第2話 契約——国の制度に逆らう夜
新学期になり、その時はやって来た。
「じゃあ次はあなたの番ね」
「あなたは――」
何かを言いかけた瞬間、魔力計測の先生はリアに笑顔を向けた。
「お願いします……!」
リアは赤い石のペンダントを握る。
もう片方の手は、キャンドルに火を灯すイメージで対象物にかざす。
すると光の熱が集まり、上昇気流によって魔道具の羽がくるくると回り出した。
(……これで、あと一年は大丈夫……)
魔力を持たない人間は、
十八までしかこの国にいられない。
その事実は、公にはされていなかった。
この国が魔力の純度を守るための制度。
――リアは稀少なそのうちの一人だ。
「あら……?」
彼女が退室した後も、魔道具の羽は回転を止めなかった。一瞬だけ跳ねた後……ゆるやかに動きを止めた。
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放課後。
全ての計測が終わり、リアが寮に戻ろうとした時。生徒たちがざわついていた。
「あ!リアおねーちゃんだ!」
「えっ どうしてここに!?」
故郷の町で暮らす、小さな子供たちがいた。
指を差しながら数える。
いち、にい、さん、四人――
「今日学校早く終わるって言ってたから、
迎えに来たの!」
「色んなものがあって楽しいね!」
他の生徒達からの視線が冷たい。
「み、みんな!クレープ食べに行こ!」
「まだ探索したいよー」
リアは財布の中身を確認した。
「アイスも乗せていいから!」
「本当? やったー!」
その様子を物陰から誰かが見ていた。
一瞬、赤い瞳。
(気のせい、よね)
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みんなで商店街へ向かった。
甘い香りに誘われ、クレープ屋の前で足を止める。
「クレープ四つお願いします!」
「トッピングはいかがなさいますかー?」
「アイスも追加で!」
待っている間、ベンチに座る子供たちの様子を見る。いち、にい、さん、四人――
みんな瞳をきらきら輝かせていた。
(町にクレープ屋さんって無いものね)
(私が食べるのを我慢したら、安いものよ)
砂糖の溶けた、甘い香りが広がる。
「僕はチョコ!」
「私はミルク!」
「おれはカスタード!」
すると、ひとつ余っていた。
「ねぇ、もう一人いなかった?」
「え?僕たち三人で来たんだよ!」
(でも、確かに四人いたのに……)
リアは周囲を見渡す。
「あとね、黒い人もいた!」
また、それ。
子供たちはあの時助けてくれた、"黒い人"の話をよくする。違和感を覚え、後ろを振り向く。
すると、小さな子供がいた。もしかしたら、隠れてこの子達についてきたのかも。
「ここで待ってて!」
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リアは子供を追いかけた。
小さな後ろ姿だけが見える。
しかし、姿を消した。
キャハハ! 笑い声がしたのに……。
「リアねぇちゃんどうしたの?」
子供達がクレープを食べ終わり、探しに来たようだった。
「クレープ包んでもらったよ!」
「あ、ありがとう……」
甘い香りに混ざって、きつい香水の香り。
目の前に男の二人組が現れた。外国語を話している。
(道に迷ったのかな……?)
子供達は咄嗟にリアの後ろに隠れる。
「あ、あの……」
返事がない。
距離が近い。
目がおかしい――
「みんな、走って……」
「走って!!」
「ひっ」
いつの間にか、街と森の境目まで来ていた。
逃げ道はそこにしかなかった。
「こ、来ないで!」
男達の影から、魔獣のようなものが現れた。
リアが前に出た瞬間、襲って来た。
「リアねぇちゃんあぶない!!」
子供が前に出て、魔獣の爪に捉えられた。
悲痛な声が響く。
これは、幻覚なんかじゃ、ない。
どうしよう。
子供たちを救えるのは自分しかいない。
息が荒くなる。
ペンダントを使えばきっと助かる。
しかし、あの時の青年は「結晶を雑に扱うな」と言っていた。
(きっと、壊れるってことだわ)
もう魔獣は目の前まで迫って来ていた。リアは子供たちを抱きしめ、魔法を唱えようとした瞬間。
白く眩い、光の魔法に包まれた。
ドサッっと倒れる音がして、ゆっくり片目を開ける。
幻想的な、世界。
目の前には、
あの時の――黒い制服の青年がいた。
「あなたは……」
「……」
やがて元の森へと戻った。
彼は淡々と男二人組を魔道具で捉えた。
そして、耳に手を当て、誰かと通信していた。
「引き取りにきてくれ」
次に目に入ったのは、金色の紋章。
——ただの魔法団じゃない。
(……王族直属のすごい人だわ……)
そして彼は――帰ろうとした。
「え!? まっ待って……!」
リアは大きな声を出した。
「この子、大怪我してるんです!」
「助けてください!!」
彼はリア達をしばらく見た後、告げた。
「俺は自分の仕事しかしない」
「死にはしない。自分で病院まで運べ」
――冷たすぎる。
「そもそも……俺が借りを返そうとした時、
それを拒んだのはお前だ」
リアは首を必死に振り、彼の服を握った。
「お願いします!」
「意識がないの……!」
「行かないで下さい!!」
今、この子は彼しか救えない。
他の子供たちも、青年に目を向ける。
「なんでもします……」
彼はリアの顎を指で上げた。
瞳の中に彼女の姿が映り込む。
「契約するか?」
リアは、もう考えることをやめた。
この国にはあと一年しかいられない。
「……それでいいです」
この子が助かるなら、それでいい。
それならいっそのこと――
国の制度に逆らってみよう。
この最悪な彼と一緒に。
---
リアは彼に身を寄せるように近づいた。
(契約……しなきゃ)
だが、すぐに離された。
(あれ……)
彼は怪我した子供に歩み寄った。
「少し離れてろ」
そして光の魔法をかけた。
闇の中で美しい光が広がる――
「うぅ……転んじゃった」
怪我をした子が目を覚ました。
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その後、子供たちは検査のため、病院で治療を受けることになった。
外国人の男二人は逃走犯だったらしく、騎士団に連れて行かれた。
そしてリアは――
「行くぞ。歩け。」
首に、光の首輪をつけられていた。
(なんで?)
(契約は……?)
(私、捕まるの!?)
リアは目の前に彼に尋ねた。
「あの、お名前をお聞きしても良いですか……?」
「セドリックだ」
「セドリック、さん……」
とんでもない男だ。リアはそう思った。
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森の奥へ入ると、彼の黒い上着を着させられた。
冷たい風が吹き……
彼の持つ鎖が小さく鳴る。
「俺が許可するまで目を開けるな。」
「絶対に喋るな。」
――こわい。
「ここから先は王宮の管理下だ……許可なきものの侵入は認められていない」
――入りたくない。
鎖が引っ張られ、リアは一瞬バランスを失う。
彼の目は死人のように笑っていなかった。
(絶対に逆らえない――)
彼に言われた通り、なすがままに歩き、走った。
「もういいぞ」
「はぁっ……はぁっ……」
目をゆっくり開くと、
小さな家の中にいた。
可愛いアンティークの家具や細かい装飾が目に入る。そして、薬草の優しい香りが漂っていた。
(わぁ……)
---
近くの椅子にリアを座らせ、
腕を組み、落ち着いた声で彼は言う。
「お前の体調に合わせ、
適切な魔力量を体内に循環させる」
「百日もすれば……
魔力を維持できるようになる」
「その、結晶のようにな」
リアの欠けた赤い石のペンダントを指差した。
まるで、夢のような契約だった。
——あの時の、借りに対する返済。
けれど。
(こんな美味しい話があるわけない)
(婚約、させられるんだもの……)
リアは半信半疑だった。
セドリックは黒い手袋を外し、彼女をじっと見つめる。
彼はリアの顔に手のひら……ではなく、
首元にかざした。
(えっ 婚約の……口元じゃないの?)
「始めるぞ」
周囲が闇に閉ざされ、
静電気のような緊張感が漂う。
「……お願いします」
もう考えるのをやめよう。
この光が私の未来。命になる。
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やがて数分経ち、彼の手が離れた。
「……量は調整した。
熱が上がる前に今晩は大人しく休め」
セドリックはリアの額に、
反対側のひんやりとした手を当ててくれた。
——冷たい。
「あの、これだけでいいの……?」
「婚約は……?」
彼はしばらく考える。
「必要ない」
「えっ」
「意味はある」
彼がわずかに目を細め、
嫌な予感がした。
「言っただろ。借りを返すと」
つまり。
「以前みたいに……逃げられないと思え」
(逃げたい……)
その感情だけが、どうしても消えなかった。
男性が女性の口元に手をかざす。
それは、この国のプロポーズ。受け入れれば婚約の証。
首元は――伴侶だけのもの。
彼女はもう、選べない。




