第8話 その瞬間、世界が変わった
舞踏会当日。
街の仕立て屋で、彼が指を差した。
「好きなのを選べ」
「いいの!?」
ドレスの販売だけでなく、貸し出しも行なっているらしい。メイク道具や装飾品まで一式揃えてあった。
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色とりどりの衣装が並び、リアは思わず目移りした。彼も今日の舞踏会に参加するのか、いつもと違う服装だった。
「……俺は付き合いだ」
リアは目を細めた。
「分かってる。でも、一人だと寂しいからあなたがいてくれた方が私も安心だもの」
セドリックはそっぽを向いてしまった。
「汚した場合」
「買い取りだからな」
(うぅ 汚さないように気を付けないと……)
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広い店内を見渡す。
すると一着のワンピースが目に入った。
(わぁ……あの白色の衣装、可愛い……)
(少し、着てみたい……)
ひと目で心を奪われた。けれど――
(舞踏会だし色付きの方がいいかな)
(……セドリック、
こういうのは似合わないって言いそう)
後ろを振り向くとセドリックと目が合って、リアは慌てて目を逸らした。
「じゃあ……着替えてくるわね」
衣装が決まり、リアは試着室に入る。
その間……彼はさりげなく棚に手を伸ばし、白いワンピースのタグに目を落としていた。
彼女が一度だけ、目を留めていたものを。
* * *
十八時。
高い天井にシャンデリアの煌びやかな光。まるで物語の世界へ迷い込んだみたいだった。
「すごく広い会場……」
心地よい楽器の演奏。
この会場を彩る華やかな参加者達。
(あ、セドリックだ)
誰かと――話しているようだった。
リアは小さく手を振った。
だが、すぐに顔を背けられた。
視線を合わせないようにするかのように。
(もう……先に楽しむからいいわよ)
近くの台には見た目、香り、
全てが高級そうな料理ばかり置かれている。
リアは目をパァッと輝かせた。
料理台に手を伸ばしかけた、その時。
「相変わらず食べ物に真剣だね」
聞き慣れた、穏やかな声。
コツコツコツ……
歩くたびに背筋を伸ばし、周囲の視線を集める。
まるでそれが当たり前であるかのように。
リアの目が大きくなる。
「……アレン!」
「どうしてここに……?」
知っている相手がそこにはいた。
彼は落ち着いた微笑みを浮かべる。
「やっぱり君にはバレるか」
「雰囲気が違っても、すぐ分かるわ」
いつもと違う髪型、衣装。
そして高貴な香水の香り。
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すると人が集まってきた。
「あの、お時間よろしいでしょうか?」
「うちの娘ともぜひ!」
彼の周囲を囲み出す。
「申し訳ないが、今は手が離せない」
笑顔を保ちながら、声を低くして伝える。
その言葉で集まってきた人達は立ち去っていった。
ここには招待状がないと入れないはず。
つまり……
(アレンって、実は高貴な家の人……?)
(もしかして伯爵くらいの家柄だったりして)
…
そのとき、静かに歩み寄る影。
先程まで遠くにいたはずのセドリックだった。
二人を見比べる。
「セドリック。こっちの人はね――」
「いい。紹介は不要だ」
ほんの一拍の静寂。リアは目を丸くした。
二人とも困ったように眉をしかめた。
「リア……僕たちは知り合いなんだ」
「え?」
顔の整った二人の破壊力は凄まじく、眩しい。
…
そして、セドリックが耳元に近付いてきた。
何かを言いかけて、目が合う。
「お前は第三殿下が誰か分かってるか?」
「まだお会いしてないわ」
深いため息を吐かれた。
そして彼は目を背き、アレンが微笑むのを確認。
少し躊躇する表情を見せたが、
息を止めたあと、ようやく覚悟を決めたように口を開く。
「この方が第三殿下だ」
——音が消えた。
「……え?」
言葉が、出ない。
思考が途中で、ぷつりと途切れた。
さらに、耳元で囁かれる。
「この国の」
体が硬直し、頭の中が真っ白になった。
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ぐらついた瞬間、セドリックが支えてくれた。
すぐに姿勢を正し、ゆっくりとアレンを見る。
胸元に繊細な作りの紋章――
「アレン……」
他の男性たちに比べて豪華な衣装。
「あなたが……第三殿下……?」
彼は頷く。
「黙っていて……ごめん」
リアは口を開いたまま、言葉を失った。
一歩、後ろに下がる。
「君を騙すつもりはなかった。でも、そう見えるのも当然だ」
震える手で口元を押さえた。
アレンは少し困ったように笑う。
「ここだと人目につくから、隅に移動しようか」
そう言ってリアの手を引いた。
セドリックには話し掛けず、二人は視線だけで会話が成立しているようだった。
(どんな関係……?)
(王族直属だとみんなこうなの……?)
自分だけが、置いていかれている気がした。




