第20話 忘れたいのに、思い出す
リアは手入れの行き届いた庭園を部屋の中から眺め、ため息をつく。
「走りたい……全力で、何も考えずに」
アレンの御屋敷に来て、数日が経った。
絶対安静――その言葉を守り、リアは大人しくしていた。
* * *
首元に手をかけ、引き寄せる。
セドリックに付けられた光の魔道具がしっかり残っていた。
透明なそれが、時折、
鼓動に合わせて強く光る。
(だから嫌だったのよ)
(……全部、見透かされるみたいで)
足には綺麗に巻かれた包帯。
彼女の体質のせいか、傷の治りは遅かった。
「部屋の中なら、なんとかなるのよね」
ゆっくり本を手に取り、椅子に座った。
包帯の上から傷跡にそっと触れる。
早期治療のおかげか、悪化せずに済んでいた。
「あの時の……回復魔法のおかげだわ……」
(セドリックが、だけど)
魔力がないことには、まだ誰も気づいていない。
……アレンも、きっと。
一緒にいたソフィアからは寮宛に花が届いた。
メッセージはついていない。
それでも、無事だと分かって嬉しかった。
(……あとで手紙、書いてみようかな)
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また次の日。
「リア様、おはようございます」
「おはようございます……!」
柔らかな声。
「そちら、足元お気をつけ下さい」
「朝食の支度も、間も無く整いますよ」
温かい空間。
ここで働く人の多くは、災害で仕事を失った人たちだと聞いていた。
庶民のリアに対しても、声のかけ方一つ一つに気遣いが滲んでいて、みんな、驚くほど優しかった。
(お嬢様になった気分……)
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「リア様、お茶でもいかがですか?」
「わーいい香り!お願いします!」
その中でも侍女頭のルルは、静かな声ひとつで場を整えてしまう人だった。
指示は簡潔で、誰も迷わない。
(まさに、“お姉さん”みたいな人)
屈託のない笑顔に、リアは思わず頬を緩める。
だが、一人を除いて。
「ばあやはリア様のこと、すべて存じております。王家には長く仕えておりますゆえ……」
ほほほ、とにっこり笑みを浮かべる。
穏やかな声音の奥に、見透かすような鋭さが潜んでいた。
(きっと、気づいている。)
(赤い石のことも、私のことも。)
(気をつけなきゃ……)
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アレンは任務で屋敷を空けることが多かった。
公務と騎士団の両立はかなりハードのようで、無口になる時間が多い。
「アレン、大丈夫……?」
「大丈夫……いや、少し寝るよ……」
一緒にお茶をしても、毎回こんな感じだった。
横になるアレンに毛布をかける。
(それでも……定期的に復興の手伝いに足を運んでくれるのよね)
彼の人生は、リアにとって眩しく見えた。
同時に、疑問も芽生えた。
優しくて、第三殿下で、
騎士団にも所属していて――
どう考えても、
女性から人気があるはずなのに。
なぜいまだに花嫁探しをしているのだろう。
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ある日、リアは思い切って問いかけた。
「アレンって、婚約者がいないの?」
彼は動きが止まる。
「どうして?」
「……その、すごく素敵な人なのに」
リアは首を傾げた。
目を瞬かせ……彼は少しだけ考え込む。
「……昔は、許嫁がいたよ」
アレンはわずかに視線を落とした。
「でも、価値観が合わなくてね」
「今は……遠い国の王のもとへ嫁いだらしい」
(そんなのって……)
リアはつい表情に出してしまっていた。
少しだけ間を置いてから、彼は穏やかに続けた。
「もう昔のことだ。
だから君が気にする必要はないよ。
それに……
僕はあの町の復興を何より願っている」
強く、はっきり言った。
「一度災害に遭った場所を“呪われた土地”みたいに言う人もいるけど……僕は一度もそう思ったことはない」
「今もね」
これが彼の信念。
穏やかな声に、わずかな熱が滲む。
「結婚は……」
「こんな僕でもいいって思ってくれる女性といつか出会えたら、その時にするよ」
彼はそう言って優しく微笑んだ。
立場も身分もまるで違うのに。
一緒にしてはいけない相手なのに。
どこか、似ている気がした。
「色々聞いてごめんなさい、アレン……」
「君が僕について知ろうとしてくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
それが本心なのかは、分からない。
それでも。
その優しさはとても温かかった。
(昔は……)
(アレンが本当の"お兄さん"になってくれたらいいなと、よく思っていた……)
* * *
ふと、記憶がよみがえる。
あれは私が十二歳を過ぎ、
仕事を始めてから約一年後のこと。
町で久しぶりに彼の姿を見た瞬間、
全てを放り投げて咄嗟に走った。
「アレン!」
「本当にアレンなの!?」
「私っ……リアだよ!!」
彼は驚いていた。
もう働ける年齢になって私は"大人"なのに、思わず、抱きついた。
すると……アレンは何も言わない。
ずっと涙を堪えるような悲しい表情をしていた。
「どうしたの……?」
「なんでもない。ごめん……」
私は会えた喜びでいっぱいだった。
でも、アレンは違った。
だから……許嫁がいたと聞いて、今日納得した。
(私がもしアレンの力になれるなら、
素敵な花嫁さんを探してあげたい。)
なんて思ってしまう。
* * *
リアは本を片手にため息を吐いた。
「……外国の恋愛って、こんなに自由なのね」
侍女たちに勧められた恋愛小説に、すっかり夢中になり読み込んでいた。
「けど……」
「王族と庶民の恋だなんて、現実的じゃないわ」
物語の余韻が終わり、ゆっくり本を閉じる。
パタン……
ほとんどは仲の良い侍女、ルルのものだった。
人気で入手しにくい翻訳本もある。
「被災前はご令嬢だったのかも。
お人形さんみたいに美人だもの……」
ぽつりと呟いたとき、
窓の外にアレンの姿が見えた。
夜がとっくに更けているというのに、まだ仕事をしているらしい。
(アレンのお相手は、
どんな女性がいいのかしら。)
こっちの小説みたいに、隣国の可愛いお姫様?
やっぱり現実的なのは名家のご令嬢……。
セドリックは――
(あれ……)
(私、なんで彼のことを気にしてるんだろ)
(忘れたいのに)
首輪が一瞬だけ光る。
「私の馬鹿……」
まるでその声に応えるかのように存在感を現す。
「……ほんとに、ばか」
喧嘩中のはずなのに……。
どうしても、彼のことが頭から離れない。




