第3話 君が大人になるまでは
日差しが眩しい――朝だ。
いつの間にかベッドで眠っていたらしく、体を起こすと少しだけ寒かった。
「あれ? 服が、白い……」
自分が白いシャツに着替えさせられていることに気づき、思わず文字にならない声を上げた。
「……このシャツ」
「魔法だ」
「っ!?」
首元の両襟を、ギュッと強く握った。
すると、いつも肌を見せないよう首元まで覆っていたヴェール。その上にずしりと重く、温かい首輪。
「まだついてる……」
ぐぐぐ…… 外せない。
まるで心臓と連動している感覚があった。
男は深くため息を吐き、そして一言。
「無理に外せば死ぬぞ」
リアはとっさに手を離した。
「さ、触ってない!」
そして彼は自分の手首に、
首輪と同じ光の魔道具を取り付けた。
「定期的に体内に魔力を補充できる」
「外そうとすれば――」
言い終わる前に、割れる音がした。
手首から火花と煙が立ち上る。
「み、水……!」
リアは焦ってコップの中の水を彼にかけた。
火花が消えた。
「熱くないの……?」
「熱い」
彼は表情を崩さない。
そしてリアの首輪を指差した。
「一度契約を断られたからな……」
「俺がお前を信用できるまで外さない」
リアは一気に青ざめた。
けれど。
息を吐き、心を落ち着かせた。
(私だってしてないわよ……!)
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元の服に着替え終わった後――
同じ様に彼に連れられて、寮まで戻った。
周囲にはまだ誰もいない。
光の首輪は、彼が触れると透明になった。
(あ、透明になるのね)
――でも、わずかに重い。
「あの、ありがとうございました」
「これ、部屋番号です。」
メモを渡すと、彼は何も言わず受け取った。
「二十一時だ」
「は、はい」
たぶん、訪問時間のこと。
「あと……ペンダントは……」
赤い光が揺れる。
目の前に欠けた赤い石のペンダントが現れた。彼はそれをリアの手のひらに乗せた。
「補強はしてある」
「……ありがとう……」
こんなにも輝きを返したのはいつぶりだろう。嬉しさが込み上げた。
――?
(かすかに、鉄の匂い……)
その微かな違和感だけが、胸の奥に残った。
* * *
天気のいい昼下がり。
春に採取できる薬草を、救護所で子供たちと分け合った。
小さな花の香りがふわりと広がる。
「今日アレンお兄さんが手伝いに来るんだよ」
「え!そうなの!?」
その名前に嬉しさが隠しきれなかった。
「ふふっ。リアお姉さんは、アレンお兄さんのこと好きだもんね!」
思わず手が止まった。
教会での幼い日の誓い。
それが今でも胸に残っている。
なのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
(アレンは私のことなんて……)
その時。
「リア、私も手伝うわよ」
友人のソフィアが、水色のリボンを揺らしながらやって来た。
「じゃあこの種を外すのを手伝ってくれる?」
「うん!」
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美味しい野菜、果物。
自然豊かな牧場。
色豊かな花園――
その姿を取り戻すのは、いつになるのだろうか。
今は“呪われた土地”とさえ呼ばれている。
すると、別のご老人が呟く。
「昔はこの土地の作物で、光の力を得られていた。今は……それが無くなった」
「女神様はまだ許して下さらない」
「呪い子の災いが消えればいいんだが……」
リアとソフィアは、そっと視線を交わした。
またいつものが始まった、と。
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「はぁ……」
彼女が小さくため息を吐くと、ソフィアが手を引いてくれた。
「ここは子供たちに任せて、
私とリアは畑の収穫を手伝いに行きましょ!」
「……うん!」
明るい笑顔を向けてくれる友人にも、リアは何も言えなかった。
自分が"呪い子"であることを。
「おばあちゃん!私たちも手伝うわ!」
「あらあら。若い子達が増えて助かるわぁ」
「リアも一緒よ!」
「二人は仲が良いわねぇ」
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それから少しして。
「リア、また会えたね」
安心感のある穏やかな声。
彼が現れると、周囲が静まる。
「うん!アレンに会えて嬉しい」
被災した日からリアを支えてくれた、
五つ年上の――兄のように大切な人。
リアは、迷うより先に一歩踏み出していた。
けれど、アレンの手が迷う。
それから静かにリアの肩へ触れた。
「……ごめん」
小さくそう言って、リアを離した。
それと同時に声が聞こえてくる。
「おーいアレン!荷解き手伝ってくれ!」
「こっちも頼む!」
「分かった。順番に行く」
短い返事。
だがその一言だけで、場の空気が自然と整う。
大人たちが彼の指示を待つように動きを止める。
アレンはこの町で頼られている存在だ。
だが、彼の家族の話をリアは一度も聞いたことがない。時折、騎士団の部下が迎えに来る。
「アレンって騎士団ではどんな立場なの?」
そんな質問したことがある。けれどアレンは、何事もなかったかのように笑って言う。
「あはは。うーん」
「それは……」
「……君が大人になった時に話すよ」
そうやって、はぐらかすのだ。
――早く大人になりたい。
そう思うたびに、なぜか心に引っかかった。
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休憩時間になりアレンの隣に座った。
「ねぇ、アレンって今二十二よね?」
「そうだよ」
セドリックとのことを相談していいかどうか、少し迷った。巻き込みたくない。でも、知って欲しい。
「……アレンなら、
どんな人を結婚相手に選ぶ?」
契約相手、とは聞けずにそう質問してみた。
「結婚相手か……」
目を合わせない。
彼の瞳が一瞬だけ冷えた気がした。
「えと……例えばでいいのよ」
彼は暫く考える。そして。
「嘘をつけない人……かな」
そう言ってコーヒーをテーブルに置き、揺れる水面を見つめていた。そして言う。
「リアならどんな人がいい?」
いつもの笑顔に戻っていた。
その問いに、リアの心臓が少し早まる。
「え!? えっと……私は……」
コーヒーの、香ばしく少し苦い香り。
リアにはまだその良さが分からない。
けど、ずっと決まってる。
「アレンみたいに、
ずっと一緒にいてくれる人がいいわ」
これは昔から、ずっと変わらない。
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それは約七年前のこと。
リアは育ての親と暮らす素材店で、戸締りをしていた。強烈な地響きが鳴り、外へ出ると景色は一変した。
神様なんて、いないと思った。
月光は、紫に濁っていた。
その場から……必死に逃げるしかなかった。




