えながら顔を上げた。
「全体的に見て悪くはない。予備動作もしっかり見れているし、アドバイスもすぐ聞き入れた。その素直さも隊員には必要だからな。」
「…はい。」
「課題としては、まず体力をつけろ。本来なら避けるだけではなく、こちら側も攻めていかなければならない。あと、受け身に関してはマイナス点だ。」
「分かりました…。」
「じゃあ次だ。来い。」
「ま…まだあるのかよ…。」
震える足を抑え立ち上がり鷹宮について行く。
すると精神評価室と書かれた扉があった。
部屋に入ると室内は薄暗く、モニターの光だけが浮かんでいた。
雪斗は椅子に座らされ、他の隊員たちは入口近くの壁に待機している。
「精神適性評価を開始する。椿、頼む。」
鷹宮の合図と共に、氷室がモニターを操作する。
モニターに映し出されたのは何の変哲もない教室だった。
窓際の席に黒板。
騒がしいクラスメイト。
雪斗の肩が僅かに震える。
「俺の…学校?」
すぐに映像が切り替わり、次はグラウンドへ。そこにはサッカー部と思われる生徒たちが、汗だくになってボールを追っていた。
「…俺が送れるはずだった未来でも見せてんのか?」
雪斗の腕輪についているモニターのストレス値が少し上昇する。
そして場面はガラリと変わり、怪物化した感染者が映し出された。
既に討伐された後のようで、ピクリとも動かない。
(あんな見た目をしてるけど…元はと言えば俺と同じ人間なんだよな。俺もああなっていた可能性が…いや、もしかしたらまだその可能性は残されているのかもしれない。)
――ピッピッ
無意識にストレス値が上がっていく。
そして次の映像が流れた。
「…!なんだよ。この映像…。」
そこには…湊が映っていた。悠真と雪斗もいる。談話室で楽しく話している映像だった。
だが次の瞬間。
「!」
先程の映像と違って湊は病室にいた。
『患者急変!』
『先生!!』
職員たちが走る。
その場にいた琴音も駆け寄った。
ベッドに寝かされた湊は苦しそうに呼吸をしている。
全身の血管が黒く浮き上がり始めていた。
適性試験で投与されたウイルスを身体が拒絶しているのだ。
『湊くん!!』
琴音が能力を発動する。
湊の体が光で包まれていた。
琴音はこの三日間ずっと湊に付きっきりで看病しており、体は傷だらけだった。それでも必死に治そうとしていた。
琴音の腕に黒い痣が浮かぶ。
――能力の代償だ。
『大丈夫!助かるから!絶対大丈夫だから!』
琴音はそう自分に言い聞かせるように叫ぶ。
そこへ古川が到着。
『状態は!』
医療班が答える。
『臓器機能低下!』
『心拍不安定!
『拒絶反応が止まりません!』
古川の表情が険しくなる。
薬剤投入に人工呼吸補助。
あらゆる処置が行われていたが、湊の容態は一向に良くならない。
心拍。
血圧。
酸素濃度。
全て下がっていた。
琴音は震えながら能力を使い続ける。
琴音からは鼻血が流れ腕の皮膚が裂けていた。
それでも止めない。
『お願い……!戻ってきて……!』
湊の身体が痙攣する。
『心停止!』
部屋の空気が変わる。
除細動器。
蘇生措置。
何度も。
何度も。
何度も。
だが…湊は反応しなかった。
ピ―――……
長い電子音が病室に虚しく響く。
それはもちろん、琴音にも聞こえてた。
『まだ…まだです…。まだ助かります…。』
古川は時計を見た後、目を閉じ静かに告げる。
「……死亡確認。」
『ちがっ…。先生…湊くんはまだ…!』
古川は琴音の肩へそっと手を置いた。
『もう…やめなさい。』
その瞬間、琴音の能力が切れ膝から崩れ落ちる。
『なんで…なんで治らないの…。』
彼女は今まで多くの人を救ってきた。
だからこそ、救えなかった事実を受け入れられない。
『宮下くん、君は十分やった。』
琴音は首を振る。
『違います…。私がもっと早ければ…もっとチカラを使えてたら…。』
『いいえ。君のせいじゃない。これは適性の問題です。誰が治療しても結果は変わりませんでした。』
琴音も分かっていた。それでも辛く悲しい現実を受け入れることが出来なかった。
湊のベッドの横で琴音は泣き続けた。
救えなかった命の前でずっと…ずっと。
「なんだよ…これ。」
(これが…湊の最後なのか?こんなに苦しんで…)
――ピッ
心拍上昇。
雪斗の腕輪が小さく警告音を鳴らした。
ピッ。
ピッ。
早乙女が思わず一歩前へ出る。
「雪斗くっ…。」
しかし、その腕を真壁が掴んだ。
早乙女が驚き振り向くが、真壁は腕を掴んだまま何も言わない。
ただ静かに首を横へ振った。
助けてはいけない。
雪斗自身が越えなければならない壁だから。
早乙女は唇を噛み泣きそうになっていた。
「でも…。」
「信じよう。雪斗くんを。」
鷹宮は腕を組んだまま動かない。
氷室も小瀧も、黙って雪斗を見つめている。
誰も助けない。誰も手を差し伸べない。
それは冷たさではなく、雪斗が前へ進むために必要な時間だった。
――そして最後の映像が流れた。
そこに映っていたのは感染者だった。しかし既に始末された後のようで、無機質な部屋に寝転がらされていた。氷室はすかさず説明を挟む。
「…ここはB21階、低危険度・遺体収容区画だ。」
映像は続く。怪物化した感染者を研究部員達がチェックしているようだ。…少しして、一人の研究員の手に握られていた物が映った。
「ネックレス…。」
見たことがある。怜侍のネックレスだ。
「もしかして…この感染者は…。」
「…あぁ。神代 怜侍だ。」
――ドクンッ。
氷室の言葉に、腕輪の数値が急上昇した。
ピーピーピーッ!!
警告音。
早乙女が思わず声を上げる。
「雪斗くん!」
早乙女の腕を掴んでいた真壁の手に、思わず力が入る。
鷹宮も僅かに眉を動かした。
雪斗はただ俯いている。
「こんなの見せられて…正気を保てる方がおかしいだろ…。」
爪が食い込むほど、強く拳を握った。
湊も怜侍も、最後は苦しんで逝ってしまった事実を見てしまったのだ。
「理不尽だよな…ほんと…全部無茶苦茶だ。なにもかも…。」
声が掠れる。
その光景を見て氷室も鷹宮に判断を委ねた。
「…隊長。止めますか?」
「…もう少し待て。」
「…了解。」
(なにもかも…失った?俺に残されたのは何も無いのか?)
その時雪斗が思い出したのは、両親や幼なじみ、そして怜侍の恋人に悠真。生きている人達だった。
(違う…。何も無い訳じゃない。)
ピッ――
ピッ――
(落ち着け。卑屈になるな。俺は…まだ生きている。二人は亡くなったけど…俺にはまだ残された人たちがいる。)
「…家に帰らないと。」
ピッ……
ピッ……
「!隊長…。」
「あぁ。」
氷室が驚くのも無理はない。先程まで警告音を出すほど心拍が上がっていたのに、だんだんと下がってきている。
(能力を発動させ、強くなって…必ずここを出る。そして感染源のウイルスを根絶やしにする。…二人の命を無駄にしちゃいけない。)
モニターの警告音が消えた。数値は安定し、正常範囲まで戻っている。
「…。」
「評価終了だ。」
鷹宮の一言に雪斗は反応を示さない。
ただ俯いたまま呼吸を整えていた。
「うぅぅぅぅ……。」
(?誰の声…)
どこからか嗚咽が聞こえ雪斗が振り向くと、号泣している早乙女と目が合った。
「雪斗くんがんばったぁぁぁぁ…。」
「え?え?」
「十七歳なんて…まだ子どもなのにっ…!こんなの辛すぎるうぅ!」
あまりの泣きっぷりに、雪斗は戸惑いオロオロしている。
「よく頑張ったねぇぇぇ!!」
「え、あの……」
そのまま早乙女は雪斗を抱きしめた。雪斗は座っている為、ちょうど早乙女の胸で顔を押しつぶされてしまう。
「私だったら辛くてモニター壊してたよおぉ。わあああぁん。」
「くっ…くるし…!」
窒息!窒息してしまう!ともがいていると、やれやれと真壁が早乙女の首根っこを掴み剥がしてくれた。
「うちの隊員殺さないでくれるかなぁ。」
「慰めてたんです!」
「ケホッ…。死ぬかと思った…。」
少し場の空気が良くなったところで鷹宮が口を開いた。
「一ノ瀬。」
「!」
「精神適正は…保留だ。」
「保留…?」
「今回あの映像を見て耐えたことは褒められることだ。だが…あれ以上のことがあれば暴走していただろう。」
「…。」
「感情を抑えることは至難の業だ。椿でさえ、顔には出ないが怒りすぎて体から冷気が溢れている場合がある。」
(それは…危なくないか?)
「だがまぁ…能力訓練へ進める程度には安定している。全体的に見て合格だ。」
「!はい。」
その時、施設内放送が鳴った。
『特務第零部隊所属、真壁隼人隊員。至急B10階第二会議室まで来てください。繰り返します――』
「あー…。」
「真壁…今度は何したんだ。」
「鷹宮隊長…。いやぁ。心当たりがありすぎて…。」
真壁の言葉に氷室はすかさず突っ込む。
「一ノ瀬をB20から勝手に連れ出した件だろ。小倉主任はともかく、さすがの篠崎さんも怒りを通り越して呆れてたからな。」
「結果オーライなのになぁ。じゃあ行ってきまーす。」
今から怒られることは確実なはずだが、何故かスキップしながらエレベーターへ向かって行った。
(やっぱり変な奴だ…。)
「じゃあ、一旦休憩に入る。椿、飯行くか?」
「すみません。この後、別の研究所から要請がかかっているので。」
「…研究所?」
(この施設内じゃないってことか?)
「…一ノ瀬も最初からここにいた訳じゃないだろう?」
「あぁ…よく分からない病院みたいな所に居ました。」
「あれが研究所だ。外部にも何ヶ所かあってたまに呼ばれるんだ。結果報告とついでに能力者の血液サンプルでも欲しいんだろう。」
「はぁ…。」
「鷹宮体調。このあと荷造りをして、一週間ほど施設を離れます。」
「分かった。気をつけてな。じゃあ一ノ瀬と早乙女も飯にするか?」
「俺は…。」
(なんも考えてなかったな。)
「私はこの後、第ー部隊で会議があるのでその前に琴音のお見舞いに行ってきます。」
(琴音…?)
「そうか。もう少しで復帰出来るんだったか?」
「本人はそう言ってますけどね。古川先生的にはもう少し横になってほしそうでしたけど。」
「あ、あの…早乙女さん!」
「…梓だよ?」
「あ…梓さん。」
「なぁに?」
(怖ぇんだよなこの人…。)
「俺も琴音さんのお見舞い行ってもいいですか?」
「え?琴音の?」
「…前に助けてもらったんですけど、ちゃんとお礼言えてなかったなって。湊のことも…。」
そう言うと、琴音は優しく雪斗に微笑みピースサインを作った。
「おっけー!行こう!琴音も喜ぶよ!じゃあ鷹宮隊長、一ノ瀬くん借りますね!」
「おぅ。…食うんじゃねぇぞ。」
「……はぁーい!」
(何その間…。)
雪斗と早乙女は訓練室を後にし、エレベーターへ乗り込んだ。
第12話は27日19時に更新予定です。




