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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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11/13

第11話 早乙女梓の能力

「じゃあ…始めるね!」


次の瞬間。


ドォンッ!!


圧縮された風が一気に雪斗へ押し寄せてきた。


「!?」


雪斗は吹き飛ばされバランスを崩し、床にお尻から落ちてしまった。


「いっ…!」


「避けるだけだよ。頑張って!」


「無理だろ!」

(避けるって…この風をか!?どうやって…。)


ドォンッ!!


圧縮された風がまた雪斗を吹き飛ばす。


「――いって…!」


受け身を取る間もなく、今度は背中から床へ叩きつけられた。

肺の空気が一気に押し出され、あまりの痛さに言葉が出ない。


「っ……!」


「せめて受け身はちゃんと取らないと危ないよー?」


「…くそっ!」


その後も早乙女に吹き飛ばされては、床に体をうちつける。受け身もまったくとれていない為、痣も出来ているだろう。身体中が痛かった。


(どうやって避ければいいんだよ…。目に見えない攻撃を…!)


ドォン!!!


ドォン!!!


何度目か分からない攻撃を受け、雪斗の体力も精神力も削られていく。


「おい。」


「!」


その時いきなり小瀧に声をかけられ、思わず固まってしまう。


「なぜ避けれないか考えろ。」


「え?速かったし…風なんか見えないから…。」

(いきなりなんなんだ…。)


「分かってんのに真正面から攻撃受けてたのかよ…。ちったぁ頭使え。」


(ムカつく言い方だな…。)


「あの女が風を放ってから避けようとしただろ。だから遅せんだよ馬鹿。」


「……。」


「戦いは臨機応変なんだよ。いいか、攻撃そのものを見るな。相手を見ろ。」


そう言われ、雪斗は改めて早乙女を見る。

相変わらずニコニコしているが、逆に表情が読めない。


「能力には予備動作がある。視線、呼吸、重心、筋肉の動きに能力発動の癖…。まずはそこを見ろ。」


(相手の癖…。)


「…早乙女隊員、もう一度頼む。」


小瀧のアドバイスが終わるのを待ち、鷹宮が早乙女へ指示を出す。


(攻撃じゃなくて…能力を出す時の癖を見るってことか?)


ドォン!


ドォォン!!!


アドバイスを受けた後も、雪斗は避けられずにいた。その後も二回、三回と吹き飛ばされてしまう。だが雪斗は立ち上がる。


「雪斗くん大丈夫?休憩する?」


何度も攻撃を受けている為、さすがに心配になり早乙女が声をかけてきた。

――しかし、雪斗は首を横に振る。


「もう一回…お願いします。」


「…無理しないでね?」


(アドバイス通り、あの人の癖を確認してみたけど…)


何度も吹き飛ばされる中で気付いたことがある。

早乙女は能力を発動する直前、必ず右足に力が入っている。

そして小さく息を吸い、長い紫色の髪がふわりと揺れる。


(もしかしてこれが…能力を発動する予備動作?)


次の瞬間、早乙女の右足に力が入る。


(――今だ!)


ドォン!!


髪がふわりと揺れた瞬間、早乙女が先程と同様に風を放った。

しかし、その場所に雪斗はいなかった。いや、正確には半歩だけ横へ踏み出していたのだ。

風は肩先を掠め、後方へ突き抜ける。


「よ…避けれた…。」


自分が一番驚いている。風には少し当たってしまったが、今回は吹っ飛ばされていない。小瀧のアドバイスのおかげだ。


「すごーい!避けれたんだね。雪斗くんおめでとう!」


だが次の瞬間、早乙女が指を一本立て笑みを浮かべた。


「でもね、戦場って一発だけじゃないんだよ。」


「え?」


そう言うと早乙女の周囲に複数の風が集まり始めた。先程はふわりと揺れていた髪が激しく揺れ始める。


「ここから本番ねっ!」


「本番って…今までのはっ…。」


「ふふっ。よそ見禁止だよ。」


ドォン!!


背中に風圧が直撃した。

あまりの強さに身体が前へ吹き飛ぶ。

受け身もとれず、虚しく床を転がっていく。


「ぐっ……!二発連続なんか…聞いてねぇぞ。」


「何言ってるの?戦場で敵が一人一発ずつ攻撃してくれる訳ないでしょ?」


「…確かに。」


「さっ!立って。まだまだ終わらないよ。」


「ちょ、ちょっと待っ…!」


ドォォォン!!!


横から吹き荒れた風に身体が持っていかれる。

床を転がり、ようやく止まったかと思えば、間髪入れずに別方向から風が迫る。


「っ――!」


避けようと足を踏み出すが、身体が思うように動かない。

――疲労で足が重い。


ドォン!!


「!」

(無理だ…。足がもう…。)


今度は真正面から風を受け、再び吹き飛ばされしまった。

肩を床へ打ち付け、鈍い痛みが全身を走った。


「雪斗くん!受け身とって!」


早乙女はそう言うと、容赦なく次の風を生み出す。

右、左、正面。

まるで逃げ場を塞ぐように、風が連続して雪斗へ襲いかかる。


(予備動作も、癖も分かったけど…)


――身体が追いつかない。

分かっていても避けられない。


「そこまでだ。」


低く響く声と同時に、訓練場の空気が張り詰めた。

早乙女の手が止まり、自然と風も止む。

雪斗は肩で荒く息をしながら、その場へ膝をついた。


「はぁ…はぁ…。」


全身が鉛のように重い。


「一ノ瀬。」


「……はい。」


「少し、理解したようだな。」


「…一回しか避けれませんでしたけど。」


「いや、十分だ。小瀧も的確なアドバイスだった。」


「…見ててイライラしたから伝えただけです。」


「よし…。回避訓練はここまで。早乙女隊員ご苦労だった。」


「お疲れ様でしたぁ。」


「一ノ瀬は座ったままでいいから聞け。」


鷹宮の言葉に、雪斗は息を整えながら顔を上げた。


「全体的に見て悪くはない。予備動作もしっかり見れているし、アドバイスもすぐ聞き入れた。その素直さも隊員には必要だからな。」


「…はい。」


「課題としては、まず体力をつけろ。本来なら避けるだけではなく、こちら側も攻めていかなければならない。あと、受け身に関してはマイナス点だ。」


「分かりました…。」


「じゃあ次だ。来い。」


「ま…まだあるのかよ…。」


震える足を抑え立ち上がり鷹宮について行く。

すると精神評価室と書かれた扉があった。

部屋に入ると室内は薄暗く、モニターの光だけが浮かんでいた。

雪斗は椅子に座らされ、他の隊員たちは入口近くの壁に待機している。


「精神適性評価を開始する。椿、頼む。」


鷹宮の合図と共に、氷室がモニターを操作する。

モニターに映し出されたのは何の変哲もない教室だった。

窓際の席に黒板。

騒がしいクラスメイト。

雪斗の肩が僅かに震える。


「俺の…学校?」


すぐに映像が切り替わり、次はグラウンドへ。そこにはサッカー部と思われる生徒たちが、汗だくになってボールを追っていた。


「…俺が送れるはずだった未来でも見せてんのか?」


雪斗の腕輪についているモニターのストレス値が少し上昇する。

そして場面はガラリと変わり、怪物化した感染者が映し出された。

既に討伐された後のようで、ピクリとも動かない。


(あんな見た目をしてるけど…元はと言えば俺と同じ人間なんだよな。俺もああなっていた可能性が…いや、もしかしたらまだその可能性は残されているのかもしれない。)


――ピッピッ


無意識にストレス値が上がっていく。


そして次の映像が流れた。


「…!なんだよ。この映像…。」


そこには…湊が映っていた。悠真と雪斗もいる。談話室で楽しく話している映像だった。

だが次の瞬間。


「!」


先程の映像と違って湊は病室にいた。


『患者急変!』

『先生!!』


職員たちが走る。

その場にいた琴音も駆け寄った。

ベッドに寝かされた湊は苦しそうに呼吸をしている。

全身の血管が黒く浮き上がり始めていた。

適性試験で投与されたウイルスを身体が拒絶しているのだ。


『湊くん!!』


琴音が能力を発動する。

湊の体が光で包まれていた。

琴音はこの三日間ずっと湊に付きっきりで看病しており、体は傷だらけだった。それでも必死に治そうとしていた。

琴音の腕に黒い痣が浮かぶ。


――能力の代償だ。


『大丈夫!助かるから!絶対大丈夫だから!』


琴音はそう自分に言い聞かせるように叫ぶ。

そこへ古川が到着。


『状態は!』


医療班が答える。


『臓器機能低下!』

『心拍不安定!

『拒絶反応が止まりません!』


古川の表情が険しくなる。

薬剤投入に人工呼吸補助。

あらゆる処置が行われていたが、湊の容態は一向に良くならない。

心拍。

血圧。

酸素濃度。

全て下がっていた。

琴音は震えながら能力を使い続ける。

琴音からは鼻血が流れ腕の皮膚が裂けていた。

それでも止めない。


『お願い……!戻ってきて……!』


湊の身体が痙攣する。


『心停止!』


部屋の空気が変わる。


除細動器。

蘇生措置。

何度も。

何度も。

何度も。

だが…湊は反応しなかった。


ピ―――……


長い電子音が病室に虚しく響く。

それはもちろん、琴音にも聞こえてた。


『まだ…まだです…。まだ助かります…。』


古川は時計を見た後、目を閉じ静かに告げる。


「……死亡確認。」


『ちがっ…。先生…湊くんはまだ…!』


古川は琴音の肩へそっと手を置いた。


『もう…やめなさい。』


その瞬間、琴音の能力が切れ膝から崩れ落ちる。


『なんで…なんで治らないの…。』


彼女は今まで多くの人を救ってきた。

だからこそ、救えなかった事実を受け入れられない。


『宮下くん、君は十分やった。』


琴音は首を振る。


『違います…。私がもっと早ければ…もっとチカラを使えてたら…。』


『いいえ。君のせいじゃない。これは適性の問題です。誰が治療しても結果は変わりませんでした。』


琴音も分かっていた。それでも辛く悲しい現実を受け入れることが出来なかった。

湊のベッドの横で琴音は泣き続けた。

救えなかった命の前でずっと…ずっと。


「なんだよ…これ。」

(これが…湊の最後なのか?こんなに苦しんで…)


――ピッ


心拍上昇。

雪斗の腕輪が小さく警告音を鳴らした。


ピッ。

ピッ。


早乙女が思わず一歩前へ出る。


「雪斗くっ…。」


しかし、その腕を真壁が掴んだ。

早乙女が驚き振り向くが、真壁は腕を掴んだまま何も言わない。

ただ静かに首を横へ振った。

助けてはいけない。

雪斗自身が越えなければならない壁だから。

早乙女は唇を噛み泣きそうになっていた。


「でも…。」


「信じよう。雪斗くんを。」


鷹宮は腕を組んだまま動かない。

氷室も小瀧も、黙って雪斗を見つめている。

誰も助けない。誰も手を差し伸べない。

それは冷たさではなく、雪斗が前へ進むために必要な時間だった。


――そして最後の映像が流れた。


そこに映っていたのは感染者だった。しかし既に始末された後のようで、無機質な部屋に寝転がらされていた。氷室はすかさず説明を挟む。


「…ここはB21階、低危険度・遺体収容区画だ。」


映像は続く。怪物化した感染者を研究部員達がチェックしているようだ。…少しして、一人の研究員の手に握られていた物が映った。


「ネックレス…。」


見たことがある。怜侍のネックレスだ。


「もしかして…この感染者は…。」


「…あぁ。神代 怜侍だ。」


――ドクンッ。


氷室の言葉に、腕輪の数値が急上昇した。


ピーピーピーッ!!


警告音。

早乙女が思わず声を上げる。


「雪斗くん!」


早乙女の腕を掴んでいた真壁の手に、思わず力が入る。

鷹宮も僅かに眉を動かした。

雪斗はただ俯いている。


「こんなの見せられて…正気を保てる方がおかしいだろ…。」


爪が食い込むほど、強く拳を握った。

湊も怜侍も、最後は苦しんで逝ってしまった事実を見てしまったのだ。


「理不尽だよな…ほんと…全部無茶苦茶だ。なにもかも…。」


声が掠れる。

その光景を見て氷室も鷹宮に判断を委ねた。


「…隊長。止めますか?」


「…もう少し待て。」


「…了解。」


(なにもかも…失った?俺に残されたのは何も無いのか?)


その時雪斗が思い出したのは、両親や幼なじみ、そして怜侍の恋人に悠真。生きている人達だった。


(違う…。何も無い訳じゃない。)


ピッ――


ピッ――


(落ち着け。卑屈になるな。俺は…まだ生きている。二人は亡くなったけど…俺にはまだ残された人たちがいる。)


「…家に帰らないと。」


ピッ……

ピッ……


「!隊長…。」


「あぁ。」


氷室が驚くのも無理はない。先程まで警告音を出すほど心拍が上がっていたのに、だんだんと下がってきている。


(能力を発動させ、強くなって…必ずここを出る。そして感染源のウイルスを根絶やしにする。…二人の命を無駄にしちゃいけない。)


モニターの警告音が消えた。数値は安定し、正常範囲まで戻っている。


「…。」


「評価終了だ。」


鷹宮の一言に雪斗は反応を示さない。

ただ俯いたまま呼吸を整えていた。


「うぅぅぅぅ……。」


(?誰の声…)


どこからか嗚咽が聞こえ雪斗が振り向くと、号泣している早乙女と目が合った。


「雪斗くんがんばったぁぁぁぁ…。」


「え?え?」


「十七歳なんて…まだ子どもなのにっ…!こんなの辛すぎるうぅ!」


あまりの泣きっぷりに、雪斗は戸惑いオロオロしている。


「よく頑張ったねぇぇぇ!!」


「え、あの……」


そのまま早乙女は雪斗を抱きしめた。雪斗は座っている為、ちょうど早乙女の胸で顔を押しつぶされてしまう。


「私だったら辛くてモニター壊してたよおぉ。わあああぁん。」


「くっ…くるし…!」


窒息!窒息してしまう!ともがいていると、やれやれと真壁が早乙女の首根っこを掴み剥がしてくれた。


「うちの隊員殺さないでくれるかなぁ。」


「慰めてたんです!」


「ケホッ…。死ぬかと思った…。」


少し場の空気が良くなったところで鷹宮が口を開いた。


「一ノ瀬。」


「!」


「精神適正は…保留だ。」


「保留…?」


「今回あの映像を見て耐えたことは褒められることだ。だが…あれ以上のことがあれば暴走していただろう。」


「…。」


「感情を抑えることは至難の業だ。椿でさえ、顔には出ないが怒りすぎて体から冷気が溢れている場合がある。」


(それは…危なくないか?)


「だがまぁ…能力訓練へ進める程度には安定している。全体的に見て合格だ。」


「!はい。」


その時、施設内放送が鳴った。


『特務第零部隊所属、真壁隼人隊員。至急B10階第二会議室まで来てください。繰り返します――』


「あー…。」


「真壁…今度は何したんだ。」


「鷹宮隊長…。いやぁ。心当たりがありすぎて…。」


真壁の言葉に氷室はすかさず突っ込む。


「一ノ瀬をB20から勝手に連れ出した件だろ。小倉主任はともかく、さすがの篠崎さんも怒りを通り越して呆れてたからな。」


「結果オーライなのになぁ。じゃあ行ってきまーす。」


今から怒られることは確実なはずだが、何故かスキップしながらエレベーターへ向かって行った。


(やっぱり変な奴だ…。)


「じゃあ、一旦休憩に入る。椿、飯行くか?」


「すみません。この後、別の研究所から要請がかかっているので。」


「…研究所?」

(この施設内じゃないってことか?)


「…一ノ瀬も最初からここにいた訳じゃないだろう?」


「あぁ…よく分からない病院みたいな所に居ました。」


「あれが研究所だ。外部にも何ヶ所かあってたまに呼ばれるんだ。結果報告とついでに能力者の血液サンプルでも欲しいんだろう。」


「はぁ…。」


「鷹宮体調。このあと荷造りをして、一週間ほど施設を離れます。」


「分かった。気をつけてな。じゃあ一ノ瀬と早乙女も飯にするか?」


「俺は…。」

(なんも考えてなかったな。)


「私はこの後、第ー部隊で会議があるのでその前に琴音のお見舞いに行ってきます。」


(琴音…?)


「そうか。もう少しで復帰出来るんだったか?」


「本人はそう言ってますけどね。古川先生的にはもう少し横になってほしそうでしたけど。」


「あ、あの…早乙女さん!」


「…梓だよ?」


「あ…梓さん。」


「なぁに?」


(怖ぇんだよなこの人…。)


「俺も琴音さんのお見舞い行ってもいいですか?」


「え?琴音の?」


「…前に助けてもらったんですけど、ちゃんとお礼言えてなかったなって。湊のことも…。」


そう言うと、琴音は優しく雪斗に微笑みピースサインを作った。


「おっけー!行こう!琴音も喜ぶよ!じゃあ鷹宮隊長、一ノ瀬くん借りますね!」


「おぅ。…食うんじゃねぇぞ。」


「……はぁーい!」


(何その間…。)


雪斗と早乙女は訓練室を後にし、エレベーターへ乗り込んだ。


第12話は27日19時に更新予定です。

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