第21話 第三王子——揺れる心
アレンは、復興の手伝いで町に来ていた。
まだ瓦礫の面影が残るその場所に。
「アレンにーちゃんだ!!」
近くにいた子供達が駆け寄ってきた。
「みんなで手ぇ振ったの見えた?」
「うん。ちゃんと見てたよ」
楽しそうに、やったー!と喜ぶ。
「あれ……?」
「リアお姉ちゃんは?」
「リアは……」
(リアは今、自分の屋敷で療養している、
……とは説明出来ないな……)
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、
二人の子供の頭にポンと手を乗せた。
「今は足を怪我して来られないんだ」
「代わりに僕じゃだめかい?」
「んーいいよ!」「一緒に行こ!」
* * *
アレンが子供たちと作業をしていると、近くの住人らしき男が話しかけてくる。
「殿下……!」
アレンは無言でニコっと笑う。
しかし、すぐに低い小声で伝えた。
「子供達の前では気を付けてくれよ」
「す、すみません……!」
彼は頭を下げて、今日の作業内容を教えてくれた。
「了解。いつも助かるよ」
今日も“アレン”として振る舞う。
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静かな夜。
過去と向き合うには十分な時間だった。
アレンは書斎室に入り、手袋を外しながら机の上に視線を向ける。
整えられた資料。その一番上に、不自然な封筒を一通見つけ、封を開けた。
「一体これは……なんだ?」
それは、リアのことを詳細に調べ上げた報告書だった。
目を通した瞬間、アレンは小さく息を吐いた。
(やはり……そうか)
(そしてこれを置いたのは……)
屋敷内の人間……思い当たる人物は一人いる。
ずっと彼女に興味を示していた、あの人しかいない。
(ばあや……)
かつて王族直属で働いていた魔術師だ。
薬の調合や術式に精通し、
現役引退後はこの屋敷で働いてもらっている。
(彼女の治療を頼んだが……)
「こんな調査まで頼んでいないぞ……」
まるで、“管理下に置いておける存在”とでも言いたげな資料だった。
「………」
椅子に腰を掛けて、今度は一枚一枚、ゆっくり目を通す。
「……!」
アレンは眉間に皺を寄せる。
気になる箇所をいくつか見つけた。
リアが里子に出される前の、本名。
「ルミリア……か」
思わず、その名を口にしていた。
まるで光の加護を授けられ、期待に満ち溢れた名前。
それが今は……
名前を半分切り取られ、光を失う形になっている。
そして家族構成。
(リアはこの事実を知っているのだろうか)
けれど、知らない方が幸せなこともある。
(僕が知るべき内容でも、ない……)
* * *
アレンは静かに目を閉じた。
十六の時――
避難所で生活を続ける人がまだ多数残る中、許嫁ができた。
ただ、正式な約束を結んだわけではなかった。
相手は、もともと兄――
皇太子の許嫁だった人だ。
破談になった理由は聞かされていない。
年上の許嫁はとても華やかで、隙を見せない人だった。
薔薇の花束を持ちながら、彼女は言う。
「今日は何もプレゼントがないの?」
「……ごめん。今度別のものを用意するよ」
「はぁ……男性なら普通のことよ」
それが許嫁を持つ男の役目だと疑わなかった。
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華やかな話には笑顔で答えてくれるが、町の復興の話をすると、彼女はいつも不機嫌そうに顔をしかめた。
「もう帰りましょ。靴が汚れるわ」
「貴方はあんな場所にいるべき人間じゃない」
手伝いへ行こうとする度、深くため息を吐く。
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ある時、それまでの時間が報われる日が来た。
彼女から初めて「愛してる」と言われたその瞬間……心の中が満たされた気がした。
その余韻が消えないまま、気づけば町へ向かう回数は減っていき、許嫁のために時間を割くようになっていた。
けれど……それも長くは続かなかった。
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十七の夜、彼女と最後に会った。
イルミネーションの光が窓の外に滲む中で、いつも通り指で髪を梳かしながら彼女は言う。
「私ね、他国の皇太子殿下に見初められたの」
「あなたは優しいし、顔もいいけど合わない。思い出として一緒にいたかっただけ」
そして、彼女は言葉を続ける。
「町の復興なんて無意味よ」
許嫁として、そして共に過ごした時間も全て、意味がなかったと言った。
だから――
振り返る理由は、もうない。
今見るべきは国の未来。
そして、近くにいる"希望の光"を守ることだ。
――失わないために。
* * *
書類を引き出しにしまい、鍵をかけた。
その翌日。
再び町へ来た。
別の『目的』があるからだ。
木の物陰から隠れてその様子を伺う。
「ソフィアー!炊き出し手伝っておくれ!」
町の女性達が料理をしている。
名前を呼ばれた彼女は少し走った後、返事をした。
「はーい!今行きます!」
リアの側にいつもいる、水色リボンの少女。
あまり話したことはない。
わざと"避けられている"気がした。
そして、人攫いに合ったあの日。
リアと同じ事件現場にいたはず。
だが。
彼女は記録上、存在していなかった。
その代わりに記載されていたのは、別の少女の名前。
(これは誰かが仕組んだのか)
(それとも――)
近くにいた部下に耳打ちした。
「彼女について調べてくれ」
そして静かに騎士団の仕事へと戻った。
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帰宅して書斎室に入る。
すると、外から猫の鳴き声。
アレンはその姿を眺めるだけで何もしない。
猫は窓の柵を行ったり来たり。
肉球を窓に張り付けて見せてくる。
まるで、中に入れてくれと言わんばかりに鳴いている。
「はぁ……」
アレンは観念して、猫を招き入れた。
魔道具の首輪をつけた、不思議な猫を。




