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第1話 森で出会った、最悪の魔法使い

「薬草探し行く人ー!」

「はーい!!」

「僕たちも行くー!」


子供たちを連れて森へ入った。


小さな手で一生懸命、薬草を摘む。

そして大きな籠を抱える姿に、リアは思わず笑みが溢れた。


「苺、どこかに実ってないかなぁ」

「ふふ。甘いジャムにして食べたいね」


この時間が……ずっと続けばいいのに。


その時だった。

小さな何かが、目の前を通り過ぎた。

リアは慌てて周囲を見渡す。


「……!」


黒い影。


……遅れて、背筋が粟立つ。



——蝶の魔物だ。



森の暗闇から次々と姿を表し、

空を埋め尽くすように舞っていた。


この蝶は火種のように熱くなる。


「走って!」

「いいから早く!!」


彼女は必死に声を張り上げ、その場から逃げた。


蝶が後ろから追ってきた。子供たちの走る背中はすぐそこにある。


怖い。でもここで逃げたら、

もう誰も守れない。


リアは手を震わせながらも、赤い石のペンダントに触れた。お願い、と心の中で叫ぶ。


魔法を唱えた瞬間――

赤い光が、音もなく砕け散った。



(……嘘でしょ……)



息が、うまく吸えない。

リアは呼吸が浅くなり、足まで震える。


「リアねーちゃん!!」

「……みんなを連れて、逃げて」


唯一の武器が使えない。

蝶が背後から近付くたび、服の端が焦げる。

皮膚が焼けていく……。


(まだ全員、逃げきれてないのに)


近くの草花が次第に枯れ始めた。

パチパチと木が焦げるような、嫌な匂い。


子供たちを庇うように、しゃがみ込む。


「ケホッ ケホッ」

「口を袖で覆って!」


次第に周囲には、煙が立ち上りはじめる。


そのとき、


冷たい声がした。



「……結晶を雑に扱うな」



リアは視線を上げる。

煙の向こうに、誰かいる。


「補強した意味が無くなっただろ」


黒い髪、黒い魔法団の制服。

助けが来てよかった……と思ったのも束の間。


「助かりたいか?」


リアは迷わず懇願した。


「お、お願いします!」


足元の枯葉が、じわりと焦げ始める。


気付いたら目の前に彼はいた。


「なら……契約だ」


リアを見下ろし、迫る。


「昔、宿で世話になった」

「今その借りを返す」


宿……と聞いて、

あの時の少年の姿が思い浮かんだ。


手のひらがバチバチと静電気のように光る。


あの日の少年と、同じ。



(でも、契約って一体……)



彼は手のひらを彼女の顔に近づけた。


体が咄嗟に反応し、リアは目を見開く。


(あ、駄目――)



その行為はこの国で重いものだと気付き、すぐに顔を俯いた。


「出来ません!!」


断ってしまった。


子ども達が苦しそうにしている。

もう、残された時間はない。

けれど、喉が震える。


「……"ここ"では出来ません」


それを聞くと、彼が指を鳴らした。

すると一本の光の道が現れた。


「早く帰れ」


一瞬、柔らかな響き。

みんなその声に反応して、走り出した。



「私はいいから走って!」


(また、守れなかったら……嫌だ)



子供たちの姿が見えなくなった後、彼は腕を振りかざす。すると、春風のような暴風が吹き荒れ、周囲の火が弱まっていった。


そして――蝶の魔物は彼へ目掛けて飛んで行く。

その瞬間、リアは足が動いた。


「だめ……!」


必死に手で追い払うたび、焼けるように熱い。


パチン


彼が指を鳴らした瞬間、蝶が姿を消していく。

眩い光の中へ吸い込まれるかのように。


(こんな一瞬で……)


リアは再び地面にへたり込み、ごくりと息を呑み込む。


(この人と契約すれば……)

(もう、怖い思いをしなくて済む)


ゆっくり彼を見上げた。


彼は片方の手袋を外し、そのまま片膝をつく。


「目を閉じろ」


手のひらには丸い光の玉。


温かい風が、

周囲を巻き込むように揺らぐ。


「……っ」


だけど。


「ごめんなさい」

「やっぱり、出来ないです……」


リアはうずくまり、そのまま土下座をした。


「あの子達を助けてくれて、

 ありがとうございます……」


でも。


口元での契約――

それは、この国では婚約と同じ意味を持つ。


「私には……」

「……っ」


あの優しい目が浮かぶ。


「慕っている人がいます……!」


自覚していなかった感情が溢れた。

(だから、これは今、選べない)


温かい風が次第に止み、冷たい風が吹く。


リアがゆっくり顔を上げると、魔法団の彼の姿は消えていた。


温もりも全部。

足音すら響かない。


* * *


彼女は子供たちを追いかけた。


坂道を降りると、青い空の下に故郷が見えた。

胸いっぱいに、空気を吸い込む――


「あっ! リアねーちゃんだ!!」


その言葉と共に子供たちが駆け寄ってきた。


リアはしゃがみ込み、手を広げ、みんなを抱きしめる。やっと、生きている実感が湧いてきた。


あの煙と熱の中から、

生きて戻ってきたのだと。


「リア、無事でよかった……」


友人が目に涙を浮かべ、抱きしめてくれた。


「私は大丈夫よ、ソフィア」


子供達が町に戻ってきてからそんなに時間が経っていなかったらしく、大事にならずに済んだ。


けれど、リアの気持ちは大きく揺らぎ始めていた。


(誰にも、言えない――)


---


遠くから馬の蹄の音が響く。


「リア!」


振り向くと、顔立ちの整った青年――アレンが、馬に乗ってやってきた。


「アレン兄ちゃん、

 さっき探しに行ってくれてたんだよ!」

「そうなんだ……」

「私は大丈夫だよー!ありがとー!」


遠くにいる彼に聞こえるように、

大きな声で伝えた。


昔から変わらない、あの優しい目。

いつも通りの笑顔を見せた後、騎士団の仕事へと戻って行った。


(少しでも会えてよかった)


彼こそが、リアの慕う相手であった。


(アレンの隣にいられたら、それだけでいいのに)


---


リアは学院寮に戻り、包帯を眺める。

お風呂へ入るため外すと、火傷の痕は癒えていた。


(魔法の影響……?)

(借りを返すと言ってたけど……

 宿で面倒見たのってもう、三年も前よ)


 でも。


「魔法団に、入れたんだ……」


 白い光の魔法使い。


けれど……

髪が黒く、制服も黒。

言葉遣いも、こわい。


まるで、闇の世界に突如現れた――


「光の救世主。……なんてね」


だって。


あの光だけが、嘘みたいに綺麗だった。

湯船に浸かりながら、そんなことをぼんやり考えた。


けれど――


「契約しなかったこと、怒ってるかしら……」

「だって……無理よ……」


魔力を持たないものは、結婚出来ない。

この国の、決まり。


リアはぶくぶくと口から

泡を立てながら湯船に沈んだ。


あの光だけが、まだ瞼の裏に残っていた。


* * *


今日は街のパン屋のアルバイトに来た。


最近、誰かにつけられている気がする。

……でも、たぶん気のせいだ。


「いらっしゃいませ!」


扉が開いた音に、少しだけ振り向いた。


そこにいたのは――あの黒い制服の青年だった。


(どうして!?)


普通にトレーにパンを乗せて――渡して来た。

硬貨を受け取ったあと、リアは急いで包み渡した。


「ありがとうございました……」


彼は一度だけリアを見たあと、店から出て行った。ドアベルの音が鳴り響く。


「店長、あの人よく来るんですか……?」

「最近はよく来るね」


店長はパンを並べながら答えた。


「魔法団の仕事がこの辺で増えたみたいでさ」

「物騒ではあるけど、お店としてはありがたいよ」

「そ、そうなんですか」


自分の気のせいだと気付き、恥ずかしくなった。


でも、他のアルバイト先でも必ず彼と遭遇する。

そのたび彼は顰めっ面をしていた。


町の子供たちもついには、


「助けてくれた黒い人いたよ!」

「お姉さんのこと、探してたみたい」


——ほら、気のせいじゃない。

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