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第零隔離区ー特異感染者と呼ばれた少年ー  作者: 茅ヶ崎 真
ウイルスの定着

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第10話 初めての訓練

真壁が水のペットボトルを持って戻ってくると、部屋から泣き声が聞こえた。

嗚咽を堪えるような声。


「…入れないな。」


小さく呟く。

いつもお気楽で人の懐にズカズカ入っていくタイプだが、流石に空気は読む男だ。


「君も入るタイミング逃したの?…琉偉。」


壁にもたれていた人影が小さく動いた。

――小瀧琉偉。

腕を組み不機嫌そうな顔で立っている。


「…自分の部屋に戻るところです。」


「今深夜なんだけど…。でもまぁ、そういうことにしておこうか。」


琉偉の眉がぴくりと動くが、真壁は気にせず話を続ける。


「彼、本当に頑張ってるよ。」


「…。」


「普通の高校生活も友達も失って感染までしたんだ。それも前例がない…。普通なら嫌になってとっくに暴走してるよ。」


小瀧は何も答えない。


「それでも彼…雪斗くんは前を向こうと必死にもがいている。…本当は君も分かってるんじゃないの?」


真壁が視線を小瀧に向けた。

小瀧は壁にもたれたまま表情を変えない。

ただ、僅かに目を伏せた。


「…真壁さんは本当によく喋りますね。」


「君は言葉が足りなさすぎるよ。」


部屋の中からは、まだ雪斗の泣き声が聞こえている。

小瀧はその音から目を逸らすように、部屋へ戻って行った。


♢♢♢


「…落ち着いたか?」


鷹宮の声に雪斗は頷いたまま顔を上げない。先程まで鷹宮の腕の中で大泣きしていたことを思い出し、恥ずかしくなってしまったのだ。


「…泣くことは別に悪いことじゃねぇ。テメェはまだ子供だしな。」


「…十七は子供じゃない。」


「はっ…俺からしたらガキだ。」


まだ鼻を啜っているが、涙が出ることはなかった。部屋に入るタイミングを失っていた真壁もようやく扉を開け、いつもの明るさで雪斗へ話しかけた。


「遅くなりましたー。雪斗くんお水持ってきたよー。」


「…悪い。」


真壁からペットボトルを受け取る。…やはり顔は俯いたままだ。


「一ノ瀬はもう大丈夫そうですね。私は情報分析部と篠崎さんへ報告してから部屋に戻ります。」


「あぁ。頼む。」


「じゃあ俺も部屋に戻って寝よっかなぁ。」


「真壁は小倉主任と古川先生に報告しといてくれ。」


「えぇ…。古川先生だけでいいですか?」


「小倉主任もだ。」


「はぁ…分かりましたよ。」


真壁は分かりやすく肩を落とし、氷室と共に部屋を出ていこうとする。

その時、ようやく雪斗の顔が上がった。


「あのっ…!」


いきなり雪斗に声をかけられ、二人は同時に振り向く。


「その…こんな夜中に、迷惑かけてすみませんでした。」


「…構わん。業務の一環だ。気にするな。」


「そうそう!任務で夜中に叩き起されるとかしょっちゅうだし、謝ることじゃないよ。」


そう言われ、雪斗は少し心が軽くなった。第零部隊がいなかったら、雪斗自身どうなっていたか分からない。

雪斗から謝罪を受けたあと、氷室と真壁は今度こそ部屋を後にした。


「じゃあ俺も行く。一人で大丈夫か?」


「大丈夫…。」


「そうか。また嫌な夢見たら駆けつけてやるから、安心して寝ろ。」


雪斗の頭を乱暴に撫で、鷹宮も部屋を後にする。また眠れば悪夢を見るかもしれない…だが不思議と怖くはなかった。きっと、第零部隊のおかげなのだろう。雪斗はゆっくり瞼を閉じた。


♢♢♢


ドンドンドンドン!!!


「!!!?」


扉が壊れるんじゃないかと思うほどのノックが、扉の外から聞こえてきた。


「雪斗くんー!!朝だよー!!起きてるー!?」


雪斗は布団の中で目を開けた。


「…。」


ドンドンドンドン!!!


「大丈夫ーー??返事してー!!」


あまりにもうるさい為、雪斗は重い体を起こし扉を開ける。

そこには想像通り真壁がいた。


「おはよう!」


まるで昨日のことなど無かったかのように穏やかな笑顔を雪斗へ向けた。


「……おはよう…ございます。」


「うんうん。じゃあ早速朝ご飯食べに行こうか!腹が減っては戦ができぬ、って言うしね!」


真壁に急かされ、雪斗は部屋に用意されていた隊服へ袖を通す。第零部隊全員が着ているものだ。


「…ずっと隊服で過ごすってこと?」


「まさかぁ。これから訓練だからね。オフの日は普通に私服だよ。雪斗くんの服も用意させるから安心して。」


そんな会話をしながら二人はB1食堂へ向かった。

食堂は朝から賑やかだった。

戦闘部隊。

研究員。

医療部隊。

色んな人間が行き交っている。

雪斗は真壁に説明され、トレーを持って列に並んだ。目の前には美味しそうな料理がたくさんあり、どれにしようかと悩む。


(ひとまず…定番のものでいっか。)


焼き鮭、味噌汁、白米、漬物、だし巻き玉子といったザ・日本人の朝ごはんをトレーに置き、空いている席につく。

真壁は飲み物取ってくるねーと雪斗から離れた。


(…先に食べるのもなんだし…待っとくか。)


そうして周りを見ながらボー…っと真壁を待っていると、雪斗のことを見つめてくる女性が。


(…あの人ずっと俺の事見てないか?)


その女性は雪斗と同じ隊服を来ている。戦闘員なのだろう。

長い紫髪に可愛らしい顔立ちの女性。ぱっちりとした丸い目からは視線が離せない。


(俺の方へ来てないか?)


先程まで少し離れた場所にいたはずだが、気付けば雪斗の目の前まで来ていた。


「…。」


無言で雪斗をジーッと見つめてくる。体に穴があきそうだ。その間に耐えられなくなったのは雪斗だった。


「えっと…な、何か…?」

(何でずっと見てくるんだこの人…。)


「…可愛い。」


「は?」


「かわいいいぃ!!」


「!!!?」


やっと話したかと思えば…可愛い?

人生で可愛いなど言われたことがない為、戸惑いを隠せず少し体が後ろへ引いてしまう。


「現役高校生っていうのは聞いてたけど…こんなに可愛いとは!!」


「俺が?」

(どこに可愛い要素があんだよ。)


「一ノ瀬雪斗くんだよね!?五十嵐隊長から聞いてるよ。私はSIO戦闘部門所属 特務第一部隊隊員、早乙女 梓だよ。よろしくね!」


「は…はぁ。」

(戦闘員っていうのは服装でなんとなく予想はついたけど…。)


「雪斗くんは第零部隊にいるんだよね?」


「え、あぁはい。」


「第一部隊に来なよー。お姉さんが可愛がってあげるからっ。」


「え!?」


「ねっ?」


そう言い早乙女はニコニコしながら雪斗へ顔を近づける。あまりの近さに緊張し、顔が赤くなる。


「え!照れてるの?顔真っ赤だよ?」


「近い!」

(くそっ…。こんなにも真壁を心から求めたことないぞ。早く来い…。)


「やっぱり可愛いー。ねぇねぇ、梓って呼んでみてっ。」


「――やめっ!」

(顔!顔近い…!!こんなことで心拍上げたくないのに!!)


「はーーい。そこまでーー。」


ぐいっ


真壁は雪斗と早乙女の間に入り、両手で無理やり距離をあけた。


「…あらぁ真壁さん。いたんですね。」


「気付いてたくせに…。だめだよ、雪斗くんを困らせたら」


「雪斗くんが可愛くてつい…。」


「第一部隊へ勧誘してたでしょ。聞こえてたよ。この子は第零部隊の子だから、誘うなら他当たってね。」


「えー…。」


口を尖らせ、残念そうに唸る早乙女を横目に真壁は雪斗へ耳打ちをした。


「雪斗くん、彼女が可愛いからって騙されるなよ。」


「へ?」


雪斗の反応を見た梓がニコニコしたまま真壁へ詰め寄った。


「真壁さん今失礼なこと言いました?」


「言ってないよ。」


ザワッ――


先程まで賑やかだった食堂が急に静かになった。

誰も喋らない代わりに皆視線を入口へ向けている。


(なんだ?)


雪斗も視線を入口へ向けると、そこにいたのは氷室副隊長だった。

相変わらずの無表情だ。ただ歩いているだけなのに空気が張り詰める。

食堂が静かな理由もなんとなく分かった。

するとーー


「副隊長ぉぉ!!!!」


静寂の中、早乙女だけは氷室に向かって叫んでいた。

食堂中の視線が氷室から早乙女に集まるが、本人は気にしていない様子。


「副隊長がどうして食堂に!?あぁ…そんなことより今日も可憐で美しい…。」


実は早乙女は氷室の大ファンで、氷室に会うと毎回こうなってしまう。


「早乙女隊員。」


「え!?私!?はい!!」


氷室は早乙女に用がある為、わざわざ食堂へ来たのだ。

推しに話しかけられ改めて姿勢を正すが、早乙女の口角はニタァ…と上がっている。


「食事中にすまないな。」


「いえ!!お気になさらず!!」


「食事を済ませたらB5階 基礎訓練区画へ来てくれるか?頼み事があってな。」


「え!?氷室副隊長が私に頼み事…?今行きます!!」


氷室に頼まれごとをされ舞い上がった早乙女は、そのまま氷室について行こうとする。


「早乙女隊員、食事を済ませたらと言ったが?」


「食事なんていいです!行きましょう!」


氷室は少しだけ首を傾け、柔らかく笑った。


「私の知っている早乙女隊員は、食事を無駄にする人間じゃない…。」


少し間を起き、氷室は早乙女の顎へ手をやる。


「……だろう?」


「は…はい…。」


人間はこんなにも顔が赤くなるのかと思うぐらい、早乙女は耳まで真っ赤になっていた。

だが、その気持ちは雪斗にもなんとなく分かった。


(やっぱ副隊長美人だな…。)


自分に向けられた笑顔ではないと分かっているが、雪斗ですらドキッとした。


早乙女は両手で顔を覆う。

氷室は早乙女の扱いが分かっているのだろう。

今度は顎から頭へ手を移動させた。


ぽん――。


「では、また後で。」


「!!??!?!??」


「たくっ…。副隊長やりすぎでしょ…。」


真壁が呆れたように呟くが、氷室は特に気にしていない。

そして何事もなかったように食堂を後にする。


「副隊長が頭を…私の頭を…。」


「早乙女さーん。戻っておいでー。」


「頭洗えないよう…。」


「…副隊長が絡むとこうなるんだから。雪斗くんほっといて食べよう。」


真壁の言葉に頷くと、二人は朝ごはんを食べ始めた。


「この後は訓練だからね。しっかり栄養つけてよ。」


「訓練…って何するの?」


「まずは今の雪斗くんがどのくらい出来るのか確認する。」


「確認?」


「そうだね。武器の扱いや判断力、体力に生き残る方法…それに感染者についても色々学ばないといけない。」


「多いな…。」


「戦場に出るには全部必要なことだからね。」


その時だった。

雪斗が焼き鮭を一口食べる。


「……美味しい。」


思わず声が漏れ、それを聞いた真壁は少し笑った。


「鮭好きなの?良かったね。」


軽い返事。特に意味の無い会話。

だが、雪斗は鮭を見つめたままだった。


「母さんの焼き鮭…。」


「?」


「いつも塩かけすぎで…しょっぱかった。」


「…うん。」


「父さんも絶対そう思ってたのに…ご飯の文句言うと母さん怖いから…いつも父さん、お茶で流し込んで食べてた。」


笑い話のはずだった。だが、真壁が笑うことはなかった。


「そんな無理してまで食べなくてもいいのに…。俺も父さんも綺麗に食べてさ…。今食べてる鮭なんか塩加減抜群なのに…なのに…。」


「雪斗くん…。」


「母さんの焼き鮭…また食べたいって思っちゃった。」


雪斗はそれ以上何も言わなかった。また泣いてしまいそうだから。

そんな雪斗に真壁は穏やかな声で喋りだした。


「雪斗くん聞いて?」


「え?」


「二度と会えないと決まった訳じゃない。」


「?」


「君はまだ戦闘員じゃないし、自身の能力も何か分かっていない。危険だから今は外に出られないんだ。それは理解している?」


「分かってる…。」


「でも、自身の能力と向き合ってきちんと制御できるようになれば、外出許可が下りる可能性は十分にある。」


希望を煽る言い方ではない。事実だけを伝えてくれている。


「ご両親に会うためにも、まずは訓練を頑張らないといけない。出来るね?」


雪斗の胸の重さが少しだけ軽くなった気がした。

昨日の痛みは消えていない。

怜侍のことも、夢を見ているだけで暴走しかけたことも。

それでも…。


「頑張ってみる…。」


そう言えたのはきっと真壁の言葉のおかげだ。


♢♢♢


B5 基礎訓練区画


エレベーターの扉が開く。

まず目に入ったのは広くて白い通路。

壁には訓練スケジュールや注意事項が表示されている。

奥からはランニングマシンの音や掛け声が聞こえてきた。


「ここも広いな…。」


「最初はみんなそう言うね。でも慣れるよ。」


二人はゆっくりと前へ進んでいく。周りにはジムに置いてあるようなランニングマシンやエアロバイク、ベンチプレスなどが並んでいた。

それらには目もくれず、第一訓練室と書かれた扉へ向かった。


「来たか。」


扉を開けると、中には鷹宮が既に待っていた。

腕を組み、いつもの険しい表情で圧を感じる。その横には眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうな態度で立っている小瀧もいた。


「一ノ瀬、お前は今日から第零部隊の訓練生だ。」


「訓練生?」


「あぁ。だから他の隊員の様に厳しく接するし、お前も隊員としての自覚をもて。…まずは目上のものに対しての口の利き方だ。敬語を使え、敬語を。」


「…うっす。」


「あぁ?」


「…分かりました。」


「…よし。さっそくだが基礎能力を確認する。

体力、反射速度、判断力、精神状態全てだ。」


「はい。」


「その後は回避訓練を行う。本来ならゴム弾を避けてもらうんだが…生ぬるいからな。そこである人物に頼んでおいた。」


(生ぬるいって…俺初めてなんだけど…。)


すると鷹宮の後ろから氷室ともう一人、雪斗の前に現れた。

先程食堂で会った“早乙女 梓”だった。


「今日の訓練補助は早乙女隊員に担当してもらう。」


「訓練室の壁を壊さない程度に頑張りますっ!」


(…え?)


「よし。じゃあまずは体力測定だ。最初は50m走のタイムを測る。一ノ瀬、そこのスタートラインに立て。」


(学校でやるのと変わらないな…。)


雪斗は言われるがまま50mを走った。元々サッカー部だった為、足はかなり速い方だ。久しぶりに思い切り走れて雪斗も楽しそうである。


「速いな。じゃあどんどん測定していくぞ。」


鷹宮の掛け声とともにその後も体力測定は続いていった。


持久走でも50m走と同じく平均以上。

反射速度測定は光ったパネルを触るシンプルなものだが、これも意外と高評価。


「動体視力も悪くないな…。」


ここまでなら雪斗も特に疲れを感じなかった。

だが、次からが問題だ。


「次は回避訓練エリアへ移動だ。」


すぐ隣の部屋へ移動すると、そこには早乙女がいた。


(でた…。)


「ここからは早乙女隊員に指導してもらう。」


「雪斗くん、よろしくね。」


「…よろしくお願いします。」


「ルールは単純だ。早乙女隊員の攻撃を避けろ。以上。」


「攻撃!?」


「大丈夫だよ。大怪我しないように調整するから。」


(大怪我ってことは怪我はさせんのかよ。)


全く安心できない言葉だが、早乙女はやる気満々だ。きっと氷室が見ているからだろう。


「私は普段、弓を使っての遠距離攻撃を得意とするんだけど、今回は回避訓練だから素手で行くね。」


(素手?どうやって―…)


その瞬間。


ふわっ


どこからか風が吹き始めた。

早乙女の周囲に空気の流れが集まる。


「!?」


ここで改めて早乙女も“能力者“なのだと実感した。



第11話は本日20時に更新予定です。

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