表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/17

第9話 この夜のあいだだけ

足元が響く。

周囲の視線を感じ、少し緊張した。


外の暗い景色と、明るい会場。

その中間地点の通路までやってきた。

甘い花の香りが漂う。


 アレンがゆっくり手を離した。


「……っ」


彼が俯いた瞬間、

怖くなり、庭園の木のそばへ身を寄せた。


けれど……彼はその後を追ってくる。


* * *


雲が月明かりを隠す。

まるで、今の彼女の気持ちのように。


リアはすかさず頭を下げ、ドレスの裾を握った。


「わ、わたし……」


声が引き攣る。


「今まで普通にお話してっ」


言葉遣い、抱擁。全てを思い出す。


「殿下に……何度も失礼なことを……」



もう、"アレン"と呼んではいけない。



「大変、申し訳ありませんでした」


視界が落ちて、自分の足元しか見えなくなった。


リアは、庶民。

しかも魔力もない。


本来なら、言葉を交わすことすら許されない相手。この場で出会うこともなかった。


……どうして気付かなかった?


第三殿下の名前には"アレン"が一部入ってる。

それだけで、分かる……わけない。


深く頭を下げたまま、動けなくなった。


教会でした約束も、

町で過ごした日々も、

お祭りの記憶も――


全部、夢だったんだ。


(……じゃあ、私は何を信じてたの?)




アレンともう、会えなくなる……。




それは、嫌だ。


だけど……


「顔を上げて」


優しい声が聞こえた。

顔を上げるか躊躇した。


暫くして、リアはそっと顔を上げる。


現実を見たくなくて――片目だけ開いた。


「そんな顔をしないで」


アレンは……悲しそうな顔をしていた。

一年ぶりに再開した、あの時の顔。


「個室でも頼めばよかった……」

「いつかは、君に話そうと思っていたんだ」


その言葉でリアも両目をぱちりと開けた。


「君が……他の形で知って、傷つく前に」


それは低く、柔らかい声だった。


* * *


風とともに高貴な香りが広がる。

知らない彼の香り。


だけど、目の前にいるのは、よく知る人。


「あの町で過ごす時間が、

 いつの間にか当たり前になっていた」



——だから、言えなかった。



「僕は……あの時間に救われていた。

 だからこそ言えなかった」


彼は少し俯き、声が小さくなる。


「ずっと引っかかっていた」

「嘘を……ついたことが」



この人は、嘘をつけない人だ。



リアは驚きで瞬きをする。

そんなこと無いよと伝えるかのように、首を横に振った。でも、言葉が出ない。


すると彼がぽつりと呟く。


「ただの"アレン"でいたい」


大切なものを、こぼすみたいに。


きっとそれが彼の本心。

リアの肩から力が抜け、詰まっていた声が溢れ出てきた。


もう呼べないはずの名前。


宝物を拾い上げるみたいに、もう一度その名前を呼んだ。



「アレン……」



すると彼は、悲しそうな顔をやめて、

子供のような笑顔を見せてくれた。

リアも子供みたいに笑った。



まるで、

彼との始まりを上書きするかのように。



* * *


「き、緊張しちゃった……」

「うん。君は君のままでいていいんだよ」


アレンの優しさに心が温かくなった。

同時に、抑えきれないほどの嬉しさが込み上げる。


「もしかして私だけ知ってるの?」

「……気づいてた人は、最初から気づいてるよ」

「え……?」


自分だけ知らなかったことに驚く。


「あはは。だから、町の子供達には秘密にしてくれると嬉しい。出来るよね?」


そう言って彼は同じ視線まで屈んでくれた。

安心してほっと笑った。


---


会場に曲が響く。

ファーストダンスが始まった。


「僕達もあとで踊るかい?」

「私、踊れないわよ」


すると蒼白い煌めきが広がる。

リアの足元が、魔法でふわりと浮く。


「次は特別な回なんだ」


---


曲が変わると、会場の中央には顔をヴェールで隠した女性達がたくさんいた。


相手は父や兄。


娘が一人前になったことを示す、

特別な踊り。


一度も踊ることがなかったリアには少し、眩しすぎる光景だった。


「素敵ね……」


すると。


アレンが魔法でヴェールを頭に被せてくれた。


「え……?」

「君も、参加する資格があるよ」

「僕は……君の兄としてでも、いいのかな」


そう言って手を差し出す。

リアは目を見開き、また細めた。


「決まってるわ。アレンはアレンよ!」


* * *


コツコツコツ……優雅にエスコートしてもらい、シャンデリアの下へ移動。


足が滑らかに動き、床には光の残像。

時より彼が頭のヴェールを軽く調整してくれた。


「……ありがとう……」


背中に優しく当てられた手は逞しく、支えてくれる安心感があった。

少しだけ恥ずかしい、でも嬉しい。


天井を見上げると、シャンデリアから光が降り注ぐように美しく反射している。


---


(——あ。)

(セドリックだわ)


遠くのスペースから確かに目が合った。

目が離せなかった。


まるで、何かに反応するかのように。


---


するとアレンが魔法でくるくると優雅に回転させてくれた。まるで乗り物に乗っているかのように、楽しい時間。


たった数分。


けれど、一生に一度の貴重な体験。


* * *


「楽しかった……! アレンありがとう」

「最高の思い出になったわ」


「それならよかった」

「……」

「この曲が終わるまでは一緒にいられるよ」


それは、昔話した会話と繋がっているのだろうか。


今流れている曲が終わったら、アレンは他の女性たちの元へ行ってしまう。


(今度は私が、彼を見届ける番――)


頭に乗せられたヴェールはいつの間にか消えていた。


けれどこの夜はまだ終わらない。

そう、思っていた。


彼の一歩で、全てが変わるとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ